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ジェンダーギャップ116位の要因は「くらし」にもある?ジャーナリスト・中野円佳さんと考える

GENDER GAP | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

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    パナソニックのさまざまな「Make New」を発掘しているMake New Magazine(以下、MNM)編集部が、もっと知りたい、話したいトピックをその道のプロにうかがう企画「Make New Studies」。今回は、「くらしとジェンダーギャップ」を取り上げます。

    「ジェンダーギャップ」とは、男女の違いで生じる格差や不均衡のこと。世界経済フォーラムは、この男女間の不均衡が政治・経済・教育などの分野でどの程度存在しているかを示す指標として、「ジェンダー・ギャップ指数」を2005年より毎年発表しています。気になる日本の結果は、2022年は先進国において最下位レベルの116位でした。要因として、政治・経済分野への女性進出の遅れが指摘されています。しかし私たちは、普段の何気ない「くらし」のなかにも、じつはさまざまなジェンダーギャップが隠れているのではないかと考えました。

    そこで、書籍『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』などを執筆し、ジェンダー平等の分野で精力的に取材や研究を続けている、フリージャーナリストで東京大学男女共同参画室特任研究員の中野円佳氏にインタビューを実施。くらしのなかのジェンダーギャップがどうすれば解決するかをお聞きしつつ、あらゆる人が平等に挑戦できる社会の実現について、一緒に考えました。

    日本ではなぜ、家事や育児の負担が女性に偏ってしまうのか?

    ――最近、パナソニックのなかでも若手の男性社員を中心に育休を取得する方が増え、家庭のなかのジェンダー平等や男性の家事・育児参加について関心が高まっているのではと感じています。日本全体を見ても、まだまだ解決すべき課題が多い「ジェンダーギャップ」についてあらためて深く知りたく、中野さんにお話をうかがえればと思いました。どうぞよろしくお願いします。

    中野よろしくお願いいたします。

    中野 円佳氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    中野 円佳。東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)、ジャーナリスト

    ――まずは、2022年7月に世界経済フォーラムより発表された「ジェンダーギャップ指数」が先進国最下位レベルの116位となった原因について、中野さんの考えをお聞かせください。

    中野ジェンダーギャップ指数が先進国最下位レベルとなってしまう要因には、社会のなかに根強く残る性別役割分業の意識が関係していると思います日本ではいまだに家事や育児は「女性の役割」と考える人が多いですし、職場でも女性がサポート役に回ることが多いですよね。性別役割分業の意識が残っているからこそ、ジェンダーギャップもなかなか解消しないのだと思います。

    ジェンダーギャップ指数はいくつかの項目に分かれており、日本は健康と教育の分野では、じつは女性の平均寿命が長かったり、識字率や初等・中等教育の進学率が男女平等をほぼ達成したりしているために良いスコアが出ています。しかし、それが「日本の教育がジェンダー平等な状態にあること」を示しているとは限りません。現状をよく分析して考えてみる必要があると思います。

    ――分析とは、つまりどういうことでしょうか。

    中野教育分野のスコアは良いけれど、大学などの高等教育に目を向けると、まだ男女の差が大きく開いている領域もあるからです特に難関大学に焦点を当ててみると、教員や学生の女性比率がとても少ない実態が見えてきます。これはジェンダーギャップ指数で、日本の全体順位を下げる要因となっている「経済」「政治参加」の低いスコアにもつながると考えています

    難関大学の卒業生は、一般的に政治の世界や経済界で意思決定の場に入っていく機会も多い。難関大学に女性が少ないことは、政治経済の領域で女性の進出が遅れる一因にもなっていると思います。家庭や地域によっては、性別役割分業をベースとして、娘には息子に対してほど高等教育等への投資をしない傾向も根強く残っています。じつは教育の分野で存在している課題が、政治経済の分野にも突出して現れているのだと考えます。

    ――なるほど。社会のなかに根強く残る性別役割分業の意識が、家事や育児だけでなく女子の高等教育への投資にも影響し、それが政治・経済分野のジェンダーギャップにもつながっていると。

    中野そう言えると思います。

    ――非常に根深い問題ですね。政治・経済分野で女性がさらに活躍できる社会をつくるためには、女性のほうが家事・育児を多く引き受けている「くらしのジェンダーギャップ」を解決していく必要がありそうです。この課題は社会にどのような影響を与える可能性があると思いますか?

