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カメラのシャッターを押すだけで、薬の成分を見分ける、がん細胞が分かる!?
そんな世界はもう目前に迫っています。
パナソニック エンターテインメント&コミュニケーション株式会社(以下、パナソニック E&C)と、パナソニック ホールディングス株式会社は、2025年9月2日、大阪で開催されたスタートアップ支援イベント「MUFG Startup Summit in OSAKA」に参画し、独自開発したハイパースペクトルカメラでの共創を呼びかけました。世界最高感度のこの技術はどのようなものなのか、スタートアップとの連携でどのようなことを目指しているのか、担当の後藤 一孝さんに話を聞きました。
ハイパースペクトルカメラとは?
―はじめに、ハイパースペクトルカメラがどのようなものか、教えてください
元々人間の目もデジタルカメラも、世の中に存在する色を正確に捉えているわけではありません。人間の目が感知できる可視光の波長領域はおよそ400㎚から700㎚に限られていますが、全てを正確に捉えているわけではなく、実際には赤・緑・青の3つの領域を大まかに捉え、脳内で色に変換しています。一方で物体は本来、連続的で細かい反射スペクトルを持っています。その情報を波長ごとに細かく計測し、正確に捉えることができるのがハイパースペクトルカメラです。分かりやすい例として良く挙げられるのが錠剤です。見た目は同じ白色の錠剤であっても、含まれる成分が異なればスペクトルも異なるため、このカメラにより、見分けることが可能になります。

―薬の取り違えを防ぐ、ことにも応用できる技術なんですね。実際、どのような分野に使われているのでしょうか
現在は、波長ごとに細かく計測するために「露光時間」すなわち「撮影時間」が長くなってしまうという制約があるため、大学や研究機関で使われていることが多いです。身近なイメージで言うと、スマートフォンで夜景を撮影するシーンが分かりやすいかと思います。夜景モードにすると、数秒間静止して撮影する必要がありますよね。あれは光をたくさん取り込むために長時間シャッターを開けて撮影しているんです。通常のカメラは赤・緑・青の3色だけを記録していますが、それでも数秒間必要です。これに対し、例えば50色の情報を記録するハイパースペクトルカメラでは、約20倍もの時間がかかります。薬の取り違えを防ぐために「100秒待ってください」なんて無理ですよね。このため、現在は大学や国立研究所、企業の研究所などの、研究の現場での利用が中心となっています。
そこで、この「撮影時間」を唯一の技術で突破したのがパナソニックのハイパースペクトルカメラです。

―どのように実現したのでしょうか
従来のハイパースペクトルカメラには大きく二つの方式がありました。一つはプリズムなどの光学素子で光を分解し順番に読み取るラインスキャン方式で、高い解像度が得られる一方で、撮影に時間がかかるという課題があります。もう一つは、特定の波長だけを通すフィルタを使ったモザイクフィルタ方式で、一般的なカメラのようなイメージでスピーディーに撮影できますが、画像が粗くなってしまう弱点があります。いずれも感度と解像度を両立できない点が課題でした。
そこでパナソニックが開発したのが、2年前に発表した世界最高感度のハイパースペクトルイメージング技術※です。複数の色を同時に読み取る特殊なフィルタを貼り付けたセンサーを搭載しており、まずは観測データを適切に"間引く"ことで効率的に色情報を取得。その後、独自のデジタル画像処理アルゴリズムにより復元することで、感度と解像度の両立を実現しました。この感度の高さにより「撮影時間」が飛躍的に改善しています。
※世界最高感度のハイパースペクトルイメージング技術を開発(2023年1月26日)
また、従来のハイパースペクトルカメラは研究用途が中心で、普及範囲が限られているため、コスト面でも課題がありました。当社の方式は部品数が少なく、シンプルな構成にしているため、コスト面でも競争力を高められる可能性があります。これにより、社会実装が進み、将来的により幅広い分野での活用が期待できると考えています。



