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パナソニック株式会社 デザイン本部 トランスフォーメーションデザインセンター(XDC)は、2021年から未来を構想する活動「VISION UX」に取り組んできた。2023年末にはビジョンを刷新。あらたに採用されたのはアメリカの思想家ダナ・ハラウェイの提唱する「Becoming with(ビカミング ・ウィズ)」という考え方だ。その概念から導かれる未来像とはどのようなものなのか。
本記事からはじまる「Make New Moment」は、「VISION UX」が描く12の未来像を起点に、さまざまなゲストとの対話を通して、「今」を捉え直す新たなシリーズ。
初回は、「VISION UX」の活動をリードするデザイナーが、若年層から高い支持を得るウェブマガジン「NEUT Magazine(ニュート・マガジン)」の編集長 平山潤(ひらやま・じゅん)氏を迎え、パナソニックが捉える社会の変化と若年層が向き合っている今と未来について語り合った。
カルチャーを入り口に社会課題に触れる場を
浅野XDCは既存の製品やサービスではなく、長期の顧客価値探索や事業部門へのデザインナレッジの提供を行っている部署です。私自身、アメリカ留学時に高齢者ケアのデザインに携わったり、バックパッカーとして世界各地を訪れながら、現地の人々のリアルなくらしに触れる学生時代を過ごしました。その延長線上に今の仕事があり、ここ数年で対話させていただいた方は、200名以上にのぼります。
「デイケアは嫌な場所、まだまだ自分でできるのに......」と他人のお世話になることに引け目を感じられていた高齢者の方。流動食しか口にできない心身の事情を抱える娘さんを気遣うあまり、家族全員がドロドロの食事で、悲しい食卓になってしまっていると申し訳なさを感じていたお母さん。
各々が抱える事情は一人ひとり全く違うことを知れば知るほど、「パナソニックにできることは絶対にある、様々な課題を解決できる技術力を活かしたい」と、いてもたってもいられない思いが募り、おのずと以前よりも一層社会課題に向き合うようになりました。
浅野平山さんは、「NEUT Magazine」を通して、地球環境・政治・人種・ジェンダーなど様々なトピックスを取り上げ、若い世代のキーパーソンにインタビューを重ねてこられましたよね。ご自身が社会的テーマに関心を持つようになったきっかけはなんだったのでしょう?
平山僕も大学時代の留学体験は大きかったと思います。アメリカ・カリフォルニア州サクラメントの近くのチコという小さな街に約1年間滞在しました。自然に囲まれた学園都市なんですが、使い捨て容器が市場を占めていた中、いち早く再利用可能なステンレス製タンブラーを世に送り出した「クリーンカンティーン」や高品質のクラフトビール「シエラネバダ」の設立地でもあります。週に3回ファーマーズマーケットも開かれ、若い人がクラフトビールを飲みながら、カフェやパブでざっくばらんに環境や政治の話を交わす。くらしの中に社会的問題意識とオーガニックな豊かさが同居している街でした。
反面、生まれて初めて日本人、アジア人としてのアイデンティティについて考えさせられることもありました。身を置く場が変われば時に差別の対象になる。そんな経験が重なって、日本でももう少し肩肘はらずに社会的テーマについて会話できる場を作れないか、考えるようになったんです。
浅野メディアでその場を実現したいと?
平山もともと中高生の時からファッション誌や映画誌など幅広く目を通していました。大学ではコンセプトデザインを中心にマーケティングを学んでいたので、その視点からカルチャーに社会課題を掛け合わせた媒体を作りたかった。大学4年時に、インターンでカルチャージャーナリズムを主軸にするメディア「HEAPS Magazine」に関わることになり、姉妹媒体の「Be inspired!」を経て2018年に「NEUT Magazine」(以下NEUT)を立ち上げました。
浅野セクシュアリティやアジアンヘイトなどの人種差別、戦争など、センシティブなテーマを扱われることもあると思います。発信の上で意識されていることはありますか?
平山社会問題を真正面から取り上げるというよりは、取材対象者のストーリーはもちろんのこと、映画、音楽、ファッションなど好きなカルチャーに触れていくうちに、その背景に織り込まれている歴史や現代社会の課題に触れてもらうのが自然な流れかな、と考えています。
社会問題って、本来、混沌としていたり矛盾をはらむもの。ましてや個人がすべての問題に完璧に向き合うことはできません。例えばフェミニズムについては関心があるけれど、フードロス問題についてはあまり興味を持たない人もいる。フードロスや農薬など、食に関する問題に対するアクションにせよ人それぞれで、なにが正しいという優劣はつけられない。ニュートラルな視点を大切に、相反する価値観を持った人たちの声を分け隔てなく拾える場としてNEUTを作っています。
多様な他者との関わり合いを考える「Becoming with」の視点とは?
