Index
オープンな空間において、周囲の音がノイズになってしまうことがあります。そのため、開放感を重視すると音響体験が損なわれ、音響を優先すると壁や仕切りが必要になる――そんな相反する課題を抱える空間は少なくありません。
「Sound Gradient(サウンド グラディエント)」は、この常識を覆す新しい音響ソリューションです。
今回は、空間に対して新しいアプローチを行う開発メンバーに、Sound Gradientの技術の仕組みや開発の背景、空間にもたらす新たな可能性について詳しく伺いました。
また本記事では、Sound Gradientが導入された東福寺の夜間拝観イベント「ZEN NIGHT」を取材し、現地でその効果を探ります!
見えない音の壁をつくる、新しい音響技術

―「Sound Gradient」はどんなスピーカーでしょうか
Sound Gradientは、オープンな空間を複数のエリアに切り分けられるというスピーカーです。
通常のスピーカーだと一方向に向けて設置しても、実際には音は波として周囲全体へ広がり、スピーカーの裏面でも音が聞こえてしまいます。Sound Gradientは、ある面では音楽や音声がはっきり聞こえる一方、境界を越えると音がほとんど聞こえなくなったり、別の音へと切り替わったりと空間に見えない境界を作ることができます。

―Sound Gradient開発の背景を教えてください
私たちはこれまで、コンポやサウンドバー、ダクトレールスピーカーなどの一般ユーザー向けの音響機器を開発してきました。そうした活動を続ける中で、お客様から「音を広く届けるだけでなく、特定の場所や人にだけ届けることはできないか」という声をいただく機会がありました。いい音と指向性を両立させるスピーカーを模索しはじめたのが、Sound Gradientの開発につながるきっかけです。
―音を必要な場所にだけ届ける技術は以前から存在していたのでしょうか
音を特定の場所や人に向けて届ける技術は以前から存在しており、一般的には「指向性スピーカー」と呼ばれています。それは大きく2つに分類されます。
ひとつは「ラインアレイスピーカー」です。コンサートホールや会議施設などは、大型のスピーカーだと音が反響してしまって聞こえづらいので、複数のスピーカーを面上に連ねていくことで、あたかもひとつの大きなスピーカーのように動作させることができます。ただし、高い指向性を得るためにはスピーカーを長く並べる必要があり、設備が大規模になりやすい課題がありました。
もうひとつは、美術館や展示施設などで見かける「超音波スピーカー」です。これは人の耳には聞こえない超音波を利用して、特定の場所にだけ音を届ける技術です。非常に鋭い指向性を実現できるため、スポットライトのようにピンポイントで音を届けられます。一方で、音質が悪く、長時間聴いていると聴き疲れしやすいという課題もあります。そのため、展示物の解説をピンポイントで届けるような用途では効果的ですが、音楽や豊かな音を楽しむためのスピーカーとはいえません。

まとめると、従来の指向性スピーカーは、大規模な設備を準備するか、あるいは音質を犠牲にして限られた範囲に小音量で音を届けるか、いずれかを選択する必要がありました。
「大規模な設備に頼ることなく、高品質な音を必要な場所に届けられる仕組みを実現できないか...」と開発を進めるなかで生まれたのが、「空間を面で分ける」技術であるSound Gradientです。
―Sound Gradientはどんな技術か教えてください
Sound Gradientの核となるのは、2つの指向性制御技術の組み合わせです。ひとつは「信号処理による制御」、もうひとつは「スピーカーの内部構造による制御」です。
信号処理では、音の逆位相を作り出すことで、背面で音が打ち消しあうように設計しています。内部構造では、スピーカー配置や漏れ音を吸収する構造を最適化することで、背面への回り込みを抑えています。
豊かな音と指向性を両立させるには、低域の制御がポイントになります。一般的に、低音は音が回り込みやすく制御が難しいという課題があります。信号処理だけで指向性を付けようとすると無理が生じ、音圧を上げられなくなってしまいます。一方、構造だけだと非常に大きなサイズになってしまいます。
この2つのアプローチを掛け合わせることでそれぞれの弱点を補い、音圧を損なうことなく指向性を高めています。
共創により加速したSound Gradient開発
―開発を進めていくうえで課題となったことはありますか
最も苦労したのは、信号処理とスピーカー構造の両方を高いレベルで成立させることでした。
開発ではシミュレーションや実験を繰り返しながら、スピーカーの配置や筐体構造、ユニット間の距離などを細かく調整し、われわれの強みである構造的なコントロール技術を最大限に活かせるよう、粘り強く検証を重ねました。
当初はシンプルなスピーカー構成で検討を行っていましたが、狙いとする音響体験を十分に再現できませんでした。そこでさらなる性能向上のため、構成の拡張とそれに合わせたより高度な信号処理技術が必要となりました。当社の技術だけでは限界が見えてきたため、信号処理技術に強みを持つ「シーイヤー株式会社」と協業する形となり、開発を一気に加速させ、現在の形に至っています。
Sound Gradientは、どちらか一方の技術では実現できず、両社の強みを掛け合わせながら試行錯誤を重ねた結果として生まれました。
スタートアップとの共創イベント「ZEN NIGHT 東福寺」

