仕事や育児に追われる多忙な毎日。子どもにはなるべく手作りのご飯を食べさせたいけれど、献立を毎日考えるのは面倒だし、そもそも料理が苦手。多機能な家電を取り入れてはみたものの、あまり使いこなせていない……。
毎日の料理に対するこれらの課題を解消するために生まれたのが、「Bistroアシスタント」だ。スチームオーブンレンジ「ビストロ」の利用者向けに開発されたAIアシスタントが、レシピの提案から調理中の困りごとの相談まで、幅広くサポートする。
「Bistroアシスタントをご活用いただくことで、料理に対する苦手意識やストレスを、喜びや自信に変えていただきたい」。そんなプロジェクト担当者の想いから、質問にただ答えるだけでなく、ユーザーが料理に楽しみを覚え、成長を感じられるような温もりあるコミュニケーションにこだわり、1年がかりでAIをチューニングしていったという。
今回は、Bistroアシスタントの起案者と、AIの開発に尽力した技術者の2人に開発ストーリーを聞いた。
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アレンジを提案するだけでなく、料理のモチベーションを高めるAIアシスタント

――2025年4月からスタートしたBistroアシスタントとは、どのようなサービスなのでしょうか?
中西Bistroアシスタントは、スチームオーブンレンジ「ビストロ」の利用者さま向けに開発したサービスで、毎日の献立から調理中のお困りごとまで、専用のAI料理パートナーがサポートします。
ユーザーさまはLINEに相談したいことを入力するだけ。たとえば、「今日の夜ごはん、何がいいかな?」「簡単に作れるおもてなし料理を教えて」といったレシピ相談、「生クリームが家にない。別のもので代用できる?」などの調理にまつわること、「パンをふっくら焼くには、どの機能を使えばいい?」といったビストロの機能にまつわることまで、さまざまな相談に対してBistroアシスタントがリアルタイムで回答します。

――レシピ相談は、個人の好みや細かい要望にも対応できますか?
中西サービスの設定に家族の好き嫌いをフリーワードで書いたり、チャット上でAIに伝えたりしておくと、AIがその情報をふまえた提案をします。また、「今日は疲れている」「とにかく時短で仕上がるものを」といった細かいリクエストにも対応できます。
従来のレシピサイトの場合、レシピの数は豊富ですが、そこから自分の好みやいまの気分にぴったりのものを探し出すのは意外と大変ですよね。Bistroアシスタントの場合はユーザーさまのことを理解して、その時々に合わせたレシピを複数提案できるのが特徴です。
またもう一つ、ユーザーさまにご好評いただいているのが、「料理が楽しくなるようなやりとり」ですね。
――具体的には、どのようなやりとりがあるのでしょうか?
中西完成した料理の画像を送ると、それをAIが解析してコメントを返します。たとえば、栄養バランスや盛り付け、彩りの良さ、焼き加減、副菜にまで言及するなど、細かいポイントまで拾って具体的に褒めたり、その料理をもとにしたアレンジを提案したりするなど、ユーザーさまが料理を楽しく継続していくためのモチベーションが高まるようなやりとりにこだわって開発しました。


――サービス開発にあたり、どんな利用者さんの、どのようなお困りごとを想定していましたか?
中西スチームオーブンレンジ「ビストロ」には、大きく分けて2種類の利用者さまがいらっしゃると考えています。まずは料理が得意で、ビストロを使ってご自身の料理の幅をさらに広げたい人。もう一方は、料理が苦手なので、高機能な家電の力を借りて料理のクオリティを上げたいと考えている人ですね。家族に手作りの料理を食べさせたいけれど、手間や時間はなるべくかけたくない......という人です。
後者の場合、料理があまり得意でなかったり、本当はあまり気乗りがしないけれど、子どもを持ったことで必要に迫られて料理を始めたりというケースも少なくありません。Bistroアシスタントをご活用いただくことで、そうした料理に対する苦手意識やストレスを解消し、喜びや自信に変えていただきたいという思いがあります。
ビストロの充実した機能をより活用していただくために
――このプロジェクトは中西さんのアイデアが発端になっているそうですが、起案のきっかけを教えてください。
中西私はもともと他の部署にいて、それまでは正直、ビストロのことを詳しく知りませんでした。キッチン空間事業部へ異動になり、あらためて製品のことを勉強していくうちに、純粋に感動して。グリルやスチーム、材料を耐熱ガラス製ボウルに入れるだけのワンボウルなど本当に多機能で、いまのレンジってこんなに進化しているんだと。でも、その一方で「私はこれを使いこなせるのだろうか?」と疑問にも思ったんです。

