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2019年に欧州委員会が発表した「グリーンディール投資計画」を皮切りに、環境技術を経済圏として新たな競争軸と位置づけた欧州連合(以下、EU)。歴史と伝統に裏づけられた豊かな文化を有するヨーロッパの、次代を見据えた挑戦の裏側にはしたたかな戦略があった。変わりゆく欧州各国で、パナソニックが仕掛ける事業とは? 日欧のパイプ役でもあるエミリー・シュトゥンプ(Sustainability & Government Affairs グループ・マネージャー)に、ヨーロッパ市場の最新動向とパナソニック・ヨーロッパの戦略について聞いた。
正しいだけでは続かない。「サステナブル」なサステナビリティーとは
築数百年を数える建築物に彩られた美しい街並み。長い歴史と伝統に対する誇り、確固たる美意識を持った文化。ヨーロッパと聞くと、そういった印象が浮かぶのではないだろうか。
一方で、環境先進国としても名高いこの地域はいま、経済活動も巻き込んだ環境への取組みで、国際社会における環境技術リーダーとなるべく大きく舵を切っている。欧州で事業を展開しているパナソニック・ヨーロッパ(在アムステルダム)で、EUにおける環境動向、法整備の動きなどを日本の開発陣と密に共有する役割を担っているエミリー・シュトゥンプは、自身の役目をこのように語る。
エミリー私たちの具体的な役目は、EUで今後どのような法律が整備され、それがパナソニックの事業にどう影響するのか予測すること。また、その法案がビジネスに悪影響を及ぼす可能性がある場合は警告を発し、保護すること。逆に、ポジティブなものであれば、ビジネスにどのような優位性をもたらすのかを分析することです。
例えば、2021年にEUは、EUタクソノミー(分類法)基準を発表しました。これは、基準を満たすサービスや製品を、EUとして「グリーン投資(環境に配慮されたサービスや製品に対する投資)対象」として認定することで、民間のグリーン投資を促進させるためです。この動きは、パナソニックが今後ヨーロッパでビジネスを展開していくうえで、とても重要な意味を持つでしょう。
「グリーン投資」という概念自体は20世紀末から存在しているが、当時グリーン分野は規模として限定的であったためグリーン産業が大幅成長する見通しは薄かった。そのため、投資家観点では大きなリターンが期待できないことから、奉仕精神に基づくボランティア的な側面が強く、継続的な投資も望めなかった。
しかし、欧州委員会として設定した「グリーンディール投資計画」で発表された巨額投資(2030年までで1兆ユーロ)とダイレクトに紐づくEUタクソノミー基準は、この分野の大規模成長を、欧州連合として促進させるフレームワークである。いわば、「グリーン投資」を、良心に基づいた活動から大きなリターンも見込める重点投資対象にシフトさせた、「経済活動原理に則した実践的な仕掛け」といえる。
エミリーパナソニックは、2008年に初めて欧州市場向けにヒートポンプ式温水暖房機「Aquarea」を販売開始、2018年からは現地生産もしています。Air to Water(以下、A2W)と呼ばれる技術を採用したもので、化石燃料を用いた燃焼系の暖房器具に比べてCO2排出量を抑えることができる製品です。この環境性能が認められ、EUタクソノミー基準で「グリーン投資」に位置づけられる可能性が出て来ました。
そう語るエミリーの目は希望に輝いている。意外かもしれないが、環境先進国であるはずの欧州では、未だに家庭用暖房の主力燃料は石炭とガスだ。ともに化石燃料であり、言うまでもなく石炭が排出するCO2は長く社会課題として認識されてきた。これをパナソニックのA2Wを始めとした代替ソリューションに置き換える動きが欧州各国で高まっている。ここに、官民のグリーン投資マネーが流れ込むことになるという。
エミリー例えば、ノルウェーとデンマークでは化石燃料を用いた技術の使用が禁じられていて、ヒートポンプ式の暖房器具がかなり普及しています。また、フランスも補助金制度によるヒートポンプ普及に力を入れ始めましたし、イタリアやオランダでも同様の政策が進められています。EUは、加盟国に2040年までに冷暖房における化石燃料の使用廃止を義務づけることも検討しています。環境保全の観点では、これでは少し遅すぎるのですが......それでも正しい方向への一歩であることは間違いありません。
エミリーのオフィスは、EU本部の所在地・ベルギー首都ブリュッセルにある。EU本部の政策動向を即時に捉え、ビジネス戦略に反映させていくためだ。
