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新規事業創出活動を中心に、新しいアイデアの具現化を目指して活動する人をサポートするパナソニックのGame Changer Catapult(以下、GCカタパルト)。実現したい明確なビジョンを持っている人を支えるだけではなく、専門家による講演会や社内イベントなどを通じて、アイデアのきっかけづくりにも積極的に取り組んでいます。
今回は官民連携をテーマにオンラインで講演会を開催。神戸市役所の長井伸晃さんをお招きし、「民間×自治体のコラボで課題解決 事例から学ぶ官民連携イノベーションの作り方」というテーマで講演していただきました。
ゲスト:長井伸晃
神戸市経済観光局経済政策担当係長。2007年に神戸市に入庁し、長田区保護課、行財政局給与課、企画調整局ICT創造担当係長、つなぐ課特命係長などを経験。民間企業との事業連携を多数企画・運営し、NPO法人の理事長も務める。主な著書は「自治体×民間のコラボで解決!公務員のはじめての官民連携」。
行政の課題把握能力と民間の解決能力を組み合わせて市民サービスの質を向上させる
官民連携を「行政課題(ニーズ)と民間サービス(シーズ)のマッチングから生まれる新たな価値」だと定義する長井さん。「行政課題は行政が解決すべきという人もいると思いますが、現在は社会が多様化し、テクノロジーも進化しています。民間と連携してアイデアや技術を取り入れることで、さまざまな課題を解決でき、市民サービスの向上や事業効率アップ、経済活性化につながります。この動きが広がれば、新たなビジネスのきっかけになるかもしれません」と、連携の意義を語ります。
官民連携のメリットは、地域の課題をキャッチできる行政とスピード感のある対応力と優れた課題解決能力を持つ民間の強みを持ち寄れること。民間企業が単独でサービスを提供するよりも、行政が連携することで市民も安心してサービスを利用できます。
ただ、長井さんは「官民連携はあくまで手段。これを目的化してしまうと失敗します」と、話します。実際に、官民連携をゴールにしてしまうと「連携だけで、具体的なアクションやアウトプットに発展しなかった」「事業をスタートしたが、ユーザーが少なかった」など、期待した結果につながらないケースも多いといいます。
予算と前例の有無から自分のアイデアの立ち位置を知る
では、官民連携を成功させるために必要なポイントは、何でしょうか。長井さんは、事業は以下のように4つのパターンに分類できると説明しました。
・予算があるが、前例がないもの
・予算はないが、前例があるもの
・予算も前例もあるもの
・予算も前例もないもの
「予算の有無は市として関わる以上、市民への説明責任に影響します。前例の有無はメディアへの注目度や事業化へのやりがいに関わります。しかし、どのような場合もとにかく連携すればいい、ということではありません。例えば、予算も前例もあるパターンでは、すでに他都市において効果も一定検証されているはずなので、スピード感をもって小さく実証実験を行いながら事業を育てていく官民連携になじむのかを考える必要があります。新規事業を立ち上げる場合、自分のアイデアが4パターンのうちのどれに当てはまるのかを、認識しておくことが大切です」。
①傘のシェアリングサービス「アイカサ」活用事業(予算あり・前例なし)
市内に設置された傘をスマホでレンタルできるサービス。雨天時の移動のサポートや、日傘として熱中症対策にも活用できます。さらに神戸市では傘の受け取りと返却の情報を集約し、雨の日の人流データを分析。都市部の回遊性向上など、まちづくりに役立てようとする取り組みもあります。
②フードシェアリングサービス「TABETE(タベテ)」を活用した食品ロス削減(予算なし・前例あり)
食品ロスの削減と持続可能なフードシェアリングによる「シェアエコシティ」を目指した取り組みです。「TABETE」とは、スマートフォンアプリを通じて、食品の廃棄が出てしまいそうな店舗をユーザーに通知するサービス。神戸市では市内の老舗パン屋と連携して導入を促進。通知を受けたユーザーが来店してパンを購入することで、利益アップと廃棄代の削減を実現しました。
③飲食店支援(予算あり・前例なし)
