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2024年9月5日、パナソニック株式会社はシンガポールのCross Capital Pte. Ltd.が運営するCross Capital I Limited PartnershipへLP出資参画しました。Cross Capitalは欧米、東南アジア、イスラエル、北米などのベンチャーキャピタル(VC)約10社へ投資する「ファンド・オブ・ファンズ(FoF:Fund of Funds)」のストラクチャーを採用しており、日本企業のイノベーション実装支援を目的に、VCネットワークを通じて世界中のスタートアップへの橋渡しを行っています。
グローバルで協業先スタートアップを探索していくために、なぜこの活動でタッグを組むことになったのか、今後どんなことを目指していくのか、Cross Capital代表の中村貴樹さんと、当社側でこれをリードする古川謙一さんに話を聞きました。
「お金ではなく、事業をつくる」ことを目指し、多様な業界を経験
―はじめに、中村さんのご経歴とCross Capital立ち上げに至った背景を教えてください
中村新卒では総合商社の双日に入社しました。商社では少し珍しいキャリアかと思うのですが、最初からファイナンス系の部隊に配属してほしいとお願いし、海外へ大型のインフラ輸出をしたり、海外企業の買収をしたりする際の社内アドバイザー部隊に配属されて、新卒早々に結構厳しい環境で、5年間ひたすら鍛えられました。
でも元々、自分で何か事業をやってみたかった。何か社会的な課題を解決する事業家になりたい、という想いがあったんです。勉強のためにファイナンス分野を希望したものの、ファイナンスだけではやっぱりエクセルの世界で、実業から全く遠い気がして。どうやったら勝てるビジネスを生み出すことができるのかを学びたいと思い、外資系コンサルティング会社のアクセンチュアに転職しました。
アクセンチュアではM&Aの専門部隊に所属し、日本企業が海外企業を買収・統合するご支援を担当しました。当時、シンガポールのプロジェクトに参加していて、グローバル規模の大変刺激の多い仕事をさせて頂いていたのですが、基本的にお客様が御社のような大きな会社なので、事業をゼロから創造するというよりは、既に大きい事業をより大きくするためにどうしたらよいか、を期待されているように感じていました。「自分の目指す事業家になるためには、もっとゼロイチに近い経験を積む必要があるのでは 」と思い始めたときに、たまたま前職であるVertex HoldingsというTemasek系のVCファンドから「スタートアップの成長支援をする仕事をやらないか」と声をかけていただき、すぐに参画を決めました。
Vertexでは、「投資先スタートアップ企業と日本企業を繋いでスタートアップの成長支援をする」ことと「LP出資※」の二つを主にやらせていただきました。Vertexは自分たちがスタートアップへ直接投資をするファンドをネットワークに内包しながら、外部のファンドにもLP出資をする機能を持っている、大きなFoFだったんです。Vertexの仕事はすごく面白くて、色々な企業と話をして新しい技術を知って、日本企業のオープンイノベーションやDX推進に役立てていくのが天職だと感じて、毎日が楽しくて仕方なかった。しかし多くの日本企業や支援者との接点ができ、日々現場で起きていることを観察するにつれて、「既存の支援の在り方では、本当の意味で日本企業のペインに寄り添えていないのではないか」「もっと自分にやれることがあるのではないか」という考えが芽生え、新しい選択肢を自分の手で提示したいと思ったことが、Cross Capital創業に至ったきっかけです。
※LP...VCファンドに資金を提供する投資家で、有限責任組合員(LP:Limited Partner)と呼ばれる
※LP出資...スタートアップに出資する際に、対象企業へ直接資金を投入して出資するのではなく、出資資金を募ってスタートアップを支援することを主たる業務とするVCを通して出資する形態。スタートアップに対する業務上の執行は行わず、出資先に対する責任は出資した金額の範囲内に限定されることが特徴。
当事者の本当の課題が分からない、日本企業に合ったオープンイノベーションの仕組みがない、ジレンマ
―現場で支援する中で、どのような課題感を感じていたのでしょうか
