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激変する社会環境の中で、未来の「カデン」* を創出する目的で作られたGame Changer Catapult(以下、GCカタパルト)では、事業アイデアを生み出す風土づくりとして外部から講師を招いて定期的にセミナーを開催しています。
* 未来のカデン:電化製品に限らず、モノからコトへのシフトなど、くらしにまつわるサービスやコンテンツによる価値提供を含めた幅広い概念
今回は、持続可能な社会の実現に向け、生徒の学びや行動を応援する活動など、さまざまな社会課題に取り組み続けている上田壮一さんが登壇。「SDGsを超えて~ソーシャルデザインがつくる未来~」と題し、今この時代に求められる新しい創造性について語っていただきました。
ゲスト講師:上田壮一
1965年兵庫県生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了後、広告代理店にてプランナーとして勤務。フリーのディレクターを経験し、2000年に株式会社スペースポート、2001年にThink the Earthを設立。地球時計「wn-1」や携帯アプリ「live earth」の開発、本の編集・出版活動などを通して、現在私たちが抱える地球環境や社会課題について考え、行動するきっかけづくりに取り組んでいる。2017年にSDGsの教育普及プロジェクト「SDGs for School」を始動し、次世代を担う子どもたちに向けた教育支援を行う。
より良い社会づくりへ向け一念発起。きっかけは阪神淡路大震災
上田さんが現在のような取り組みを始めるきっかけになったのは、社会人5年目の時に故郷を襲った阪神淡路大震災でした。
「未曾有の災害で当たり前だった社会が壊れていくのを目の当たりにし、大変ショックを受けました。一方で、人々は復興へ向けて活動を始めます。その力に感動し、広告代理店で培ったクリエーティビティを活かして社会に貢献したいと思うようになりました」と当時の心境を振り返りました。
続いて、本講演のテーマである『ソーシャルコミュニケーション、ソーシャルデザイン』について「重要なのは、コミュニケーションやデザインを通して人の心を動かし、社会・環境課題の解決支援、または理解や行動を促すことです」と解説。
上田さんは現在までにNPOや教育機関、クリエーターと連携し、これまでにない価値を生み出してきました。社会・環境課題を自分ごととして考え、行動できる人を増やしたいと2001年に設立したThink the Earthで手掛けたプロジェクトは30以上にのぼります。
SDGsを教育現場に。自分ごととして捉えて考える「SDGs for School」プロジェクト
上田さんはまず、私たちが住む地球を身近に感じてほしいと『地球時計 wn-1』という腕時計を大手企業と協業して作ります。時間経過とともに中にデザインされた地球が自転方向に回転する仕様で、売上の一部を世界で厳しい環境にいる子どもたちを支援するNPOやNGOに寄付を行ったり、企業とNPOとの勉強会を行う活動などに還元します。『地球時計 wn-1』は2001年度のグッドデザイン賞を受賞しました。この成功を受け、コンセプトをそのまま取り入れた『live earth』という携帯アプリを開発。売上の一部は自然災害にあった国々の緊急支援にあてられました。
さらに、環境問題を中心にさまざまな本を出版し、全国の小・中・高等学校45,000校への寄贈や再生可能エネルギーについての出張授業、ワークショップも開催。
「再生可能エネルギーに関する活動を行っていた2015年、SDGsが国連サミットで採択され、2017年の学習指導要領改訂にも盛り込まれました。学校側も強い興味・関心を持ちましたが、子どもたちにどう教えていくのかという課題が出てきました。そこで私は『子どもたちと未来をつくる』をテーマに、同年『SDGs for School』を立ち上げました」。
上田さんは『SDGs for School』を立ち上げる原点となった言葉があると話します。「プロジェクトを一緒に進めている教育者の知人が『子どもたちは試験が勉強の目的になった途端、笑顔が消えてしまう。学びは本来楽しいはずなのに、今は学校の成績が良い一部の生徒たちだけが笑顔になっている。これは本来の学びの姿ではなく、それを何とかしたい』と話したんです。僕はそれに深く共感しました」。
