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「自分らしくいきいきと働く」ことは、働くうえで誰もがのぞむことだろう。その環境をつくることは、いまや企業経営において無視できない状況になりつつある。それを概念化したものが、「Diversity(多様性)」「Equity(公平性)」「Inclusion(包摂性)」の頭文字をとった「DEI」だ。デザインのニューヨーク拠点である「Panasonic Design NY」では、パナソニックの目指すべき未来の姿を探るために、DEIやテクノロジーにまつわるさまざまなリサーチを行なっている。そこで見えてきたのは、急速に発展するAIが、働き方の常識を変えつつあるということだった。そこで今回は、東京大学松尾研究室にてAIを研究する今井翔太(いまい しょうた)氏と、Panasonic Design NYの真貝雄一郎(しんかい ゆういちろう)の対談を実施。DEIの実現にAIがどのように関わるのか、そして、来たるAI時代に人はどう生きていくのか語り合ってもらった。
AIの進化で「誰もが働きやすい」環境の実現へ
Panasonic Design NYでは、リサーチの成果を定期的に「Future Signals Report」というレポートにまとめています。そのなかで「Future of Work」、つまり「未来の働き方」というテーマで、DEIの視点も絡めながら働き方の変化を探りました。
そこで印象に残ったのが、ChatGPT(※1)の登場以降、急速に発展しているAIの存在感です。AIは従来の働き方をがらりと変えてしまう革新性を持つ半面、多様性を制限してしまうように感じられる部分もあります。
生成AIツールで問いかけを行なうと、もっともらしい回答や画像を簡単に生成できます。これらは人々の公平性やインクルージョンをサポートしてくれる一方で、誰でも同じような結果にたどり着いてしまうため、多様性が失われてしまうという見方もできるのではないでしょうか。
DEIを実現するためには、どのようにAIとつき合っていくべきなのか。そこを今井さんにうかがいたいと思っています。
※1 OpenAIによって開発された、テキスト生成、翻訳、コード作成、質問への回答など、さまざまなタスクに使用可能な大規模言語モデル
よろしくお願いします。普段の研究では、DEIの領域に触れる機会があまり多くないのですが、そもそも、ニューヨークはどのような状況なのでしょうか。
ニューヨークには世界中からさまざまな人が集まっているため、お互いが自分とは違う状況にいたり、異なる考えをもっていたりすることを前提とする雰囲気があるように感じます。一方で、さまざまな人が密集する場所だからこそ、世界に先駆けて新たな課題に直面することも多いです。新しいビジネスがどんどん出てきて、あたかも世界のくらしのプロトタイピングがなされているような印象です。先日は、ホームレスのサポートをしているBOMBASというアパレル企業の街中広告を見かけました。
AI関連のサービスを見ていても、アメリカは多様な個人をサポートするニーズが大きいんだなと感じますね。
マイノリティをエンパワーメントするようなAI関連のサービスで、ご存知のものってありますか?
たとえば、目が見えなくても、周囲の情報をスキャンして音声で知らせてくれる「Ask Envision」(Envision社)が思い浮かびます。GPT-4以降、イメージから音声やテキストを生成するマルチモーダルAI(※2)が普及したことで、こうしたツールも実用できるレベルのものが増えてきました。
※2 テキスト、音声、画像など、2つ以上の異なるデータの種類から情報を収集し、それらを統合して処理するAIのシステム
なるほど。YouTubeの字幕翻訳なども、リアルタイムでかなり精度の高いものが可能になりつつありますよね。
それどころか、Metaの「Seamless」のように、自分の発話を同じ声質のままで外国語に変換するツールまで登場しています。細かなニュアンスも含めて伝えられるようになるので、さまざまなバックグランドを持つ人々が一緒に働きやすくなるのではないでしょうか。
無意識の偏見も正してくれる
「Future of Work」でも紹介した「Textio」というサービスが興味深かったです。いわゆる文章作成支援ツールで、書いている文章のなかに無意識の偏見などが含まれていた場合に、適切な表現をサジェストしてくれるというものです。
たとえば、部下の仕事を評価するときに、人間性を否定するような言葉を使ってはいけませんよね。「彼は機械的な人で......」と書いているときに『「機械的」ではなく、「主体性に欠けていて」という言い方に変更するのはどうですか?』とリアルタイムで提案してくれるようなイメージです。
これ、非常に面白いですね。私もまさに、こういうふうにAIを活用していきたいと思っていました。AIは世界中のデータを学習しているので、文化圏ごとのギャップを埋めるのがとても得意なんです。たとえば広告やプレスリリースを多言語で展開するときに、原文そのままではなく各文化圏に合わせて表現をアレンジしたりといったイメージですね。
まさにAIが多様性のサポートに役立つ事例ですよね。ツールを使うことで、自分で気づけなかった無意識の偏見に気づいて、学びを深めていける。
そこは重要なポイントですね。「AIがこれで良いと言った」からといって、そのままアウトプットとして使うのでは意味がない。それこそ、認識のギャップを放置する結果になってしまいますから。
