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IR投光器。この言葉を聞いただけではいったい何のことやらと感じていたのですが、お話を伺えば伺うほど、この小さな照明器具に込められた機能やアイデア、そして「見えない光で見える世界が広がっていく」物語の面白さに惹かれていきました。自動運転の普及に欠かせないライティング技術。自動車の前方でも後方でもなく、側方を照らすことの新しさと難しさ。そしてその技術を高級車だけでなく低価格な車にも導入する意義など。今回、IR投光器の事業に企画・開発当初から携わる、秋江さん、内田さん、渡辺さんの3名に開発にかける想いやビジネス拡大に向けた工夫を、実験室も覗かせていただいたりしながら、カジュアルに取材してまいりました。
自動運転車の「目」になるライティング技術。それがIR投光器。
――そもそもIR投光器というのはなんなのでしょうか?
秋江IR投光器は、製品自体はとても小型なもので、クルマのサイドミラーの内部に取り付けてあるライティング器具です。
サイドミラー下面には元々、自動駐車やパノラミックビューモニター機能用のカメラがついています。そのカメラの横に設置されて、周囲が真っ暗な時でも、白線や障害物を見ることができるように人の眼に見えない赤外光を照射して、カメラの見え方を補完する機能を持っています。
――細やかな技術が自動運転に必要なクルマの「目」を支えているんですね。どういう活躍の仕方をするのですか?
秋江IR投光器で照らしたいエリアは車両の「側方」です。横ですね。クルマの前方と後方は、照らすためのランプが元々ついていて明るいのですが、側方はランプの光が届いていなくて、暗かったんです。ただ、ここで問題になってくるのが、「車両の側方は可視光で照らしてはいけない」という自動車の法規。無駄な光を色々散らばして、 他の人に眩しさを与えて運転を阻害してはいけないと国の法規で決まっているのです。
内田運転中って、向こうからやってくるクルマは白い光、前を走っているクルマのバックアップランプは赤い光というイメージがないでしょうか?クルマのサイドから光が出てしまうと前からも後ろからも見えてしまって、周りのドライバーが困惑してしまう。だから、IR投光器が側方を照らす際には、その光が「人の目には見えない」必要がありました。そういう背景で、赤外光を選択しています。IRというのが、いわゆる「赤外光」ですね。Infrared の略で、IRと呼んでいます。
秋江IR投光器は、カメラとセットで使います。自動駐車は、カメラで駐車枠の白線を検知して、その白線に合わせて自動で車が動く仕組みなのですが、暗い路面だと白線が見えず、「駐車エリアが見つかりません」と機能しなくなってしまうことがあるんです。そういったシーンをなくすために、カメラが検知できる赤外光で白線を見られるようにしてあげています。夜間の安全な自動駐車を支え、クルマの事故を減らすことを目指した商品です。
内田白線って路面にただ書いてあるだけなので、超音波等の"物体"を検知するセンサーではわからない。だから、それを見ようと思うとやはりカメラが必要です。ただ、カメラは「暗いと見えない」という弱点があるので赤外光で補完する。そんな流れです。カメラでしか見えないもの(白線)をカメラの弱点を補っていつでも見られるようにするのがIR投光器です。
どんな車種にも対応できるシンプルさが価値になる。
内田クルマ業界でも「横」をどれだけ見るかは未解決な課題でした。捉えようによっては、新市場。ニッチな領域ですが、今後はもっと広がっていくと考えています。
秋江自由曲面のようなレンズで車種ごとにサイドミラーの意匠に合わせた設計にすると、車種ごとの新規開発が前提となり工数もお金もかかります。
秋江けれども、お客さまが真に求めていたことはカメラにだけ見える光が欲しいということで、美しいデザインの照明器具ではなかった。カメラが検知するのに必要な配光を満たせば良いので、私たちは車種ごとの開発ではなくて、全車種共通で1種類の本体をつくり、ブラケットだけ変えれば、どんな車種にも対応できるというコンセプトで開発を進めました。シンプルな円形のデザインで、どんな車種でも意匠を邪魔しませんと言えるように小型化にこだわり抜くことに決めたんです。
内田しかも、ミラー下面って、外からはほぼ見えない部分なんですよ。「そこにそんなにこだわるんですか?」という考え方でカーメーカーさまに提案を受け入れていただきました。
光の魔術師と構造の魔術師による、小型化の実現。
――他にも技術的なブレイクスルーはありますか?
秋江小型化に対して課題となってくるのが「配光(※)性能」です。そして、配光性能を保ち、必要な光の強さを維持するためにはLEDの熱がある一定の温度以上にならないように熱を逃してあげる必要があります。これを「放熱性能」といいます。LEDが光を出して、LED自体の温度が高くなってしまうと、どんどん性能が落ちていってしまうんです。光の強さを上げようとすると、熱がたくさん出る。そこで、熱を引こうと思うと(放熱性能を高めると)、今度はサイズが大きくなる。ここが2つの性能のせめぎ合いで苦労しました。
※配光:光源からどれくらいの範囲をどれくらいの明るさで照らすのか、光の強さを分配すること
渡辺秋江が「構造の魔術師」で、実は内田が「光の魔術士」です......(笑) 内田の光学設計もポイントでした。
内田光の話をしますね(笑) IR投光器の開発当初はLEDの数が2粒必要だったんですが、最終的には1粒のLEDで済んでいます。その1粒というのが、実はものすごく技術的な差異になっています。私たちは、ライティング事業として照明領域を広くやってきた実績があるので、LEDメーカーさんにカスタムの仕様を頼みやすかったという背景もあり、普通カタログには載ってない、IR投光器に適した配光で、パナソニック専用のLEDを特別に開発してもらいました。それをさらに私たちのレンズの光学設計でもっと広げるという掛け算をやっていき、きちんと路面を照らせる、つまり配光要求を満たすIR投光器を完成させることができたんです。パナソニック内の叡智を集めた光学設計チーム一丸でチャレンジしたからこそ、魔法のようなことを実現できたんだと思います。
――なるほど、ちなみに光学設計というのは、なんですか?
