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救世主はアメリカミズアブ。タンパク質危機にある世界を「昆虫タンパク質」で乗り越える

SBL  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

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    世界人口の増加に伴い、数年後にはタンパク質の需要が供給を上回る「タンパク質クライシス(危機)」が訪れるといわれている。不足する動物性タンパク質の代替として期待されているのが、昆虫由来のタンパク質だ。

    こうした背景をふまえ、パナソニックも昆虫の可能性に注目。栄養価の高いハエ目ミズアブ科の昆虫「アメリカミズアブ」をパナソニックの照明技術で効率的に養殖し、さまざまな社会課題に活用する新事業「Nutrosect(ニュートロセクト)」の立ち上げに向けて取り組んでいる。現在はアメリカミズアブの粉末を使ったペットフードの開発を開始しており、試験販売も計画。将来的には家畜の飼料など、幅広い展開を考えているという。

    世界を救うかもしれない昆虫の可能性とは? また、そもそもパナソニックがなぜ昆虫を扱うのか? Nutrosectプロジェクトのロン・ホワイトフォードと、一之瀨瞳に聞いた。

    循環型昆虫活用ソリューション「Nutrosect」とは

    「Nutrosect」は、アメリカミズアブを養殖し、その栄養素や成分を、食糧・医療・農漁業・工業などに幅広く活用するプロジェクト。まずはアメリカミズアブの幼虫の粉末を使った高機能ペットフードの開発からスタートし、魚粉の代替となる養殖用の飼料など、さまざまな可能性を追求している。アメリカミズアブは食肉に比べて飼育時の温室効果ガス排出量、水の使用量を大幅に抑えられる。また、Nutrosectではアメリカミズアブの餌として飲食品工場から出る副産物など、ヒューマングレードの(※1)有機廃棄物を活用しており、フードロス削減にもつながる。地球環境への負荷が少ない循環型の飼育モデルを確立し、サステナブルな未来の実現を目指す。

    ※1 人間用の食品と同じレベルで品質が管理されたフードや原材料

    アメリカミズアブの幼虫と、幼虫を粉末にしたものの写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    左がアメリカミズアブの幼虫。右は幼虫を粉末にしたもの
    Nutrosectが目指す循環型飼育モデルの図  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    Nutrosectが目指す循環型飼育モデル

    はじめはロン・ホワイトフォード(以下、ロン)が一人で始めたテーマだったが、5年間の研究や社内の協力を経て、2022年にはパナソニックの新規事業創出プラットフォームであるGame Changer Catapult(ゲームチェンジャー・カタパルト)で採択された。また、それをきっかけに一之瀨含む3人の有志メンバーが加わり、現在に至る。

    栄養価・生産性・安全性。三拍子そろうアメリカミズアブ

    ――数ある昆虫のなかでアメリカミズアブに着目した理由を教えてください。

    ロンアメリカミズアブは、私たちが持つ技術を適用して大きなインパクトをもたらしてくれる生物だったからです。のちほど詳しくお話ししますが、パナソニックエレクトリックワークス社(以下、EW社)が2000年頃から手がけてきた光と昆虫にまつわる研究の成果を、アメリカミズアブの繁殖に生かしています。もちろん、それだけではなく、アメリカミズアブ自体のポテンシャルの高さにも魅力を感じました。

    Nutrosectプロジェクトのリーダーとして開発の中心的な役割を担っているロン・ホワイトフォードさんの写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    ロン・ホワイトフォード。Nutrosectプロジェクトのリーダーとして開発の中心的な役割を担っている
    Nutrosect養殖ラボでは、アメリカミズアブの幼虫の成長状況を日々確認している(画像提供:パナソニック株式会社)

    ――アメリカミズアブのどんなところが特に優れているのでしょうか?

