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照明や音響など、五感を適度に刺激することで利用者の気持ちを落ち着かせる空間、「センサリールーム」。
「感覚過敏の方を対象としたもの」というイメージが広がっているが、パナソニックではその対象を、乳幼児をはじめ、子育て世代の大人たちにまで拡張。「あるがまま」の自分を受け入れられる空間を目指すセンサリールームのプロジェクトが進行している。
パナソニックが提案するセンサリールームは、実際母と子にどのような効果をもたらすのだろうか。ファミリーエッセイ漫画で知られるまぼさんに、息子さんと一緒に体験してもらい、そのレポート漫画を描いてもらった。
さらに、同プロジェクトを推進するパナソニック担当者2名へのインタビューも実施。パナソニック版センサリールームの独自性や、「孤育て」をはじめとした社会課題との向き合い方について話を聞いた。
まぼさん体験レポート
パナソニックのセンサリールームが目指す「誰もが心地よい空間」
――パナソニックのセンサリールームが目指しているのは、どのようなものなのでしょうか。
三浦現代人には、みな等しくしんどいときがあると思うんです。なので、われわれのセンサリールームは「子育て世代の課題解決」を一丁目一番地としつつ、より対象者を広く捉えていて。光や音、映像などに関するパナソニックの技術を有効に使い、立場や年齢、障害の有無などを問わず、誰もが心地よく過ごせる空間を提供すべく活動しています。
――プロジェクトが生まれた背景について教えてください。
渡邉私は照明の研究開発を担当していて、光を用いた空間に大きな可能性を見出していました。光を使って何か新しい価値を提供できないだろうか、という問題意識を持っていたんです。
三浦私は、2022年1月まで大阪の大型商業施設内にあった「パナソニックセンター大阪」というショウルームで働いていたんです。場所柄、子育て世代をはじめとした若い方たちも多いんですが、みんな素通りしてしまうんですよね。それを見ていて、寂しいなと感じていて......。若い世代や子育て世代がもっと気軽に入れて、休んだり、パナソニックの事業に触れていただけたりするような場所にできないかなと思っていました。
――お互いに漠然とやりたいことがあったんですね。
渡邉そうですね。ある時期、別の提案でショウルームに頻繁に通っていて、そのときに三浦さんと出会ったんです。いろいろとお話していくなかで、三浦さんの「若い世代 / 子育て世代にアプローチしたい」という思いと、私の「光を効果的に利用し、新しい価値を創造したい」という思いが合致して、ショウルームを拠点にセンサリールームの企画が動き出しました。
カスタマイズと脱目的化が生み出す「快適さ」
――パナソニックが提供するセンサリールームの独自性は、どんなところにあるのでしょうか。
渡邉センサリールームは、日本語にすると「感覚の部屋」。感覚を使ったコミュニケーションを実現する空間です。仮に1人で利用したとしても、そこでの刺激をきっかけに「自己との対話」のようなものが促され、ある種のコミュニケーションが発生するような場にしたかった。そのためには、利用するそれぞれの人に快適と感じてもらう必要があります。
そこで重要になってくるのが、「選択可能」「調整可能」という視点です。利用する人によって快適と感じる要素は変わってきます。ですので、パナソニックのセンサリールームは、「基本形」をつくり、それをもとに利用者にあわせてフレキシブルにカスタマイズできる設計にしています。
先程まぼさんに見学いただいたセンサリールームでは、ドーム型の外郭のなかに、クッションと、ゆっくりと色の変わる光ファイバーの束があり、外側には泡が湧き出る光の筒(バブルタワー)が置かれています。そして、照明と音という要素も加わります。もちろん、音が苦手ならば音量を小さくすることもできますし、明るいのが苦手ならばもっと照度を落とすこともできます。
――ユーザーに合わせて調整できるわけですね。ちなみに、このゆっくり色の変わる光ファイバーの束はお子さんの好奇心を刺激しそうですが、具体的な使い方は設定されていないアイテムですよね。
三浦そうですね。光の束を持ち上げたり、体に巻きつけてみたりと、思い思いに遊んでいます。お子さんが普段触れている玩具やゲームなどと違って、遊び方やルールがはっきりと決まっていないことが、むしろ想像力を刺激するのだと思います。
私たちは、あまり「正解」のようなものを用意したくないんです。もっと自発的に生まれる自由な発想を大事にしたい。理想をいえば、親子で利用しているときに、お母さんがお子さんに「それはやっちゃダメ」と言わなくていいような空間にしたいんです。あるいは、何かをする必要のないような空間にしたい。現代を生きる私たちは、目的を持つことに慣れすぎてしまっていると思うんです。何か目的があるから、その場所に行く。何か目的があるから、ある行為をする。
――その結果、「タスクをこなす」みたいになりがち、という側面もあるかもしれません。
小さな触れ合いが「救い」に。空間とコミュニケーションが導く優しさへの道
――パナソニックの「センサリールーム」プロジェクトでは、育児問題のなかでも、周りの協力を得られず孤立した状況での子育てを指す「孤育て」に注目されているそうですね。その理由を教えてください。
三浦悲しいことですが、日本でも児童虐待のニュースは珍しくありません。こうした問題の背景には、お母さんが子育てについて相談したり悩みを言えたりする人がまわりにおらず、1人で抱え込んでしまうという実態があります。