エミリーEUタクソノミー基準を国際基準に昇格させる狙いが成功すれば、将来的に、EUタクソノミー基準はさらに重要性を増すでしょう。それと同時に、投資家たちからより多くの資金がグリーン投資に向かっていくはずです。これは地球環境にとってポジティブであることはもちろん、われわれにとっても大きなビジネスチャンスになります。
一連の欧州のグリーンへの取組みの特筆すべきところは、「環境保全」という「人道的に正しい」目標を掲げるだけでなく、それを経済活動に循環させることによって、その分野に対する投資を加速度的に進める仕組みを構造化したこと。「環境」は正しいだけではない、「環境」はビジネスチャンスだ、というマインドシフトが社会を変えていく。
アメリカや中国と対等以上に渡り合うには?-経済圏としてのEUの戦略
欧州が社会構造的に環境配慮を下地に据えたのには理由がある。エミリーは言う。
エミリーいまからデジタルやIoT、AIの分野でアメリカや中国などと対等以上に渡り合うことは現実的ではありません。EUはその競争力を、省エネや脱炭素技術など、これから地球規模で必要となっていく環境技術に絞って強化する戦略を採ったのです
今後、企業が環境に配慮した製品で欧州市場での存在感を高めていくにあたっては、EUのエネルギー政策の動向を正確につかむことが重要だ。EUでは2019年に欧州委員会が発表した気候変動対策「欧州グリーンディール」に基づき、「脱炭素」達成に向けたエネルギー政策の見直しが行なわれている。
エミリー欧州グリーンディールでは、2030年までに温室効果ガス排出量を55%削減(1990年比)することを目標に掲げています。これは加盟国のあいだで義務化されており、どの国も投げ出すことはできません。そのため、各国では現在、経済合理性よりも気候変動への影響を優先し、多くの法律を改正するなど、新たな政策を検討しています。
例えば、建築です。建物のエネルギー利用量は、EU全体で消費されるエネルギー総量の約40%にあたり、エネルギー関連の温室効果ガス排出量の36%を占めています。そのため、建物のエネルギー消費性能を見直すことはとても重要なポイントです。具体的には、これから新築される建物をゼロエミッション(「エミッション=排出」をゼロにする)にすること、そして、古い建物をリノベーションしてエネルギー効率を改善することが挙げられます。
2020年に欧州委員会が発表した「欧州リノベーション・ウェーブ戦略」では、2030年までに3,500万棟の建物の改装を目指すとしている。冒頭で記述したように、ヨーロッパでは伝統的な建築物が多く、これらの改修をいかに促進していくかが目標達成の鍵を握る。
エミリー欧州リノベーション・ウェーブ戦略ではリノベーションの質と量を向上させるために、改修率の最低目標と建物のエネルギーレベルを設定することが検討されています。また、新しい建物だけでなく、古い建物にもエネルギー消費性能の診断を義務づけ、基準に満たない場合はリノベーションを義務化するという案もあります。ただ、これには莫大な費用がかかるため、加盟国が受け入れることは難しいかもしれません。
費用面だけでなく、伝統や文化といった側面からの抵抗感もある。歴史ある建物を取り壊してまで代替エネルギーを導入するのか、それとも文化遺産としての価値を優先し、環境への対策を先送りにするのか。欧州はいま、簡単ではない選択を迫られている。
ともあれ、いままさに大きな転換期を迎えているヨーロッパ。パナソニックとしてはA2Wなどの環境技術を武器に、一気にシェアを高めていく好機でもある。このままヒートポンプ式暖房器具が普及していけば、EUのエネルギー政策にも幅を持たせることができる。
パナソニック・ヨーロッパでは今後も、EUのグリーン戦略に注視していく。本当に3,500万棟の改築が実現すれば、EUは環境先進国としてブレイクスルーし、真の意味でグリーンリーダーシップをとることになるだろう。そして、そのときには欧州におけるパナソニックの存在感、そしてグローバルでの競争力はさらに増しているはずだ。
Profile
Emilie Stumpf(エミリー・シュトゥンプ)
Sustainability&Government Affairs担当マネージャー。2018年にパナソニック・ヨーロッパの一員となり、以来Sustainability&Government Affairsにて重要な役割を担う。パナソニック(株)空質空調社の事業拡大に向けて、EUの気候・エネルギー政策やHVACビジネスに関する法規制や法改正をフォロー・先取りしてビジネス機会を探り、最新情報を提供しながら製品企画をサポートするなどしている。