なぜスタートアップとの共創なのか
―これまでにない革新的な技術なのですね。応用の幅も広がりそうですが、今回スタートアップとの連携を呼びかけている背景には、どのような狙いがあるのでしょうか
「撮影時間」が大きく進化したことで、これまで導入が難しかった分野にもハイパースペクトルカメラの活用可能性が広がると考えています。たとえば「医療」、「スマート農業」、そして「工場の検査ライン」などです。「工場の検査ライン」はイメージしやすい例かと思いますが、この分野で既に実績のある大企業は他の手段で展開しており、全く新しいアプローチに置き換えを検討いただくことは容易ではありません。だからこそ、既存の枠組みに捉われず、業界変革に挑んでいるスタートアップとの連携を目指していきたいと考えています。
注目している領域の1つが「農業」です。たとえば品種改良は今も試行錯誤の積み重ねによる地道な作業で、多くの時間と労力を要します。しかし、正確に取得した色の情報と実際の食味や品質を結びつけることができれば、効率化を大きく進められる可能性があります。
もう一つは、病害対策です。例として、一つの樹木が病気になると、周囲に一気に広がっていくため、できるだけ早期に伐採する必要がありますが、人間の目では初期段階で病気を見分けるのは難しいのが現状です。しかし、病気にかかった木には特有の成分があるため、ハイパースペクトルカメラを使えばそれを見分けることができます。ドローンにハイパースペクトルカメラを搭載し、農園全体を撮影すれば、病気になりかけた木を早期に発見し、伐採することが可能になります。これにより病害の拡大を防ぎ、農園全体の収益を守ることにも繋がります。
また、「医療」の分野にも同じことが言えます。たとえば、手術中にどこまで切除すべきかの判断は難しいとよく聞きますが、現在は細胞を採取して顕微鏡で分析し、がん細胞かどうかを確認してから手術を続けるプロセスを経ています。あくまで仮定の話になりますが、もしハイパースペクトルカメラで、その場でがん細胞と正常な細胞を光の反射パターンから判別できるようになれば、手術の効率化に大きく貢献できるでしょう。更に、がんに限らず、画像分析によりさまざまな疾患を識別し、経験豊富な医師にしかできない高度な判断を、より多くの医療従事者が行えるようにする―「医療の質の平準化」を目指すスタートアップも数多く存在しています。
私たちはこうしたパートナーとの共創を積極的に進めていきたいと考えています。

スタートアップとの共創で目指したいこと
―業界変革にチャレンジしているスタートアップとの連携を目指す、狙いがよく分かりました。今後の展望についておしえてください
まずは、既に従来型のハイパースペクトルカメラが使われている分野の中で、「もっとスピードを上げたい」「解像度を改善したい」といったニーズに応える形でハードの導入を拡大し、技術力やコスト競争力を更に磨き上げしていきたいと考えています。
ただスタートアップ連携の本丸は、新たな応用分野の開拓です。当社のハイパースペクトルは"オンリーワン"の技術であり、スタートアップにとって大きな差別化の武器となり得ます。これまで一般的なカメラでは色の違いなどを見分けにくく、精度の壁から導入が断念されていた領域にも、新たなブレイクスルーをもたらせる可能性があります。たとえば、農作物の現場課題について、私たちには十分な知見がありません。一方、「スマート農業」に取り組んでいるスタートアップであればそれを熟知し、DX化のアイデアも豊富にお持ちのことと思います。また、森林の樹種を見分け、そこからCO2吸収量を推定することで、「脱炭素」の取り組みにもつなげることができます。さまざまな分野への応用可能性が考えられますが、これまで導入が進んでこなかった領域も含め、幅広く用途開拓し、「ソリューションビジネス」へ発展させていきたいです。
更にその先には、「人間の目を超えたAIエージェント」の可能性も感じています。従来のハイパースペクトルカメラは、コストや撮影時間の課題から使用されるシーンは限定的でした。しかし、私たちがさまざまな領域へ機材を提供し、将来的に膨大な量のハイパースペクトルカメラの画像データが集まれば、それらを教師データに従来のAIでは出来なかった判断(画像認識)を下せるようになるかもしれません。
私たちは、この技術を単に提供するだけではなく、スタートアップと共に新しい市場を切り拓き、「パナソニックと組んだから自社のビジネスが大きく成長できた」と言っていただけるような関係を築いていきたい。そして個別企業の発展だけでなく、産業そのものの変革にも貢献できる挑戦にしていきたいと思います。

(編集後記)
肉眼では見分けられない世界を、カメラが瞬時に判断し、そのデータが蓄積されていく。そうすることで、人材が限られる場面でも、より高度で正確な判断が可能になる。高齢化や人口減少が加速するこれからの時代において、多くの分野で救世主となるかもしれない――そんな可能性にワクワクしました。
スタートアップとの共創でどんな新しい未来を切り拓いていくのか、今後の活動に期待です!
(くらしビジョナリーコラボ広報担当)