浅野社会課題の受け止め方や取り組み方は人それぞれ、かかわり方の度合いも千差万別というお話にはとても共感します。「VISION UX」は2021年から始まった未来構想を描く活動なんですが、リサーチを進める中で、私たちも、ユーザーにステレオタイプな先入観を持っていたことにハッとさせられたことがあります。
例えば、30代の女性は美容関連の製品を好むとか、典型的な家族像として郊外の一戸建てで暮らす4人家族を想定する。でも、今まで私たちが「ユーザー」という型にはめて考えすぎていたのではないかと。トレンドの服をシーズンごとに買い替える一方で、環境のためには家庭から出る生ゴミをコンポストする。同一人物が相反する価値観を持っていたり、時々でゆらぐこともある。
自分の欲求を満たす行動をとるときもあれば、自然を大切にしようと行動するときもあって、そのゆらぎの中で、人とものの関係も変わっていくということなんじゃないかと。
人って本当に多様で、社会はいろんな事象や個、生物が複雑にからみあって機能していることが切実にわかってきたんです。
浅野指標となる考えを求めた結果、たどり着いたのがカリフォルニア大学の名誉教授ダナ・ハラウェイ先生が提唱されている概念「Becoming with」でした。とても難しい学術的な概念なので、あくまで私たちなりの解釈なんですが......「人間が全てをコントロールする存在であるという考えを脱して、さまざまな生命・存在との関係性を見直そう」。そのようなメッセージとして理解しました。
その視点に立つと、目を向けてこなかった身のまわりのものや植物などに感情移入する気持ちが自然に芽生えてきます。ロボットも人間と同じように消耗するとしたら? もしも自分が森の木々だとしたら、気候や森の生態系の変化をどう感じるだろうか。人以外の視点に立つと目を向けてこなかった問題が見え始め、ものづくりへの新たな発想につながることに気づきました。
浅野"今"に真剣に向き合い、人ともの、自然とのあつれきにどう向き合えばいいのか。そんな思いもこめながら、人や動物、地球環境、AI・ロボットなどの「多様な視点から、リアルなくらしの問題に向き合い続ける」という姿勢を、キーコンセプトに設定しました。この思想をベースに、商品デザインに活用できる指針を立て、一部活動をし始めています。
深刻な問題をよりよい未来につなげていくための転換
浅野わたしたちが解釈した「Becoming with」を具体的にイメージしやすいよう、「12の未来像」も設定しました。非常時の日常化など、違和感に目を向けて議論を生みたいという気持ちが強く、都合の良い明るい未来だけではなく、災害の日常化や被災・荒廃した地域の再建なども盛り込んでいます。
平山先ほど、コンセプトムービーも視聴させてもらいましたが、大企業だからこそ社会全体の大きな課題を取り扱ってるので、若い世代が当事者感覚を持てるかというと、少し距離のある未来像かな、というのが第一印象でした。
とはいえ、これまで企業が未来像を設定する場合、きれいに前向きなファクターだけで理想像を描こうとしてきたように思います。そうではなくて、もっと地に足をつけた取り組みを提示したい。そんな意気込みを感じました。
浅野はい。災害といえば、今年のお正月には能登地震が起こりました。現在も避難生活を送られている方がいらっしゃると思いますが、窮屈でストレスフルな日本の避難所を明日に向かう活力が沸いてくるような場に改善できないだろうか。そんな思いで、避難所をテーマにした「『明日をいきたい』が溢れる場所」であったり、そのほかにも人間が生きていく上で目をそむけることはできない死にまつわる問題も「明るい最後」「優しい幽霊」などの未来像で取り扱っています。
社内でも正直、一見ダークな未来を描くことへは議論が分かれます。ただ、10年後の人・社会・地球とパナソニックを考えたときに、すぐさまビジネスにつながらなくても、企業として考えるべき問題提起はしておきたい。多少摩擦が生じても、メッセージとして伝えていくのが私の役割だと思っています。
平山摩擦は本質的な対話のためには、必要なプロセスです。NEUTの傘の下には、本当にいろいろな価値観の人が入ってくるけれど、意見が違っても対話ができたり仲間になれる、そんな場を目指しています。同じ意見、同じ価値観の人だけが集まるのではなく、矛盾だとかカオス、不完全性みたいなものをすべて受け入れられる器のような場が、もっともっと世の中には必要だと思います。
だから「12の未来像」の中でいちばん興味を持ったのは「夜のケア」ですね。僕のまわりは大きな組織に属していない、DJやクリエイター、料理人など個人で活動している人が圧倒的に多い。価値観も嗜好も様々です。まさにカオスがある。夜間が主な活動時間帯になる人も多いんです。
浅野インスピレーション源は私の友人なんです。深夜に仕事が終わって食事を摂りたくても、営業しているのはファストフード店ぐらいしか見当たらない。「できればあったかい栄養のある定食が食べたいんだけどね」。彼女がぽろっとこぼしたひと言がずっと頭に残っていました。
飲食店だけではなく、図書館などの公共施設、体調が崩れた時に頼りたい診療所など、いろいろなサービスへのアクセシビリティも低いのが現状です。これまで私たちが描いてきた生活シーンは昼間が大前提だったことに気づかされました。
平山深刻に考えなければならない課題や、ともすると見過ごされがちな様々な方の日々のくらしに真正面から向き合い、問題提起されている姿勢はとてもチャレンジングに感じます。これまでにないサービスやプロダクトが生まれる可能性に期待します。
NEUTでは紙媒体の雑誌も制作していて、2022年には、日本国内で起きているアジア人への差別に目を向けたいという思いから「イエローライト」という特集号を出版しました。多くの人が、日本人としてだけではなくアジア人としてのアイデンティティについて考えてみてほしかった。声をあげることはエネルギーを費やしますから、愛情がないとできないというのが僕の持論です。
目を背けたり逃げたりせずに、ちゃんと向き合って、その先に解決の糸口を探す。「VISION UX」の取り組みは、パッションや愛のある構想なんだと思います。
浅野初めて言われました。愛があるって。素直に嬉しいです。
花屋、養鶏、農業にDJ?社会課題と自然につきあうパワフルな若い世代
浅野先ほども一部紹介したんですが、今回「12の未来像」を作成する上で、解釈に広がりを持たせる意図から、バーチャル空間を「小さな穴蔵」と表現するなど、未来像のタイトルに抽象的な言葉を使うよう心がけました。NEUTでも言葉の使い方には気を遣われていますよね?