2026年5月29日(金)―7月5日(日)19:00―21:30 京都 東福寺で夜間拝観イベントが開催されています。本イベントでは、脳科学に基づいて設計された音楽「ニューロミュージック」や光の演出を組み合わせ、没入型のナイトアート体験を提供しています。また、通天橋へ向かう回廊では音響演出として「Sound Gradient」が導入されており、橋を歩いている途中で、景色の変化に合わせて音楽が段階的に切り替わる仕掛けが施されています。
―「ZEN NIGHT 東福寺」のイベントでコラボすることになったきっかけを教えてください
CVCを通じて知り合ったVIE株式会社は脳科学を研究し、音楽を聴くことで集中やリラックスを促す「ニューロミュージック」を開発、社会実装に取り組んでいます。
VIE社との協業を模索する中で、Sound Gradientの技術に興味を持っていただき、今回のイベントではニューロミュージックと組み合わせた新しい音体験の創出につながりました。
VIE社は音の演出を行う中で、どうしても音が空間に広がってしまうため、異なる種類の音を同時に鳴らそうとすると、混ざらないように距離を大きく離す必要があるなど、表現上の制約を抱えていました。
「本当はこうしたいのに、音が混ざってしまって邪魔になり意図した演出にならない」といった困り事があり、演出そのものを諦めざるを得ないケースもあったと伺っています。
そうした課題に対して、Sound Gradientを活用することで新しい表現が可能になるのではないかというアイデアが広がり、音響演出や空間設計を携わる方々にとって、従来の制約を超える手段として受け止めていただけたのではないかと考えています。

―最後に、このスピーカーでどんなことを実現したいと思いますか
一つはオフィス空間の在り方に関するものです。コロナ禍を経てテレワークが普及し、オフィスという空間は流動的になってきていると感じています。オフィスのかたちも刻々と変わっていっています。
広い空間の中には、リラックスしている人、集中して働いている人、雑談や会議をしている人など、さまざまな状態の人が居合わせています。そのような環境において、それぞれの人がストレスなく快適に過ごせる音響空間を実現したいと考えています。その手段の一つとして、スピーカーや「Sound Gradient」のような技術を活かせるのではないかと思っています。
また、対象はオフィスに限らず、イベント空間や商業施設や空港・駅などの公共施設など、広がり得ると考えています。そこには「音がノイズになる」「聞かせたくない音がある」といったさまざまな課題が存在しており、そうした音や空間の課題解決の一助になればと考えています。
イヤホンをすれば誰もが自分好みの音環境を持てる時代ではありますが、それではあまりに個人の世界に埋没してしまう側面もあると感じています。だからこそ、イヤホンがもたらす「個の最適化」と、スピーカーが持つ「場を共有する価値」の両方が、これからの社会には必要だと考えています。開かれた公共性の中で、人と人とのつながりを保ちながら、それぞれの快適さを両立できるような空間を実現したいと考えています。技術をさらに磨きながら実証と改善を重ね、最終的にはそのような世界観を実現していくことを目指しています。
開発メンバー:
コミュニケーションネットワーク事業部/機構設計部 玉井 克志
コミュニケーションネットワーク事業部/ハード設計部 万木 弘之
新規事業・CVC総括/ビジネスイノベーション部 酒井 新太郎
新規事業・CVC総括/ビジネスイノベーション部 松田 悠
<ZEN NIGHT 東福寺 イベントの詳細・チケット購入>
ZEN NIGHT 東福寺 夜間拝観 サウンドアートナイトイベント