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自分らしく心豊かにくらせる住まい、どうつくる?建築家・五十嵐淳さんと考える

GROW MY LIFE | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

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    パナソニックのさまざまな「Make New」を発掘しているMake New Magazine(以下、MNM)編集部が、もっと知りたい、話したいトピックをその道のプロにうかがう企画「Make New Studies」。今回は「心豊かにくらせる空間」がテーマです。

    人々の日常に寄り添うテクノロジーで、ウェルビーイングなくらしを追求してきたパナソニック。しかし、便利さや合理性を求めることだけが、本当に豊かなくらしといえるのでしょうか。時短や効率化だけでなく、心まで満たされる毎日。そんなくらしのMake Newをつくるためには、どんな視点や発想が必要なのでしょうか。

    今回、この難題について一緒に考えてくれるのは、イタリアの国際建築賞『BIENNIAL BARBARA CAPPOCHIN』のグランプリを受賞するなど、国内だけでなく海外からも注目を集めている建築家の五十嵐淳(いがらし・じゅん)さん。北海道ならではの気候風土を「自分ごと」として捉え、くらす人に環境を自分ごと化させるための、ある種の「不便さ」も大切にするという五十嵐さんに、「人間が本当に心豊かにくらすための空間」についてうかがいました。

    建築家の五十嵐淳さんの写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    今回お話を聞いた、建築家の五十嵐淳(いがらし・じゅん)さん(画像提供:五十嵐淳建築設計事務所)

    「自分ごと」でなければ、心豊かなくらしはつくれない

    建築家の五十嵐淳さんは自身の地元である佐呂間町と札幌市を中心に、約30年にわたり建築設計を手がけてきました。北海道を拠点にし続ける理由は、「自分がそこでしかくらしたことがないから」。とてもシンプルですが、そこには五十嵐さんの「住まいづくり」に対する哲学が込められています。

    五十嵐僕は北海道でしかくらしたことがありません。自分がくらしていないと「自分ごと」にならないんです。世界各地に建築を建てる建築家もいますが、僕の場合は自分ごととして設計ができないと、本当にその場所と吊り合った建築がつくれないんじゃないかという怖さがある。いくらその土地の情報を集めたところで、自分が体験していない以上は部分的な受け取りになってしまい、自分ごとにはなりません。

    たとえば、里山でくらしている人がいたとしますよね。その山が伐採されたり汚染されたりすると、普段飲む水の質もやがて変わってくるはずです。そうなると山を守らなければと考え、環境問題への意識が高まり、身近な環境が自分ごとになっていくと思うんです。

    家づくりは「くらし」をつくること。五十嵐さんはただ快適に過ごせるというだけではなく、人間が本当に心豊かにくらせる空間とは何かを追求し続けてきました。まずは周囲の自然や気候、土地の性格を熟知し「自分ごと化」しなければ、心豊かなくらしはつくれないというのが、五十嵐さんの建築家としての基本姿勢です。

    編集部メンバーが気づいたことのイラスト「夏は川の匂いがキツくて窓が開けられない...そもそも川が臭う原因はなんだろう?」 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    お話を聞いて、川沿いに住む編集部メンバーが気づいたことをイラストにしてみました。自身のリアルな生活と直結するトピックについて考えを深め、自分ごと化していくことが大切なのかもしれません

    住まいとは「動物の本能」に応答する場所であるべき

    では、人間が本当に「心豊かにくらせる空間」とは、いったいどんなものなのでしょうか。パナソニックも人々のくらしをより良いものにするために、さまざまな人や地域の課題に寄り添った商品を開発し、生活の場に提供してきました。たとえば、家事のお悩みを解決する食洗機や掃除機、洗濯機などの生活家電。それらはパナソニックが人々のくらしを「自分ごと」として捉え、磨いてきた技術によって生まれたものです。

    しかし、心豊かなくらしを実現するには「それだけでは足りない」と五十嵐さんは言います。肉体的にも精神的にも満たされる真のウェルビーイングのためには、人間の五感や感受性に訴えかけるようなアプローチが必要であると。五十嵐さんはそれを「動物の本能に応答する住まい」と表現します。

    五十嵐人間も動物なので、住まいには動物の本能に訴えかけるような場所が必要です。たとえば、野良猫が街中の温かい場所を探して、ナワバリをつくるようなイメージ。なんとなくそこにいたくなる心地よさだったり、自然と座ってみたくなったり、寝転びたくなるような身体性。そうした五感を刺激し、動物の本能に応える仕掛けをつくることが、住まいという建築には最も大事なのではないかと思います。

    森にある切り株について考えている様子のイラスト | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    お話を聞いて、森にある切り株について考えてみました。イスとして用意されたものではないですが、なんとなく本能的に座りたくなる高さとサイズですよね

    たとえば、五十嵐さんが敬愛するインドネシアの建築家、アンドラ・マティン氏の自邸。リビングには壁や窓がなく、母屋と離れの寝室を結ぶ廊下にも屋根は設けられていません。そのため、スコールの際には雨粒が内部まで吹き込んできますが、雨が上がれば冷たく心地よい空気がリビングを通り抜けます。