働き方という観点でいえば、いまはリモートワークが普及したこともあり、部下の働き方を上司が細かく見るのが難しくなっていますよね。そこをAIがサポートすることはできないかと考えているのですが。
なるほど。勤務中の記録をデータとして収集して、より良い働き方をサジェストすることはできるかもしれませんね。
「メールを書くのに時間を使いすぎかもしれない」みたいな。ログを上司や同僚に直接見られるのは監視っぽくて抵抗があるけど、AIに渡して作業効率などについてフィードバックをもらうかたちならアリな気がします。
人間による評価についてもバイアスが入りますし、おっしゃるとおり上司がすべてをチェックできるわけじゃない。たとえば在宅ワークでお子さんがいる方が、お迎えなどで稼働量が減る時間帯が生まれるとします。AIがそういった状況を踏まえて上司にフィードバックできる機能を備えていたら、それを単に「パフォーマンスが悪い」と評価してしまうような人為的なずれを修正することもできるようになるかもしれません。
AIが出した答えにそのまま従うのは問題だと思いますが、AIが提示してくれた選択肢を参考に、最終的に自分が選ぶならよいと思います。AIが普及したら、その選択のリテラシーが問われるようになっていくんでしょうね。
話していたら、実際につくって研究室に導入してみようかなという気になってきました。
ぜひ結果を教えてください(笑)。
地域や人種。AIのバイアスを是正するには
ここまで話したのは主にAIによって起きるポジティブな変化についてですが、一方で、AIによって多様性が損なわれるケースがあることにも留意が必要ですよね。生成AIはインターネット上の情報を学習しているため、文化的なバイアスが含まれやすいことが指摘されていますが、この点についてはいかがでしょうか。
そこはまさに、AIの世界でも盛んに議論されているポイントです。わかりやすい例で言えば、「将棋の画像を生成して」とAIにお願いすると、チェスの画像が出てくることがあります。要するに、西欧的なバイアスが強くかかっているわけですね。
その偏りを是正していく動きはあるのでしょうか。
もちろんたくさんあります。対策は色々出てきていますが、一例として、その国専用の生成AIをつくることがあげられます。日本の場合、学習データ自体を国内を中心に集めていけば、自然と日本で通用する結果を生成できるということですね。ただ、これは概算でも膨大な費用がかかると言われており、現実的には難しいでしょうね。
「全世界のデータを学習する」というAIの強みも失われてしまいそうです。
より現実的な方法としては、「AIアライメント」という考え方があります。比較的注目されるようになった概念ですが、要するにAIが学習した内容に対して、人間の手で調整をかけていくというものです。
たとえば現状のAIだと「上司との関係を改善したい」という相談に対して、「上司に暴言を吐きましょう」といったおかしな答えを返してしまうことがたまにあります。インターネット上のコミュニケーションからも学習しているので、ネットミーム的な表現が含まれてしまうこともあるんです。それを調整し、「そのためにはさまざまな手段があります。面談をするのはいかがですか」といったふうに、回答を人間の価値観に合わせていくのがAIアライメントです。
具体的にどうやって修正していくのでしょうか。
ウェブからの学習を終えたAIに対し、人間が作成した正解のデータ、いわゆる「教師データ」を学習させるというプロセスです。手間はかかりますが効果はあるので、今後企業がAIを活用する際のスタンダードになっていくと思います。
ただ、このやり方にも問題がないわけではありません。それは、教師データの作成にもバイアスが含まれるということです。教師データを学習させるためには、人がデータを入力する必要があります。それを入力する人が、現状は開発コストの関係で賃金が比較的安いアジア圏の人に偏っていると言われているのです。多様な地域、人種、属性の人がいなければフラットな教師データにはなり得ませんから、ここは個人的に問題だなと感じます。
結局は人間の持つバイアスが反映されてしまうんですね。
一応、最近はデータの入力者に倫理教育を施してから教師データを作成するというプロセスができつつあるようです。このあたりは現在進行形でアップデートされていっているところですね。
AIの活用でもうひとつ気になるのが、個人のデータをどう倫理的に扱うかということです。たとえばニューヨークでは2023年に、採用や人事評価における雇用主によるAI利用を規制する法律(※3)が制定されました。全面的な禁止というわけではなく、監査を受けたり、対象者へのAI使用の通知義務があったりというものです。
「AIから個人の権利を守ろう」という動きも起こっていますよね。先んじてEUではGDPR(EU一般データ保護規則)で明確化され、全世界に広がっていっています。個人に関わる情報の扱いとAIについては、これからも考え続けなければならない課題だと感じています。
※3 「自動化された雇用決定ツール(AEDT)」を使う雇用主または人材紹介会社に適用される法律。対象となる雇用主らは、従業員の採用や昇進の決定プロセスでAEDTを使う場合、性別や人種に基づくバイアスに関する監査を受け、その結果をウェブサイトで公表しなければならない。また、NY市に在住する従業員や求人応募者に対しては、AEDTが評価や査定に使用されることを通知する必要性などを定めている
AIの時代は「個性の時代」?