中村一例ですが、「日系大企業がスタートアップ連携に求める成果」と「実際にソーシング対象としているスタートアップのステージ」にギャップがある、ということはよく感じていました。多くの日系企業は「アーリーステージ」を対象に投資や協業を検討しますが、実際にご紹介をすると「不確実性が高い」ということで尻込みをしてしまうことが多く、スタートアップ側も創業間もない時期で、時間が長くかかる日系企業とのパートナーシップに今はリソースがかけられないというケースがいくつもありました。
事業の当事者が抱える本当の課題を理解することが難しいということも常々感じていました。大企業の場合、スタートアップの探索活動をする新規事業組織と事業部との間に大きな壁があったりします。あるいは、間に何らかの仲介者がいて、当事者にたどり着こうと思うと、ものすごく距離があるケースなどがあります。しかし、実際に何かイノベーションを起こしたい当事者の方々と直接お付き合いをしないことには、本当の課題は理解できないし、それができないと本当にいいパートナーシップは築けない。そのため、もっと当事者の方々と長く時間を過ごし、彼らの課題をきちんと理解し、トライ&エラーをやり続けられるような「仕組み」を作らないと、散発的な取り組みに終わってしまうのではないかと思ったんですね。
―日本企業のオープンイノベーションに対する強い想いの背景を聞かせていただけないでしょうか
中村前職および前々職を通じて、50~60社の日本企業とお付き合いをしてきたのですが、皆さん業界は違っても悩みはほとんど一緒なんですよね。「オープンイノベーションを通じて実現したいことの解像度が低い」「既存事業を抱える事業部との間で壁がある」「人材がいない」といった課題です。そして、世の中にオープンイノベーション支援や海外スタートアップとの接続をうたうソリューションは数多くありますが、私からするとどうもしっくりこなかったのです。
また、これまでグローバルの一流企業とお話をさせていただく経験に恵まれましたが、彼らがやっていること、かけているリソースが、日本企業のそれとあまりにも違うことに愕然として、強い危機感を感じました。たとえばDELLのイノベーションチームには、それ専業で100人いたんです。それも、一流企業から高額な報酬で引き抜いてきた100人です。また、4-5社の一流どころのVCに自社向けにポートフォリオのロードショーをさせて、自分たちが付き合いたいスタートアップ企業を紹介してもらうなど、なんかもう、やっていることが本当に、中途半端じゃなかった。これは、今の日本企業のオープンイノベーションのやり方を根本的に変えないと絶対に追いつけない、と思いました。
そこで世の中のオープンイノベーションの仕組みを研究した結果、大企業との協業に適したスタートアップの「質」と「量」を確保し、事業開発を目指していくためには、複数の事業会社とVCに参画してもらう「Fund of Fundsがベストである」という結論に至りました。
(参考:Cross CapitalがFund of Fundsモデルを採用する理由)
理想の海外ソーシングスキームが見つからない、ジレンマ
―なるほど、まさに当社のような日本企業とのオープンイノベーションを進めていく上での課題感が、Cross Capitalの設立背景だったと理解しました。それではそれに対し、当社はどのような経緯でCross Capitalへの出資に至ったのか、古川さんの経歴も交えてお聞かせください。
古川1社目はICT関連企業で営業、2社目は外資証券でバックオフィス、3社目は松下電工で経理、その後は事業部と本社で経営企画、そして今のCVC推進室になります。経理ではシンガポールに駐在しながらアジア地域統括会社で七カ国を担当していましたが、どの国へ行ってもMade In Japan(製品・文化・思想など様々なもの)へのリスペクトや期待を感じていました。そのためか「当社が海外でやっていけることは沢山ある」という思いをずっと抱いていました。
CVCに来てからは「事業創造に繋げるスタートアップを探すなら、日本からだけでなく世界中から探し出したい」と考え始めていました。国内偏重のソーシングでは選択肢の多様性を十分に担保できないと感じていたからです。ただ、そのための海外ソーシングの仕組みに必要なものを考えてみると、例えば、カバー範囲(複数地域・セクターに同時に網を張る)、当社への有効な情報提供(一次情報、判断に使える有益情報などの獲得)、当社へのアライン力(当社領域・戦略に沿って自発的にソーシング)などになり、これら全てを備えるスキームは恐らく無いだろうと思っていました。