    中野大きな視点でいえば少子化にも少なからず影響しているでしょうし、企業などで指導的なポジションに立つ女性が少ないという経済分野の状況にも影響を与えていると思います。

    いまの時代は、仕事を持つ女性のほうがマジョリティーになりつつあります。しかし、それでもなお、家事や育児の負担は女性に偏っている現状がある。このような「男性は仕事を担い、女性は家事と育児に加えて仕事までも担う」という状況は「新・性別役割分業」とも呼ばれています。女性のやるべきことが多すぎるために、仕事と家庭のどちらかを諦めている人も多いのです「新・性別役割分業」が子どもを持たない人生を選択したり、女性が部長職などの高い役職を辞退したりする原因になっていると思います。

    ――「家事・育児への参加」という点からみると、日本と比べて海外のほうが、より男性の参加度が高いイメージがあります。日本との違いはどこにあると思いますか?

    中野海外と日本の違いは、2つあると思います。1つが働き方の違いです。日本では高度経済成長期に、長時間労働や転勤など、専業主婦家庭を前提とした働き方、ひいては社会の仕組みを構築してきました。そのため、そもそも世界各国とは働き方が異なり、男性が家事育児に参加するハードルが高いと言えます。

    2つ目の違いは、家事の総量が大きく異なる点です。例えば、食事。日本では栄養バランスをしっかり考え、3食手づくりが求められる傾向にありますが、アメリカではビスケットとリンゴ1個のランチで済ませる家庭も珍しくないですし、私がくらしていたシンガポールでは外食やメイドさんへの外注も一般的です。海外のほうが家事の総量が少なく、また求められるクオリティーも日本と比較すると低いため、男性も家事育児を担いやすいと考えられます。

    ――日本の「専業主婦家庭を前提とした働き方」について、中野さんは書籍『なぜ共働きも専業もしんどいのか』のなかで、その複雑な構造を図解されていました。一方で、2020年以降はコロナ禍でワーク・ライフスタイルが変わった家庭も多いと考えます。それにより、日本の社会構造に変化はあったと思いますか?

    日本の「専業主婦家庭を前提とした働き方」の図 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    『なぜ共働きも専業もしんどいのか』(中野円佳、2019年、p.63より)

    中野医療や介護、保育などのエッセンシャルワーカーはむしろ大変さが増えてしまった人もいるため、コロナ禍のくらしの変化がすべての人にとって良い方向に転んだわけではないことを前提としてお話しさせてください。

    コロナ禍でリモートワークの導入が進んだことは、「専業主婦を前提とした社会の仕組み」を崩す要因になっていると思いますコロナ禍でリモートワークを余儀なくされたことで「無理だと思っていたが家でも仕事はできる」と気づき、家事や育児に時間をとれるようになった男性も多いでしょう。女性の場合もリモートワークができるようになったことで、フルタイムで働いたり、成果を出しやすくなったりした人は多いのではないでしょうか。

    コロナ禍によるくらしの変化で重要なのは、「子育て中の女性」といった特定の層に限らず、多様な属性の人がリモートワークを経験せざるを得なかったことにあると思います従来も制度としてはリモートワーク可能という企業が多かったと思いますが、制度を活用するのが育児中の女性に限られてしまうと、どうしても肩身が狭く感じてしまいますし、物理的な距離ゆえの情報共有の遅れなど、課題も多く発生していました。

    しかし、社内全体でリモートワークが普及すれば、そのような課題もクリアになります。そういった会社が増えて社会全体の働き方が変わること、それがひいては女性の地位向上、賃金格差の解消につながり、家庭内での夫婦の立場も対等になるという好循環を生み出せるように思いますただし家事負担が増えたという女性もいるし、冒頭述べたように企業や業種によっては利益を享受できていない人も多いことには注意が必要かとは思います。

    育児以外も、職場から離れる可能性はある。働くすべての人が柔軟に働ける選択肢を

    ――いま、社会や企業でジェンダーギャップの解消に向けたさまざまな取り組みが行なわれています。中野さんが注目されている動きはありますか?

