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パナソニックの中で、IoT家電やプログラミングを活用した教育プログラムを作っている異色のメンバーがいます。彼らが目指すのは、先の見えない時代を生き抜く力を育てる「試行錯誤」と「創造的逸脱」を重視した、クリエイティブラーニングのプログラム。なぜパナソニックが教育に取り組むのか?その秘密は「IoT化されたくらし」が持つ、子どもの「IMAGINEの力」を引き出すポテンシャルにあります。2023年4月にスタートする「パナソニックの学校」を主宰する高田和豊と、講師を務める渡邉健太に話を聞きました。
パナソニックならではの、自ら答えを模索するクリエイティブラーニング
――2023年4月に「パナソニックの学校」が始まるそうですね。どのような教育を提供するのか教えてください。
高田「パナソニックの学校」では子どもたちが自らの想像力を起点に、何かをつくりながら学ぶ「クリエイティブラーニング」プログラムを提供します。特徴は子どもたちの主体的な試行錯誤と創造的逸脱を推奨している点です。とはいえ、小学生が1人でクリエイティブラーニングを実践するのは難しいので、親子参加型のプログラムとしました。子どもたちの5年後、10年後に生かされる主体性や創造性の育みを、親が見守りサポートする。また、親子で参加することで、未来に対して一緒に「こうあればいいな」と建設的に想像できる親子関係を模索するきっかけにしてほしいと考えています。題材としてIoT家電を使いながら学びを進める点も特徴ですね。
――IoT家電を使用するカリキュラム、具体的にはどのような内容で試行錯誤や創造的逸脱を体験していくのでしょうか?
高田くらしと五感をテーマに「食」、身の回りの「光」、自然の「形」や「音」にクローズアップした三つのプログラムを用意しました。プログラミングソフトScratch(※)をベースにしたプログラミング環境でIoT家電を操りながら、調理や光のアート作品を作ったり、ARを活用した体験学習などを通じて、くらしに対する解像度を高めていきます。
例えば、クリエイティブクッキングでは焼き上げたものを実際に口に入れます。それにより、どういったテクノロジーが使われているのか、どのような過程で生み出されたのかなどを考えながら、食に対する解像度を高めていく。このように五感を大切にしながら、子どもたちの感性をトレーニングしていくようなプログラムを構成しました。
※Scratch財団とMIT(マサチューセッツ工科大学)Media Labが共同で開発したプログラミング言語。8歳~16歳向けにデザインされており、導入の手軽さ、操作性の良さから世界中で使用されている。
Creative Cooking クリエイティブクッキング
プログラミングで制御できるIoTトースターで、オリジナルのレシピを制作。「誰かのためのクッキー」などのテーマを与え、プログラミングで加熱温度や時間を制御しながら試行錯誤と創造を行うプログラム。
Lighting Art ライティングアート
プログラミングで動くLED照明を使い、光を使った世界に一つだけのアート作品を制作。講師との対話型鑑賞を通して、光の表現と子どもたちの五感や感情、身体性を結び付け、「生命感」のような抽象度が高いテーマに基づいた作品をつくり出していく。
Nature AR Sound ネイチャー AR サウンド
身近な自然の音を、ARを使って視覚化していくカリキュラム。テクノロジーによって音を視覚化していく体験を通して、身体拡張についての学びを深める。
予測不能な時代を生きるために必要な「IMAGINE」の力
――パナソニックの学校のカリキュラムは、子どもたちの主体的な試行錯誤を重視しています。その考えに至った理由を教えてください。
高田今の子どもたちには自分がイメージしたものを試行錯誤して形にするプロセスがあまりにも少なく、そのために失敗経験がないまま社会に出てしまいます。その結果、チャレンジできる人材がなかなか育たない。今の日本でイノベーションが生まれにくいと言われる要因の一つにもなっています。
先の見えない時代を生き抜く力を育むために、挑戦と失敗を繰り返す、試行錯誤できる場をパナソニックの学校で提供したいと考えました。
――試行錯誤するプロセスにおいて、最も大切なことは何でしょうか?