実際に、日本の子どもは世界の子どもと比べて国や社会に対する意識が圧倒的に低いという問題がデータで提示されています。「これは子どもたちだけではなく、大人も同じことが言えます。社会や国が抱える課題を自分ごと化できない大人が多いのは、日本が今まで続けてきた教育の結果です」と、指摘します。
「こういう状況のなか、持続可能な社会をどうつくっていくかを、子どもたちが考えることは良いきっかけになるのではないかと思います。自分たちの興味や関心が社会課題につながっていると認識し、試験のために学ぶことは目的でなく手段であると気が付きます。また、学校を越えた交流によって、自分と同じ志を持つ仲間や社会のために精力的に活動する大人に出会うことが大きな励みになります」と、上田さんは『SDGs for School』の活動意義を語りました。
『SDGs for School』では、持続可能な社会をつくるために先生や生徒の学びから行動までを支援しています。具体的にはNPOや企業とコラボレーションして作成した教材を届けたり、世界各国に教材を広めるために生徒たちと翻訳したこともあります。
さらに「本から学ぶだけではなく、体験や現場に行くなど一次情報に触れることも大切です」と話す上田さん。ボルネオ島に行き、現地の環境問題について考えるスタディツアーや全国の教員や学生、企業の社員が集まり未来の教育について話し合うワークショップ、地球環境をテーマにしたイベント『アースデイ』への出展などを行いました。『アースデイ』の出展を機に『超文化祭』と題した大人と子どもが共につくる新しい文化祭も生まれ、これまでに4回実施しています。『SDGs for School』を通して生徒たちの主体性が育まれていることが分かります。
近年よく耳にするSDGsですが、取り組む上で重要なキーワードを上田さんは
● 誰も置き去りにしない
● 私たちの世界を変革する
● 経済・社会・環境の調和
の3つを挙げました。
さらにSDGsを達成するためには「今ある社会の仕組みやルールを前提として改善を行うのではなく、社会の仕組みやルールそのものを変えることが重要であり、目に見えない問題に目を向けることが大事である」と話します。
未来をつくる人になろう
上田さんは、本講演のテーマであるソーシャルデザインについて「SDGsが世界と地域の問題集だとしたら、ソーシャルデザインはその問題を創造的に解こうとするアプローチといえます」と解説。世界の貧困地域で水を汲みに行く子どもたちのために、転がせるタンクをデザインした事例を示しながら「このタンクが展示された、2007年にアメリカのデザインミュージアムで行われた展覧会をきっかけに、デザイナーの力は一部のお金持ちのためではなく、困っている人のためにこそ役に立つのだ、という発想の転換がありました。私が教えている美術大学の学生がソーシャルデザインとは『効率』よりも『優しさ』を優先するデザインだと言ってくれました。とても素敵な定義だと思います」と話しました。
さらに、ソーシャルデザインは社会のためのものである「公益性」、課題の当事者とともにつくる「共創性」、時間をかけて社会をつくってゆく「継続性」の3つのポイントが特徴だと話します。
お寺が余ったお供えものをおすそわけする「おてらおやつクラブ」や100リットルの水を浄水しながら循環させて50人分のシャワー水を提供する自律分散型水循環システム「WOTA BOX」、コミュニケーションの力で首都高の事故を減らすプロジェクト「TOKYO SMART DRIVER」など、実際にソーシャルデザインを体現した事例をいくつか紹介して「発想の転換ポイントはどこにあったのか?」を軸に解説しました。
最後に上田さんは「SDGsで挙げられている課題がすべてだと思うのは間違いで、その外側にも色々な課題が存在します。2030年は1つの区切りでしかなく、未来は続いていきます。SDGsにとらわれるのではなく、それを超えて創造的なアプローチを行う目線が大事です。『SDGs for School』に参加する子どもたちは『未来をつくるための学びは楽しい』と話します。これを社会人に置き換えると『未来をつくるための仕事は楽しい』になるのではないでしょうか。『未来はいつかやってくるもの』と思うかもしれませんが、自分で創り出す側にまわれば、もっと楽しくなるのではないかと思います」と、参加者にエールを送りました。
SDGsは流行語の一種のようになっていますが、何をするべきかという根本からの議論が重要です。誰かがやってくれるではなく、強いマインドと主体性を持って人々に幸せな未来をもたらすソーシャルデザインを体現したプロジェクトをGCカタパルトでチャレンジしてみませんか?