テクノロジーが発達し便利なものがあふれる一方で、私たちのくらしにはまだ多くの「不便」が残っています。パナソニックは、生活者の些細な悩みや困りごとにも耳を傾け、不便を解消する製品とサービスの開発に取り組んできました。
2024年11月にリリース発表したシェア型賃貸住宅などにおける共同利用の洗濯機をより快適に使いやすくする「LAUNDROOM(ランドルーム)」も、その一つです。IoT対応の洗濯機で入居者向けの稼働状況確認や洗濯完了通知、24時間365日対応可能な修理窓口設置を提供し、入居者と物件管理者の課題を解決する業界初のサービス。(※2024年11月当社調べ)
そんな新規事業・LAUNDROOMはどのようなプロセスを経てサービスとなったのか。くらしのなかの不便に向き合うサービス開発の2人に話を聞きました。
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日々感じる不便さにこそ、サービス開発のヒントがある
――くらしアプライアンス社が手掛ける新規事業「LAUNDROOM」が、2024年から始動しました。シェアハウスや寮などのシェア型賃貸住宅における「共同利用の洗濯機」を快適に使えるサービスということですが、具体的にどのような課題を解決できるのでしょうか?
朴シェア型賃貸住宅では、各入居者の占有部である個室以外、つまりキッチンや浴室、洗濯機などをみんなでシェアするのが一般的です。そのなかで、洗濯機の利用に関しては「洗濯したい時に空いていない」「洗濯機置き場に行かないと空き状況が確認できない」など、不便さを感じている入居者の方が数多くいらっしゃいました。

朴また、シェア型賃貸住宅のオーナーや物件の管理者にとっても、電気代・水道代の高騰により、複数台の洗濯機・乾燥機にかかるコストや、修理・メンテナンスの負担が課題となっています。
LAUNDROOMは、そうした入居者と物件管理者がそれぞれ抱える課題を解決するために誕生しました。スマートフォンで洗濯機の空き状況をいつでも確認でき、「洗濯完了」の通知も届くため洗濯物のとり忘れも防止できます。また、節電・節水効果の高いパナソニックの洗濯乾燥機を設置し、24時間365日メールで修理受付可能な専用窓口も設けるなど、物件管理者側の悩みにも対応。洗濯機の共同利用に関するトータルソリューションを提供しています。

――この事業の肝は日常の生活における小さな「不便」に着目したことが発端になっている点ではないかと思います。そもそもシェア型賃貸住宅などでの洗濯の不便に、なぜ着目されたのでしょうか?
朴私たちビジネスデザイン部ではシェア型賃貸住宅の洗濯問題に限らず、日頃から「お客さまのくらし方の変化や課題」に着目し、それに対してどんなサービスを提供できるかを考え続けています。
今回のLAUNDROOMでいえば、単身世帯の増加やシェア型賃貸住宅の需要が高まっている点に着目したのが発端です。近年、シェア型賃貸住宅の市場が拡大しプレイヤーが増えたことで、入居者の満足度を高めるための工夫がより重要になっています。競争が激しくなるなかで、「選ばれる物件」になるための差別化が必要とされており、これまであまりコストをかけてこられなかったランドリールーム等の充実にも注目が集まるようになったんです。
こうした背景のもと、シェア型賃貸住宅のオーナーや物件管理者にヒアリングを重ねるなかで、さまざまな「洗濯の不便」が浮かび上がってきました。
例えば、単に洗濯機を使いたい時に使えないというだけでなく、放置された洗濯物を誰かが移動させたことによる入居者同士のトラブルやクレーム対応による運営側の負担増、また機器トラブルが起きた際の修理問い合わせ時間が限られていることなど、解決すべき問題がいくつもあることがわかったんです。

――たしかに、洗濯機のシェアに関するトラブルは、大人数での共同生活を送ったことのある人なら、なんとなく思い当たる話ですね。
吉田実際、私自身も新入社員時代の寮生活で、共用の洗濯機にまつわるストレスやトラブルに直面したことがあります。ですから、初めてこのアイデアを当時の担当者から聞いた時も共感できましたし、朴と一緒にヒアリングと営業活動でシェア型賃貸住宅のオーナーやデベロッパーを回った時も、同じような経験を持つ人は多く、熱心に耳を傾けてくださいました。
そうした、「過去に不便さを感じた体験」からも、意外とサービスのアイデアが生まれることはあります。当時は我慢するしかなかったようなことでも、いまならそれを解決できるテクノロジーがあるかもしれない。ですから、私自身も日々の生活のなかで困ったこと、不便に感じたことをしっかり記憶に留めておくように心がけています。