    五十嵐熱帯の気候風土も含めた外部環境を、いかに心地よいものにできるか。それは建築家がその土地の自然を知り尽くし、自分ごと化できているからこそ、なせる業だと思います。僕はそこに共感を覚えるし、自分もそういう家をつくっていきたいです。

    インドネシア ジャカルタの建築家、アンドラ・マティン氏の自宅の写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    インドネシア ジャカルタの建築家、アンドラ・マティン氏の自宅(画像提供:浅川敏)

    不便を知ることで、くらしの知恵が生まれる

    もちろん、そうしたくらしを「不便」「合理的ではない」と感じる人も多いはずです。いまは住宅性能やテクノロジーの進化により、周囲の気候に関係なく、室内をつねに一定の状態に保つことも可能になりました。五十嵐さんは「それはそれで一つの大きな価値だし、多くの人にとって理想だと思う」としつつ、ときにはそうした快適なくらしから距離を置くことで色んな発見があり、それが楽しいと語ります。

    五十嵐僕がいまいる北海道の事務所は築50年以上の古いビルで、夏は暑いし冬は極寒です。だからこそ、自分で暑さや寒さに対処しようと頭を働かせる。すごく暑い日は窓とドア、事務所の入口まで全開にして風をとおし、次の日に少し気温が下がれば窓は開けずに、入口のドアだけ開放して共用部からの風を取り込みます。外部の空気を直接感じると気持ちが変わるし、その日の状況に合わせて自分でアクションを起こすのが楽しい。僕にとっては、それが人間らしさなのかなと思います。

    古い建物は性能が低いからこそ、外部の風や寒暖差が伝わりやすい。それをネガティブに捉えるかどうかは自分次第。傍から見れば不便で過酷に思える環境も、五十嵐さんにとっては「工夫とアイデアを存分に発揮できる、魅力的な場」なのだといいます。

    五十嵐もちろん、家のなかでは一滴も汗をかきたくないとか、ずっと安定した空間でくらしたいという人もいます。むしろ、そちらが大多数なのでしょう。ただ、僕は子どもの頃から古い建物で生まれ育ち、そうした環境が自分ごと化しているからストレスを感じません。

    大事なのは試行錯誤。何かを試してダメなら、どうすれば良くなるか真剣に考えること。その知恵こそが「自分ごとのくらし」をかたちづくっていくと五十嵐さんは考えています。

    五十嵐それはたとえば、「ソファーをどこに置くか」とか、ちょっとしたことに悩むだけでもいい。毎日ちょっとずつ移動させて、動物的に自分が最もしっくりくる場所を探していく。そうした作業が、くらしの知恵や創造性を育ててくれるのだと思います。

    京都先端科学大学の川上浩司先生が「不便益」という言葉を提唱されていますが、不便さや完全でないところから生まれるものって、とても魅力的に感じられます。逆に、最初から完璧な快適を求めていたら、真っ平な人間になってしまう気がします。

    それに、人間は慣れる生き物だから、いかに完璧に整えられた空間であったとしてもいずれ満足できなくなります。でも、自分ごとのくらしの知恵を持たない人はそこで何かを工夫するという発想に至らず、行き詰まり、さらなる贅沢を求めてしまうんですよね。

    家のなかで自分が心地良い場所を探したり工夫したりしている様子の写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    自分で工夫することでくらしをよりよくしていくことが大切だと語る五十嵐さん。イラストのように家のなかで自分が心地良い場所を探したり工夫したりしてみてもいいかもしれません。

    街や自然から得た体験を建築に反映し、考えるきっかけをつくる

    では、五十嵐さんの手がける建築では、住む人に環境を「自分ごと化」させるため、どのような工夫がなされているのでしょうか? 五十嵐さんの作品の一つ、北海道旭川市の住宅「house D」では、四角いボックスが連なるユニークなデザインが印象的。じつは、ここにもある仕掛けが存在しています。

    「house D」の内部の写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    「house D」の内部。よく見ると空間と空間のあいだに深めの段差が。これも五十嵐さんが考える「自分ごと化」のきっかけづくりのひとつで、シチュエーションや気分によって椅子や机として使うことができる(画像提供:セルジオ・ピローネ)
    「house D」の平面図の写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    「house D」の平面図(画像提供:五十嵐淳建築設計事務所)

    五十嵐これはヴェネチアのような路地や森のなかをイメージしています。入り組んだ路地に入ると、直接は見えないけれどその向こう側が存在しますよね。そんなとき、「この向こう側の空間はどうなっているんだろう?」と想像すると思うんですけど、そう考えることは、「空間が自分ごと化する」きっかけになると思っていて。

    僕が家をデザインするとき、住む人に「こう使ってね」と意図を押しつけるのではなく、あくまで「考えるきっかけ」になるような仕掛けをたくさん盛り込むようにしています。

    そして五十嵐さんの代表作でもあり、建築家の登竜門と言われる吉岡賞も受賞した『矩形の森』。ここには、空間を仕切る壁が存在しません。まさに、自分ごと化のきっかけになるデザインです。