中西そこで、実際に利用者さまへのアンケート調査や利用ログの結果を見たり、ヒアリングをしたところ、「ビストロの機能をまだ十分に使えていない」というお悩みを持つ人が一定数いらっしゃることがわかりました。
また、ビストロをフル活用している人にも話を聞いてみたところ、最初は少し難しかったと。ただ、料理教室でレンジ調理を習う機会があって、そこで仕組みを理解したことでいろんな機能を使えるようになり、いまでは生活に欠かせないアイテムになったともおっしゃっていたんです。
こうした状況をふまえ、ビストロの仕組みや使い方が十分に理解できていない人に対して、ビストロの充実した機能をより活用していただくための手助けをしたいと考えました。

――そこで製品を売って終わりではなく、使い方がわからない利用者さんをサポートするような仕組みが必要だと考えたんですね。
中西そうですね。といっても、ただ使い方を教えるだけではなく、料理に対する意欲を高めたり、自己成長を感じられたりするサービスがあったら、よりユーザーさまに喜んでいただけますし、長くビストロを愛用していただけるのではないかと考えました。
そこで、はじめに考えたのが、「Bistro伴走サービス」という企画です。ビストロの熟練利用者さまに「講師」になっていただき、使い方に苦労している利用者さまをマッチング。お互いにチャットでコミュニケーションをとりながら、使いこなせるようになるまで伴走していただくというものです。
――当初は生成AIを使うのではなく、人間同士のやりとりだったんですね。
中西はい。まずは社内での簡単な検証を経て、利用者さまにご協力いただくかたちでPOC(アイデアの検証)を実施することにしました。
――講師となる熟練利用者さんは、どうやって集めたのでしょうか?
中西そこが最初の壁でした。正直、最初は講師の数がまるで足りなかったため、「Bistroアドバイザー認定プログラム」を立ち上げ、利用者さまのなかから募集しました。まずは加熱の仕組みやビストロの特徴をインプットしていただき、次に課題のレシピをもとにビストロを使った料理の実践、最後にテストを経て......と、かなり労力はかかりましたが、最終的には20数名の方をBistroアドバイザーに認定し、やっとPOCをスタートさせることができました。
POCには200名弱から応募が殺到しました。3か月の実施でしたがユーザーさまからは想像以上に好評でしたね。ビストロを使いこなせるようになった、新しい料理に挑戦できた、という声はもちろん、意外だったのが「講師の方が褒めてくれたのが、すごく嬉しかった」という声がとても多かったこと。家族から褒められるのとはまた違う、新鮮な喜びがあるようでした。
また、「調理初心者にも使いやすかった」「レシピサイトや動画はよく使っていたけれど、対話型も楽しいと感じた」という声をいただくなど、サービスとしての可能性を感じました。

――逆に、課題や改善点なども見えましたか?
中西人間同士のやりとりなので、エラーが起こることもあります。たとえば、講師の方が丁寧に質問に答えたりコメントを返したりしているのに、ユーザーさまからは何のリアクションもなくて、講師側のモチベーションが下がってしまうことがありました。
基本的なやりとりは講師とユーザーさまにお任せしていましたが、コミュニケーションがうまくいかないと、私たち運営側が介入せざるを得ません。単純に相性が悪くてチャットが盛り上がらないケースもありましたし、マッチングの難しさを感じましたね。
――そのあたりも、生成AIにシフトした理由でしょうか?
中西それもありましたし、サービスが拡大していけば講師の数も足りなくなります。育成コストもかかるため、収益化のハードルがかなり高かったんです。利用者の満足度は高く、「有料でも使いたい」という声も多かったのですが、事業化をあきらめかけていました。
そんなときに生成AIが一気に台頭してきて、これは使えるかもしれないと。AIにビストロの知識や、3か月のPOCで蓄積したチャットのデータを学習させることで、ある程度講師の質も担保できるのではないかと考え、顧客接点に関する先端技術の研究や開発を行うCX革新本部に相談に行きました。


