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パナソニックの新規事業創出を目指すGame Changer Catapult(以下、GCカタパルト)で、クロスバリューイノベーションという観点から他企業や自治体の窓口となり、さまざまなプロジェクトを推進している古谷健悟(ふるや けんご)。「将来的には、世界中の貧困地域が抱える社会課題を解決したい」と語る古谷に、そう思うようになったきっかけや現在取り組んでいる業務、新規事業創出にあたり学んできたことなどを話してもらいました。
湧き上がる好奇心と行動力で知らない世界を見たいと一人旅をした学生時代
古谷「少年時代の夢は、医者と音楽家でした。当時はどのような職業があるかも理解していなかったので、おそらく両親や祖父母の影響だと思います。体を治す仕事が医者、心を豊かにする仕事が音楽家と認識しており、幼少期より心と体の両面から人の役に立ちたいと考えていましたね。結局医者は目指しませんでしたが、音楽は今でも趣味として続けています」
幼いながらも壮大な夢を持っていた古谷。アフリカをはじめ、世界が抱える貧困問題の実情について知ったのも小学生時代だったようです。
古谷「小学校高学年の頃にテレビで飢餓など貧困問題を抱える国があることを知り、この世界には最低限度の生活すらままならない人々が大勢いることに衝撃を受けました」
「社会問題の解決など、子どもながらに何か大きなことをしたかった」と語りながらも、当時の性格をあまり活発なタイプではなかった、と振り返る古谷。しかし、小学校から続けているサッカーや体育大会、文化祭などでの話し合いの場では自分の意見を述べ、積極的に行動するよう心掛けていたといいます。そして趣味のバイクや自転車、野菜づくりなど、ものづくりへの強い関心から、大学と大学院では電子工学を学びました。
古谷「幼少期から手を動かし試行錯誤するのが好きだったので、装置づくりなど実験は楽しかったですね。今でこそ研究職ではありませんが、当時身に付けた知識・技術は今でも役に立っていると思います」
昔のバイクが好きで、修理をはじめ、極力自身の手を動かし何とかするのがモットー。その考え方や経験は、今の新規事業開発のプロト開発や実証推進にも役立っている。
古谷は卒業が近くなると、海外の状況をこの目で見たいと一人旅に出ることを決意します。
古谷「ツアーでの観光地巡りといったガイドブックにあるようなことよりも、現地での生活をこの目で見て、旅先での出会いを大切に行動したいと思い、アジアや南米に一人旅をしました。往復の航空券だけを購入し、あとはその場で決める。現地の人々と積極的にコミュニケーションを取り、リアルな暮らしや空気感を肌で感じることを大事にしていましたね。社会人になっても長期休暇があれば海外へ赴き、これまでに20カ国ほど訪れました」
研究職の傍ら続けていた海外旅行で、仕事観の変化に気づく
古谷は旅をする中で、電気が行き届いていない地域がたくさんあることを知ります。生活水準を上げるためにも電気は不可欠で、何とか貢献したいという想いから卒業後は大手電機メーカーに就職。電力用大型変圧器の研究開発に取り組みます。その傍ら続けていた海外旅行先で、少しずつ価値観に変化がでてきたといいます。
古谷「旅行先では、現地の人々の暮らしを見るたびに色々と考えましたね。例えば、カンボジアの子どもたちは、生きるために観光客を相手に物乞いをしたり、英語やフランス語など多言語を駆使し商売をしたりしています。最初は、貧しさばかりに目がいっていましたが、彼らの生き抜く力に強さを感じるようになり、同時に自身の恵まれている環境とそれに対する甘えを痛感しました」
現地の過程や学校を訪れ、その土地土地の生活環境や人々の考え方を肌で感じることを大切にしてきた。直接会話することで初めて気づくことが多く、仕事だけでなく、普段の生活においても常に意識している。
電気や水道も十分でなく不便な暮らしの中でもたくましく生きる現地の人々。宿泊先ですら電気や水道、ガスが思うように使えない時間帯があったといいます。最初は不便に感じていたもののやがて慣れてしまい、自身の恵まれている環境とそれに対する甘えを痛感するようになりました。しかし、古谷はインフラが整っていないことで、負の連鎖が起きていると考えています。
古谷「冷蔵庫や洗濯機などが使えず衛生面や利便性に問題があるのはもちろんですが、電気がないと照明が使えず、夜に勉強ができない、また日中も、水汲みや仕事の手伝いなどに時間が取られるなど学習機会が奪われます。学習機会が奪われることで高等教育機関に通えない。高等教育を受けていないため、良い就職先も見つからず、安定した収入を得られない。こうした負の連鎖が次の世代にも続きます。だからこそ、基盤を整え、生活水準を上げることが大切です」
そしてフィリピンのとある街を訪ねたときには、その暮らしに衝撃を受け、社会課題に対する想いをより強めていきます。
古谷「マニラにある『スモーキーマウンテン』と呼ばれるスラム街を現地の人に案内して頂き訪ねたことがありました。元々は、ごみ捨て場として活用されていた場所ですが、ごみの中の金属類はお金になるため周辺に人々が集まり、次第に街が形成されました。毎日たくさんのトラックが街の中に入り、大量のごみを捨てていきます。子どもたちは、そのごみの中から金属類を集めていますが、稼ぎは1日1~2ドル程度。水も十分通っておらず、破裂した水道管から水を飲んでいることもあります」