外部環境を分析し、ヒアリングを何度も重ねてリアルなペインを探る
――パナソニックというと「プロダクトアウト」なイメージを持たれる方も多いかもしれません。しかし今回は、製品ありきではなく、ユーザーの困りごとを深掘りしたうえでサービスを開発しています。こうしたアプローチは、パナソニックとしては珍しいのでしょうか?
吉田たしかにパナソニックは、技術先行型というイメージが強いかもしれません。ただ、近年は会社の方針として、これまでの「つくった製品を売って終わり」のビジネスモデルから、「お客さまに継続的に価値を提供し続ける」というサービスにシフトしていく動きもあります。そのためには、外部環境の変化やお客さまのくらし方の変化に、よりフォーカスする必要があるんです。
特に、私たちビジネスデザイン部では、いわゆる「マーケットイン」のアプローチがベースになっていて、外部環境の分析や、それに伴う生活スタイルの変化、市場・お客さまの理解というところを非常に重視しています。
また、ヒアリングにもかなりの労力をかけていますね。LAUNDROOMに関しても何度も現場に足を運び、入居者の方や管理者の方にリアルな課題をお聞きして、優先的に解決すべきペインを探り当てたうえでサービスを設計していきました。技術起点で製品を考えるのではなく、ユーザーニーズの観点からサービスを考えるのが、ビジネスデザイン部ならではのやり方です。

朴開発のプロセスに関しても、既存の製品開発とは少し異なっているかもしれません。
通常の製品開発では、その時点で持っている最新の技術や機能をできるだけ取り入れようとします。その結果、開発まで2年、3年かかることも珍しくありません。しかし、私たちの場合、まずは最低限の機能でもいいから市場に投下してみて、ユーザーにフィードバックをもらいながら機能を追加していき、サービスをアップデートするやり方をとっています。
――どちらかというと、大企業というよりスタートアップ的な動きですね。
吉田そうかもしれません。私たちビジネスデザイン部は、いわゆる「0→1」の新規事業を担っています。そこから10にまで育てることができたら、ある意味、私たちの役割は終わり。そこから100にグロースさせていくフェーズは別のチームにバトンタッチをし、また新たな課題やニーズに着目して「0→1」を生み出すのが私たちの仕事です。
「10のアイデアのうち1つでもかたちになれば御の字」という厳しい仕事ですが、できる限り多くの打席に立つことがビジネスデザイン部のミッションであると捉えています。
新規事業で大事なのは、どこまで「好き勝手」にやれるか
――吉田さんから、10のアイデアのうち1つでもかたちになればいいというお話がありましたが、LAUNDROOMの場合はアイデアを「サービス」へと昇華させるにあたって、どんなことを意識しましたか?
朴特に大事にしていたのは、「本当にお客さまが困っていることは何か?」「そのお困りごとを、私たちのソリューションで本当に解決できるのか?」を考え抜くことです。どんなサービス開発にも共通しますが、顧客の課題は一つとは限りません。場合によっては数多くの課題があるなかで、私たち事業者サイドはつい「自分たちがつくりやすいもの」や「運用しやすいもの」を優先的に解決する方向で考えてしまいがちです。でも、それでは本当にお客さまが使いたいものにはなりません。
そこで、LAUNDROOMではヒアリングのなかで「洗濯機の空き状況がわからない」という不便さこそが一番のペインであると確信しました。ただし、お客さまのニーズには個人の感想や主観が反映されることもあるため、何度も対話を重ねながら本質的な課題を探り、仮説を検証しました。その結果、本当に必要な機能だけを備えたシンプルなコアプロダクトとしてサービスを設計するに至りました。

――ヒアリングを重ねるなかで、採用を見送った機能もあるのでしょうか?
朴そうですね。当初は洗濯機の「予約機能」を設けてはどうか、というアイデアもありました。ただ、ヒアリングを重ねるなかで、「予約したけれど結局使わない」というケースが発生すると、逆に洗濯機の稼働率を下げてしまうといった懸念も出てきて、一番のペインの解決にはつながらないとして予約機能の採用を見送りました。
――ちなみに、朴さんはビジネスデザイン部に着任するまで新規事業のご経験があったのでしょうか? ビジネスデザイン部に着任して特に大変だったこと、苦労したことは何ですか?
朴前職では、主にAIや自動運転関連の新規事業開発に携わっていました。これらの事業はすぐに実現するものではなく、PoC(概念実証)などを重ねて進めていたので、すぐにサービスインを目指す現職とは少し手触り感が違う部分がありました。
現職のビジネスデザイン部に着任してからは、通常の進め方が分からない中で、相手の立場を理解しながら社内調整や行い、運用方法や予算計画を決定し、次のマーケティング戦略に向けてヒアリングを重ねるなど、サービス企画から事業の進め方までも考えています。他部署から協力してくれる人を見つけて説得するのも......なにもかもが大変で、いろいろな失敗もしながら、一つひとつ学んでいる段階ですね(笑)。
吉田私自身も10年近く新規事業に携わっているので、朴さんの苦労はよくわかります。ただ、新規事業というのは前例がないことをやるわけですから、障壁があってあたりまえですよね。ですから、朴さんにはどんどんチャレンジして、どんどん壁にぶつかって、どんどん失敗してほしいと思っています。
社内にルールが整備されていないことも多いので、最初はどこまでやっていいか悩むこともあると思いますが、「責任は私がとるから、まずはやりたいようにやってくれ」と伝えていますね。
――上司やリーダーがそう言ってくれると、現場のメンバーの士気も上がりますね。
吉田そうでないと、新しい発想も、新しい行動も起こせなくなると思いますから。基本的に上司が責任を取れる範疇を超えない限りは、何をやってもらってもいいと考えています。そういう意味でいうと、朴さんにはもっと自由に、いろいろなことをやってほしいですね。

