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2024年6月19日、渋谷のComMunE(渋谷PARCO 10F)にてMake New Magazine初のリアルイベントが開催された。これまでさまざまな「Make New」を取り上げてきた編集部が選んだテーマは「未来のはたらき方」。パナソニックが向き合う「くらし」とも密接につながる「はたらく」こと。これらの価値観を探り、自らの考え方をアップデートしていくことは、未来のくらしを変えていくことにもつながる。
世の中が激しく揺れ動き、自分の将来さえ見通しにくくなっているいまだからこそあらためて考えたい、「はたらく」ことについて、ゲストの辻愛沙子、武田砂鉄、Make New Magazine編集部が意見を交わした。
※2024年6月19日に開催された【Make New Meet/Talk&Game「はたらかされない」ための「はたらく」講座】から、イベント内容の一部を抜粋・編集しています
職種もキャリアも違う3人。それぞれの「はたらく」とは?
登壇者は、自ら会社を興し、リアルイベントや商品企画、ブランドプロデュースと幅広いジャンルでクリエイティブディレクションを手掛ける辻愛沙子さん。出版社勤務を経て、2014年からフリーランスのライター、ラジオパーソナリティとして活動する武田砂鉄さん。聞き手として、株式会社DE共同代表で、Make New Magazine外部編集員でもある牧野圭太さん。
仕事の内容や働き方、キャリアも異なる3人は、そもそも「働く」ということをどうとらえているのでしょうか?
最近は「働く」や「仕事」という言葉が大きなものになりすぎていると感じます。世の中にはエッセンシャルワーカーなど社会を維持するために不可欠な仕事がある一方で、たとえば僕がやっている広告の仕事などは、それがなかったとしても社会は成立しますよね。だったら、もっと気楽に楽しくやればいいんじゃないかなと。仕事だから真面目にやろう、ではなく、仕事だから楽しくやったほうがいいのになと思うことが多いです。
せっかく働くなら「社会のため、人のためになる仕事をしたい」「大きな成果を得たい」と、昨今は働くことに対して過度に意味を持たせがちな気がします。しかし、誰もがそうしたスタンスである必要はなく、もっと色んな取り組み方があっていい。仕事や働くということをもう少し柔軟に考えたり、細分化したり、軽やかにとらえたほうが、うまく社会が回るのではないかと思います。
牧野さんと同じクリエイティブ業界に身を置く辻さんも、これと似た考えをお持ちのようです。
「働く」という漢字は「人が動く」と書きます。文字どおり「人が動く=働く」と捉えれば、その意味はめちゃくちゃ広いはずですよね。体を動かすのもそうだし、パソコンに向き合って難しい数字と戦うのもそう。すべて同じ「働く」なのに、一部の仕事だけが崇高なものとされすぎているんじゃないかと感じます。
「ライスワーク(生活のための仕事)」と「ライフワーク(人生を豊かにするための仕事)」を分けて考えることに対しても、言いたいことはわかりますが正直どうなんだろうと思ってしまいますね。
もちろん、社会全体にとって価値が高いとされる仕事に従事することで、大きな満足感を得られるのも事実です。しかし、社会に認められることや他人の評価に縛られて働くことは、それこそ「はたらかされている」状態なのかもしれません。そうではなく、自分が最も優先したい事柄に準じて仕事内容や働き方を選択する。そこに「はたらかされない」ための「はたらきかた」のヒントがありそうです。
一方、フリーランスになって丸10年という武田さんの仕事に対する考え方は、やや独特です。
僕は主に原稿を書く仕事をしていますが、毎日「イヤだな」「面倒だな」と思っています。でも、そのイヤさや面倒くささが、自分で管理できるくらいの度合いであることが重要です。つまり、「今日はめちゃくちゃ楽しい」とか「今日は本当に気持ちがズドーンと沈むくらいイヤ」とか、どちらかに極端に振れるのではなく、毎日うっすらイヤだなと思っている。
そうやってイヤさ具合が度を越さないこと、面倒くさいと感じつつギリギリ手が動くくらいのところを保てていることが、僕にとって望ましい状態なんだと思います。
感情に大きな振れ幅をつくらないこと。そうすれば、やや億劫でもとりあえず毎日アクションを起こすことはできます。武田さんにとってはそれが、仕事を長く続けるためのコツなのかもしれません。
仕事は「いまじゃない」の連続?