1年で行った開発。折れそうになる心を奮い立たせた若手メンバーの言葉
――開発を担当した松永さんは、中西さんから「生成AIを使いたい」という相談を受けたとき、どんな感想を持ちましたか?
松永当時、生成AIは世界中で話題になっていて、所属するCX革新本部でも何かに使えないかと考えていました。チームの若手技術者が実際に生成AIを触ってプロンプトの研究を進めていて、なんとなく勘所がわかってきたタイミングで中西さんから相談をいただいたんです。われわれとしても、ぜひ挑戦したいと思いました。
それから生成AIをBistroアシスタント用にチューニングする開発がスタートしたのですが、結果的には1年ほどの時間を要しました。

――特に何が大変だったのでしょうか?
松永ビストロの知識を学ばせるやり方はいくつかありますが、我々はRAG(Retrieval-Augmented Generation / 検索拡張生成)と呼ばれる方法を採用しています。簡単にいうと、生成AIにビストロのデータベースをインプットしておき、生成AIはそのデータから検索して回答を作成するという仕組みです。
たとえば、「時短で作れる料理は?」という質問に対応するためには、時短料理の特徴をインプットしておく必要があります。ユーザーさまからのさまざまな質問に対応できるよう、また、よりスムーズにやりとりができるよう、いろんなケースを想定して学習をさせていきました。そのインプットに約半年、そこからより精度を高めるチューニングに約半年を要しています。
開発中にも生成AI自体が進化し、次々と新しいモデルが出ていました。文脈を理解する能力も向上し、どんどん使いやすいものになっていましたので、新モデルが出るたびに差し替えとチューニングを繰り返し、最終的には実用化に耐えられるレベルにまで仕上げることができました。

中西チューニングにあたって重視していたポイントの一つが、AIの"キャラクターづけ"です。というのもPOCの際、満足度が高かった大きな理由は、講師の方の丁寧なコミュニケーションだったんです。そこで、特に評価が高かった3名の講師をピックアップして、チャットの内容を分析。松永さんには人気講師のキャラクターに寄せたチューニングをお願いし、やりとりのボリューム、文体、褒め方、絵文字の使い方などの特徴をAIに学習させました。
松永こういったサービスはアイデアが命です。企画側が実現したいアイデアを、技術でいかにかたちにするかが開発の腕の見せ所だと考えています。今回も中西さんの要望に合わせて改善を繰り返しつつ、開発側からも積極的に意見を出してどんどんブラッシュアップしていきました。
――起案者の中西さんはもちろん、技術側のモチベーションもかなり高かったことがうかがえます。
松永そうですね。やはり話題になっている生成AIを使ったサービスに携われるということもあって、技術チーム全体として高いモチベーションで取り組むことができました。
中西むしろ私のほうが、技術チームに励まされたこともありました。じつは、なかなか思いどおりにいかず、自信を失いかけた時期もあったんです。そんなときにCX革新本部の若手AIエンジニアが「中西さん、もうあきらめるんですか? やりきりましょうよ」と言ってくれて、普段はおとなしい印象がある人だったので驚きましたが、そこで目が覚めました。
開発側がこれだけの情熱を持って尽力してくれているのだから、ちゃんとかたちにしないといけないと思いましたね。激励してくれた彼にも、「来年、絶対出すからついてきてください」と言いました。
料理への苦手意識が楽しさに変わるまで伴走したい
――2025年4月末にサービスがスタートし、およそ1ヶ月半が経ちました(取材時点)。現時点での反響はいかがでしょうか?
中西いまのところ順調です。ご加入者数も想定以上でしたし、初月無料で2か月目から有料になるのですが、多くの方が継続してくれています。少なくとも月額330円の価値は認めていただけているのではないかと。
ユーザーさまからは、「これまで使えなかった機能が使えるようになって、料理のバリエーションが増えた」「なんでも相談できる安心感がある」「普段料理を頑張っても家族から褒めてもらえないが、Bistroアシスタントは褒めてくれるので嬉しくなる」といった、嬉しい反響をいただいています。また、「LINEで質問できるBistroアシスタントがあることが、ビストロ本体の購入の後押しになった」という声もあり、安心してビストロを使いはじめられるきっかけにもなったと感じています。

