次亜塩素酸で空気を「洗う」空間除菌脱臭機である「ジアイーノ」。一般的な空気清浄機は空気中のごみやニオイをフィルターに吸着させることで空気をきれいにしますが、ジアイーノは、次亜塩素酸水溶液を用いて菌やニオイの元を「分解」しています。
もともと、水道水をはじめとする水溶液を洗浄することが主な用途だった次亜塩素酸。パナソニックはここに「空気を洗浄する」という価値を見出し、2013年にジアイーノの1号機を発売しました。そして今日に渡り次亜塩素酸の研究を続け、ジアイーノ自体も新型が出るたびにアップデートが施されています。2024年10月に販売開始した新機種「F-ML4000B」では、これまでの製品サイズの3分の1というコンパクト化を実現しました。
今回は、次亜塩素酸の機能やこれまでのジアイーノについて一から学びつつ、さらなる進化を遂げた新型ジアイーノに施された技術について、二人の若手技術者に話を聞きました。
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「次亜塩素酸」とは?ジアイーノが空間を除菌・脱臭する仕組み
ジアイーノに使用されている次亜塩素酸は、強力な酸化剤の一種。菌やニオイから電子を奪い働きを抑制(酸化)することで除菌・脱臭を行ないます。その歴史は古く、150年以上も前から衛生管理の面で使われていると言われています。長年、日本の水道水の浄化に使用されており、プールに行くと感じるつんとしたニオイも、じつは次亜塩素酸由来のもの。
酸化反応による除菌・脱臭の仕組み。次亜塩素酸に含まれる(Cl+)が菌やニオイから電子を奪い、それらの働きを抑制します。反応後は、塩化物イオン(Cl-)と水に戻ります。
汚れやニオイなどを抑制する過程で、プールのようなつんとした反応臭が発生することがありますが、これはジアイーノが効果を発揮している証です。
パナソニックでは、次亜塩素酸 空間除菌脱臭機「ジアイーノ」を、家庭用や業務用などさまざまな用途に合わせて開発を進めています。また、次亜塩素酸に関する研究も進行中で、その有効性、安全性、物性(性質)などについてさまざまな検証を実施。研究にまつわる情報はパナソニックのオウンドサイト「次亜塩素酸ラボ(※)」にて発信しています。
※「次亜塩素酸ラボ」掲載の情報は、当社の技術研究成果もしくは研究中の内容であり、商品による効果ではありません。商品の効果・効能については、商品ページにてご確認ください。
次亜塩素酸は、アルコールが入り込めないウイルスの内部まで浸透、素早く作用することができるため除菌効果に優れています。そんな次亜塩素酸は、ジアイーノでどのように活用されているのでしょうか?
ジアイーノでは、まず塩タブレット(塩化ナトリウム)をトレーに投入し、その内部にある電極ユニットで電気分解を行うことで次亜塩素酸水溶液を生成。そこに空気を吸い込み、次亜塩素酸水溶液と触れさせることで、浮遊菌を除菌(※1)します。そしてニオイ成分を分解する次亜塩素酸が気体になることで、付着菌を除菌(※2)することができます。
※1 浮遊菌の場合。約6畳の密閉空間における、本体内の次亜塩素酸水溶液による約15分後の効果(検証機種「F-MV5400」)
※2 付着菌の場合。約18畳の居室空間における、放出した気体状次亜塩素酸による約12時間後の効果(検証機種「F-MV5400」)
発売当初は業務用として登場しましたが、業務用ジアイーノの存在を知ったユーザーから「家庭用のジアイーノも欲しい」という声が届くように。さらには世の中の衛生意識の高まりも追い風となり、さまざまなアップデートが行なわれてきました。
そして今回新発売される「F-ML4000B」も、コンパクト化・省メンテナンスなど、さらなる進化を遂げています。それを裏づけるテクノロジーの詳細は次の若き技術者2人のインタビューにて。
待望のコンパクトで低価格な「ジアイーノ」が誕生
――2024年10月にジアイーノの新モデル「F-ML4000B」が発売されました。従来のモデルから進化したポイントを教えてください。
松本本機種の新しい特徴は主に3つです。1つ目はコンパクト化。従来の機種と同等の性能を担保しつつ、約3分の1の製品サイズになりました。設置面積はA4サイズの紙1枚ほどで、どんな場所にも置きやすくなっています。2つ目は低価格化。こちらも従来機種の約2分の1という、よりお求めやすい価格になりました。
3つ目はメンテナンス性の向上です。従来製品ではユーザーが週に1回排水作業を行う必要がありましたが、月1回に減り、排水トレーの凸凹を少なくしたことで洗いやすくなりました。部品の交換についてもメーカー保証の7年で交換する部品が、従来機種では4個ありましたが、「F-ML4000B」は1個だけ。交換部品を長寿命化したことで、維持管理もしやすくなりました。
――価格の面でも気軽に導入しやすく、サイズ的にいろんな場所に置きやすくなったことで、ユーザー層が広がりそうです。
松本今回の新機種は開発段階から「家庭用」であることを強く意識していました。開発にあたり、一般家庭の想定ユーザーの方々に調査したところ「ジアイーノを買わない理由」として多くの方から挙がったのが「サイズが大きい」「価格が高い」ことだったのです。まずはこの課題を改善していこうと考えました。
「F-ML4000B」はサイズが小さいだけでなく軽量で持ち運びがしやすいため、リビングだけでなく寝室や子ども部屋、玄関などに移動させて使用できます。玄関周りの脱臭性能についても評価試験を行ない、効果が確認できていますので、安心してお使いいただけます。
最大の肝は「次亜塩素酸の生成制御」
――ユーザーとして使うのが楽しみになる商品ですね。従来機種と同等の性能を担保しつつ、なぜここまでサイズダウンできたのでしょうか?