コロナ禍の飲食店支援として「Uber Eats」や「出前館」などのデリバリーサービスと連携。注文金額に応じて割引額を設定し、その割引額を神戸市が負担しました。加えて、山間部などのデリバリーサービス対象外エリアには、キッチンカーの提供実験も実施。市内の飲食店にキッチンカーを無償で貸し出し準備費を助成、そして市有地も提供するなど、飲食店の負担減に取り組みました。
④スポーツプロジェクト(予算なし・前例なし)
まだまだ発展途上にあるeスポーツの可能性を探りながら、高齢者向けのフレイル(=介護が必要になる手前の状態)予防に取り組んだプロジェクト。フレイル予防に必要とされる「社会参加」「身体活動」を、eスポーツを通じて取り入れることで対策をし、健康を維持しようという考えの事業です。高齢者福祉施設eスポーツ体験を実施し、コミュニケーションの活性化や心の健康維持に与える影響を検証しました。
「課題をキャッチして、民間サービスを理解する」官民連携のために必要なマインド
こうしたプロジェクトの発案について、長井さんは「まずは、市民との対話から課題をキャッチすることが第一。その上で、様々な民間サービスの強みや仕組みを理解することも大事です。もちろん知ることへの限界はあるので、ある程度は広く浅く調べて気になるものを掘り下げるようにしています」と自分自身の姿勢を説明しました。
「課題を把握した後は、実現できるかできないかは気にせず、妄想も取り入れた企画案を作成します。その後に政策化に入りますが、ここではなぜ行う必要があるのか、どのような人にメリットがあるのかを、一つずつ整理して関係者に説明し、当事者意識を持ってもらうようにします。政策化へのストーリーをしっかり固めることで、予算や人員を確保できるようになったり、メディアに発信しやすくなります」。
さらに、全ての過程において重要なのは、想像力だと長井さんは言います。「誰がいれば実現したいゴールに到達できるか、パートナーになる人の立場になり、どのような状況になればみんながハッピーになれるかを想像することが何より大切だ」と、伝えました。
また、長井さんはセミナーのまとめとして「官民連携マインドの5つのポイント」を紹介しました。
①100点満点を狙わない
最初から100点を狙っていては、いつまでもスタートできないので「うまく行かなくて当たり前」くらいの気持ちで始める。
②組織の壁を取り払う
探り合いからは何も生まれない。腹を割って話し合い、個人レベル・組織レベルで信頼できる関係を構築する。
③実験を楽しむ
チャレンジすれば想定外のことは起きるので、チーム全員で楽しみながら乗り越える。
④無理のない規模感でスモールスタート
小さくてもスキームづくりや検証は可能であり、むしろ取り組みやすい。それを全力で取り組みながら、持続的に展開するビジョンを持つ(最終的にビジネスとして自走することを前提にする)。
⑤やったことを発信する
さまざまな場所で自分がやっていることを発信すると、仲間や応援してくれる人が増えることもある。
神戸市のまちづくりから見えたイノベーションの鍵。脚を使って動くことの重要性
講演後の質疑応答では、さまざまな視点の質問がありました。「いろいろな人と、どのようにしてつながりを作ったのか」という質問について「生の情報と顔の見える関係を大事にしたので、さまざまなコミュニティやイベントに直接足を運びました。最初は専門用語の意味もわからず、会話についていくのも大変でしたが、食らいつくことで知り合いが増えました。勇気を出して飛び込むことが大切です」と、答えました。
ほかにも、「仲間集めの時は、最初から仕事の話だけで進まず、相手の人となりを知るような会話をすることも大事」「企画のストーリーは、事前情報が全くない人にもわかるように」「課題をキャッチするためにも、今の社会で何が求められているのか、アンテナは常にはっている」など、新規事業立ち上げの現場を経験したからこそ心がけていることを伝え、参加者とも積極的に言葉を交わしました。
長井さんが紹介した企画の進め方や個人・組織のコミュニケーションの取り方は、新規事業創出活動にも参考になる部分が多くあったと思います。
講演のまとめとして、長井さんは「新しい取り組みができれば達成感が生まれ、自分の自信になる。そして、市民生活が豊かになる」と、官民連携におけるやりがいを話されていました。私たちも、「社会の課題を解決したい」という気持ちを忘れずに、ゲームチェンジを目指しましょう。