    ロン生産性と安全性の高さ。そして、優れた栄養価です。まず生産性ですが、たとえばコオロギの場合、卵が孵化してから加工できる状態に育つまで1か月半ほどかかります。一方、アメリカミズアブは孵化後2週間で加工でき、幼虫のサイズも大きいという利点があります。

    安全性については、噛んだり刺したりすることもなく無害。人に害を与える病気も持っていません。また、コオロギやバッタ、イナゴは万が一脱走した場合、農作物を食い荒らすなど甚大な被害を及ぼしますが、アメリカミズアブはそうした心配もなく、成虫は口すらなくて、病原菌を媒介する可能性も極端に低いんです。

    栄養面では豊富なタンパク質に加え、ほかの昆虫よりも多くのビタミン、アミノ酸が含まれていることがわかっています。海外では、未来の代替タンパク源として注目が集まっていて、すでに多くの分野で活用されています。

    アメリカミズアブの栄養価の図  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    ロンまた、アメリカミズアブに限らず昆虫は牛や鶏などと比べ、育成に必要な土地や水、温室効果ガスの排出量など、タンパク質を生産する際の地球環境への負荷が圧倒的に少ない。タンパク質危機と同時に、環境問題の解決にもつながるのが、昆虫養殖の大きな利点と言えます

    動物が与える環境負荷に関する図  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    昆虫(ここでは、アメリカミズアブではなくコオロギ)とニワトリ、ブタ、ウシの環境負荷を比較したもの

    スモールスタートとしてペットフード業界に参入

    ――Nutrosectの事業化に向けたファーストステップとして、アメリカミズアブの昆虫タンパク質を使ったペットフードの開発がスタートしました。製造はペットフードメーカーに依頼し、その原料を提供しているとうかがいましたが、そもそもなぜペットフードだったのでしょうか?

    ロンNutrosectは展開できる分野が幅広く、さまざまな社会課題を解決できる可能性を持ったソリューションです。5年前にアメリカミズアブの研究を始めてから、さまざまな事業を検討してきました。

    はじめにペットフードの事業化を決めた理由は、戦略的な観点からです。ペットフード業界は少ない生産量でも参入することができます。犬用のペットフードのお困りごとに対してノーベルプロテイン(※2)である昆虫由来タンパク質は安全な選択肢になるので、Nutrosectの認知を広げる初期段階のスタートとして最適と考えました。

    ※2 新奇たんぱく。これまでに食べたことのないタンパク質でつくられた食事を指す

    ――ロンさんはペットフード業界に対する知識はもともとあったのでしょうか?

    ロンいえ、私はペットフードのノウハウを持っていません。しかし、メーカーと商談する際、ペットに対する知識がないとなかなか話は進まない。そこで一之瀨の出番です。彼女はこれまでペット向けサービスの企画を提案・検討したり、17年以上猫と生活を送っていたりするなど、ペットファーストの生活をしています。ペットとのくらしや飼い主の気持ちをよく理解しているのです。

    一之瀨今回、猫ではなく犬から着手したのは、複数の獣医師にインタビューしたところ、来院理由の大半が「愛犬の食」に関する問題だったからです。特に、食物アレルギーを持っている犬は多く、国内で飼育されているワンちゃんのうち、約14%にも上るといわれています。

    ペットフードの主なタンパク質としては牛肉や乳製品、鶏肉などが挙げられますが、牛肉のアレルギー発症率は34%、乳製品は17%、鶏肉は15%。一方で、昆虫タンパク質は0.5%未満と、アレルゲンが極めて低いというデータがありますさらに、アメリカミズアブの昆虫たんぱく質は、AFFCO(全米飼料検査官協会)からも成犬への使用が唯一認められています。コオロギに関しては認められていません。ですから、飼い主さんとしても安心してお選びいただけるのではないでしょうか。

    ペットに絡む、ペットメーカー選定や有識者/ 獣医師へのインタビュー、ペットフード開発検討などを担当している一之瀨瞳さんの写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    一之瀨瞳。2022年10月にペットに詳しいという理由からNutrosectへ参加。現在はNutrosectでペットに絡む、ペットメーカー選定や有識者 / 獣医師へのインタビュー、ペットフード開発検討などを担当している
    アメリカミズアブを使ったペットフードの写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    左下がアメリカミズアブを使ったペットフード。チワワのイラストは一之瀨が手がけた。ペットのチワワが集まるイベントに参加する機会があり、そこで実際に試食してもらうためイラストやフードのサイズをチワワにした

    ――ご自身の知識や経験があるからこそ、虫というややハードルの高そうな材料でもペットフードメーカーの立場に立った提案や交渉ができているんですね。現時点で、ペットフードとしての課題はありますか?