ところが、それを全て持って現れたのが中村さんでした。そもそも中村さんの哲学は「日本企業と新たな事業を創り出していく」というもので、「そのために必要なものを揃えると、こういうスキームになるんですよね」と。
もう「コレしかない」と思いました。"I love you!"という感じで。Cross Capitalからの出資予定先VCは8~10社ですが、彼らは欧州・東南アジア・イスラエル・北米におり、約8~10の事業テーマをカバーしているので、世界に向けて一気にソーシングの網を張れることになります。海外ソーシングのスタートとしては、かなりベストな形ではないでしょうか。
Cross Capitalでは事業会社に寄り添い、事業開発へコミットする
―お二人ともファイナンスのキャリアを通して、事業に興味を持った背景が共通していたことが、シナジーが加速した一因としてあるのかと感じました。Cross Capitalはどのような仕組みで、オープンイノベーションのやり方を変えていこうとされているのでしょうか。
中村これまでの経験から、事業の当事者の方にとっての本当の課題を理解したいと痛感していたので、LPは基本的に事業会社で構成する予定です。また、大企業が連携しやすいグロースステージ(シリーズB~D)の、少し成長したスタートアップのポートフォリオを多く持つよう、設計しています。あとは、事業会社によっては出向していただいたり、我々のチームにバーチャルに入っていただいたりして、コミュニケーションの密度や頻度をあげていくようにしています。
この仕組みにおける強みとしては大きく2つあり、1つ目はなんといっても「コミットメント」です。私たち支援者が本当の意味でリスクを取って、死ぬ気でやろうとしているかどうかは成果に大きく影響します。私もコンサル業にいた経験があり、皆さんがすごく責任感高く、プロ意識を持ってやっていることは知っていますが、プロジェクトがうまくいかなかった場合でも、自分の給料がいきなり止まるということはありません。私の場合は、来月自分に給与を払えるかどうかというプレッシャーの中で、家族の生活をリスクに晒してやってきましたし、ファンドには自分自身が身銭を切って投資を行います。1号ファンドで自分が約束した支援を実行できなければ2号ファンドもありません。そのような前提の中で取り組んでいますので、やはりコミットメントの強さは違うかと思います(笑)
もう1つは、事業を作っていく上で、デマンド側として「どのようなことをやるとこの事業の価値が上がるのか」と、それに対しサプライ側としてどのような人、技術を繋ぐとそれが成立するのか」の双方を理解できる仕組みがあること、です。どちらも担保している仕組みは実は世の中にはほとんどありません。
Cross Capitalの仕組みに本音で共感し、事業側から手を挙げてほしい
―まさにコンサルとVCと、双方の経歴をお持ちの中村さんだからこそできるアプローチですね。
それでは今後、中村さんのパートナーとして、社内協業をどのように進めていこうとしているのか、古川さんの考えを聞かせていただけないでしょうか。
古川まずは、海外スタートアップとの協業を検討すること自体に、ご共感頂くことが大切です。それがあることで、前向きな意見も出て来てディスカッションの質が上がりますし、やりとりのスピードも違ってくるからです。
その上で、スタートアップを紹介します。ただし、「こんなスタートアップがありますよ」だけではなく、「こういうスタートアップがいるので、あんな協業ができるかも知れませんよ」と、初期的な協業仮説を我々(Cross Capitalと当社CVC)で作ってから提案します。超初期的仮説であっても(これを付加するかしないかで我々の工数や難易度は全然違ってくるのですが)協業イメージと一緒に提案することで、受け取る側の反応・興味の持ち方などが大きく変わってくると思っているからです。
トップクラスのVCが行きたくても行けなかった日本市場へ、Cross Capitalなら出ていける
―なるほど、協業により期待できることを当社側の受け手へしっかり繋いでいくということですね。最近、Cross Capitalへ参画している欧州の 主要VCを訪問されてきたとの事ですが、そこで感じた直近のスタートアップに対する投資環境と、日本企業への期待値について教えていただけないでしょうか。
中村スタートアップへの投資環境は厳しい状態が続いており、一部の優良な銘柄に集中する傾向にあります。このような環境下では、本当に良いスタートアップでなければ調達ができず、ファンド側も選ばれる立場にあります。
