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「しっとり」ってどんな髪?ナノレベルで理想の髪の手触りを数値化する目的とは

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    美容商品やヘアドライヤーなどの広告でもよく耳にする「しっとり」という表現。しかし「しっとり」という言葉の定義や概念はひとそれぞれかもしれない。パナソニックでは、香川大学とともに髪の毛の「しっとり」という概念を研究し、数値化してより深い共通認識をつくることに取り組んでいる。香川大学の「ナノ触覚センサー」を活用して、ヘアケア商品の更なる開発·発展に貢献していきたいという。パナソニックの松井康訓と香川大学の高尾英邦教授に話を聞いた。

    「しっとり」という言葉を分解し、より深い共通認識をつくる

    美容領域でヘアケアの技術開発を担当している松井康訓   | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    美容領域でヘアケアの技術開発を担当している松井康訓

    松井私たちは、ヘアドライヤー ナノケアなど、ヘアケアにまつわる商品に搭載するナノイー機能などの技術開発を行う部署です。お客様の「理想の髪」を叶えるための技術を探求し、開発することはもちろんなのですが、やはりその価値をお客様に伝えていくという活動も大切だと考えています。「しっとり」という表現だけではお客様にその価値を十分に伝えられず、効果をイメージしていただくこともできません。数値化することでより具体的に我々の技術が持っている価値を伝えていくことに挑戦しています。

    たとえば商品の良さを伝えるときに、「しっとり」や「うるおい」という言葉だけでなく、「毛髪水分増加量1.9倍」というような具体的な表現まで落とし込むことで、商品の価値を明確にすることが可能になります。

    サイト・カタログなどで使われている表現(画像提供:パナソニック株式会社)  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    サイト・カタログなどで使われている表現(画像提供:パナソニック株式会社)

    松井ヘアケアという領域に関しては、「しっとり」ということに価値を感じる人が多くいます。

    ただこれまで、その「しっとり」を正しく計測する術がありませんでした。髪の毛を触った感じなのか、見た目なのかなども含めて定義も曖昧であり、先ほどの毛髪水分増加量も髪の水分量という1つの要素でしかありません。この「しっとり」を数値化してより深い共通認識をつくることが、「ナノ触覚センシング」の研究の目的です。今まではなんとなく「しっとり」という個人個人の感覚で話していたものを要素分解して共通認識できるものにします。

    共通認識できるということは誰とでもコミュニケーションできるということです。我々開発チーム内はもちろん、社内の他の部署(商品企画、マーケティング、広告訴求を考える部門など)や、販売店様、そしてお客様に対してもそうです。さまざまなステークホルダーに商品の良さを正確に伝えて、より深くコミュニケーションできることで、お客様が本当に欲しいと思えるものを届けられるようになると思っています。これは、コミュニケーションにより、お客様が求めるものに私たちが歩み寄り開発に活かせることも含んでいます。

    「しっとり」ってどんな髪?

    研究で使用しているさまざまな髪のサンプル  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    研究で使用しているさまざまな髪のサンプル

    松井しっとり、というと「水分量」がまず想起されると思うのですが、それだけでもありません。水分量は「髪の内側も含めた水分」ですが、私たちが見たり触れたりするのは「髪の表面」です。いろいろな説がありますが、香川大学の高尾先生によると「粗滑感」「摩擦感」「硬軟感」「乾湿感」「冷温感」の5つの要素を使って、人間は「しっとり」を感じとっているとのことです。

    また、目で見たときのしっとり感もお客様が評価するポイントだと思うのですが、「見た目のしっとり」というのは、それほど意見がぶれず、画像による解析も進み、すでに共通認識されています。だから私たちは「手触り感」という領域で新たに挑戦しているわけです。

    髪の毛を指で触ったときに、少し滑っては止まってといった動きを繰り返していると考え、この一瞬くっついてから次に動く際の応力(「粗滑感」「摩擦感」が作用)を「しっとり」と認識しているのではないか。そこに目をつけて研究している段階です。

    ナノ触覚センサーを使い「髪の毛一本」の凸凹や摩擦を計測  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    ナノ触覚センサーを使い「髪の毛一本」の凸凹や摩擦を計測

    松井香川大学のセンサーなら、髪の毛一本の表面の非常に微細な凹凸や局所的な摩擦を計測することができます。そのセンサーを動かすことで、くっつき方や動き方も明確にしていきます。これらの計測結果をもとに数値化してより深い共通認識をつくることができます。家電メーカーでこのような研究をしているのは、おそらく私たちパナソニックだけではないかと思います。

    ナノ触覚センサーを持つ香川大学との出会い

    リモートで対談をする松井と香川大学高尾教授  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    松井商品の良さをお客様にきちんと理解してもらうのはとても難しいのです。使ってもらったらわかるけれど、使わない限り本当の良さはなかなか伝わらない。だから手に取ってもらうまでのコミュニケーションが重要です。それが「しっとり」を数値化してより深い共通認識をつくることの一つの理由で、その目的に対して香川大学の「ナノ触覚センサー」が非常に合致していました。

    香川大学のセンサー技術は、表面のものすごく微細な形状と摩擦を同時に計測できるという点が最も優れているところです。かつ、そのような技術を使って、私たちのようなメーカーと連携しながら、実用化まで意欲的にご協力いただけるということも大きいです。

    センシング時の計測ソフトウェア画面  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    センシング時の計測ソフトウェア画面

