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新しいデジタル技術は、人々のくらしを便利にした。その一方で、アナログ時代にあった「余白」のようなものは減り、快適さと引き換えに遊び心を発揮する機会が失われつつある。
パナソニックの「FUTURE LIFE FACTORY(以下、FLF)」は、「これからの豊かなくらしとは何か」を起点に、従来の常識にとらわれない発想で、新規事業の種や未来のくらしのビジョンを世に問いかけるパナソニックのデザインスタジオ。彼らが開発した「絵を音に変える」ステレオ「リミックス」では、遊び心あふれる豊かな音楽体験を提案している。
2022年8月24日、大阪中之島美術館1階ホールで開催された「FUTURE LIFE FACTORY×Technics パネルトーク&DJパフォーマンスイベント『Sound Lab』」では会場に「リミックス」の本体が置かれ、FLFの開発メンバーも登壇。そのイベント内容を一部抜粋し、「リミックス」に込めた思いや、FLFのプロダクトによって広がる音楽体験の可能性などを紐解いていく。
1960年代のステレオを「楽器」に変える
2022年8月6日から大阪中之島美術館で開催されている『みんなのまち 大阪の肖像 第2期』。その特別展として、8月6日から28日までの約3週間の期間限定で、「リミックス」という不思議なステレオが展示された。1960年代初頭に発売され、長く倉庫に眠っていたステレオを「ハック」し、「絵で音を奏でるステレオ」として再生したものだ。当時のレトロな風合いはそのままに、誰もが気軽に音楽を楽しめるステレオは「未来の楽器」のようでもあり、多くの来場者の注目を集めた。
手がけたのは、パナソニックのデザイナー集団「FUTURE LIFE FACTORY」。「これからの豊かなくらし」をテーマに、さまざまなプロトタイプを制作。合理化や効率化だけに捉われない豊かな未来を実現させるため、さまざまな提案を行なっている。
8月24日に同美術館で開催されたイベント『Sound Lab』では、「リミックス」の開発メンバーであるFLFの鈴木慶太氏、シャドヴィッツ・マイケル氏が登壇。さらに、パナソニックのHi-Fiオーディオ製品ブランド「Technics」の上松泰直氏も参加し、「リミックス」の開発話を軸に、アナログレコードの魅力、アナログとデジタルを掛け合わせることで生まれる価値など、幅広い観点で音楽やプロダクトの可能性が語られた。
一つのレコードプレーヤーから生まれた新しい音楽カルチャー
まずは上松氏が登壇。Technicsブランド国内マーケットのマネージャーを務める上松氏からは、同社が手がけてきたレコードプレーヤーやターンテーブルの歴史についてのプレゼンテーションが行なわれた。
上松Technicsブランドが誕生したのは1965年。60年代はオーディオ全盛の時代で、さまざまなメーカーがしのぎを削っていました。当時の松下電器産業も一時期はオーディオ関連だけでかなり大きな売り上げがあり、テレビ事業の規模を上回っていた時代もあったようです。そうした流れもあり、立ち上がったのが高級オーディオブランドのTechnicsでした。
1970年には世界初のダイレクトドライブ方式のターンテーブル「SP-10」を発売。レコードを置き、スタートボタンを押すと瞬時に音楽が立ち上がる画期的なプレーヤーは話題を呼び、世界中のラジオ局やクラブなどに普及していったという。そして、そこからターンテーブリズムという新たな音楽カルチャーの扉が開いていく。
上松もともと「SP-10」や、それに続く後継機はジャズやクラシックなどのアナログレコードを聴くためのハイファイ用のプレーヤーとして開発されました。ところが、1970年代初頭にヒップホップのレジェンドであるDJ Kool HercがNYの公園で、Technicsのターンテーブルを使いスクラッチなどのDJプレイをした。本人からすれば遊びのつもりだったようですが、そこから現在まで続くターンテーブリズムという音楽文化が偶然に生まれたんです。
それまでレコードを再生する機械だったターンテーブルは、このときを境に「楽器に進化していった」と上松氏は語る。以降の後継機では、ハイファイ用のレコードプレーヤーとしてだけでなく、楽器としての使い勝手も念頭に開発が進められてきたという。
上松ギターやピアノなどもそうですが、楽器となれば簡単にレイアウトを変えることはできません。演奏するDJの使い勝手を考慮して、つまみやボタンの位置、手触りなどを最適化させてきました。
昔のレコードプレーヤーの「豊かさ」をデジタルの力で増幅させた
上松氏の興味深いプレゼンテーションの後は、FLFの鈴木慶太氏が登壇。自身とメンバーが手がけた「リミックス」開発の経緯が語られた。
