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日常に「おいしさ」を届けるため、日々さまざまな研究を重ねるパナソニックのキッチン家電チーム。そのメンバーで組織される「Panasonic Cooking @Lab」では、調理家電ごとに蓄積してきた知見やノウハウを共有しながら、生活者の食にまつわるお悩みの解決を目指している。
また、外部へのさまざまな発信も行なっており、その一つが2023年からスタートした小中学校向けの特別授業。「家庭科・総合・情報」などの科目と「プログラミング教育」をかけ合わせた授業で、「自分がおいしいと思うごはん」を自分たちで考え、炊飯器のプログラムを作り、炊き上げて、それを評価するというもの。炊飯器やごはんといった実生活と、授業での学びが深く結びつく点が評価され、家庭科の教科書にも掲載されるなど、教育関係者の間でも注目を集めている。
「授業を通じて、ごはんのおいしさに気づき、豊かな食生活を送る人を増やしたい」と語るメンバーに、取り組みにかける思いやパナソニックがこうした活動を行なう意義について聞いた。
パナソニックが定義する「おいしいごはん」とは?
――萩さんは日々「炊飯器を使って、おいしくごはんを炊く研究」をされているそうですね。ただ、「おいしさ」の基準って人それぞれという気もするのですが、パナソニックでは「おいしいごはん」をどう定義しているのでしょうか?
萩パナソニックが炊飯器開発で大切にしているのは、「見た目」「味」「食感」「香り」「硬さ」「粘り」といった6つの要素がバランスよく構成されていること。それを日本人の多くがおいしいと感じるごはんと定義しています。見た目でいえばお米のツヤ感や色の白さ、食感は粒感やふっくら感、味は甘みや旨み、それらすべてのバランスがいいごはんですね。
ただし、もちろん人によってはあえて硬めに炊いたほうが好きだったり、粘りが強いほうが好きだったり、それぞれの「おいしさ」があります。ですから、ごはんのおいしさを構成する要素やちょうどいいバランスを理解したうえで、それより少し硬め、やわらかめというふうに炊き方を変えていくことが自分にとっておいしいごはんを炊くポイントだと思います。
――ちなみに、萩さんにとっての「おいしいごはん」とは?
萩私は「粒が大きめで、ほぐれがよく、あまり硬すぎず、弾力がある」「どんどん食べたくなる、あとをひくようなごはん」が好きです。
――自分の好みをそこまで言語化できている人は、なかなかいないと思います。
萩私も以前は、ごはんの味についてそこまで意識していませんでした。なんとなく「やわらかめが好きかな」というくらいで。でも、この仕事を始めてから毎日のように多くの銘柄のお米をいろいろな炊き方で食べておいしさを評価していくうちに、ごはんの味の多様性に気づいたんです。すると自然に自分の好みも、かなり細かく言語化できるようになりました。
――年齢を重ねて好みが変わることもありますし、体調によっていつもと味覚が違うこともある。あるいは、おかずに合わせて炊き方を変えたいときもあるかもしれません。おいしさの言語化ができるようになれば、その時々の「おいしいごはん」を表現できそうです。
萩私たちが小中学校で行なっている「IoT炊飯器を用いたSTEAM授業(※)」では、まさにそのことを子どもたちに伝えたいと思っています。
授業の内容は、「自分がおいしいと思うごはん」を考え、それを実現するためのプログラムを組み、IoT炊飯器で炊き、炊きあがったごはんを評価するというものです。「家庭科」をはじめとするいくつかの科目と「プログラミング教育」をかけ合わせたものですが、そのためにはまずいろいろなごはんを意識して味わってみて、「おいしいごはんとは何か?」を理解する必要がある。
そうすれば自分の細かな好みにも対応できるようになりますし、たとえば「噛む力が落ちたおじいちゃんのためのごはん」など、家族一人ひとりに合わせた炊き分けなどもできるようになるかもしれません。私たちにとって最も身近な主食であるごはんのおいしさを一人ひとりが追求していくと、豊かな食生活につながっていくのではないでしょうか。
※STEAMは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学・ものづくり)、Art(芸術・リベラルアーツ)、Mathematics(数学)の5つの単語の頭文字を組み合わせた教育概念
IoT炊飯器を使い、家庭科の授業で「炊きたいごはん」を表現してもらう
――あらためて、萩さんたちが小中学校で「IoT炊飯器」を使った特別授業を行うことになった経緯と、授業の詳しい内容を教えてください。
萩きっかけは、パナソニックの社員が登壇した未来のくらしについて考える特別講演でした。そこでは「令和の時代は、小中学校の家庭科が重要な学問になる。家庭科レベルの知識や体験を日常の生活習慣に落とし込むことが、豊かなくらしにつながる」といったことが語られ、それを聴いて関心を持たれた学校の先生から「一緒に何かできないか」という連絡をいただきました。
いまの教育には「学校で学んだことを日常生活に活かせていない」という課題があるとのことで、生活に寄り添う家電をつくってきたパナソニックならそういった部分にアプローチできるのではないかと考えたのが、プロジェクト発足の大まかな経緯ですね。
「IoT炊飯器」がテーマに選定された理由はいくつかありますが、「家庭科の未来のかたちとプログラミング教育とのマッチング」ができることや、炊飯器という身近な機器を使うことで「学びと生活のつながり」を強められることなどが大きかったようです。
――萩さんたち炊飯器チームに打診があったときは、どのように受け止めましたか?
