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嚥下障がいなど食に対して問題を抱える方でも、家族と同じような食事を楽しんでほしいという思いから生まれた「DeliSofter(デリソフター)」。隠し包丁と圧力と蒸気の力のかけ合わせにより、いつもの食事を見た目そのまま、やわらかく変化させることのできるという。
通常、ビジネスや商品は健常者の生活をより便利に・豊かにすることを起点に発想されることが多いが、デリソフターは徹底的に介護現場の当事者のことだけを考え抜いたもの。これまで1,000台以上の販売実績を積み重ね、介護食にかかる手間を減らすだけでなく、介護をする側・される側という立場の違いから生まれる心の距離を縮めることにも貢献し、家庭や介護施設、さらには飲食店など、さまざまな領域で「食のバリアフリー」を実現している。
今回はデリソフターの開発者の一人であるギフモ株式会社(パナソニックの新規事業創出スキームから生まれた企業)の水野時枝と、家族との生活を笑って泣ける文章で綴る作家・岸田奈美さんとの対談を実施。実際にデリソフターで調理した食事を味わってもらいながら、食をとおした家族との関わり方、そして、パナソニックの技術を活用することでひらける未来についてお話をうかがった。
からあげが箸で切れる。食べる人の状況に応じてやわらかさを調節
――まずはじめに、デリソフターの特徴を教えていただけますか?
水野デリソフターは嚥下障がいなどの課題を抱えている方でも、それぞれのご家庭のお料理を味わっていただけるプロダクトです。炊飯器と同じような形をしているのですが、2.0気圧の高圧力と120℃の蒸気加熱の技術を保有しているので、食材を見た目そのままに短時間でやわらかくしてくれます。
使い方は簡単で、食材を調理皿に乗せてスイッチを入れるだけ。お肉は専用のデリカッターを使って、繊維を断ち切ってからお皿に乗せます。(※カッターの写真は2022年9月取材当時のもの。2022年10月よりカッターはペンシル型に小型化予定)。
岸田繊維を切っても形が変わらないんですね。お皿には何を乗せてもいいんですか?
水野主菜副菜、なんでも大丈夫です。20cmの大皿なので、市販のお弁当一人前くらいなら全部乗せられちゃいます。
岸田スーパーのお惣菜やお弁当でもいいのがありがたいですね。買って帰って「これ、デリソフターしようよ」って会話も生まれそう。
――今日はデリソフターで調理したお料理も用意しました。やはり、食べてみないとわからないと思いますので、ぜひ召し上がってみてください。
岸田食べちゃっていいんですか? いただきます!
岸田からあげがお箸で簡単に切れる! 特にブロッコリーすごくないですか?(笑)ウニみたいに口に入れるとなくなっていく......。生の硬い野菜って少し苦手なんですけど、これなら食べられます。見た目も、実物を見るまで刻み食みたいなものを想像していましたが、本当にいつも食べている料理そのままの形ですね。
水野うれしい感想をありがとうございます。日本摂食嚥下リハビリテーション学会では、食事をやわらかさ別に5段階に分けていて、そのうち私たちが食べる普通食は最も硬いものとされています。でも、デリソフターで調理することで、食材を歯茎で潰せるくらいやわらかくすることができるんですよ。
岸田デリソフターの表示パネルにも番号が振ってありますよね。どの番号を押すかで、やわらかさも調整できるんですか?
水野1〜5番まであって、たとえばお肉のようなしっかりとした歯応えのあるものは、一番調理時間が長く、やわらかくできる5番で調理します。今回、りんごは1番で調理しましたが、もしそれでも硬いという場合は2番にレベルを上げてもいい。食べる人の状況に応じて変えられるので、リハビリ効果もうながせるんです。
岸田最低限の工夫で、最大限の思いやりを入れられるんですね。
食べる楽しみに対して、取りこぼされる人をつくらない
――実際に試食いただいて、その食体験に驚かれたかと思います。率直にデリソフターという商品のコンセプトについてどのように感じましたか?