少しスケールの大きな話になりますが、私はいま、人類が重要な分岐点に立っていると思っています。「AIが出す答えに従えばいい」という方向でいくのか、「AIとともに成長する」という方向に進むのか。科学の世界にも、AIに従ったほうが効率的に成果を出せると考える人が大勢います。それは短期的には間違いではないと思いますが、長期的に見ると多様なアイデアが生まれにくくなったり、人が成長しなくなったりするのではないかと危惧しています。
「多様性は、種の生存戦略の一つであった」という話を聞いたことがあります。突然変異で生まれた一見役に立たない性質が、環境の変化に対応するための重要な鍵だった、というような。個人や組織においても、AIによる合理的な回答を受け入れ続けることは、未来の多様性をなくしてしまう可能性もある。存続という観点では逆にリスクが増えるのかもしれません。
この点について、自分は必ずしもAIに従う必要はないと思っています。むしろ人間は、AIに「人類のためにはこうするべきです」と言われても納得しない生き物なんじゃないかなと。世界中がすべて最適化されたら生きることに飽きてしまいますし、その飽きこそが人間らしさですよね。
面白いですね。自分も、AIについてはまだまだわからないことが多いです。ものすごい勢いで生活に入り込んできているので、そこに不安や恐怖を抱く人がいるのもわかります。
ただ、ニューヨークでリサーチをしていても感じるのは、何事もまずは触れてみるのが大事だということ。例えば、私ももともと、「アメリカ人」といえば思ったことを何でも言ったり、フレンドリーだったりとするんだろうなと、まさに「ステレオタイプな」想像をしていました。しかし、現地で暮らすなかで、そのような人ばかりでないことを実感しています。あたり前かもしれませんが、決まった枠組み・色眼鏡で見るのではなく、目の前にいる人と向き合う事が大事だと学びました。AIも、想像で語るのではなく、まずは実際に使って自分なりの意見を持つことが大切で、良い悪いの判断はそのあとでいいのかなと思います。
今日のテーマであるDEIにもつながりますが、AIが全面的に普及した世界では能力や生産性なんてどうでもよくなるんです。それよりも、良い人であるとか歌がうまいとか、そういう「その人の個性」の部分に注目が集まるようになると思います。AIはあくまでも、その人らしく生きることをサポートする道具ですから。「AI時代には極端なことをやりましょう、個性を伸ばしましょう」というのが、私からみなさんに伝えたいメッセージです。
―「AIが普及しきると能力や生産性なんてどうでもよくなる」という今井さんの予想に、思わずドキッとした人も多そうです。今後より進化していくAIについていけるかどうか、恐ろしさを感じる部分もありますが、未来をポジティブに迎えられるよう、自分の個性を伸ばすことを考えてみたいと思います。
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Profile
真貝 雄一郎(しんかい・ゆういちろう)
パナソニック株式会社 デザイン本部 戦略統括室
2014年入社。サービスデザインやUXデザインのスキルをベースに、未来ビジョンや新規事業開発のデザインコンサルティング業務に従事。2023年4月よりPanasonic Design NYに在籍し、北米を中心とした先進的なくらしからのインサイト発掘、それらを基にした未来構想やコンセプト開発を手がけている。
私のMake New|Make New「Hope」
明日起きるのが楽しみな毎日のくらしをつくっていきたいなと思っています。また、会社にとってもわれわれのつくったビジョンが新しい希望になりますようにという意味です。
今井 翔太(いまい・しょうた)
1994年、石川県金沢市生まれ。東京大学 大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻 松尾研究室に所属。博士(工学)。人工知能分野における強化学習の研究、特にマルチエージェント強化学習の研究に従事。ChatGPT登場以降は、大規模言語モデル等の生成AIにおける強化学習の活用に興味。著書に『生成AIで世界はこう変わる』(SB新書)など。