萩個人的にはすごく嬉しかったですね。「よっしゃ、きた!」という感じでした(笑)。というのも、私たちは日頃から炊飯器の研究をしつつ、広く世間に「ごはんのおいしさを考える時間や、きっかけ」を提供できないかと考えていたんです。
昔に比べ炊飯器の性能はかなり向上していますが、私たちのなかでは「多くの人はごはんをなんとなく食べている。ごはんのおいしさを意識していないのではないか」という危機感があり、今回のお話は社会の未来を担う子どもたちに、ごはんをおいしく味わうことへの理解を深めてもらうまたとない機会になるのではないかと。
最大の難点、子どもたちにもわかりやすい授業の設計
――ただ、最初に打診を受けてから授業が実現するまで、1年以上の準備期間を要したと。特に大変だったのはどんなことでしょうか?
萩ポイントは、子どもたちにIoT炊飯器を使い「自分たちなりのおいしさ」を設計してもらうことです。限られた時間で学びのあるカリキュラムにすることを目指したので、授業内容の設計をしたり、時間配分をしたりすることに苦労しました。学校側からは50分×2コマの時間をいただいたのですが、そのなかで次のような項目をカバーする必要がありました。
1. 授業の内容や炊飯器の仕組み、ごはんのおいしさについての説明
2. どんなごはんを炊きたいか、グループディスカッション
3. 実際にパソコンで炊飯プログラムを作成してIoT炊飯器に送信し、炊飯を実施
4. 炊けたごはんをみんなで食べて評価
特に難儀したのは、最初の説明ですね。炊飯や評価の時間などを差し引くと説明にかけられるのは15分しかなくて......。
また、私たちのチームは炊飯器の専門家ではありますが、IoTやプログラミング教育についての知見はありません。児童が実際に使うアプリケーションの画面設計といったシステムをつくる仕事が大変でしたね。時間をかけてプロジェクトに賛同してくれる他部署の人たちを巻き込み、ようやく実現することができました。
――授業の設計について詳しく聞かせてください。短い時間のなかで、児童にもわかりやすく説明する必要があったと。
萩そうですね。授業のプロである先生方にアドバイスをいただきながら、児童の習熟度に合わせた内容に落とし込んでいきました。その結果、炊飯器で炊いたごはんのおいしさをどう表現し、どんな言葉で評価すれば多様なおいしさを考えるきっかけになるか、最終的には児童にもわかりやすく説明できるようになったと思います。
――授業での児童たちの反応はどうでしたか?
萩自分たちにとっても身近なテーマだからか、高い関心を持って取り組んでくれたと思います。私が説明しているときもすごく熱心にメモをとりながら聴いてくれましたし、「どんなごはんを炊きたいか」を考えるグループディスカッションでも、こちらが思った以上に色んな意見が飛び出しました。
萩たとえば、「カレーに合うごはんを考えよう」というテーマでディスカッションしてもらったときは「カレーの辛さにマッチするよう、ごはんは逆に甘みを強く出したい」「硬めに炊いたほうが合いそう」「ごはんがあまり主張しないよう、あえてシンプルにしたい」などのアイデアが出てきましたね。
ディスカッションのあとは、表現したいごはんを炊くためのパラメーターを設定していくのですが、そこでも「あーでもない、こうでもない」と自分たちなりに試行錯誤しながら取り組んでくれました。ごはんが炊きあがり、炊飯器のふたが開いたときの子どもたちの目の輝きは忘れられません。
「お米の表面が白くてツヤツヤだね」「甘い香りがする」など、自ら考えたものがかたちになったことに感動してくれていたんじゃないかと思います。
食はくらしを豊かにする。「自分なりのおいしさ」を追求する大人になってほしい
――先ほど萩さんは「ごはんをおいしく味わうことへの理解を深めてほしい」とおっしゃっていましたが、子どもたちに伝わったという手応えはありますか?