岸田嚥下障がいを抱える人でも、健常者と同じように食事を楽しめるのは素敵だなと思いました。障がいを抱える人って、商品開発においてはつねに「例外」なんです。もちろん工夫して使うことはできますが、それは商品を開発する側にとっては、きっと想定外のことですよね。だからか、たまに「私たちって世界から歓迎されてないんだな」と感じることもあるんです。だから、デリソフターのような、「私たち」のことを考えてくれた商品が存在することは希望でしかなくて。
水野介護のように、特別なニーズを抱えた方にお役立ちできそうなパナソニックの技術はじつはたくさんあるんです。たとえば、パナソニックは洗濯機や食洗機、ミキサーに使われる「撹拌」が得意なんですが、この「攪拌技術」って介護現場でペースト食をつくるときにたくさん使われているんですよ。
でも、残念ながらいまのところ、パナソニックのミキサーではペースト食をつくることはNGとされています。そういう特殊なニーズを想定していないんですね。それなら、既存商品に対して改良や工夫を加えて、特別なニーズがあっても使えるミキサーを開発したらいいんじゃないかと思って。
高齢者には年金暮らしの人も多いです。そうなると、どんなに便利な商品でもお金を出せない場合もある。でもパナソニックが持つ技術的な素地に対して違う目線を加えていけば、たとえばすでにある金型を利用して設備投資を抑えつつ、一からつくるより安価に新しいものを生み出せる可能性があります。これまで商品のターゲットに入らなかった、いわゆる「マイノリティー」側に立たされていた人のニーズも満たしていくことが、私たちであればできるんじゃないかと思うんです。
岸田そういう商品が少しずつ増えていくと、人の手を借りないと食事ができないほどに衰えてしまって、もう自分は永遠に楽しく食事することができないのかな......とすら思っている人に対して、「あなたの笑顔が見たいんです」というメッセージを発信することにもつながりますよね。それってすごく嬉しいことだと思います。
――デリソフターは、「ケア家電」として高齢者や障がいを抱える方の食の課題解決
水野介護経験はありませんが、祖母が116歳まで長生きしたことがきっかけになっています。祖母は手づくりの食事にこだわる人で、「家庭料理にはそれぞれの家の味がある。私はそれを食べて天国に行くよ」と口癖のように言っていたんです。それが心のなかにありましたね。
あとは、共同開発者である小川の原体験が、デリソフターを企画するうえで大きな原動力になっています。彼女は嚥下障がいを持つお父さんの介護をしていたのですが、働きながら3食つくることがどうしても難しく、市販のペースト食を活用していました。でも、ある日「こんな餌みたいなもの食べさせて」と言われて非常にショックをうけて......。
その話を聞いて、楽しいはずの食事の時間が喧嘩になってしまうのは問題だと思ったんです。そんなとき、パナソニックの社内ビジネスコンテスト「ゲームチェンジャー・カタパルト」がスタートしたので、私の家庭の味への思いと小川の体験を重ね合わせた商品として、デリソフターを起案しました。
――負担を減らすだけじゃなく、食事を提供する側・食べる側両方の気持ちにもアプローチできるんですね。岸田さんは、車椅子生活を送るお母さま、障がいを持つ弟さん、そして認知症のお祖母さまと暮らしていました。食や介護に関して悩むことはありましたか?
岸田いろんな人から「岸田さんは介護されてますよね」って言われるんですけど、母も弟も自分のことはある程度自分でできるので、介護をしている感覚はないんです。おばあちゃんに関しても同じなんですが、認知症の影響で物忘れが激しくなったのと同時に、食への執着が出てきたので、それで困ったことはありました。
朝昼晩とご飯を食べたことを忘れて冷蔵庫にあるものを全部食べてしまったり、大きな鍋にいろんな食材を放り込んで、謎の料理を生み出してしまったり......。母が大きな病気をして入院し、弟は平日グループホームに通い、私も仕事で家を空けているので、日中おばあちゃんの行動を止める人がいなかったんですよね。
幸い、普通の食事をとることができたのですが、それでもすごく疲れました。家族って、ずっと一緒にいるとお互いに余裕がなくなっていくんですよ。他人なら割り切れるかもしれないけど、家族だからこそ、めっちゃ好きなのにイラついてしまって。そういう意味では、デリソフターは家族の距離を大事にしてくれるというか、お互いの余裕をつくってくれるものなんじゃないかと思いました。
――大切な存在だからこそ、一緒にいることが苦しくなってしまうんですね。水野さんは、岸田さんのような、家族の心がすり減っていく状況にもアプローチできると考えていましたか?