    一之瀨もちろん安全であることは大前提ですが、そのうえで、いかにワンちゃんに美味しく食べてもらうかですね。以前、チワワが集まるイベントに参加させていただき試食会を実施したことがありましたが、なかなか食べてくれない子もいました。嗜好性に対する検証や食味については、こうした試食会を重ねながら検討していく想定です。

    試食会の様子  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    試食会の様子(画像提供:パナソニック株式会社)

    独自の光技術でアメリカミズアブの栄養価を高める

    ――パナソニックが20年前から取り組んできた研究の成果がミズアブの繁殖に生かされているということですが、どのような知見や技術が用いられていますか?

    ロン多くの虫が「光」に引き寄せられることはよく知られていますよね。照明器具を手掛けるEW社としてもそこは大きな課題で、たとえば街路灯にたくさんの虫が集まると近所迷惑になります。また、住宅の照明器具に虫が入れば掃除が大変ですし、性能も落ちてしまう。そこで、スタートしたのが昆虫に特化した研究です。

    その研究から、さまざまな商品も生まれました。たとえば、農業野の病害虫対策。光の照射によって虫の行動を抑制したり、逆に紫外線で虫を誘引し捕獲したりするといった活用方法です。

    害虫対策で使われているパナソニックの照明事例「UV-B電球形蛍光灯」  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    病害虫対策で使われているパナソニックの照明事例「UV-B電球形蛍光灯」
    紫外線の照射でイチゴの免疫機能を活性化させ、うどんこ病などの植物病害発生や、ハダニの卵のふ化率を下げることで増殖抑制が期待できる蛍光灯。農薬散布回数が削減でき、安心・安全な農作物づくりをサポートする

    ――光にどう反応するかは、虫によって変わるのでしょうか?

    ロン光には可視光や赤外線、紫外線などさまざまな波長がありますが、生物によって見えている波長は異なります。たとえば、人には見えるのに、虫には見えない光もある。そうした波長の感度測定、つまり「どの虫にどんな光の波長が見えているか」を測定できるのが、私たちの強みなんです。また、そうした虫の特性に合わせ、光の波長を制御することも可能です

    ――アメリカミズアブも光によって行動をコントロールできる?

    ロンそうですね。たとえば、アメリカミズアブが快適に感じる光を照射することで、養殖生産性を向上させることができます。逆に、快適な光がない環境ではじっとしているだけで、そのまま繁殖することなく寿命を迎えてしまうんです。

    また、詳しくはお話しできませんが、当社のノウハウによって幼虫に含まれるビタミンやタンパク質量などの栄養分を調整することもできます。そのため、他社に比べて栄養価の高いアメリカミズアブの養殖が可能だと考えています

    一之瀨この栄養価を操作する技術は、ペットフードの改善にも役立ちます。たとえば、食が細くエネルギーを取りたい子には、脂肪分を増やす、逆にエネルギーを減らしたい子には、脂肪分を減らすなどです。最終的な味つけはペットフードメーカーさんにお任せしていますが、アメリカミズアブの養殖元として、ペットファーストで、できることはたくさんあると考えています

    取材中の一之瀨さんの写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    ――パナソニックはすでにミズアブの養殖に必要な数多くの技術を持っていると。

    ロンはい。光の波長応用技術だけでなく温度制御技術や加除湿技術、冷凍保管技術、脱水乾燥技術など、パナソニックの技術を組み合わせることで大半の作業を自動化できますし、全体的に生産性向上とランニングコスト低減につながると考えています。また、社内の技術を組み合わせることによるシナジーと新たな価値創出も期待できます。これは、豊富な技術を持つパナソニックだからできることです。

    タンパク質危機はすぐそこまで? Nutrosectの解決策

    ――今後はペットフードだけでなく、ほかの分野への展開も検討していますか?