高田想像性=IMAGINEの力です。Scratchを開発したミッチェル・レズニック氏が提唱する教育理論の中で、子どもたちの創造性と自主性を高める、「クリエイティブ・ラーニング・スパイラル」という考え方があります。理想の学習プロセスを示したものです。
Imagine(発想)・Create(創作)・Play(遊び)・Share(共有)・Reflect(振り返り)の要素から構成される学習プロセス。私はこの一連のクリエイティブ・ラーニング・スパイラルの中で、スタートにあたるIMAGINEを生むきっかけづくりが大切だと考えています。これまでのプログラミング教育の題材はゲームやロボットが主流でした。もともとロボットやゲーム作りに関心がある子どもにとってはIMAGINEが発動しやすいのですが、経験がなければ難しい。しかし、題材をIoT家電にすれば、くらしの話なので誰でもIMAGINEを発動できます。また、ロボットやゲームは数学や物理の分野の学びにとどまりますが、食や自然は化学や生物の分野にも接続することができる。IoT化されたくらしは、学びのスキルを得る最高の環境なのです。
――さまざまな分野を横断できる学びという点では、世の中で盛んに必要性が論じられているSTEAM教育(※)のように感じます。違いはあるのでしょうか?
高田分野横断型の学びという定義においてはSTEAM教育と言えます。ただし、パナソニックの学校=STEAM教育ではなく、くらしが内包するものをきっかけにIMAGINEを発動させ、そこから試行錯誤と創造的逸脱を繰り返しながら、クリエイティブ・ラーニング・スパイラルを回していく点が、大きな特徴です。
※Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art(芸術)、Mathematics(数学)の頭文字をとった言葉。学問領域の枠を横断して考える力や、今までにない新しい着眼点を育てる教育。
なぜ、パナソニックで教育事業を志すのか
――教育事業を構想するにあたり、影響を受けた人はいますか?
高田LOGO言語やレゴブロックとプログラミング言語を組み合わせた「LEGO MINDSTORM」を開発したMIT教授のシーモア・パパート氏です。彼はつくることで学ぶ構築主義を提唱し、プログラミングを試行錯誤のツールとして利用することで、数学や物理の知識を獲得するプログラミング教育の基礎を作りました。そして、もう一人はMITでの私の指導教官であり、現在のScratchの開発者であるミチェル・レズニック教授です。彼はシーモアの構築主義を継承し、子供のIMAGINEを中心に試行錯誤をするクリエイティブラーニングを提唱しました。その中で、創造的な学びはlow floor(敷居が低い)、wide wall(幅広い選択肢)、high ceiling(深掘りできる)の条件をクリアした環境が良いと指摘しています。
くらしを学びの場として見立てた場合、誰もが日常を過ごす生活空間は、圧倒的にlow floorですし、食や光、睡眠などさまざまなテーマがそろうwide wallであり、それらは突き詰めようと思えば論文レベルにまで達するhigh ceilingな領域です。
また、家電がIoT化されると、例えば子どもたちが作った料理レシピを他の家で再現できるようになります。すなわち、くらしの民主化が進むわけです。それは新しい「文化」が生まれる素地にもなります。
渡邉家電のIoT化にはくらしを楽しむ文化をつくるという側面が確かにあると思います。私たちが手掛ける照明事業は、技術的には何色にでもできますが、世の中で採用されている照明はほとんどが白かオレンジ。なぜかといえば、白熱灯や蛍光灯の名残なんです。ユーザー自らが照明を操作(制御)できる、といったようにが進めば「ここの空間は何色にしようか?」と誰もが空間をデザインできるようになります。私は事業を推進する立場でそうした文化づくりを真剣に考えていた矢先、高田さんの取り組みを知りました。体験や価値、新しい気づきを提供できるのが教育。光の文化をつくるために、ぜひ一緒にやりたいと声をかけました。
――2人の話を聞くと、長期的な視点のプロジェクトだと感じます。短期的な販売増につながるわけではないと思うのですが、取り組む意義をどう考えられますか?