水野その点は狙いとしてありました。食って、1日に3食ありますよね。つくる側からしたら「さっき朝ご飯つくったのにもうお昼ご飯の準備をしないといけない」って思ってしまうし、掃除や洗濯といった、ほかの家事もあります。慌ただしい生活のなかで1日3回の食事に気を使って準備をすることを繰り返すと、介護する側もされる側もお互い疲れていくんです。
岸田とても共感します。私は「ありがとう」って残高制だと思っていて。すごくいい言葉なんですけど、一方だけが言い続けていると、「この人がいないと、私は生きていけないんだ」と考えて卑屈になってしまい、いつからか「ありがとう」が「ごめんなさい」に変わっちゃうんですよ。そうならないためにも、お互いに「ありがとう」と言い合う機会は多少なりとも必要なんじゃないかな。
うちの弟は土日だけグループホームから家に帰ってくるんですけど、母は、弟がご飯を「美味しい」と食べてくれることが嬉しくて、「ありがとう」っていつも言ってるんです。車椅子でご飯をつくるのってかなり面倒くさいはずなんですが、弟がいるからそれができるって。弟もつくってくれて「ありがとう」、お母さんもそんなに喜んでくれるんだったら食べてくれて「ありがとう」だし、この関係性ってすごくいいなと思います。
「食べられない」「食べさせられない」ことを、気に病みすぎなくてもいい
――デリソフターはこれまで1,000台以上の販売実績がありますが、そのなかでも水野さんにとって印象深かった体験者の声を教えてください。
水野20歳のときに大事故に遭い、植物状態になってしまった方がいました。でも、そこから意識を持ち直して、いまは寝たきりで暮らし、お母さんが在宅介護をされています。食事はもちろんペースト食でした。
お母さんが連絡をくださって、デモ機を持ってご自宅にうかがったのですが、家を拝見したら食卓がなかったんです。どうしてかと聞いてみると、お母さんはいつも冷蔵庫のうしろに隠れて食べてるそうで。息子さんも嗅覚ははっきりしているので、美味しそうなものを食べているのがわかると暴れ出すんですって。「息子は、20歳まで私の手料理を食べていたんです。いきなり食べられなくなってもう17年。その気持ちもわかるから」と。それがすごくつらくて......。
その日、デリソフターで調理したものを息子さんは食べてくれました。それを見たお母さんは号泣してくださって。「デモ機でいいから置いて行ってください」と、即購入されました。その日の晩から隠れて食べなくていいようになったんですね。
手に取ってくださった一人ひとりにストーリーがあるけれど、デリソフターをつくってから、特に「やってよかった」と強く思えた経験でした。
岸田食べられない人がいて、その人を悲しませないように我慢するっていうのも、長く続くと辛くなってきますよね。当たり前にやっていた「食卓を囲む」ということができなくなるのってお互い辛いじゃないですか。きっと、息子さんも我慢してほしくなかっただろうし。しなくてもいい我慢をせずにすむっていうのは、すごく大事なことなんだと思います。
介護現場のニーズから生まれたデリソフターが、普通の飲食店への導入も視野に
――岸田さんは、介護の現場において今後こういったものが必要、というお考えはありますか?