松本そうですね。今回は大きく分けて2つのアプローチでこれを実現しています。まずは、製品に内蔵されている電極のサイズを小さくしたこと。先ほども説明した通り、ジアイーノでは塩タブレットを投入して生成した塩水に電気を流し、次亜塩素酸を生成しています。そのためには電極ユニットが必要で、これがかなりのスペースを取っていたんです。
松本今回は次亜塩素酸の生成制御の面でさまざまな調整を行うことによって、従来機種の約4分の1まで電極サイズを小さくでき、製品自体のコンパクト化につなげることができました。
――「次亜塩素酸の生成制御」とは、具体的にはどのような調整を行うものなのでしょうか?
松本簡単に言いますと、塩水の濃度を管理し、それに応じて電極に流す電気の量や時間を最適化することで、次亜塩素酸を効率的に生成できるように調整することです。このなかで、特に苦労したのは塩水の濃度の調整。
というのも、塩水の濃度によって次亜塩素酸の生成効率がかなり変わり、次亜塩素酸濃度にばらつきが出てしまうんです。そのため、トレー内の塩水の濃度を把握しながら、それに合わせて流す電気の量を調整する必要があるのですが、センサーなどで正確に塩水濃度を計測することは困難です。
詳しくは明かせないのですが、今回の製品では制御のなかにはこれまで培ってきた次亜塩素酸生成技術をもとにしたシミュレーションを組み込むことで、この問題を解決しました。
――2つ目のアプローチについても教えてください。
松本「風量」と「次亜塩素酸の濃度」のかけ合わせです。ジアイーノでは本体のなかから風を出して次亜塩素酸を飛ばしているのですが、今回はコンパクトにするために風のパワーを落とす、つまり風量を下げています。ただ、風量を下げると部屋の奥まで次亜塩素酸が届きづらくなってしまう懸念があった。そこで、次亜塩素酸の濃度を上げることにしたんです。
上野私たちの評価試験でも、18畳の空間の奥まで次亜塩素酸が届いており、従来の機種と同等の除菌脱臭性能を確認しています。これが可能になったのも、じつは電極の制御を改良したおかげなんです。
上野本来、次亜塩素酸の濃度を上げようとすると電極に大きな負荷がかかり、劣化が進んでしまいます。そこで、今回は従来よりも負荷を減らすような制御方法を検討しました。結果的に、無理なく次亜塩素酸の濃度を安定的に上げられるようになり、電極そのものの長寿命化にもつなげることができました。
――電極の制御をコントロールすることで、いくつもの課題を同時に解決することができたと
上野そうですね。ほかにも風量を下げたことで、結果的に静音性能の向上にもつながりました。ファンやモーターが稼働するときに発生する音をいかに小さくするかという部分も課題の一つだったので、大きな副産物の一つといえます。
松本今回の新しい制御技術によって得られたさまざまな価値は、今後のジアイーノの可能性を大きく広げてくれると考えています。さらにコンパクトになれば、あまり頻繁にメンテナンスができないような場所にも設置しやすくなるなど、お客様のくらしにあわせてジアイーノの使用用途をさらに広げられると考えます。
設計×評価。検証と改善を繰り返し目標達成へ
――松本さんは構造設計、上野さんは評価試験を担当されたということですが、その「評価」は開発のプロセスのなかのどんなタイミングで行なわれるのでしょうか?
上野大きな流れを説明すると、はじめに松本さんたちが設計した試作品の段階で、さまざまな品質評価を行ないます。先ほどの次亜塩素酸が部屋の隅々にまで行き届いているかどうか濃度計で計測したり、製品が倒れたときに制御基板に水が入り込まない構造になっているかどうかチェックしたりと、内容はさまざまですね。
試作段階ということもあり、ここではたくさんのNG項目が出るのですが、その一つひとつについて松本さんたちと検証し、構造を変えるなどの対応をとってもらいます。
そのあと、樹脂成形品で再び評価試験を行ないます。前回NGが出たポイントが改善されているかどうかを含めて、製品の品質を確認。商品化にあたり、外部の試験機関が審査し、エビデンスのデータの公表に至ります。最終的には客観的に見ても安全性や効果が担保されている状態になっているというわけです。
――今回の新モデルでいうと、評価の面で難しかったポイントはありますか?
