エアコンや空気清浄機、換気設備など、パナソニックは空気にまつわる研究・開発に長年取り組んでいる。
近年では、 サウナという新しい分野でのチャレンジもスタートし、2024年9月より大磯プリンスホテルの温泉・スパ施設「THERMAL SPA S.WAVE」にて、屋内サウナで最高の「ととのい」を実現する気流デバイスの実証実験を開始。
実際、どれほど「ととのう」ことができるのか? なぜサウナ向けデバイスを開発しているのか? そんな疑問を解消すべく、サウナ愛好者の岩田リョウコさんによる体験レポと、後半では開発者へのインタビューをお届けします。
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自然の風と音を再現する「ととのう風」体験レポ
「サウナ、水風呂、休憩」。みなさんと同じように、サウナに入るときの私のルーティンです。最後の休憩で、「ととのう」という至福の境地に到達します。はじめて私が「ととのう」を味わったのは8年前。それからというもの、1週間は7日しかないのに10回もサウナに行くこともあれば、フィンランドへサウナに入りに行ったり、いいサウナがあると聞けば、日本全国どこへでも出向いてみたり。今ではサウナが私の生活の柱となっています。
ちなみに私の大好物は、外気浴。自然の音を聴きながら風に吹かれていると、自然の一部に同化して、人間の原点に戻れるような気がするからです。ただ、都心では外気浴ができるサウナ施設があまりないのが悩みですね。
しかしある日、サウナの休憩に革命を起こすような風のデバイスをパナソニックがつくった! と聞きつけ、そのデバイスが実証実験として設置されている大磯プリンスホテルの温泉・スパ施設「THERMAL SPA S.WAVE」へ体験しに行ってきました。
その名も「ととのう風」。
現地に着くと、待っていてくださったのはパナソニックの「風」を極める空質空調社クリエイティブセンターの小田さん。
東京では外気浴する場所が少ないこと、また日本の四季では温湿度や風の影響により、ととのいに適した環境は年間4~50日程度しかない、ということから、屋内で外気浴体験を再現するためにつくられたのが、このととのう風だと説明してくださいました。
さて、仕組みはというと、自然の風をサンプリングした風と、大磯のある相模湾の海岸で録音した自然の音、そして耳では聞こえない超高周波の音「ハイレゾサウンド」を出しているのだそう。ハイレゾサウンドは、複雑に変化する超高周波を含む音のことです。 自然のなかにいるような音環境を再現することで、開放感や心地よさの提供を目指しているそうです。
実際にととのう風を見に行ってみると......。
ありました。
一見、ただのガラス窓フレームに見えますが、じつはこのフレームと下部にある長方形のボックスが本体なんです。
スパの内装に溶け込むよう左右の木のフレームから風が出て、真ん中でぶつかり前方に送られるシステムだそう。ボックスにファンやスピーカーが入っていて、人間に聞こえる音と聞こえない音の両方を流しているとのこと。
ちょっと近くに座ってみます。風、出てます! 髪がなびきます。
これはサウナ・水風呂に入って体験してみたい! ということで早速サウナへ。最高の状態で風を浴びたいので、サウナでしっかり温まって、水風呂で冷やします。サウナも水風呂もとてもコンディションがいい!
下にある2枚の写真は、いつも通りのサウナルーティーン
お待ちかねの、ととのう風タイムです。
まろやかで優しい風がふわっとあたります。扇風機やエアコンとは違って、ランダム。風が吹いたり、止んだり。強くなったり、弱くなったり。じつはこのあと、露天風呂で風を意識してみたんですが、目を閉じたらととのう風となんら変わらなかったです。
波の音も聞こえてきます。カモメの鳴き声も本当に飛んでいるかのように右の上の方から聞こえてきました。小田さんに聞いてみると、そう聞こえるように工夫がしてあるとのことでした。
目の前の窓はガラス張りなので、聞こえる音も、吹く風も実際に外から来ているものだと完全に錯覚してしまいます。大磯は海辺なので、やはり風が強い日もあります。でもこうしてガラスを隔てながら、すばらしい景色だけを頂戴して、風と音は室内で感じつつ、外と繋がれるという、いいとこ取りの環境がつくり出されているのです。
外気浴で私が一番好きなのは、空気と風。だから、屋内の心地よい環境にいられて、こんなふうに風を感じられて、穏やかにゆっくりととのうことができました。
こんな魔法のようなデバイスであるととのう風を開発した小田さんに、どのように発案したのか、どんな試行錯誤があったのか、開発秘話をおうかがいしました。
「ととのう風」を生み出した、予期せぬ出会い
岩田ととのう風、とても気持ちよかったです。サウナにとって一番大切な休憩に着目されているのが流石だなと思ったのですが、そもそも、このデバイスをなぜつくることになったのでしょうか?