    中野2つあります。1つが即効性のある取り組みで、働く場所の自由度を上げる企業の取り組みです。最近、転勤を廃止する企業や、働く場所を自由に決められる企業、配属先の希望を出せる企業のニュースが増えていますよね。これもコロナ禍をきっかけに増えた取り組みですが、専業主婦を前提とした働き方を変える可能性を秘めていると思います

    2つ目は長期的な取り組みですが、教育を通じて若い世代の意識や価値観を変えていくことにも注目しています例えば、高校までの段階でジェンダー教育、包括的性教育などに注力するのは非常に良い取り組みだなと思いますね。学校でも性別に関係なく人と人は対等であることを理解し、相手を尊重する意識を育む教育を行なうケースが増えてきました。社会のなかでいくらジェンダーギャップ解消に向けた取り組みを進めても、教育機関で旧来型の価値観を再生産してしまっては元も子もありません。教育で男性、女性ともに人権を持った尊重されるべき人間であるという意識に変えていくことが大切だと思います。

    ――一人ひとりの行動変革を促すとともに、専業主婦を前提とした社会そのものにアプローチする必要があるということでしょうか。

    中野そうですね。先ほどのリモートワークの話にも当てはまるのですが、ターゲットを絞った施策は、どうしてもターゲットとそうでない人のあいだで差や不満が生まれやすくなってしまいます。何か取り組みを行なうなら、組織や社会にいる全員の選択肢を増やすアプローチのほうが理想的だと思います。

    その意味でいうと、いま話題の「男性の育児休業」もターゲットが限定されているため、導入にあたっては慎重に制度設計をする必要があると思います。企業全体として休暇を取得しづらい雰囲気がある場合、男性が育休を取ることに対して「あいつはサボっている」「楽でいいよな」といったネガティブな反応が生まれかねません育休の対象者ではない社員も何らかのかたちで休みを取りやすくするとか、育休取得者の仕事をカバーしてくれた方にその分の働きを金銭面などで評価するといったことをしないと、制度への不満はどうしても出てきてしまうと思います。

    ――いまお話いただいた「男性育休制度」について、MNM編集部としても企業における義務化の流れにはいろいろと検討すべきポイントがあると注目していました。男性育休の義務化について、中野さんは率直にどう思いますか?

    中野日本では義務化をしないと男性の育休取得が普及しないという事実の裏返しでもあるため、少し複雑な気持ちではありますが、基本的には良い流れだと思っています

    産後すぐは母体の回復のために重要な時期です。また、2人目、3人目の出産となれば上の子の世話も必要です。さらに、女性が育休から復帰するタイミングも、子育てと仕事の両立で負荷がかかりやすい。そのため、出産直後や女性の育休復帰のタイミングで男性側が育休を取得するのは、家庭にとって大きな意味があると思います。

    ――女性はもともと妊娠中や育児中のタイミングに、仕事上で「戦力外」を通告されたかのような過度な配慮など、不平等を感じる機会も多かったように思います。子育て中の男性にも育休が義務化されることによって、「子育て世代は戦力にならない」と新たな不平等を生む恐れはないのでしょうか。

    中野その点については、マネジメント層の手腕が問われるように思います新型コロナウイルスによる一定期間の病欠・隔離などのケースとは異なり、育休は随分前から計画を立てることができますよね。男性も育休取得が義務化されるのなら、マネジメント層はなおのこと、男性も女性も育休を取ることを前提として、部署内の仕事の回し方について考えておくべきだと思います