ほかにも、「はたらく」にまつわる活発な議論が交わされたトークセッション。誰しもが働くうえで切っても切り離せないのが時間の使い方ですが、ゲストの2名はどのように捉えているのでしょうか。
私でいうと、日々のスケジューリングのなかで、「作業的な仕事」と「生み出す仕事」の時間配分が難しいと感じていて。溜まったメールに返信したり、スプレッドシートを整理したりするのは「作業的な仕事」。一方、企画を考えたり、コピーを考えたりするのは「生み出す仕事」にあたります。
作業系は所用時間が読みやすく、やる時間帯を決めてカレンダーに入れておけばオンタイムに終わらせることができますが、生み出す仕事の場合はそうはいきません。あらかじめ「ここまでにやる」と決めていても、アイデアって自動的に出てくるものではないですし、なかなかハンドリングができなくて。
それでも締め切りはあるから、どうしても「この枠でやらないと、もう間に合わない」みたいなことになるんですけど、そのときにたまたま眠かったり頭が働かなかったりすることもある。「いまじゃない」と思いつつも、確保した時間帯のなかで終わらせないといけないというのは結構悩ましいですよね。
武田さんもこれに同意。それでも期限内にアイデアを出すためには、ある程度の割り切りが必要だと言います。
「いつやるの? いまでしょ!」って言葉がありましたけど、仕事って「いつやるの? いまじゃない」の連続だと思うんですよね。
ただ、その「いまじゃない」を繰り返してどんどん先送りにすると本当の締め切りがやってきて、もう出さざるを得ないという状況になる。人によってはそこで頭の上のライトが光ってアイデアが閃くのかもしれませんが、そんなことは滅多になくて、大抵は弱々しい明かりを何とかかき集めて、最後にやっと光らしきものになる。
だから、「いまじゃない」と感じつつも、何とか芽が出ることを信じながらアイデアの種に水をやるしかないのかなと思います。
自分のキャリアをどう形成する?
トークセッション終盤は「キャリア」や「成長」についての話題に。
いま、短いスパンで世の中の状況が変わり、自分の仕事が今後どうなっていくのか不安に感じている人も多いはずです。数年先の展望さえイメージしづらい時代、自分のキャリアに対してはどう向き合うべきなのか? そんな悩みを抱えている人にとっては、3人の言葉が参考になるかもしれません。
そもそも、将来なりたい姿から逆算してキャリアをつくっていくことって、無理なんじゃないかなと。私自身も、わりと場当たり的にキャリアをつくってきた感覚があるんですよね。ただただ、そのときどきで自分が立てる打席に立って、できる限り楽しく頑張る。それまで想像していなかった仕事がきたときも、とりあえずやってみる。
そんなことを繰り返していたら、メディア出演のオファーをいただいたりと、新人の頃には想像もしていなかったキャリアがひらけていました。ですから、あまり将来のこととかを計算しすぎず、目の前の一つひとつに取り組むのも大事なことなのかなと思います。
僕自身のキャリアも、辻さんと似たところがありますね。僕は2009年に博報堂に入りコピーライターになりましたが、当初は営業職としてビシッとスーツを着て働くつもりでいました。でも、たまたま配属の妙でクリエイティブの道に入り、今は結果的にこんな場にもサンダル履きで出てきてしまう人間になってしまった(笑)。そういう意味では、場当たり的ですよね。
それに、去年からは千葉の内房沿いにある臨海学校の再生事業を手掛けるようになり、週の半分以上は現地で草むしりをしています。2~3年前はまったく想像していなかったけど、それがすごく楽しくて。永遠に生えてくる草を、毎日ひたすら抜き続ける。これこそが仕事だと感じるし、そういうことを楽しめている自分がすごくいいなと思えるんです。
ちなみに、来年はそこで新しくオープンするレストランでピザ職人になろうと思っていまして、すでにピザ窯もつくりました。働くってそれくらい自由でいいと思うし、僕自身もそれを実践していきたいです。
一方、武田さんの歩んできた道は2人とは対照的。この10年、ひたすら「同じこと」をやり続けてきました。
僕はAIについてはよくわかりませんが、いまってどんどん切り替わっていくじゃないですか。Aが誕生したと思ったらすぐ「Bのほうがいいよ」となり、かと思えば、さらに優れたCが出てくる。気づけば、どんどんAの価値が落ちていく。だからこそみんな、どんどん新しいことをやって、次の可能性を模索すると思うんですけど、僕は逆に、「あいつ、まだやってんだ」と言われるくらい、ずっと同じことをやり続けることに一番の価値があるんじゃないかなと考えています。