渡邉確かに「パナソニックの学校が終わったら、この電球を買いに行ってね」という話ではないです(笑)。ですが、腰を据えて文化を生み出すために不可欠な取り組みだと考えています。照明の光が白とオレンジばかりという既成概念を取り払うには時間がかかります。音楽の世界では既存の音楽を聴くだけではなく、楽器を奏でてメロディや音色を楽しむ文化も成立しているように、照明も誰かに決められた演出を楽しむだけではなく、自ら光の空間を演出したいと思う世界をつくっていきたいですね。
高田パナソニックの学校は単なる教育という側面の事業ではなく、自分たちの得意とする領域を生かした、新しいくらしをユーザ自身がつくる「make」の文化をつくる事業でもあります。その他にもIoT家電の価値を周知する、パナソニックブランドを認知してもらい、ファンをつくることも、この事業を手掛ける意義だと考えています。
――高田さんは2016年から3年間、MIT Media LabのLifelong Kindergarten Groupに客員研究員として在籍していました。当時から教育事業に関心を寄せていたのでしょうか?
高田当初は違いました。私が留学した2016年というのは、囲碁の世界チャンピオンがAIに負けた年。ルールが決まった世界ではAIが人間を超えたと言われ、これ以上、答えのある問題をAIの分野で研究するのはどうかと悩みました。じゃあ答えのない問題に対して、子どもたちはどのように思考するのかと思い立ち、子どもの創造性のモデル化をテーマにした研究を始めたんです。もう一つの研究テーマである自動プログラミングも平行して研究していました。
――二つの研究テーマは、どのようにして教育へつながったのでしょうか?
高田MITに行って半年くらいたった頃、AIの研究を一緒に行っていた学生が他の大学に移ってしまったのです。そこで、あらためて自分の所属しているLabのScratchと教育に関する勉強会に参加してみました。プログラミング教育自体はパナソニックの事業領域でもないし、あまり興味がわかなかったのですが、そのLabで知ったルソーから連綿と続く教育の歴史をきっかけに教育に興味を持ったんです。
300年前から続く教育の歴史。教育とは教えることなのか、それとも元来持ち合わせている能力を引き出すものなのか。そのような教育論の展開があり、積み木をツールにして想像したものを形にするフレーベルやモンテッソーリの教育理論が登場し、それがプログラミング教育へとアップデートしていく。この壮大なストーリーに感銘を受けました。
かつて大学の図書館や企業の研究所などに限られていた知識の多くは、WebやAIから引き出せるようになりましたよね。そのようなことを思い浮かべながらルソーから続く教育の歴史を見ると、現在の受験勉強にあたる暗記と鞭の時代は終わると感じてしまった。子どもたちが自由にIMAGINEする教育が必要だと、心から納得してしまったんです。そこから、パナソニックにしかできない学びの場をつくろうと考え始めました。
くらしと教育のポテンシャルを感じた、2年間のカリキュラムづくり
――MITで教育事業に踏み切る信念が芽生えて帰国。プログラム制作が始まりました。
高田プログラム制作で重視したのは、試行錯誤の余地を残すこと、五感を使うことです。最初に思いついたのは、トースターを使う食のプログラム。制作は自分が実際にやってみて楽しいかどうかも大事にしました。今提供している三つのプログラムのほかにも、いろいろとトライアルをしているので、今後増やしていければと思っています。
渡邉ライティングアートでは「アートの要素を入れる」という方向性を高田さんと決め、アーティストの人にもカリキュラム制作に参加してもらいました。光は抽象度が高いので、感情や表現の言語化を強めるプログラムにする必要があると考え、一つの作品をグループで鑑賞し、感じ方を共有・議論する対話型鑑賞のアイデアを取り入れています。あとは、光でどう遊べるのかを重視しました。
――教育事業を進める中で苦労されたことは?