    高尾私は微細構造デバイス総合研究センターのセンター長を勤めていますが、私の研究室はこの研究設備を使って「ナノ触覚センサー」を開発してきました。さまざまな機能を集積できる半導体技術の特徴を利用して、人間の指先が持っている指紋の構造や、神経細胞と同じような役割を含むセンサーを作り、人間が感じとっているような「触り心地」の感覚をセンシングすることができます。松井さんとは偶然にも同じ大学の出身であることが分かり、そこに親近感を抱いたとともに、運命のめぐりあわせというものを感じました。

    香川大学で「ナノ触覚センサー」を開発した高尾英邦教授  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    香川大学で「ナノ触覚センサー」を開発した高尾英邦教授

    松井他の大学などでの研究では、髪の毛の束全体で研究をしているところが多い中、高尾先生は髪の毛を「一本一本」繊細に図る技術を持っておられました。同じ大学を出ているということもあり、運命的な出会いだったと今も覚えています。

    高尾私たちの「ナノ触覚センサー」は非常に繊細な検知が可能で、髪の毛一本の表面の形状と摩擦を計測できます。その髪の毛一本(直径で60~100ミクロン)と、センサーの接触を安定させるのが非常に難しいのですが、それを安定化させるための仕組み作りと装置化をパナソニックにご協力頂きました。そこからさらに計測して得られたデータを分析して診断するアルゴリズムが重要なのですが、その部分もパナソニックと一緒に進められています。パナソニックが持つ製品の高い技術や開発の目標などは、私たち単独では決して持ち得なかったもので、この共同研究をきっかけに私たちの研究も大きく発展しています。

    大学が企業と共同研究を行うことの意義

    香川大学の高尾教授と研究メンバー(画像提供:高尾教授) | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    香川大学の高尾教授と研究メンバー(画像提供:高尾教授)

    高尾実は、「ナノ触覚センサー」が持っているポテンシャルがどの程度まであるかについて、私自身もすべて把握できてはいないのです。さまざまな応用の技術と掛け合わせることで、今私たちが予想しているものよりも、もっと先のものまで見えてくる可能性もあると考えています。その部分もパナソニックとの共同研究に期待するものです。

    ナノ触覚センサー   | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    ナノ触覚センサー

    高尾「共同研究」というのは近しいバックグラウンドを持った人たちが協力し合ってシナジーを産むというイメージを持っていましたが、それだけだと発展性に限界があるなと感じていました。企業と大学は社会でも違う役割であることから、それぞれが持つ別の立場と視点や知識・経験をもとに共同して研究を行うことで、それぞれ単独ではたどり着けないゴールまで到着できるという考えを現在は強く持っています。

    技術開発において、大学の役割は基本的に新しい原理であったり技術を作り出したりというところが大きいと思います。そして、その技術を実際に多くの方々の生活で使っていただけるような形にしていくということまで関わりたいのですが大学ではそこまでできません。新しい未来を描くときに、やはり大学だけではたどり着くことは難しい。このパナソニックとの取り組みは「産学共同の研究」で新しい技術を世の中に送りだすことのできる貴重な連携の機会ですし、製品化に向けて少しでもお力添えできたらと思っています。

    すべては、買っていただけるお客様のために

    松井の手の写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    松井伝え方のところに関して、カタログやWEB、広告などの制作は別のチームが動いています。「商品をよりよく見せたい」という思いはもちろん正しいのですが、背伸びしすぎはよくない。申し訳ないと思いながら、それを止める側に立つこともあります。

    難しいですよ。限りなくマインドの話になります。やはり売り上げ、利益だけ考えたら、正しくなくてもいいから注目してもらえて買ってくれたらいいじゃないかという考え方も存在しているとは思うのです。でもそれが「ほんとうにお客様のためになっていますか」と言えば違いますよね。私は、買っていただいたお客様が後で後悔することが一番良くないことだと思っています。「正しく伝える」っていう活動も「ものを作っている側の責任」だと思いながらこの研究を続けています。

    美容領域でヘアケアの技術開発を担当している松井康訓   | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    高尾パナソニック製品を買われるお客様も、その良さや価値というものの裏付けがほしいと思っていると思うのです。科学的なデータに基づいているほうが安心感も信頼感も高まりますね。

    松井ゆくゆくは「しっとり」だけでなくさまざまな表現に挑戦してみたい。「しっとり」はある局面に振った場合のワードでしかありません。対局面には「さらさら」があります。「なめらか」や「つるつる」というのもある。それぞれとても難しい表現で、じゃあ「それがどうしたら生まれるのか」という研究の展開も面白いんじゃないかと思っています。

    リモートで対談をする松井と香川大学高尾教授  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    Profile

    松井 康訓氏のプロフィール写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    松井 康訓(まつい・やすのり)

    パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 ビューティ・パーソナルケア事業部 ビューティビジネスユニット ビューティ商品部
    1999年入社。研究部門に配属、空気清浄機用センサーや脱臭技術の開発を経て髪ケア効果向上技術の開発に従事。2008年9月より事業部技術開発部門に在籍。ヘアドライヤーナノケアをはじめ、ELMISTAなどヘアケア商品全般を手がけている。

    私のMake New|Make New「Air」
    お客様に生活における「必要不可欠なもの」を創出し続けていく。


    高尾 英邦 氏のプロフィール写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    高尾 英邦(たかお・ひでくに)

    香川大学 創造工学部教授 ならびに微細構造デバイス統合研究センター長
    香川県高松市出身。2015年から香川大学で「ナノ触覚センサー」の研究を開始。その成果は令和5年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)やCEATEC AWARD2023 デバイス部門グランプリ等を受賞している。

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