たとえば、僕も関わっているラジオの世界には、同じ時間帯で同じ番組を何十年も続けている先輩がいらっしゃいます。それだけやっていると、いったんは離れたリスナーが戻ってきて「10年ぶりに聴いてみたら面白かった」「まだやってたんだ、すごいな」となるかもしれない。そういうのって、すごく尊いなと感じます。
僕もいまの仕事を長く続けて、10年後や20年後にたまたま雑誌を開いたりラジオを聴いた人が、「うわ、この人まだやってるわ......」と思ってもらえるような状態を目指したいですね。
仕事に対する考え方や姿勢、歩む道もさまざまな3人ですが、自分の軸をしっかり持って働いている点は共通しています。他人や社会が是とする価値観を基準にするのではなく、自分にとってしっくりくるスタイルやスタンスを選び取る。そこから精神的な自由や軽やかさが生まれ、「はたらかされないためのはたらきかた」が可能になるのかもしれません。
Make New Magazineではこれからも、未来のくらしについて、多くの人と意見を交換できる場づくりをしていきたいと思います。
イベントムービーはこちら
おまけ:「未来のカード」で見たい未来像を考えてみた
イベントでは、トークセッションのあと「未来のコンパス(※1)」を使ったゲームセッションが各テーブルごとに行なわれました。参加者同士のセッションに先立ち、武田さん、辻さんもカードをチョイス。選んだカードをもとに、未来の価値観についてディスカッションしました。本記事では、その様子を一部抜粋してお届けします。
※1 未来予報株式会社が開発した「価値観」や「気持ち」を起点にして対話を行ない、相互理解を促すカードゲーム。「16のテーマの未来に向けた気持ち」の方向性がまとまった32枚のカードを使い、劇的に変化する時代のなかで自分が大切にしたい想いを共有し合う
「他者と本音が言い合える世界」って書いてありますけど、どうなんでしょうね。本音って、難しいですよね。こんな人前で本音なんて言えるわけがないと思いつつ、喋っている内容は本当に思っていることだったりもする。本音だけど本音じゃない、みたいなところがありますよね。辻さんはどうですか?
私は、話していることの99%は本音かもしれません。残りの1%はイヤだなと思う人に対して「あなたイヤな人ですね」と言わないこと。それ以外は基本的に、裸一貫です(笑)。逆に、儀礼的な雑談みたいなのがすごく苦手で、エレベーター内でばったり会った同僚とかにも本音トークしちゃうんですよね。
エレベーターの短い尺で、本音トークは困るかもしれない。
ですよね(笑)。もちろん、相手に対してもそれを望むわけではありません。だから(カードに書かれているような)「他者と本音が言い合える世界」は難しいかもしれませんが、少なくとも本気で喋ろうとしている人を冷笑しない世界ではあってほしいなと思います。
わたしは3つも選んでしまったんですが、特に重要かなと思うのは「アルゴリズムが浸透する未来」というカードで、私は「AIにはできない人間独自の能力を追い求めたい」という価値観のほうに共感します。いまはあらゆることがAIやテクノロジーで最適化されすぎていて、便利だけど「変数」がなさすぎるように感じるんです。
先ほどのキャリアの話にも通じますが、私は常に最適解を出され続けるのがイヤで、なるべく白紙の状態でありたい。そのほうが色んな変数が生まれて、すべてが選択肢になるはずです。不便かもしれないけど、そこにAIには導き出せない可能性があると信じたいですね。
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Profile
辻 愛沙子(つじ・あさこ)
株式会社arca代表・クリエイティブディレクター
社会派クリエイティブを掲げ、「思想と社会性のある事業づくり」と「世界観にこだわる作品づくり」の二つを軸として広告から商品プロデュースまで領域を問わず手掛ける越境クリエイター。リアルイベント、商品企画、ブランドプロデュースまで、幅広いジャンルでクリエイティブディレクションを手掛ける。2019年秋より2024年3月まで、報道番組『news zero』にて水曜パートナーをレギュラーで務める。
武田 砂鉄(たけだ・さてつ)
ライター・ラジオパーソナリティ
1982年、東京生まれ。出版社勤務を経て、2014年からフリーライターに。著書に『紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす』(新潮文庫)、『日本の気配』(ちくま文庫)、『わかりやすさの罪』(朝日文庫)、『偉い人ほどすぐ逃げる』(文藝春秋)、『マチズモを削り取れ』(集英社文庫)、『なんかいやな感じ』(講談社)などがある。幅広いメディアで多数の連載を持ち執筆するほか、ラジオパーソナリティとしても活躍している。