内田IR投光器の中身を見せられないのが残念なんですけど、レンズの内面が複雑な形状になっています。光の線だけを辿るとぐにゃぐにゃって曲がっているんですよ。LEDから出た光線が、ちょっとずつ外側に曲がっていくイメージです。レンズの設計で「どう曲げるか」というのを光学設計と呼んでいます。
ただ、どんな車両にも適応できる光学設計をつくるのは、とても難易度の高い技術です。クルマってスポーツカーだと車高が低くて、RVだと車高が高い。スポーツカーでは、低い分、照らす角度を広げて160度くらい光がいきわたるようにしないといけない。逆にRVのようなクルマでは、角度を狭めてもいいのですが、その分地面までの距離が遠くなるので光が弱くなってしまう。光の広がりと、光の強さを両立するのが難しいポイントでした。他にもクリアなカメラ画像を実現するために必要のない向きに光を照らさない工夫など、チームで知恵を出し合い、他社を寄付けないトップレベルの商品を生み出すことができました。
パナソニックのライティングはもっと世界を照らしていける。
――今後の自動車向け照明としての構想はありますか?
内田今後、自動運転がより広がっていくことは確実だと思っています。そこにはまだ未解決の課題が多くありパナソニックとして成長できる事業の可能性があると考えています。例えば、今の自動運転ではまだ「交差点を曲がる」というのは実現できていない。そういった課題に対して、このIR投光器で「より遠くの自転車が来るよ」とか、「歩行者が来るよ」と、ちゃんと夜でも見えるようにしていければ、交差点を曲がる自動運転に貢献できるかもしれない。また、道路や信号、電信柱などの交通インフラと繋がることができれば、交通安全システムももっと発展できる。そういった自動運転の拡がりに、どんどん貢献できるんじゃないかなと思っています。
――自動運転とライティングって切っても切り離せないものなんですね。
秋江今までは人間の目で見ていましたが、これからは、「センサーの目」で見るようになるので、センサーにとって見える光をちゃんとお届けしないといけません。
内田駐車と一言で言っても、いろいろな未来があります。例えば、マンションの入り口でドライバーは降りて、あとは自動で停めておいてくれる未来がすぐそこにやってきています。そういうところって、大体地下の駐車場で、昼間でも暗いところが多いので。ちゃんと周りをセンシングして物体を認識できるようにIR投光器が必要になってくる。今後はもっと出力のあげたものを提案できるんじゃないかなと思っています。
――IR投光器の次も考えていたりするのですか?
渡辺もちろんです。次はクルマの中を「美しく彩ろう」というビジネスに広げようとしていたりします。コロナ禍をきっかけに車室空間の中で過ごす「時間」や「コト」が一気に増えました。生活スタイルや価値観が変化すると、世の中には新たな課題や欲求がうまれてくるので、そこに貢献できるような価値創造をライティングでしていきたいと考えています。パナソニックには素敵なデザイナーや技術者がたくさんいるので、彼、彼女らと連携しながら、より大きな社会的価値をつくっていきたいと思っています。
Profile
秋江 俊尚(あきえ・としなお)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 ライティング事業部 プロフェッショナルライティングBU モビリティ事業推進部
2017年入社。キャリア入社後、車載用投光器の構造設計を中心に新商品開発に従事。プレスフィットのなどの新規工法の導入に加え、2020年からはテーマリーダーとしてIR投光器などを手がけている。
私のMake New|Make New「Spark」
事業拡大につながる火種を大きくし、その火花から新たな事業拡大にチャレンジしたい
渡辺 健史(わたなべ・たけし)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 ライティング事業部 プロフェッショナルライティングBU モビリティ事業推進部
2005年入社。メカトロデバイス事業部にて車載事業の営業・企画・カーメーカー出向・海外出向・MBAを経験。2016年よりライティング事業部、2021年より複業でPHDベンチャー戦略室に在籍。
私のMake New|Make New「entrepreneurship」
自分がアントレプレナーとして事業をおこしていき、稼いだ金で次世代の事業や人に投資する、というサイクルを回しつづけたい
内田 光裕(うちだ・みつひろ)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 ライティング事業部 プロフェッショナルライティングBU モビリティ事業推進部
2017年入社。キャリア入社後、主に車載用照明の開発設計及び光学設計に従事。二輪用ヘッドランプ光源基板の開発設計及びインドネシア工場の立上げに従事。2020年よりIR投光器の光学設計に従事。現在商品企画としてIR投光器事業拡大を狙う。事業運営を深く学びたくMBA取得挑戦中。
私のMake New|Make New「Passion」
働く人も買う人もみんなの情熱があふれ出す商品を創出し世界を元気にしたい!