    「矩形の森」の写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    「矩形の森」の写真(画像提供:新建築社)

    五十嵐空間の色はコンクリートのグレーと白が特徴的ですが、じつは原っぱをイメージしているんです。とても広い原っぱにピクニックに行ったとしたら、どこにピクニックマットを広げようか迷うと思うんですよね。でも、そこに大木があったら、おそらく9割くらいの人がそこを選ぶと思うんですよ。

    この作品は、柱がその役割をはたしています。住む人には、「大木」をキッカケにしつつも、自分で居場所を見つけてもらいたいと思って設計しました。たとえば、写真の右側にダイニングテーブルが写っていますが、気分によって場所を変えても良いと思います。

    テクノロジーを上手に使いつつ、ときには不便さを受け入れ工夫を楽しむ

    五十嵐さんの言葉は、単に便利であること、合理的であることだけが、万人にとっての豊かさではないことを教えてくれます。一方で、パナソニックも含めた多くの企業はテクノロジーの力で便利さや合理性を追求することで、人々のウェルビーイング向上を目指してきました。

    動物としての本能や感受性を存分に使い、日々考えながら、なるべく快適に過ごす。そんな真に豊かなくらしを実現するためには、テクノロジーをどう使っていくことが望ましいのでしょうか。

    五十嵐もちろん、テクノロジーがたくさんの人々を幸せにしている側面もあると思います。ただ、それを誰もが当たり前のように受け入れてしまうのはどうなのか。世間から提示される便利さを絶対的な正解だと信じ、何の疑問も持たない人はトレンドに踊らされているだけで、くらしを自分ごと化できていません。それは、ある意味で不幸なことではないかと。

    だから、僕は「ハイブリッド」がいいと思います。テクノロジーをすべて受け入れるのではなく、不便さを自分なりに楽しむ余地を残しておく。そうすれば、テクノロジーのあるくらしをうまく自分ごと化して、バランスよくつき合っていけるのではないかと思います。

    テクノロジーと創意工夫の共存するくらしを表したイラスト | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    お話のなかで編集部が考えた、テクノロジーと創意工夫の共存するくらし。テクノロジーとは自分らしい距離感でつき合うのも良いのかもしれません

    たとえば、洗濯一つとっても忙しい平日は乾燥機を使うけれど、時間に余裕のある休日には洗濯物を外に干してみる。最初はなかなか乾かなくても、30分ごとに干す場所を変えてみたりと、試行錯誤を繰り返す。それでうまくいったときには嬉しいし、お日さまのにおいがする洗濯物に気分が上がる。普段はテクノロジーの恩恵を受けつつ、ときには不便さを受け入れ工夫を楽しむ。そうやって自らのくらしをカスタマイズして生きていくーー、それは、「豊かなくらし」の一つの理想系なのかもしれません。

    そして、くらしを豊かにすることを目指す私たちパナソニックは、ものづくりをするうえで、生活者が自分の感受性や創造性を発揮しながら、その人らしいくらしを日々作っていけるような視点も大切なのかもしれない。五十嵐さんのお話しをうかがって、そんなことを感じました。

    編集後記

    水田今回の取材を行うまで、私自身、生活者としてくらしを自分ごとにできているかをあまり考えていなかったように思います。あらためて自分のくらしに意識を向けてみると、「天気がいい日に風が通る畳の部屋でお昼寝するとき」「友人が泊まりに来た翌朝に一緒に朝食を作って食べるとき」などに豊かさを感じているのだと気づきました。心の豊かさを感じる瞬間は人それぞれですが、自分の豊かさの軸は自分自身で持つことが大切なのだと思います。

    一方で、世界中の人々にくらしを届けるパナソニック社員のひとりとしては、場所や属性など自分とは遠い人のくらしを、自分ごととしてつくる難しさを乗り越えていく必要があります。そのためには、自分ごとの世界を広げていくことが大切だと思いました。「わかっている気になって他人ごとになっていないか」ということを常に自分に問いかけながら、未来のくらしをつくっていきたいです。

    Profile

    五十嵐 淳さんのプロフィール写真 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    五十嵐 淳(いがらし・じゅん)

    1970年北海道生まれ。1990年北海道中央工学院専門学校卒業。1991-95年BEN建築設計事務所勤務。1997年五十嵐淳建築設計事務所設立。主な受賞に、2003年「第19回吉岡賞」(矩形の森)、2005年「BARBARA CAPPOCHINビエンナーレ国際建築賞」グランプリ、2005年『JCDデザイン賞」優秀賞、「グッドデザイン賞』(大阪現代演劇祭仮設劇場)、2007年「JIA環境建築賞優秀賞」(Annex)、2009年「JIA北海道支部住宅部会大賞」(間の門)、2010年「第21回JIA新人賞」(光の矩形)など。

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