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少子高齢化により、今後ますます人材不足が深刻化する日本。そのなかでも、清掃業界はスタッフの高齢化に人材不足、高い離職率、さらに過当競争による賃金の低下など、この国の課題が浮き彫りになった業界といえる。
そこでパナソニックでは、一般ユーザー向けに販売されていたロボット掃除機「RULO」を、法人向けに改良。2022年4月にサブスクリプションモデルのサービスRULO Bizとしてローンチした。いままでのノウハウをもとに、清掃会社からの意見や実証実験によって得られたデータをRULO Bizに反映し、清掃業務の負担の軽減や効率化を実現させている。
清掃業界を皮切りにさまざまな企業・店舗などへの導入によって人材不足という社会課題の解決を目指すRULO Biz。現在では、清掃を手がける施設管理会社、パナソニック傘下の障がい者を多数雇用する特例子会社との協業により、障がい者の新しい働き方のサポートの一端を担うプロジェクトも進めているという。「清掃が憧れの職業となるよう、業界を変えていきたい」と熱く語る開発者たちに、小さなロボット掃除機に秘められた未来の可能性について想いを聞いた。
清掃負荷を軽減し、人材不足の課題を解決していく
――はじめにRULO Bizとはどのようなサービスか教えてください。
櫻井一般ユーザー向けに販売されているロボット掃除機「RULO」を、業務用に変換したものになります。清掃現場の負荷を軽減するため、機器はクラウドで一元管理。日々の清掃において安心して運用できるように、使いやすさはもちろん、保守・メンテナンスも提供するサブスク型のサービスになります。
―― 一般ユーザー向けの「RULO」とは、どのような違いがありますか?
櫻井RULOの場合はユーザーのお宅だけを掃除できれば問題ありませんが、法人向けのRULO Bizは複数のエリアを清掃しなければなりません。そのため、清掃マップを作成し、クラウドで管理できるようにしています。さらにクラウド管理によって、代替機を使ったとしても再設定する必要はなく、いままでどおり清掃を行なうこともできます。
池浦RULO Bizの目的として、清掃現場をラクにしたいということがありました。いままでも清掃現場では掃除ロボットが使われていましたが、現場スタッフからは「使うのが難しい」という声が多くありました。そこで、クラウドによって機器の管理・操作を集約し、現場での扱いを簡単にできるようにしたのです。
また、清掃業界というのは企業の参入障壁が低く、さまざまな企業が乱立しているため、過当競争になっています。そのため、賃金も低い傾向にあり、若手スタッフが入ってこない。さらに、清掃作業中に怪我をしてしまうリスクもある。そうした背景からスタッフの高齢化が進み、人材が不足しています。つまり、負のスパイラルに陥っているのです。
このような状況を改善するためにも、清掃負荷を軽減し、これまで「3K(きつい・汚い・危険)」と呼ばれていた業界を「新3K(きれい、かっこいい、効率的)」に変え、若手スタッフも働きたいと思える環境にしていかなければなりません。RULO Bizは、そうした課題の解決を目指しています。
――RULO Bizは今年の3月にリリースされましたが、導入企業はやはり清掃会社が多いのですか。
池浦メインは清掃会社ですが、一般企業の導入もあります。オフィスにはセキュリティ上、外部の人が入れないエリアがある場合があり、そういった場所は社員が清掃を行なっています。そこにおいても、ビジネスチャンスがあると考えています。ほかにも小売店や飲食店に導入いただいているケースがあります。
櫻井コロナの影響でスタッフが減ってしまい、限られた人員で清掃業務を行なわなければならない小売店や飲食店が増えています。清掃ばかりだと辞めてしまう人も増えてしまいますし、経営者からしても、本来の仕事に注力させたいと思っている人が多く、そうした店舗でも導入いただいていますね。
今後は病院や保育園など、コロナ対策による清掃業務が増え、業務負荷がかかっている業界でも活用いただけると思っています。
売り切りからの変革。そして、清掃現場を「止めない」サービスへ
――RULO Bizをサービス化するために、どのようなステップを踏んでいったのでしょうか。
池浦RULO Bizの構想が出てきたのが、2020年10月頃だったと思います。「モノを売るだけでなく、付加価値をつけていくには、今後どうすればいいか」と議論を重ねていました。