    ロンもちろん考えています。ペットフードの前は家畜の飼料をターゲットにしていました。特に、魚粉の代替飼料ですね。たとえば、魚粉は、いま原油以上に激しく高騰しています。また、ここのところスーパーの卵や魚が高いのも、ニワトリや養魚の餌である動物性タンパクの飼料が値上がりしていることが一つの原因です。

    動物性タンパク質は今後も高騰していくことが予想されます。そもそも日本は飼料に配合されるタンパク質の大半を海外からの輸入に頼っているため、いずれ深刻な飼料不足に陥ってしまう可能性がある。いや、すでにタンパク質危機は始まっていますし、早急に対応すべき状況です。国内の飼料自給率を上げていく手段として、生産性の高い昆虫タンパク質は有効と言えるでしょう。

    左から一之瀨さん、ホワイトフォワードさん  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    ――動物性タンパクの飼料に比べ、ミズアブ由来の飼料はどんな点が優れているのでしょうか?

    ロン飼料要求率(FCR)という家畜の体重増加に対する飼料の効率を表す数値があるのですが、Nutrosectのアメリカミズアブは他社のミズアブより効果的というだけではなく、Nutrosectのアメリカミズアブを魚粉と混ぜても、魚粉のみの配合飼料に比べて同等かそれ以上の効果が得られるとも考えています。こうしたエビデンスを積み上げながら、ゆくゆくは飼料メーカーにも本格的にアプローチしていきたいと思っています。

    ――飼料以外にも検討している事業はありますか?

    ロンアメリカミズアブからオイルを抽出して商品化したり、キチン・キトサン(※3)を精製して医療や美容分野に役立てたりと、本当にさまざまな活用方法があります。ただ、メーカーとしての強みを最も生かせるのは、やはりアメリカミズアブの養殖設備の販売ですね。現在、アメリカミズアブ養殖の市場規模は約300億円ですが、2033年には約5,150億円まで拡大すると予想されています。そのあいだに技術やノウハウを培い、設備を含めたミズアブ養殖のソリューションを他社に提供できれば、ビジネスとしてのインパクトも大きなものになるはずです

    ※3 動物性の食物繊維。コレステロールや有害物質を吸着して、体の外に排出させる働きを持つ

    ――こんなに小さな虫に、とても大きな可能性が秘められているんですね。

    ロンそう思います。ここまで幅広い分野に展開でき、大きな社会課題を解決できる新規事業はそうはありません。まずはペットフードから始まり、さまざまな事業を展開して、30年後にはNutrosect単体の事業部ができている。そんな夢を描けるくらい、大きな可能性のあるプロジェクトだと思います。

    左から一之瀨さん、ホワイトフォワードさん  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

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    ロン・ホワイトフォードさんのプロフィール写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    Ron Whiteford(ロン・ホワイトフォード)

    パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 ソリューション開発本部 ライティング開発センター 新事業推進部
    2008年入社。事業企画として欧米の照明デバイス事業を担当した後、調達企画として海外工場の電子部品合理化活動を担当、2012年より国際営業企画として主にインドのLED照明器具事業を担当し、2016年より現部署にて新規事業活動を推進している。

    私のMake New|Make New「輝く未来」
    我々の種族である人間の栄える持続可能な社会と快適な生活の両立を実現するために、貢献したい。


    一之瀨 瞳さんのプロフィール写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    一之瀨 瞳(いちのせ・ひとみ)

    パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 電材&くらしエネルギー事業部 ソリューション担当 サービスクリエーションセンター コアビジネス推進室
    2008年キャリア入社。技術者として太陽光パネル「HIT」を中心とした新商品開発・設計・導入に従事。2021年2月より現部署に在籍。

    私のMake New|Make New 「ペットの幸せ」
    家族であるペットにもWell-beingを。ペットのWell-beingは、人間にとっても、Well-beingです。ペット目線での開発で、人間の当たり前に対する新たな気づきもうまれると思っています。ペットを通じて、よりよい社会を目指します!

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