朴実際、吉田さんからは「好き勝手にやっていいよ」と言われています。お言葉に甘えて、いろいろなシェア型賃貸住宅やデベロッパーの問い合わせフォームから営業活動をしたり、アポがとれた日に吉田さんのスケジュールが空いていたら、強引に同行をお願いしたり、当初よりはだいぶグイグイ行けるようになったとは思います(笑)。
吉田ある日、共有のスケジュールに身に覚えのないアポが突然入っていたんですよ。朴さんに聞いたら「いまからヒアリングに行きますよ」と言われ、移動の電車のなかでその会社について説明を受けるといったこともありました。とてもいい傾向だと思いますし、もっと暴れてほしいですね。
LAUNDROOMで、社会に「シェアが生む豊かさ」を広げたい
――LAUNDROOMの第一弾は、野村不動産株式会社が手掛ける2025年2月竣工の大型コリビング賃貸レジデンス「TOMORE品川中延」に導入されています。現時点での反響はいかがですか?
朴入居は2025年3月からはじまったばかりのため、利用者の声は聞けていませんが(2025年4月時点)、事業主である野村不動産さまのご担当者からは好意的な意見をいただいています。


大型コリビング賃貸レジデンス「TOMORE品川中延」(写真提供:野村不動産株式会社)
朴特に、TOMORE品川中延は11階建てで、高層階にお住まいの方は1階にあるランドリールームまで降りてきて洗濯をするのですが、そこで洗濯機が埋まっていたら洗濯物を抱えてまた11階に戻らなければいけないわけです。しかし、LAUNDROOMを使えばお部屋にいながら手元のスマートフォンで稼働状況を確認できるということで、非常に親和性の高い物件なのではないかと思います。
――ちなみに、TOMORE品川中延の場合、何台の洗濯機を導入していますか?
吉田全135戸に対して、15台ですね。この数が適切かどうかについては、今後の稼働状況のデータ分析によってわかってくるはずです。LAUNDROOMではIoT洗濯機を使い、1台1台の稼働ログデータを取得することが出来るためです。

吉田どの洗濯機が「何曜日のどの時間」に、「何回稼働しているか」といったデータをもとに、物件の規模ごとの適正台数がわかれば、これから新しく建設するシェア型賃貸住宅にも役立てることができます。たとえば、想定より洗濯機の数を減らせるとわかれば、そのぶんランドリールームを縮小し、リビングを広くしたり、別のスペースを設けたりすることも可能になるのではないでしょうか。
また、その逆もしかりで、これまで経験と勘で設置台数を算出していた結果、実は設置台数が足りず入居者の不満になっていた......といった問題もあぶり出すことができます。
――では、最後に改めて伺います。LAUNDROOMのようなサービスが普及することで、未来のくらしはどう変わると思いますか?あるいは、どう変わってほしいと考えますか?
朴私たちが理想とする未来のくらしは、シェアすることの不便さが解消され、むしろ「シェアすることの豊かさ」が増す社会です。限られたリソースをみんなで共有することで環境負荷を減らしながら、デジタル化によって不便さを感じることがなく、シェアコミュニティの価値を上げることを目標にしています。
LAUNDROOM自体は単なる「ランドリーのIoT化」サービスではなく、シェアリングエコノミーにおける新しい関係性を構築し、くらしのなかに自然に溶け込むようなサービスになることを目指しています。今後、洗濯機以外にもこれを広げていけるよう、まずはLAUNDROOMをしっかり成功させたいですね。

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Profile

吉田 克己(よしだ・かつみ)
パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 ランドリー・クリーナー事業部 ビジネスデザイン部
2002年入社。2024年10月よりビジネスデザイン部に在籍。LAUNDROOMやスマートクローゼットをはじめ、B2B領域における新たな価値提供やトータルソリューション提案などを手がけている。
私のMake New|Make New「顧客体験価値」
すべてはお客様が起点であり、お客様がゴールである。お客様のいない事業は成立しない。

朴 香み(ぱく・こうみ)
パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 ランドリー・クリーナー事業部 ビジネスデザイン部
2019年入社。モビリティ・スマートシティ領域を中心に企画として新規事業開発に従事。2024年7月よりビジネスデザイン部に在籍。LAUNDROOMのサービス企画・事業をはじめ、企画・マーケティングなどを手がけている。
私のMake New|Make New「常識」
固定観念の枠を超え、本質から問い直すことで、より自由で豊かな新しい常識を創造していきたい。