平山はい。社会課題に特に関心のない人にも届くよう、エシカルやサステナブルなどマーケティング的に流通しているわかりやすいラベルはなるべく使いません。そういう用語は、人それぞれ発想するイメージも違えば、間違った固定概念で捉えられていることもあります。僕自身、メディアから流れてくる情報にリアルとのギャップを感じることもあるんです。
浅野例えばどんなことでしょう? 以前、日本や欧米の若い世代が「未来に希望を感じない」というアンケート調査が話題になったことがありました。本当にそうなんだろうか? だとしたら、今話しているような現代社会の課題や「12の未来像」をどのように伝えて、関わりをつくっていけばいいのだろうと、実は気になっていたんです。平山さんのまわりの方から受ける印象はいかがですか?
平山真逆の印象かもしれません。僕のまわりの10代後半から20代前半の若年層は、みんなエネルギーが有り余っていて、クリエイティブかつとてもパワフルです。音楽や写真などのカルチャー関連だけではなく、花屋だったり、養鶏や農業など、仕事としている職種も様々。SDGsなどの社会課題、ジェンダーやセクシャリティについての向き合い方もフラットで、自然なふるまいが身に備わっています。
平山彼ら、彼女たちが、未来そのものなので、本人たちは特に意識する必要はないというか。取り立てて「課題」といわなくても、今目の前の興味があることに熱中して、楽しみながら自分を表現していることがすでに未来への布石になっている。そんな気がしますね。
浅野そうかもしれません。「12の未来像」は、あくまで発想や議論を活性化するツールとして考えているんですが、既存の言葉やメディアの情報に惑わされず、多くの人と対話しながらブラッシュアップしていくために、なにかアイデアはありますか?
平山NEUTは媒体だけではなく、リアルなイベントなどで、交流の場を提供しています。先ほどの「夜のケア」を例にとれば、企業がこれまであまり接点を持っていなかった人とのコミュニケーションを活発にしていくことで、見えていなかった実情やシーンが浮き彫りにされてくるんではないでしょうか。
洗濯機やテレビなど、年代、家族構成問わず多くの人に必要とされるプロダクトは、十分にどの世帯にも行き渡っている。大量生産・大量消費の時代は終わったと思うので、少数のユーザーや日常生活に不自由を感じている方たちの安心・安全・役に立つような製品やサービスを開発していくことが、これからのメーカーに求められているんじゃないでしょうか。「12の未来像」はかなり勇気を持った設定のテーマです。どのように具体的なアウトプットに結びつけていかれるのか、楽しみにしています。
浅野そう言っていただけると励みになります。今日はありがとうございました。
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Profile
浅野 花歩(あさの・かほ)
パナソニック株式会社 デザイン本部 トランスフォーメーションデザインセンター
2014年入社。入社後、ポータブルTVなどAV商品のUI/UXデザイナーを担当。コミュニケーションロボット「NICOBO(ニコボ)」のクリエイティブディレクターとして立ち上げから参画中。XDCではデザインリサーチを起点にビジョンデザインをリードしている。
私のMake New|Make New「Moment」
「今」のリアルに向き合い、少しでもいい未来を作れる人でありたいから。
平山 潤(ひらやま・じゅん)
NEUT MEDIA株式会社 代表 / NEUT Magazine編集長
1992年相模原市生まれ。成蹊大学卒。大学卒業後、ウェブメディア『Be inspired!』編集長を経て、『NEUT Magazine(ニュートマガジン)』にリニューアル創刊させ、編集長を務める。2019年に自社媒体の運営と企業やブランドとのメディアタイアップやコンテンツプロダクションの事業を展開するNEUT MEDIA株式会社を設立し、「先入観に縛られないNEUTRALな視点」を届けられるよう活動中。