小田私はもともと大学で化学や物理学を専攻していて、パナソニックに入社してからは空質空調社の研究開発部門で、羽根のない送風機を開発していました。それをつくったときに風の特性を計測したら、自然の風のようなとても滑らかな風が出ていることがわかったんですね。ただ、そのときはこの風を何かに応用するわけではなく、事実を確認したということで終わっていました。
そしてデザイン部門に移ってから、さまざまな空質空調ソリューションを体験できるB to B向けのラボをつくり、そこにととのう風の原型となるデバイスを置いたんです。当初はホテルのエントランスなどに設置することを想定していたんですが、日本サウナ学会の方がいらしたときに、「これ、サウナの外気浴にすごくいいんじゃない?」と言っていただいたんですよ。
岩田なるほど、もともとはサウナ向けではなかったんですね。
小田はい。当時はあくまでも「自然の風を再現した気持ちのいい風」というだけで、サウナへの導入は考えてもいませんでした。ですが、先ほどの言葉をきっかけに、プロサウナーのみなさんを集めて体験会をやってみたら「どうやら効果がありそうだ」ということがわかってきたんです。自分でもいろんなサウナ運営者のところに話を聞きにいったところ、「サウナに入りながら打ち合わせしましょう!」と言われ、多くのサウナを体験しました。
岩田ご自身でもととのう体験をされていったと。
小田はい、裸のお付き合いをしていくなかで「サウナの屋内休憩室ってすごく綺麗な空間だけれど、空気がよどんでいる」と感じることが多かったんです。そこからは、いろいろなサウナの経験を重ねながら、どういった「風」が良いかを考えていくようになりました。
岩田現在ととのう風は、この温泉・スパ施設「THERMAL SPA S.WAVE」に導入されていますよね。どういうきっかけがあったのでしょうか?
小田いろいろな企業の方に「この設備、サウナに使えませんか?」とアピールしていたところ、株式会社西武・プリンスホテルズワールドワイドの担当者に気に入っていただき、実証実験をする機会をいただけました。こちらはサウナーにも有名ですから、本当にありがたかったですね。
「空間との調和」と「自然の再現」にこだわった設計
岩田あらためて、ととのう風はどのような特徴があるのでしょうか。
小田一番のポイントは、「自然の風を再現している」という点ですね。例えば扇風機だと、回ってくるペースや風の強さが一定になってしまいます。ですが、自然の風には「ゆらぎ」があり、それがリラックス感を生む環境をつくりだすとされています。
岩田たしかに、やわらかくてすごく滑らかな風が印象的でした。あれはどのような技術でつくられているのでしょうか。
小田扇風機のプロペラファンだと直接羽根で切った風が届いてバサバサするので、羽根が多く高圧力で静音性の高い「シロッコファン」という送風装置を用いて、ファンで作った空気を一度風路で均一化してから吹き出すようにしています。
小田ととのう風は実際に自然の風をサンプリングして「ゆらぎ」を再現しつつ、鳥のさえずりや波などの自然の音と、アロマの香りなども楽しめるようになっています。人間の五感のうち、触覚、聴覚、嗅覚に働きかけることができるデバイスですね。
岩田自然の「ゆらぎ」が大切なんですね。大磯のととのう風には、開発のポイントなどあったのでしょうか?
小田こちらへの設置にあたっては、ルーフバルコニーとの繋がりを意識した演出、外観デザインを重視しましたね。
岩田たしかに、周囲の環境にデバイスが同化していますよね。
小田ええ、現地の環境と調和させることが大事だと考えています。音響に関してもパナソニックの音響専門のメンバーと一緒に時間をかけて現場調整しました。自然を再現することが大事なので、鳥の音は上部から、波の音は下部から聞こえるように設計し、一方でファンの人工的な音はできるだけ抑えるように工夫を重ねました。
岩田音に関しては、人間が知覚できない音も流しているんですよね?