そうした現状を見るにつけ、お母さん、お父さん、子どもたちがリラックスできて、なおかつ一緒に楽しめるような空間がもっともっとこの社会には必要なんじゃないか、と思ったんです。孤立して、疲れ果ててしまう前に、自分を大切にする時間を過ごしたり、ストレスを吐き出せたりするような場所ですね。
実際、センサリールームを体験されたお母さんから「優しい気持ちになれた」というご感想をいただいたことがあります。疲れ切っていたり、余裕をなくしたりしていると、人は優しさを忘れてしまいますよね。センサリールームでのコミュニケーションが救いになり、本来の自分を取り戻すことのきっかけとなれば、これに勝る喜びはありません。
「継続」のためのアップデートを。事業化へ向けてのさまざまな可能性
――センサリールームは、事業検証のフェーズへと移行中とのことですが、今後はどのような展望を思い描いていますか。
渡邉センサリールームを世に広めるためには、商業施設のような場所と一緒にやっていくことが一番の近道だと考えています。ありがたいことに、われわれの取り組みを見て「一緒にやりましょう」と言ってくださる企業さんも徐々に現れてきています。
三浦最近の取り組みですと、自宅から遠く離れた病院での治療が必要な子どもと、そのご家族のための滞在施設である「ドナルド・マクドナルド・ハウス」さんが、われわれの活動に注目してくれたんです。ハウス内にセンサリールームを導入すべくクラウドファンディングをスタートしてくださったことは大いに励みになりました。
まずは子育て世代から始めたいと考えていますが、いずれは冒頭でもお話ししたように、対象をより広い層へ、それこそ「すべての人」へと広げていきたいと考えています。
渡邉すぐお金になるようなプロジェクトではないかもしれませんが、その先を見据えて、「社会にとって意義のあること」として捉えてくれるパートナーが見つかれば嬉しいですね。
――「意義のあること」と広く理解してもらうために、何が必要だと考えますか?
三浦センサリールームをとおしてコミュニティが生まれ、そこで繋がった誰かが自身の心に寄り添ってくれたり、今度はそこで得た癒しや寄り添う心を、また誰かにお裾分けしたり。センサリールームは地域で育てていくことができる場所でもあります。ですから私たちとしては、きちんと利用者の心に寄り添いながら、場として継続していくことが大事だと思っています。
三浦私たちの考えるセンサリールームの魅力をより伝えられるよう、「あるまま」という商標も登録しロゴを作成しました。この「あるまま」は「あるがまま」という意味です。パナソニックの創業者である松下幸之助がビジネスの成功に必要な要素は「素直な心」であると語ったように、自分を解放しあるがままを受け入れられる場所になってほしいという思いを込めました。「あるまま」が温かい場所となって広がっていくことを目指しています。
――パナソニックの扱っている商品やサービスの多彩さが、先ほどお話にあった「選択可能」「調整可能」という、独自のセンサリールームの発展にも大いに効いてきそうだなとも感じました。
渡邉本当にそうですね。それはつまり、「出口がたくさんある」ということ。商業施設にセンサリールームを設置することも出口の一つに過ぎません。公的な施設や、住宅とも組み合わせていけるかもしれませんし、ゆくゆくは、世の中に備わっていてあたり前のインフラの一つとなることを目指しています。
日本に照明の企業はいくつもありますが、パナソニック以外でこのようなアプローチができる企業はそう多くないと思うんです。つまり、BtoC的なショウルームをしっかり持っていて、これだけお客さまに寄り添える社員がいて、かつ「社会的意義」の部分にリソースを割ける企業であるわれわれだからこそ取り組むことができるし、取り組むべき領域だと。
これからも他の部署とも積極的にコミュニケーションを取りながら、さまざまな事業化の可能性を模索していきたいと思います。
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【お問い合わせ】
あるままプロジェクト panasonic_sensoryroom@ml.jp.panasonic.com
Profile
渡邉 健太(わたなべ・けんた)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 ライティング開発センター
2011年入社。入社から一貫して照明に関する研究開発に従事。2018年より光の新しい価値を伝えるため、複数の新事業企画を手がけている。
私のMake New|Make New「親子の時間」
マクドナルド・ハウスさまへ訪問させていただいて以来、息子と過ごす時間が一段と大切なものに感じられるようになりました。笑顔でコミュニケーションできるような、時間の使い方を意識していきたいです。
三浦 美賀子(みうら・みかこ)
パナソニックオペレーショナルエクセレンス株式会社 ブランド・コミュニケーション部門
1990年入社。入社以来、食品機器営業に従事。2018年2月よりパナソニックセンター大阪でショウルームの企画運営に携わった。現在は万博関連業務とセンサリールーム事業を兼務。
私のMake New|Make New「あるがまま」
「あるがままの自分を認め大切にする、人のあるがままを受け入れる」。少しでも多くの笑顔につながる活動を続けていきたいと願っています。