さまざまな種類のごみが混じり合い、くすぶっていることがあることから「スモーキーマウンテン(煙の山)」という名前がついた街。その中での暮らしを見た古谷は、大きな決断をします。
古谷「このような街は、仮に電気を通したとしても、金属である電線を売るために電線が盗まれてしまうことが多々あります。そこで、電力供給だけでは貧困問題の根本的な解決は難しいと考えるようになりました。このような経験から、電気だけでなく、より利用者の顔が見える仕事がしたいと強く思うようになりました」
世の中の変化に対して求められるものを提供したい。パナソニックに転職を決意
古谷は、2016年にパナソニック株式会社に転職。さまざまな企業の中からなぜパナソニックを選んだのでしょうか。
古谷「面接で『技術はもちろん大事だが、それらを組み合わせて、世の中に役立つ商品・サービスを生み出すことが大変難しく、我々はそのようなことができる人材を求めている。これまでの技術者としての知識・経験を活かし、新しいビジネスを共に創り出して欲しい。』とお声がけいただきました。当時、私は技術を突き詰めるのではなく、様々なことに挑戦したい、世の中の変化を察知し、その時々に求められるものを人々にお届けしたいと考えていました。将来に迷いながらの転職活動でしたが、後々の上司となるその方の面接での熱い言葉に心が動かされ、入社を決意しました」
入社後は、事業開発センター(以下、BDC)・カンパニー連携課にて暑熱対策などに使われるグリーンエアコン(現Green AC)の事業企画に従事した古谷。コンセプト設計や自治体への売り込み、設置後の効果測定など、これまでにない分野に取り組みます。また2018年には新規事業に特化したBDC・クロスバリューイノベーション(以下、CVI)推進室にて、オリンピック・パラリンピックの選手村や統合型リゾートへの提案など大きなプロジェクトに携わります。
ビジネスコンテスト参加時の様子(中央が古谷)。所属は異なる仲間同士であるが、この経験で得られた結束力・信頼感は強く、他チームのコンテスト同期含め、今でも交流が続いている。
古谷「もともと新規事業には興味があり、2018年にはGCカタパルトのビジネスコンテストに『笑顔で人を幸せに』のテーマで参加しました。事業化には至らなかったものの、チームで100件以上の顧客インタビューをしたり、外部講師の激励をいただけたり、いい経験になりましたね」
2020年には、担当部署に所属しながら別の業務に挑戦できる複業制度を利用し、本社人事の採用部にて産学連携プロジェクトを推進。学生に向け、新規事業創出に関する講義を行いました。パナソニックに入社してからは新しい経験ばかりで、とにかく無我夢中で取り組んできたといいます。
GCカタパルトへジョイン。新規事業創出を通して社会課題解決を目指す
古谷が所属していたCVI推進室は、2021年からGCカタパルト推進部のCVI課となります。社内だけではなく、他社とも協業するプロジェクトで古谷は窓口となり、主に企画提案や折衝などを行います。
古谷「私の部署では、目先の利便性や経済合理性ではない未来を見据えた取り組みに力を入れています。その一環として、社会課題解決にゼロベースで自治体と取り組んだり、これまでにない社会システムの構築を共に考えたりする研究・共創団体への参画や2025年に開催される大阪・関西万博の展示企画などを推進しています」
グローバル展開も積極的に行っており、医薬品向け保冷ボックス「VIXELL」の海外営業も行っている古谷。さらにビジネスコンテスト参加者をサポートするメンターもしています。
古谷「ビジネスコンテストへの参加経験があるので、過去の自分を見ているような気持ちになります。経験を活かしたアドバイスをすることもありますが、メンターは、あくまで伴走者。メンバーと世代が近いこともあり、フランクに接して気持ちに寄り添うようにしています」
幼少期から「世界中の人を幸せにしたい」と考えていた古谷。その夢に一歩ずつ歩みを進めているように見えます。そして、これからは貧困地域をはじめとした世界の社会課題を変えていきたいという大きな目標に向けて挑戦を続けます。
古谷「海外へ事業を展開する際、どうしてもビジネス的観点から欧米などの先進国に力を注いでしまう傾向があります。しかし、アフリカなどの発展途上国も目覚ましい進化を遂げており、今こそ進出するべきタイミングだと思っています。現在は、あくまで先進国に向けた価値提供がメインで利益享受が限定的になっていますが、創業者の水道哲学のように、最低限度の暮らしができない国や地域の人々にもサービスが行き届くよう、現状の商材をアレンジするなど、ビジネスモデルを確立させていきたいですね」
古谷は現在の仕事で、官公庁や自治体などさまざまな人々と関わる機会があります。貧困地域が抱える社会課題を解決するためには、様々な立場の人々との連携が不可欠であり、今はそのための助走段階だといいます。子どものころや学生時代で感じた「貧困で苦しんでいる状況を世の中から無くしたい」という夢を実現するため、古谷の挑戦はまだまだ続きます。