「リミックス」のベースになった「SUPER PHONIC HE-3000」は、1962年に発売されたキャビネット家具調のステレオ。長く一般家庭で使われていたが、役目を終え、大阪のパナソニックミュージアムに寄贈されていた。しかし、外観は綺麗に保たれていたものの、天板のレコードプレーヤーが欠損していたため、展示されることなく倉庫に眠っていたという。鈴木氏は、その出会いについてこう振り返る。
鈴木まず、見た目の重厚感に圧倒されました。当時、FLFでは古い家電をハックして面白いものをつくれないかと考えていて、このステレオを見た瞬間に「コレしかない!」と。さっそく、倉庫から私たちのアトリエにステレオを送ってもらい、プロジェクトがスタートしたんです。
鈴木ダメもとで電源をつなぎ、FMラジオにチューニングを合わせてみました。すると、ステレオは60年前の姿のままラジオの電波を受信し、現代のニュースを届けてくれたんです。その後、改造のためになかを開いてみると、当時の技術者のアイデアが至るところに見られました。現在のようにデジタルで処理できないぶん、アナログで機械を制御するための工夫と技術が詰まっていた。そうした物理的な動きに、FLFのデザインエンジニアたち全員が新鮮さを覚えましたね。
当初のアイデアレベルでは、レトロなステレオをハイテクなBluetoothスピーカーにリメイクする案もあったが、当時の技術者の創意工夫に触れたことで路線変更。アナログならではの「手動」や「手触り」といった豊かさを、デジタルの力で増幅する方向へ舵を切った。
そして、試行錯誤の末に誕生したのが、「自分で描いた絵が音になる」インタラクティブなステレオだ。
「リミックス」の最大の魅力は、専門的な知識がなくても直感的に音を楽しむことができる点だ。楽譜を読めなくても、楽器のスキルがなくても、絵を描くだけで自分だけの音を奏でることができる。
鈴木絵が得意でなければ、文字でもいいし、幾何学的な線などでもOKです。自分の得意な部分を活かし、さまざまなアプローチで音を奏でられるので、より多くの人に音楽を楽しんでもらえるのではないかと思います。
そう「リミックス」について語るFLFメンバー。来場者も、見たこともない「楽器」に興味を示していた。
アナログならではの「余白を遊ぶ」おもしろさを活かし、工夫を重ねる
上松氏、鈴木氏のプレゼンのあとは、FLFのシャドヴィッツ・マイケル氏が加わり、そのまま3名によるトークセッションへ移行。ターンテーブルと「リミックス」の共通点や、FLFの今後の展望などが語られた。
最初の議題は「音楽再生機の進化と可能性について」。Technicsのターンテーブルも「リミックス」も、もともとは音楽を再生するための装置として開発されたものだが、どちらも従来の目的を越えた「楽器」として進化を遂げている。そこにはどんな共通点があるのか? まずは上松氏の口からTechnicsのレコードプレーヤーがDJに広く受け入れられ、新たな音楽カルチャーを生むに至った理由が語られた。
上松レコードプレーヤーに関して言えば、仕組みや構造がアナログかつ単純だったことが大きいと思います。言ってしまえば、レコード盤に刻まれている音楽情報を針で読み込むだけのものですから。でも、単純だからこそ制限されたなかで色々と遊ぶ楽しさや可能性が感じられ、DJのみなさんに受け入れられたのだと思います。
マイケルたしかに、レコードには色々と遊べる余地がある。昔、ビートルズのレコードを逆回転再生すると隠されたメッセージが聞こえるというウワサが流れて、それまでレコードなんて聞いたこともなかったのに、逆回転再生をしてみたことがありました。いまはデジタルだから難しいかもしれないけど、レコードの時代にはそうした遊び感覚がありましたよね。
鈴木レコードプレーヤーに限らず、昔の家電やアナログな機械を触っていると、「どうしてこんなふうに動くんだろう」「なぜ、これで音が鳴るんだろう?」と、その仕組みに驚かされることが多々あります。また、そこにはアナログゆえの余白がたくさんあって、自分ならこうできるんじゃないか、もっとこうすると楽しいんじゃないかと工夫ができる。そこがデジタルにはない面白さで、TechnicsのターンテーブルとFLFの「リミックス」に共通する部分じゃないかと思います。
「新しい文化をつくり、盛り上げたい」。レトロな価値を残しつつ、中身を進化させる
ラストには、Technicsと「リミックス」の今後の展望が、それぞれの口から語られた。まずTechnicsのターンテーブルはこれからどのように進化していくのか? 上松氏は「変える部分と変えない部分を、しっかり見定めながら進化させていくことが大事」と話す。
上松今年、TechnicsはSL-1200シリーズ発売50周年を記念して、「SL-1200M7L」というターンテーブルを発売しました。2009年に生産終了した「SL-1200」シリーズの特別限定仕様版ですが、当時の製品と比べると見た目以外はほとんど全てが変わっています。他社がやっていない技術を新たに盛り込み、大きく進化しているんです。