萩そうですね。限られた時間のなかでも、ごはんの味を意識的に感じてもらうこと、ごはんの評価ワードや評価の観点を知ってもらうことについてはなるべく丁寧に伝えようと努めました。すると、はじめはぼんやりしていたごはんのおいしさの概念が、子どもたちのなかで少しずつ輪郭ができ明確になっていったようで、最後に炊いたごはんを食べて評価する際もいろんな角度からコメントを出してくれましたね。
授業後のアンケートでも「ごはんの感じ方が変わりました」「お家でもやってみたいです」といった感想が多くて、ごはんを味わうことに関心を持ってもらうきっかけは提供できたのではないかと思います。
――萩さん個人としても学校で授業をするという貴重な機会は、大きな経験になったのでは?
萩本当にありがたい経験をさせてもらったと思います。こういう機会がないと出会えない人たちと意見を交換することができましたし、いまの児童がどんな感性を持っているか知ることができたのもよかったです。また、炊飯器やごはんについての子どもの意見って、普段のユーザーインタビューなどではなかなか拾えないので、そこのリアルな声を聞けたのも大きかったですね。
――これからパナソニックユーザーになっていく子どもたちの意見を聞くことは、未来のくらしを考える、製品をつくる、という意味でも大きなヒントになりそうです。
萩はい。まだ具体的に製品開発に落とし込むまでには至っていませんが、授業を通して得られたエッセンスを今後の炊飯器の使いやすさ、おいしさのブラッシュアップにつなげていきたいと考えています。あとは、やはり私たちの授業を体験した子どもたちが成長し、自分たちが調理家電を選ぶ立場になったときに今回のことを少し思い出して、パナソニックのこだわりに思いを馳せてくれたら嬉しいですね。
――今後も授業は継続していくのでしょうか?
萩私たちのチームとしては、この取り組みを全国の小中学校に広げていきたいと考えています。もちろん、私がすべての授業を担当することは難しいので、いずれは各学校の先生方に引き継いでもらい、家庭科のスタンダードな授業にステップアップさせていきたいです。
――では、最後におうかがいします。この取り組みが広がっていった先に、萩さんが描く未来を教えてください。
萩いまは食にもタイムパフォーマンスを求める傾向があり、手軽でおいしい冷凍食品や、サブスクの宅食サービスも出てきてすごく便利になっていますよね。ただ、たまにはゆっくりとごはんを味わって食べる時間を持ちたいと考えている方も、きっとたくさんいるはずです。
そんなときに、自分にとってのおいしさを考えたうえでその日の食事メニューを選んだり、試行錯誤しながらつくってみたりすることで、くらしに深みや豊かさが生まれると思うんです。特に、いまの子どもたちにはそんな価値観を育んでほしいですし、私たちの授業がそのきっかけになれば嬉しいですね。
Profile
萩成美(はぎ・なるみ)
パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部 調理機器BU コンシューマーSBU 調理器技術部
2020年入社。大学では味覚に関する研究を行い、自ら調理することで得られるおいしさや豊かさをサポートしたいと思い調理家電の開発を志望。在学中に管理栄養士と栄養教諭の資格を取得。入社後、業界初の自動計量炊飯器SR-AX1の調理ソフト開発を担当。計量から炊飯まで自動化できる機能、加水量を自在に調整できる機能、スマートフォンで遠隔操作できる機能などを手掛ける。
私のMake New|Make New「おいしい」
忙しい日々の中でも食事や味わうことに向き合うと新しい発見や豊かさが得られると思います。ごはんに限らず、あらゆる食事のシーンで幅広いおいしさや小さな変化を感じて食事の時間を楽しんでいただけると嬉しいです。