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「豊かなくらし」を再定義し、具現化していくパナソニックのデザインスタジオ・FUTURE LIFE FACTORY(FLF)。同組織では、パナソニックの事業領域を超えた様々なコラボレーションを通して、未来に向けた新しいくらし価値づくりに挑戦している。その一つとして2022年4月にスタートしたのが、「RMP Project(ランププロジェクト)。RMPはRemoving Microaggression Productsの略」だ。このプロジェクトは、FLFに所属するデザイナー・小川慧が子どもの頃に感じた「無意識の偏見(マイクロアグレッション)」が発端となっている。
「身の回りにあるプロダクトを通じて、日常に潜んでいる無意識の偏見を減らし、新しい視点や思考を提案する」というRMP Projectが第一弾として取り組むテーマはファッションだ。共感をもとに購入体験ができるというプロダクトを開発しており、近年重視されているトレーサビリティー(※)という観点からも斬新な仕掛けが用意されている。
このRMP Projectがどのような想いで企画され、プロダクトの開発が進められたのか。プロジェクトの起案者であるFUTURE LIFE FACTORY デザイナーの小川慧と、協業パートナーでSOLIT株式会社の代表である田中美咲氏に話を聞いた。
※トレーサビリティー:生産者、生産日、生産方法などの生産情報や、どのような経路で運ばれてきたかなどの流通情報を消費者自身が確認できる仕組み
無意識の偏見という、社会課題を解決したい
――まずは、お二人の普段のお仕事や本プロジェクトにおける役割について教えてください。
小川以前は住宅設備のプロダクトデザインを担当しており、2021年の4月にFUTURE LIFE FACTORYにジョインしました。現在は、ビジョンやコンセプトに関わるデザインを任されています。今回のRMP Projectは私自身が起案し、企画やコンセプトデザイン、プロダクトマネジメントなどを行なっています。
田中私は、社会課題の解決に特化したPR会社である株式会社morning after cutting my hairと、障害やセクシュアリティーに関係なく誰でも着られるオールインクルーシブファッション「SOLIT!」を展開するSOLIT株式会社の2社の代表を務めています。RMP ProjectにはSOLIT!として参加し、プロダクト(シャツ)の生産管理などを手がけました。
――なぜ、RMP Projectを立ち上げたのでしょうか?
小川RMPとは「Removing Microaggression Products」の略で、身の回りにあるさまざまなプロダクトを通じて、無意識の偏見を取り除き、新しい思考などを提案するプロジェクトです。
私自身、8歳までイギリスで過ごしていたのですが、ちょっとした会話のなかでアジア人に対する偏見を感じることがありました。一方、日本に帰国してからは「海外の人っぽい考えだね」と言われることがあり、イギリスでも日本でも自分の居場所がわからないという経験をしました。
いまとなってはイギリスと日本、両方の感覚を持っていることを自分の強みにしようと考えていますが、こうした経験をネガティブに感じる人が多いのも事実です。私には帰国子女や外国人の友人が多いのですが、何気ない言葉で傷ついてしまったり、疎外感を感じたりすることがあるようです。これらの原因となる「無意識の偏見」という社会課題を解決するためにRMP Projectを立ち上げました。
――RMP Projectはプロダクトをつくる過程で関わるさまざまな人たちの情報が購入者にわかる仕組みを構築し、透明性と信頼度の高い情報を発信していくとうかがっています。第一弾では、オールインクルーシブファッションブランド「SOLIT!」とコラボレーションするとのことですが、ファッションというテーマを選んだ理由は?
小川無意識の偏見を社会から取り除くために、まずはRMP Project自体を多くの人に知ってもらうことが大切だと考えたんです。そこで、「このプロジェクトを支持している」ことを意思表示でき、普段から身につけ多くの人の目に触れる機会が多い服、つまり「ファッション」が媒体として適していると考え、このテーマに取り組むことを決めました。
――田中さんはなぜRMP Projectに参加したのでしょうか?