    育児以外の目的で社員が一定期間職場を離れることに対処している例はすでにあります。例えば金融機関には、取引先との癒着や不正を防止するために、1年に1度は1週間以上の休暇を取得する制度がありますよね。この期間は休暇を取得した社員の仕事をほかの誰かがカバーし合っているわけですから、金融機関のような、長期休みを誰がとっても仕事を回せる仕組みづくりを日頃からしていくことが大切ではないでしょうか

    また、育休中の社員を完全に休ませるだけでなく、希望すれば育児休業の制度の範囲内で働けるようにすることも、選択肢の一つとして用意しておいて良いと思います。育児休業期間中は1か月あたりの就業日が10日、就業時間が80時間を超えなければ、育児休業給付金をもらいながら働くことができます。赤ちゃんを育てている期間は孤独になりやすく、社会とつながっているほうが精神的に安定する方もいるはず。赤ちゃんが寝ている時間に、1日2時間でもできる仕事に取り組みたいという方には、リモートワークがこれだけ普及したいまだからこそ、柔軟な働き方を提供できるように思います。

    すべての人が平等に、自分らしくくらせる社会。その実現に向けてできることは?

    ――最後に、「すべての人が平等に、自分らしくくらせる社会」の実現に向けて、パナソニックや私たちが「くらし」の部分から取り組めることについて、ご意見をいただけますでしょうか。

    中野まず、企業としての取り組みでいえば、商品開発や広告宣伝の業務からジェンダーバイアスを抜いていくことが大切だと思います最近の広告はあからさまなジェンダーバイアスは減っていますが、例えばお店の接客で、キッチン関連の商品説明を受ける際、夫が料理をする家庭でも妻のほうばかりを見て説明する店員さんもいます。ジェンダーバイアスが入った行動を無意識のうちに行なっていることもよくあるため、あらためて意識しておくことは重要だと思います

    また、家庭のなかで取り組めることも、たくさんあるように思います。子どもがいる家庭であれば、男女関係なくお手伝いをさせる。夫婦ともにリモートワークの家庭なら、家事分担を見直して、なるべく平等に家事ができるようにする。パートナーの家事分担への理解が薄いなら、1~2週間ほどお互いの役割を入れ替えてみるのも良いかもしれません。「誰かがやってくれる」ではなく、最終的な責任を自分が取らなければならない状況を経験してもらうことで、くらしのジェンダーギャップに気づいてもらえるのではないでしょうか

    ――お互いの苦労を体験して、相互理解を深めるということですね。

    中野それが理想的ではあると思います。いまは男性のなかで育児休業を取りたいと考えている方も増えていますよね。彼らも、これまで多くの女性が経験してきたように、上司世代の理解を得るべく奮闘している状況です。女性だけが戦ってきたフィールドに、これからは男性も入って一緒に闘ってくれる。ポジティブな変化を期待したいなと思います

    編集後記

    中野さんへの取材を企画したきっかけは、社内で育休を取得した男性社員と話していたときに、育休経験を通じて気づいたくらしのジェンダーギャップをきちんと理解したいな、と考えたことでした。今回お話をうかがい、育児中など特定の人だけではなく、社会全体で働き方の柔軟性を高めることが、そのままジェンダーギャップの解決につながるのではないか? と感じました。

    杉本日本の文化や働き方が、ジェンダーギャップなどのさまざまな問題を引き起こしていることがよくわかりました。仕事は人生の一部。働き方の多様化もそうですが、多くの方が仕事も含めてやりたいことを実現できるような社会にするためにはどうしたらいいのかといった観点から議論することが重要だと思います。

    Profile

    中野 円佳氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    中野 円佳(なかの・まどか)

    東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社入社。立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)。厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員を務めた。2児の母。著書に『「育休世代」のジレンマ』『上司の「いじり」が許せない』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』『教育大国シンガポール』。2022年4月より東京大学男女共同参画室特任研究員。

    • 取材・執筆:市岡光子
    • 編集:MNM編集部、服部桃子(CINRA)

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