小田そうですね。人の耳には聞こえない音まで出せるハイレゾサウンドスピーカーを内蔵しています。全身が音に包み込まれるようなサウンドで、自然のなかにいるような開放感や心地よさを感じる環境を再現しているんです。
岩田サウナに入った人がどのように感じるか、そのデータ化にも挑戦したそうですね。
小田はい、心地よさを指標化し、目に見えないととのう状態を定量的に評価もしています。そういったデータと自分たちの感覚の両方を重視しながら、風や音のチューニングを重ねていきましたね。
「パナソニック×サウナ」が目指すものとは?
岩田ととのう風は、これからどのような発展を目指しているのでしょうか?
小田ひとつの大きな目標は「健康」です。サウナ自体、血行促進や筋肉の緊張緩和、ストレス軽減などの効果があることが医学的に認められています。そのサウナを普及させていくには、やはり「心地よさ」を体感してもらうことが重要じゃないかな、と。さまざまなサウナ施設へととのう風を導入して、どんな空間でも「心地よく」ととのえる環境をつくる。そして、もっと多くの人にその良さに気づいてもらう。そういったかたちで、健康につなげていけたらと思っています。
岩田たしかに、外気浴がないサウナ施設に設置できたら、サウナ好きのととのいの質がもっとアップして、日本全体のウェルビーイング向上につながるのでは? と思いますね。
小田そういったところを目指したいですね。あと、次のトレンドとして、オフィスサウナも流行り始めていますよね。コロナの影響で在宅ワークが普及するなかで、会社側としては社員にどうやって会社に来てもらうかも課題となっています。サウナは心身の健康によく、社員どうしのコミュニケーション活性化にもつなげられるんじゃないかと。
岩田フィンランドでもビジネス上のコミュニケーションにサウナが利用されることがあります。日本でもサウナでビジネス環境を活性化していきたい、というわけですね。
小田はい、そうできるといいなと思っています。また、パナソニック自体のビジネスという意味では「サ電」(=サウナ家電)という概念を普及させたいと考えています。いろいろな家電メーカーや、サウナーの人たちと一緒にそういう世界を作れたらと思います。
また、いま私たちが取り組んでいるのはホテルの施設価値向上ですが、将来的には家でととのえる空間をみなさんに届けたい。フィンランドでは国民3人あたり1つのサウナがあるそうです。それぐらいのイメージで日本でも普及させたいですね。
岩田なるほど。ビジネス環境だけではなく、各家庭への展開も考えられているんですね。
小田そうですね。たとえば欧州ではロウリュは電気ヒーターで石を加熱して行いますが、電力消費量が大きくなってしまって、日本のマンションでは設置が難しいです。その点、パナソニックは省エネでのサウナ体験が実現できる可能性があるので、マンションにもそういった手段を用意できたりなど、人にとっても環境にとっても優しいアプローチが可能だと思っています。そういったひとつ違う価値をつけて、さらに将来には日本だけではなく海外に向けて、多くの人がサウナを気軽に体験できるようにしていきたいです。
Information
温泉・スパ施設「THERMAL SPA S.WAVE」
都心から約1時間で行ける気軽さが魅力の、空と海が広がる本格湘南スパリゾート。
ホテル内にある温泉・スパ施設「THERMAL SPA S.WAVE」では、海と一体になったかのような浮遊感が味わえる屋外の温水インフィニティプールや富士山や太平洋の景色が楽しめるパノラミックサウナなど、絶景に包みこまれる深い癒やし体験を得られます。
Profile
小田一平(おだ・いっぺい)
パナソニック株式会社 空質空調社 企画本部 クリエイティブセンター
2006年入社。R&Dで流体工学を用いて送風装置の開発や新機軸商品の企画に従事。2019年4月よりデザインエンジニアとしてデザイン部門に在籍。空気や水を用いたソリューション開発や顧客共創活動を手がけている。
私のMake New|Make New「ふつう」
未来では「ふつう」になるような新しい価値をつくっていきたい。
岩田リョウコ(いわた・りょうこ)
文筆家。サウナ・スパ健康アドバイザーの資格を持つサウナ愛好者でもあり、国内外のサウナを巡っている。著書に『週末フィンランド ちょっと疲れたら一番近いヨーロッパへ』や、『ちょっとサウナ行ってきます こうあるべきを脱ぎ捨てて、明日がもっと軽くなる』などがある。