田中オールインクルーシブファッションを提供するSOLIT!は、「多様な人も動植物も地球環境も、どれも誰も取り残さない『オール・インクルーシブ』な社会の実現」というビジョンを掲げています。いま、服がその人の収入を可視化し、人をカテゴライズするツールのようになっている「ファッションヒエラルキー」が問題視されています。私はそうした課題を解決するために、人がファッションに寄せるのではなく、ファッションが人に寄せていくべきだという考えを持っていました。そうした部分で、「無意識の偏見をなくす」というRMP Projectのコンセプトに共感し、参加することにしました。
また、私たちの会社はスタートアップであり、リソースが十分にあるわけではありません。パナソニックさんと協業すれば、自分たちの目指しているビジョンを、スピード感を持って実現できるのではないかという期待もありました。
ブロックチェーンを駆使し、つくり手の「想い」とつながるプロダクト
――RMP Project第一弾のアウトプットとして、「SOLIT OXFORD SHIRTS - RMP Project model -」というシャツをつくりました。プロダクトづくりは、どのように進めていったのでしょうか。
小川まずシャツをつくるにあたって、「人をカテゴライズする、ラベリングするような服は良くないよね」と田中さんと話し合いました。さらに議論を重ねるなかで、企業自体が偏見を誘発しているのではないかという話にもなったのです。メンズやレディースといった性別や生産国など、さまざまな要素が偏見につながる可能性があります。
偏見につながる要素を取り除くためには、根拠のないカテゴライズやラベリングがない世界を目指すべきではないか、という結論に至りました。そこで、偏見を生み出してしまう要素の一つといえる「生産国や地域」で服の善し悪しを判断するのではなく、「生産に携わる人」=「服のつくり手の一人ひとり」を知り、共感することで、購入に至るような仕掛けを考えたのです。その仕掛けというのが、服のつくり手の方々にインタビューを実施し、その情報を購入する前に読むことができる、というものです。
――具体的にどのようなインタビューを行なったのでしょうか。
小川生産管理を手がけるSOLIT!に協力してもらいながら、シャツのつくり手である職人さんにインタビューを行ないました。
インタビューは、消費者が共感を感じる情報を引き出せるように事前に質問案を作成。たとえば、染色を手がけている職人さんに対して、「休日の過ごし方」「どんな音楽を聴いているか」「好きな食べ物」といった、その人のキャラクターがわかるようなインタビューを実施しました。誰でも答えられて、かつ聞かれても嫌な思いをしない質問を心がけました。
ここでうかがったお話は、シャツについているQRコードから、商品を購入する前に見ることができます。その情報を見て共感し、「欲しい」と思ってくれたら買っていただく、という仕組みになっています。
――そこまで生産者の情報が見られるシャツは珍しいですね。ほかにも特徴はありますか?
小川生産者と購入者につながりができるというのが、もう一つのポイントです。購入者がシャツのQRコードを読み取ってアンケートに答えると、「誰に共感して買ったのか」という情報が特設サイトで見られるようになります。私たちパナソニックがその情報を管理するのではなく、ブロックチェーン技術を使い、生産者と購入者が直接つながる仕組みをつくることで、コミュニティーに企業色がつかないようにしています。
田中シャツ自体の話でいうと、100%オーガニックコットンでつくられたジェンダーレスデザインになっています。今年(2023年)の3月に東京・下北沢でポップアップショップを期間限定で開くのですが、今回は誰もが着られるよう4〜5サイズを展開する予定です。
小川いままで生産地やブランドを重視して服を購入していた人に対して、「『共感』で買うのも面白い」と感じてもらいたくて、カラーやデザインもシンプルなものにしました。
――シャツの生産に関しては、どこで行なったのでしょうか。
田中コロナの影響もあり、生産拠点を探すのにかなり苦労しました。今回は、中国、インド、バングラディッシュという候補のなかから、中国の無錫(むしゃく)市という水のキレイなエリアを選びました。
――では、インタビューも無錫市の生産者に実施したんですね。
田中そうですね。15名の生産者の方々に現地でインタビューを行なう予定だったのですが、それもコロナ禍の影響でオンライン対応に。それでも現地のみなさんがとても喜んでくれて、インタビュー時にパナソニックとSOLIT!の社名が入ったケーキをつくってくれていたんです(笑)。
「無錫には行けないから、食べられないね」と話したら、生産者の方々は「(このような機会が)嬉しいからつくったんだよ」と言ってくれて。それがとても印象的でしたね。みなさん回答も事前に準備してくださっていて。とても貴重なインタビューができました。
商品に新たな価値を与えるトレーサビリティーは、ポジティブなムーブメントを生む
――インタビューというかたちで生産現場を知ることについて、小川さんはどのような意義があると考えますか?