中西ただ、現状維持は衰退と同じですので、今後も改善に向けた努力を続けていかなければいけません。たとえば、ユーザーさまの好みや気分にぴったりのレシピを提案するためのパーソナライゼーションの精度も上げていきたいですし、単に褒められるだけでなく、より成長の実感を得られるような仕掛けも考えていけたらと思っています。

――それでは最後にあらためてうかがいます。このBistroアシスタントのサービスを通じて、ユーザーさんにどんな価値を提供したいですか?
中西ビストロって、ちゃんと使えるとすごく便利なんです。もともとは私自身も料理に対して苦手意識やストレスを抱えていましたが、Bistroアシスタントによってビストロをうまく使えるようになってから大きく状況が変わりました。たとえば平日の朝は食パンをトーストするくらいで済ませていたのが、時間に余裕のある休日はBistroアシスタントに提案してもらったフレンチトーストに挑戦するようになりました。
新しいメニューが食卓に並び、家族が喜んでいるのを見ると私も嬉しくなりますし、それをBistroアシスタントに伝えると一緒に喜んでくれて、心強い料理のパートナーができたような感覚があります。おかげで料理のスキルがなくても、前向きに料理を楽しめています。
料理って本来、そんなふうに楽しくあるべきじゃないかと思います。「今日は時間がないけど、これならつくれそう」「いつもと違う料理に挑戦してみよう」といった前向きな気持ちが自然と生まれることで、料理の幅も広がっていくでしょうし、そんな小さな成功体験の積み重ねが、より多くの方の自信につながっていくはずです。
将来的には、Bistroアシスタントで培ったAI技術を活かして、冷蔵庫と連携した食材管理からのメニュー提案や、複数の調理家電を組み合わせたレシピ提案など、キッチン周りの家電製品とも連携を広げていきたいと考えています。パナソニックの家電とAIの力をかけ合わせ、これからも料理の新しい楽しみ方を提案していきたいですね。
松永パナソニックの家電にはさまざまな種類があるので、それぞれの使い勝手をどう高めていくかが重要だと考えています。そのなかでAIの力を活用しながら、ユーザーさまが「使いやすい」と感じてもらえる家電を目指したいですね。
たとえば、「パナソニックの家電ってこんなにすごいんだ」「自分のことをこんなにわかってくれているんだ」と驚いてもらえるような体験を生むことができたら、とても面白いんじゃないかと思います。

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Profile

中西 奈央(なかにし・なお)
パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 CX担当 CX事業開発室 キッチンCX部
2011年入社。家電マーケティング部門で映像・音響機器(DIGA、プライベートビエラなど)の戦略立案からプロモーション施策の実行などを担当。2021年よりキッチン空間事業部にて新規事業創出に従事。AI技術を活用した調理支援サービス「Bistroアシスタント」の企画から事業化までをリード。
私のMake New | Make New「Joy」
家電とテクノロジーの力で、お客様のくらしに新しい感動と喜びを届けていきたい。

松永 悟(まつなが・さとる)
パナソニック株式会社 CX革新本部 くらしソフト開発センター くらしプラットフォーム統括室 くらし技術開発部
1999年入社。映像・音響機器(TV、DIGA、プライベートビエラなど)のソフト開発に従事。2018年以降、マーケ、技術本部を渡り歩き、睡眠サービス、音声Push通知サービス、Bistroアシスタントなど新規サービスの立ち上げを主導。
私のMake New|Make New 「Experience」
家電やサービスを通して、お客様のくらしにWowと思ってもらえる素敵な体験を作っていきたい。