上野今回、電流の制御システムを変えたことで、新たに評価すべきポイントが出てきました。次亜塩素酸の濃度を安定させつつ、従来機種と同等の性能を担保できているのか。濃度が上がることで機器に何らかの不具合は出ないのか、耐久性に問題はないのか、そういった部分の検討は難しかったですね。
――テストを行なって数値を提示するだけではなく、評価担当である上野さんの視点で設計側に意見を伝えることもあるのでしょうか?
上野はい、基本的には相互に意見を出し合って、改善点を探っていきます。たとえば、「制御基板のところにリブを立てれば製品が転倒しても水が入ってこないんじゃないか」みたいに、思ったことは口にするようにしていますね。もちろん、私は設計が専門ではないので実現不可能なこともありますが、そこは遠慮せず。松本さんたち設計側と話し合うようにしています。
松本そうした意見は僕ら設計側としてもありがたくて。というのも、設計側と評価側って視点がまったく違うんですよ。設計者は「こうなるだろう」と想定して構造を決めていますが、それでも評価でNGが出るということは、やはりそれなりの理由があるわけです。その理由を最も的確に把握できているのは、実際に評価をしているメンバーだと思いますので、彼らの視点や意見をしっかり受け止めて設計にフィードバックしています。
上野先ほどから話に出ている次亜塩素酸の濃度に関しても、設計段階でさまざまなシミュレーションを行なっていても、実際にテストを行なってみると目標値に届かないなんてことがザラにあります。
そこで、たとえば内部の羽根の形状やサイズをどう調整すれば、少ない風量でも部屋の隅々まで次亜塩素酸を行き渡らせることができるかといった部分も含めて、設計担当と評価担当が一緒に検討していきました。本当に、すべての項目で一つひとつ試行錯誤を重ねながら、目標の数字にアプローチしていった形ですね。
「快適で安心できる空間」を増やしていきたい
――今回は家庭での使用により特化したコンパクトモデルということで、ジアイーノはまた新たな展開を迎えています。今後も後継機を出していくと思いますが、どんなふうに進化させていきたいですか?
上野じつは今回、新商品を開発するにあたっては、「除菌・脱臭のスペックをより高くしよう」や「加湿性能を向上させよう」といった方向性も検討されました。しかし、まずは何より、ジアイーノ自体の価値をもっと知ってもらう必要があるだろうと、家庭用にアプローチした今回の商品が生まれたんです。ですから、さしあたってはこの「F-ML4000B」を多くの人にご利用いただき、ジアイーノの良さが広く知られるようになってほしいと思っています。
また、一ユーザーとしては、次亜塩素酸を気体にする仕様のため、湿度の観点から梅雨の時期は若干使いにくいと感じています。今回のジアイーノでは加湿量が従来のモデルより少なくなっていますが、さらに加湿が必要のないモデルの展開を望んでいるので、個人的にはそれもいつか製造したいと考えています。
松本上野さんが言うように、今後はジアイーノの技術を、さらに社会へ拡大していきたいです。住宅はもちろん、保育園や小学校、その他の公共空間など、そこにいる人たちが「この場所にいれば快適で、絶対に安心できる」と思えるような空間をどんどん増やしていきたい。夢のような話かもしれませんが、それがいまの大きな目標ですね。
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Profile
松本 一真(まつもと・かずま)
パナソニック株式会社 空質空調社 日本・広域事業担当 住宅システム機器開発 IAQ機器開発部
2019年入社。機構設計者として空質家電の開発・設計業務に従事。2020年11月より次亜塩素酸 空間除菌脱臭機の商品開発を手がけている。
私のMake New|Make New「Life」
快適で安心できるような空間を提供し、生活の中でなくてはならないと感じていただける商品を開発していきたい
上野 弘視(うえの・こうし)
パナソニック株式会社 空質空調社 日本・広域事業担当 住宅システム機器開発 IAQ機器開発部
2022年入社。製品開発担当として次亜塩素酸 空間除菌脱臭機を中心に製品開発業務に従事。入社時から、次亜塩素酸 空間除菌脱臭機の新機種開発をはじめ、品質評価や訴求評価を手がけている。
私のMake New|Make New「快適空間」
身の回りに必ず存在する「空気」。だからこそ、その質を高めることで、日々の快適な空間を創り出せると考えています。空気の質を追求した製品を世の中に広げていきたいと思います。