高田「なぜ、パナソニックが教育をするのか」「トースターとプログラミングをつないで何が学べるのか」をどう伝えるかには苦労しました。しかし、社内社外を問わず共感してくれる人が現れてサポートしてくれました。振り返ると、そうした出会いはとてもラッキーだったと思います。それから、正解がない中で教育の方針を作っていくことも大変でした。この点については、1年くらい時間をかけて、試行錯誤と創造的逸脱を推奨するカリキュラムで行こうという方向性が定まりました。
渡邉私が担当するライティングアートでもテーマを設定しますが、必ずしもお題に縛られる必要はありません。子どもが「黄色が美しく見えた」と感じれば、その色が美しく見えるものを追求してもらいます。学校の授業ではそのような逸脱は許されないでしょうが、パナソニックの学校では想像したものを実現したいという子どもの背中を押すようにしています。
高田照明のプログラムに関しては2021年6月に行った初めての実証実験で、教育事業としてやっていけると手応えを感じました。当時はまだ渡邉さんと検討を始めてから3カ月くらいだったので、ほぼぶっつけ本番。参加してくれた約25人を前にして、きっと私の方がドキドキしていましたね。この実証実験が思っていた以上にうまくいき、「くらしと教育のポテンシャルはこんなにあるんだ」と感動しました。
渡邉私の印象に残っているのは、こちらの想像の上をいく子どもたちの存在です。私たち光の専門家がするような内容の会話を、子どもたちがしているんですよ。そういう現象が初回で起きました。それと互いを否定しないコミュニケーション、全体が一つの方向に向いている雰囲気、とてもノイズレスで居心地の良い環境が成立していたんです。
高田そうした積み重ねがあってここまでたどり着きました。そして今思うのは、この事業はIoT時代のくらしが創造性教育の場になると気づいた、私でなければ実証できない仕事なのだろうということ。幸い、私はこれまで楽しいと思う仕事ばかりさせてもらっており、パナソニックの学校の仕事ももちろん楽しいのですが、今はそれ以上に「やらなきゃ」という使命感を抱いています。
――それでは最後に、今後の抱負を聞かせてください。
渡邉私にとってパナソニックの学校は「今までやりたくてもできなかった」を実現してくれた場所。各事業部の長期的な活動としてやっていけるかなど検証すべき点はありますが、絶対に成功したいですね。
高田カリキュラムに参加すると、子どもたちが変わる場面に立ち会えます。それは、こういう子どもたちが大人になって新しいくらしをつくっていくのだと、心が動かされる瞬間です。本当にここには希望しかありません。消費者であり、クリエイターでもある人があふれる未来で、パナソニックはどのような価値を提供するのか。新しいフェーズが訪れようとしています。教育分野に進出しようと考えた私のIMAGINEが、勘違いではなく、大きな気づきだったと言えるように、これからも取り組んでいきたいと思います。
Profile
高田 和豊(たかた・かずとよ)
パナソニック ホールディングス株式会社 技術部門テクノロジー本部主幹研究員
2002年入社。2016年から3年間、MIT Media Lab/ Lifelong Kindergarten Groupへ客員研究員として留学し、人工知能分野における人の認知機能のモデル化や認知状態の推定、創造性教育に関する研究に従事。
私のMake New|Make New「考える」
AIの発展により人が考えることの意味が変化していく中、あらためて考えることを見つめ直し 、これからの人に必要な考えるとは何かを探求していきたい。
渡邉 健太(わたなべ・けんた)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社ライティング開発センター
2011年入社。入社から一貫して照明技術の研究開発に従事。2018年から光の新しい価値を生み出す新事業を提案し、複数の新事業企画・商品企画を担当。
私のMake New|Make New「感性を開く」
一杯目のビール、湯船に浸かる瞬間、子供の笑顔…、日々の暮らしの中にある小さな幸せの瞬間を、感性を開いて向き合うことで「今」を大切に思える。明日も頑張れる。