一方で、変えなかったのはボタンやスイッチの配置といったデザインレイアウトと操作感。先ほども話しましたが、楽器というのは簡単にレイアウトが変わるものではありません。DJのみなさんが使いやすい操作感を維持するために、そこは今後もいじってはいけない部分だと考えています。これからも、ターンテーブルとして変えてはいけない部分を守りつつ、これまでにない新しい価値を生み出せるような提案を続けていきたいですね。
上松氏の言葉に鈴木氏も共感。そのうえで、「リミックス」の開発経験をふまえたFLFの展望をこう語った。
鈴木見た目はそのままで中身が変わっているという点で言えば、「リミックス」のプロジェクトもそれに近いものがあります。「リミックス」も見た目は60年前のステレオのままで、中身だけがデジタルに進化している。これってすごく面白いことだと感じていて、今後も同じような事例を増やしていきたいです。
例えば、いまは古民家の再生が流行っていますよね。同じように、古いテレビや洗濯機、冷蔵庫など、昔の家電に自分なりに手を加えて、再生させるのも面白いんじゃないでしょうか。そうした新しい文化をつくり、盛り上げるためにも、FLFではこれからもレトロな家電をハックする活動を続けていきたいと思います。
DJの高いパフォーマンスを引き出すため、着実な進化を遂げてきたターンテーブル。一方、昔のステレオをベースに突然変異として誕生した「リミックス」。まったく異質のようでいて、「アナログの余白を楽しむ」点などの共通点も多く、トークセッションは盛り上がった。
「リミックス」の開発を手がけた鈴木氏やマイケル氏も大いに刺激を受けた様子。イベント終了後に感想を聞いた。
鈴木世界中のDJによってさまざまな技が編み出され、Technicsのターンテーブルがただのレコードプレーヤーから楽器へと進化を遂げた話を聞いて、「リミックス」もつくり手の私たちから離れ、さまざまな人の手によって思ってもみなかった進化をするのではないかと期待しています。実際、今回の展示期間中に行ったワークショップでは、「リミックス」を参加者に触ってもらったときに、回転スピードを変えてパフォーマンスを始める人がいて、たしかにそういう楽しみ方もあるなと気づかされました。
マイケル「リミックス」は、「パナソニックの歴史」を起点に未来につなげるという思いを込めたプロジェクトです。一方Technicsは今日まで連綿と続いている事業です。音楽というコアを高い水準で守り、一時中断はしましたが復活後も世界中からリスペクトを集め、エンターテイメントとしても非常にクオリティがー高い、パナソニックが誇るブランドの一つ。それを目の当たりにし、あらためてデザイナーとしてもとても勉強になりました。
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リミックスがどんな音を鳴らすのかWEB上で簡単にシミュレーションできる特別サイトが公開中。どんな音がなるのか、試してみたい方はアクセスしてみては。
Profile
鈴木 慶太(すずき・けいた)
パナソニック株式会社 デザイン本部 FUTURE LIFE FACTORY。2019年パナソニック株式会社に入社。デザインエンジニアとして家電のハード・ソフトのインタラクション領域を中心にプロトタイピングを用いた先行開発に従事。2021年4月よりFUTURE LIFE FACTORYに在籍。「リミックス」をはじめ、人と地球をつなげる脱炭素社会に向けたサービス構想「Carbon Pay」などを手がけている。家電のカテゴリーにとらわれない、自由なアイデア発想と体験可能なプロトタイプ制作で、よりリアルな未来のくらしへの提案に取り組む。
私のMake New: Make new 「Interaction」
シャドヴィッツ・マイケル
パナソニック株式会社 デザイン本部 FLUX リードデザイナー。2009年パナソニック株式会社に入社。2020年~2022年、FUTURE LIFE FACTORYに所属し、社会課題の解決や未来思索を担当。2022年4月から現職で先行開発を担当。FLUXのクリエイティブ担当として未来の人、社会、地球にとって包括的でバランスのとれたウェルビーイングの価値の提案を行っている。
私のMake New: Make new 「Design so everyone can create」
上松 泰直(うえまつ・やすなお)
パナソニック株式会社 Technicsブランド事業推進室 国内営業課 課長。1991年に松下電器産業株式会社に入社。1994年10月からオーディオ事業部でTechnics商品を担当。プライベートでは、結成35年目のロックバンドでボーカル&ブルースハープを担当。
私のMake New: Make new「新たなミュージックカルチャーの創造」