小川大量生産があたり前になり、つくる人の顔がどんどん見えなくなっています。しかし、それがまた見えるようになったというのは、意味のあることではないでしょうか。
生産現場を知るといっても、いままでは工場にうかがうなど、完成一歩手前でとどめていることが多かったように思います。今回のように糸など素材段階から関わる人々の話を聞けたのは、初めての経験ですね。みなさんユーモアがあって、こうした生産者さんたちが表に出ないのはもったいないと感じました。彼らの情報が商品の魅力につながりますから。
また、こうした情報は、つくり手と買い手のあいだをつなぐ、一種のコミュニケーションともいえます。近年はデザイナーのこだわりなどが取り上げられて記事化されるケースも増えてきました。そうした流れのなかで、製造や生産に関わる人たちも、フォーカスされるようになればと思っています。
――糸や布ひとつ取ってもつくり手がいるということまで想像が及ぶ人は、そう多くはないように思います。
小川同じ服でも、例えば生産するロットによってつくっている人は違います。ですから、服が持つストーリーも変わっていくんです。そこに着目して「あの人がつくっているロットの服を買おう」など、同一プロダクトでも新しい差別化ができるかもしれません。
――SOLIT!として、今回のパナソニックとの協業で気づきなどはありましたか。
田中SOLIT!では、服をつくる人もそれを使う人もケアしていきたいと考え、それらの情報を発信してきました。しかし、ここまでつくり手と密接につながりながら、かつインタビューまで行なったのは初めての経験でした。というのも、いままでは工場長などにヒアリングをして、現場の状況を確認する程度で、生産者一人ひとりと関わることはできなかったんです。
RMP Projectのインタビューで特に記憶に残っているのが、ある職人さんの話。その人は、「ジュディ・オングの曲を聴きながら作業をしている」とお話しされていて(笑)。あの曲のリズムから服が生まれたのかと思うと、さらに愛着が湧いてきて、「この服を本当に大切にしてくれる人に届けたい」という想いが一層強くなりましたね。安く、早く、大量につくる物は、「想い」が抜けてしまいます。つくり手の情報を発信する大切さに、あらためて気がつきました。
田中SOLIT!はもともと受注生産で、必要な人にしか服をつくらないと決めていますが、その想いが今回のプロジェクトをとおしてより強くなりました。つくり手は「自分の会社を成長させたい」という人もいれば、「仕事終わりのビールを美味しく飲みたい」という人もいて、さまざまな想いを持って仕事をしています。彼らの想いを尊重しつつ、つくり手と購入者をつなぐ仕組みをつくることで、お互いがよりハッピーになってほしい。生産から購入までが一方通行にならない、より良い循環が生まれるような取り組みになればと思います。
――お話をうかがっていて、RMP Projectがトレーサビリティーの新たなかたちや可能性を示すような取り組みになっていくように感じました。
小川そう思います。トレーサビリティーは多くの企業が取り入れるべきだと考えますが、それを単なる義務とするのではなく、商品に新たな価値を与える取り組みにしたいです。世の中の企業がそのように意識すれば、社会全体で、「商品をもっと大事に使おう」「共感できるものにお金を払っていこう」といった、ポジティブなムーブメントが起こるはずです。
田中トレーサビリティーという考えは広まりつつありますが、どの企業も二酸化炭素削減や省エネといった「数値」にフォーカスしている傾向があります。そのため、「生産のフローでどのような方が携わっているか、そしてその人たちはどのような気持ちでいるのか」といったソフト面や、定性的な面でのリサーチはしていない状況です。それらを踏まえると、従来のトレーサビリティーとはちがった切り口で、今回のプロジェクトは進めることができたと感じています。
――今後、RMP Projectをどのように発展させていこうと考えていますか?
田中生産者の方々と深く関わることができたのは、今回の大きな収穫です。SOLIT!ではプロダクトデザイナーを置いていないのですが、それはファッションに関わるすべての人が、デザイナーだと思っているからです。
そう考えると、服を縫っている職人だからこそわかる、素敵なデザインがあるのかもしれませんし、綿の生産農場で働いているからこそ、コットンのより良い使い方がわかるのかもしれません。RMP Projectをとおして、そうした人々と服をデザインしながら、ファッションの考え方を変えていきたいですね。
小川今後は、購入者が共感できるつくり手に対してお金を支払えるようなシステムをつくっていきたいです。まず今回のプロジェクトでは、シャツを購入した方が生産者に対して、視覚的に共感を表すようなマークを送れる仕組みをつくる予定です。「いいね」ボタンのようなイメージで、共感を可視化します。SNSのように気軽に海外のつくり手とグローバルにつながれるようにしていきます。
また、トレーサビリティーを重視する流れは欧州が起点となっているのですが、この考えは今後ますます日本にも浸透していくでしょう。そのような潮流のなかで、パナソニックもほかの企業と同じことをするのではなく、新しい生産・販売・流通の仕組みを提案できるようにしていきたいと思います。その一翼をRMP Projectが担っていけるように、この取り組みを成長させていきたいですね。
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RMP Project - 共感からはじまる未来の購入体験
[ 生産者と購入者がつながる体験 ] RMP Project 特設サイト
※実際に生産者の情報が見られるのは、2023年3月3日以降
SOLIT! - オールインクルーシブファッション
Profile
小川 慧(おがわ・けい)
パナソニック株式会社 デザイン本部 FUTURE LIFE FACTORY
2018年入社。海外の電設資材のプロダクトデザインを経て、2021年よりFUTURE LIFE FACTORYに在籍。主にスペキュラティブデザインやコンセプトメイキングに従事。英国で幼少時代を過ごした経験から、価値感の差や違いをテーマに、未来の新しい視点や思考の提案に取り組む。
私のMake New | Make New「DEI」
ついつい難しくなりがちな課題をデザインの力を通じてポジティブに解決しようと思っています。
田中 美咲(たなか・みさき)
1988年生まれ。立命館大学卒業後、東日本大震災をきっかけとして福島県における県外避難者向けの情報支援事業を責任担当。2013年8月に「防災をアップデートする」をモットーに「一般社団法人防災ガール」を設立。第32回『人間力大賞』『経済大臣奨励賞』受賞。Sparknewsが選ぶ世界の女性社会起業家22名に日本人唯一選出、優勝をはたす。2018年2月より社会課題解決に特化したPR会社である株式会社morning after cutting my hair創設、代表取締役。2020年9月より「オール・インクルーシブ経済圏」を実現すべくSOLIT!株式会社を創設、代表取締役CEO。