日本企業への期待値は昔と変わらず、非常に高いです。コンシューマー市場として見た場合は、文化の違いや人口減少などにより、あまり魅力度が高いわけではないですが、エンタープライズ市場として見た場合は、ものすごく魅力があると言われることが多いです。御社のような大企業がたくさんあって、とてつもないDX予算をテクノロジーに投資しており、アメリカの次に大きな市場で成長もしています。
ですが、海外企業が日本への進出を検討する際、避けて通れないことがいくつかあります。「マーケットの理解」「顧客・パートナー企業のリストアップ・絞り込み」「ライトパーソンの特定」「日本人GMの採用」がその代表格なのですが、外国企業からするとどれも非常に難しいんですよ。まず、英語で日本の市場調査をするとほぼ情報が出てきません。また、外国人であればLinkedInでライトパーソンに大抵辿り着けますが、日本人はやっていないので担当者を見つけることがすごく難しい。おまけに相手が英語を話せない確率も高いので、見つけられたとしても効果的なコミュニケーションはできないことが多い。人を雇おうとしても、(日本で)無名の海外企業のために働いてくれる、英語が堪能で事業開発能力の高い日本人なんて中々いません。このように、ペインがたくさんあるのですが、Cross Capitalではそれをサポートすることができます。
そのため、VC側にとっても、Cross Capitalに参画してもらい、日本市場へのブリッジを持てることは、投資先スタートアップへ価値提供する上での大きなアドバンテージになります。
―一緒に回った古川さんはどのように感じましたか
古川海外の主要VCも、日本市場に入っていく必要性を痛感していたものの、優先順位としては下げざるを得なかったのだと思います。実際に会って話してみると「タカキ(中村さん)!これでやっとやれるな」みたいなビジネスライクではない、チームメートと話すような会話をするんですよ。それはVCの皆さんにCrossCapitalさんのスキームが正に刺さっているからですよね。
日本企業の競争力向上のため、あらゆる悩みに対応できる取り組みを目指す
―LPの立場からも立ち会ったことで、顔の見える形でVCの皆さまとパートナーシップ構築ができていると嬉しく思います。
それではCross Capitalの今後の展望についてお聞きしたいのですが、2024年に創業され、今後10年間でどのような分野に注力していきたいとお考えですか。
中村やはり根底には「日本企業を元気にしたい」というのがあるので、「少子高齢化」「人口減少」といった社会課題がある中で、いかに競争力を担保し続けるか、それをできるようなデジタル技術をもつスタートアップと多く繋がりたいと考えています。ファイナンスやインシュアランスのような業界特化のスタートアップもあれば、バックオフィスの効率化のように業界問わず需要のあるスタートアップもありますが、どちらも含めた全方位戦略です。Fund of Fundsだからできる全方位戦略として、私たちとご一緒していただけたらどのような悩みにも対応できる存在になっていきたいと思います。
―事業会社側としては、今回のCross Capitalへの出資も通じ、どのように取り組み方を変えていくべきでしょうか。
古川技術起点だけではなく、「新しいビジネスモデルとしてどのようなものが描けそうか」に重点を置きながら協業先を探していきたいと思いますし、加えて「AI・DX関連のスタートアップ」の探索も大事にしていきたいです。
トライ&エラーをたくさん重ねよう
―最後に日本企業、当社社員へメッセージをお願いします。
中村私たちの仕組みの良いところは、事業側が、何度でもチャレンジできる点です。10年間、一流のプレイヤーとひたすらトライ&エラーを繰り返すことで、本当に良いものが生まれ、ビジネスに繋がっていくと思います。あまり重く捉えすぎず、是非、フル活用してください。
古川トライ&エラーの取り掛かりを、僕らが次から次へと創り出し続けますので、事業側の皆さんと一緒に、少しでも前に進めていければ嬉しい限りです。
「事業の当事者にとっての本当の課題に寄り添い、日本企業をもっと元気にしていきたい」との中村さんの想いは、まさに、顧客課題を起点とした新規事業開発のプロセスそのもの。
お二人の情熱に触れて、これからの広がりにワクワクし、胸が熱くなる思いでした。
Cross Capitalの日本を元気にしていく活動に期待です!
(取材・編集:くらしビジョナリーコラボ 広報担当)