岸田家族だけじゃなく、介護に携わる人の手間を減らしていくことも大事だと思います。たとえば介護士さんって、ずっと人手不足状態で。私も、週2、3回お願いしていたこともあるんですけど、1回につき2時間しかお願いできなかったんです。
その範囲でできることって限られているし、介護士さんはほかにもたくさんの家庭を見ているから担当いただける範囲には限りがあるし、でも、こちらとしてはもっとお願いしたいし......と、なかなかバランスを取るのが難しくて。これからさらに高齢化も進むでしょうし、一人ひとりの負担を削減できるといいですよね。
水野デリソフターは一般のご家庭での利用をメインに考えていますが、いま、介護施設での活用も少しずつ始まっています。岸田さんがおっしゃったように、介護する側をサポートすることができるんじゃないかと思っています。
――何かがあってからではなく、日常的に「こういうものでケアできそう」という知識を手に入れて、ストックしておくことも重要なのでしょうか。
岸田私、「知識は絶望の処方箋」と、去年あたりからずっと言っていて。わが家はおばあちゃんが認知症になって、母も入院して、どれも突然で、何もわからず大変だったんですよ。時間も、お金も遣いました。でも、最初からそういうのがあるって知ってたら、あとは選ぶだけだから、心の余裕があるときに、こんなのがあったら便利だよって知っておけるといいと思うんです。
以前母が2年間入院してたとき、病院食がつらくて病んじゃったことがあったんです。もしこの先母がご飯を食べられない状況になってしまったら、また苦しむだろうな、どうしようと思っていました。だから、今回デリソフターを体験させてもらえてよかったです。私はこのおいしさを知っているので、万が一そうなったとしても、すぐに「あれ使えばいいじゃん」って思いつくだろうから、きっと絶望しないと思います。
――デリソフターは、介護の現場を超えて活躍の場を広げられるのではないかとも感じます。
水野介護の現場はもちろんですが、じつは普通の飲食店でも導入され始めています。今後はそれをもっと広げていきたいですね。うなぎ屋さんや、丸呑みできるカツカレーを提供しているお店など、もう6店舗も使っていただき「食のバリアフリー」を実現しています。特にうなぎ屋さんは、全国47都道府県すべてのお店にアプローチしていきたいです。
岸田なんでうなぎなんですか?
水野「最期のリクエスト食」って言って、介護現場で「最期に何を食べたい?」と聞かれたとき、だいたいの答えがうなぎか天ぷら、お寿司なんだそうです。
岸田そうなんですか!? 知らなかった。
水野うなぎはデリソフターとも相性がいいんですよ。ご飯も、うなぎの身もやわらかくなって。あと、これは変な話ですが、新しい食形態もありなんじゃないかと思っています。このやわらかさを好んで食べる人もいるんじゃないかなって。
岸田たしかに、新しい感覚の食べ物として流行りそうです。「丸呑みできるカツカレー」って私のまわりのSNSインフルエンサーの方々も面白がってくれそう。そういったところから調べて「この商品、うちのおばあちゃんによさそう」と思ってくれる可能性もありそうですよね。
――デリソフターの未来については、どんな想像をされていますか?
水野過去を振り返ると、「もっと早くこの商品ができていたら守れていた笑顔がたくさんあっただろう」とも思います。でも、これからのことを考えていかなきゃとも思うんです。
パナソニックには長い年月で培われてきた技術が豊富にあります。その技術をいろんな角度で見てみたら、もっと社会貢献できる商品が生まれるんじゃないかなと思っています。そういえば、これは嫁入り道具に母から持たせてもらったナショナルの圧力鍋なんですけど、いまでもずっと愛用しているんです。デリソフターの開発段階でもヒントにしていました。
水野こんなふうに、ずっと培われてきた技術を、「ケア家電」というかたちで、誰かをケアする場面でどんどんお役立ちさせていければと思っています。
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Profile
岸田 奈美(きしだ・なみ)
1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。2020年初の著書『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)を発売。世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 Asia 2021」選出。
水野 時枝(みずの・ときえ)
ギフモ株式会社 共同創業者。パナソニック時代は工場、CS部門と品質部門の3部門を経験。2016年にGCカタパルト1期生でDeliSofterの起案し、2019年ギフモ株式会社を設立し事業化実現。
私のMake New:Make New「ユーザーに寄り添う」
パナソニック保有技術をかけ合わせてユーザー視点に変える。その先に新しい食形態が生れ、食のバリアフリー化を。美味しい笑顔が豊かな心をつくる。