RULOのもともとのラインナップには「RULO Pro」という、業務用の大型ロボット掃除機があるのですが、これは廊下などの広いスペースの清掃には長けているものの、オフィス内の細かな清掃までは対応できません。こうしたなかで、業務用RULOの新たな価値を創出できないかと話し合いを進め、RULO Bizを構想していきました。
――サービス化するにあたり、苦労したこともあったのでしょうか。
櫻井サービスをつくり上げていくなかで、お客さまが欲しいものはロボット掃除機ではなく、「きれいな空間」なのだということがわかってきました。
これまでのようにモノを売って終わりにしてしまうと、購入者がしっかり使えているのかがわからなくなってしまう。つまり、求めているようなきれいな空間になっているかどうか、わからないんですね。サブスク型のサービスにすることによって、継続してきれいな空間を維持していただけるというところに価値を置くようにしました。
一方で、サブスク型のサービスなので日々RULO Bizに満足いただけないと、すぐに解約されてしまうというリスクもあります。そのため、クラウドによって清掃結果を把握し、RULO Bizがどこかのスペースでエラーになっていたら、お客さまに連絡。「このエリアでよくエラーになっていますが、絨毯のほつれなどありませんか?」というようなフォローを行なうようにしました。お客さまに随時フォローができるこうした運用体制を構築するのには、かなり苦労しましたね。
池浦お客さまのフォロー体制だけではなく、定期点検や故障対応、サービスの仕組みづくりなど、お客さまの清掃業務を止めずに衛生空間を維持する仕かけや体制をいかに構築していくかについては、初期のサービス設計の段階から考えていました。しかし、「言うは易く行なうは難し」ですよね。現場ではさまざまなことが起こるので、こうした部分は、いまも改善を進めています。
――売って終わりではなく、きれいな空間を継続的に維持するためにはどうすればよいか。それを突き詰めていった結果、サブスク型のサービスになったのですね。RULO Bizはこれまでと比べてビジネスモデル自体が変わったからこそ、そのスイッチが大変だったと思います。また、サービス設計ではユーザーの意見が重要だと考えますが、参考にしたことなどはありますか。
池浦さまざまな清掃会社にお願いして、プロトタイプを現場で動かしてみました。すると、現場の清掃スタッフの女性が「使うのが難しいね」と苦労していたんです。この課題を解決しないと導入は難しいと痛感しました。
例えば、少し不具合が出たときに、「清掃員にブラシを外して絡まったゴミを外してもらえばいい」と考えるのは、つくり手のエゴだなと。私たちができても、現場の方々が対応できないのであれば意味がありません。そうした経験も踏まえ、清掃現場を止めないためのフォローや運営体制をどうするべきか、議論と現場での実証の繰り返しでした。
櫻井年に一回の定期点検では、当初、使用しているRULO Bizを送ってもらい、メンテナンスをして返却するフローでした。しかし、現場でRULO Bizが1日でもなくなると困るという意見があり、先に代替機を送ってからメンテナンスする機器を送ってもらうという、新しいフローに変更しました。
矢谷私はもともと家庭用RULOに技術者として関わっていました。今回のRULO Bizを開発するなかで、いくつもの家庭用との「環境の違い」があり、それを乗り越えていくことが最大の挑戦でした。
矢谷「環境の違い」というのは、一例をあげるとすると、障害物です。オフィス内には電源コードやLANケーブルといったものが無数に設置されているケースが多々あります。一方で家のなかにはここまでの障害物がなく、それをどのように回避していくかはRULO Bizならではの課題でした。オフィス特有の障害物を回避できなければ、RULO Bizのプロジェクト自体の価値が揺らいでしまいます。
そこで、開発メンバーや周囲の仲間とも相談をしつつ、障害物回避の対策手段として家庭用のRULOにはない、磁気センサーなどを追加。さらに、椅子足などにも乗り上げずに回避する障害物回避アルゴリズムを実装することで、課題を乗り越えていきました。
矢谷次に、オフィスは空間が広く、しかもビルの場合はその広い空間がいくつもあるため、ロボットが位置を把握するためのマップづくりに途方もない時間がかかってしまう問題も発生しました。実証実験を重ねて改善していった結果、オフィス空間に適したマップ作成仕様を構築し、所要時間をわずか数分まで大幅に短縮させることに成功しました。
ロボットは万能ではない。人がどう動かし、どう使うのかが重要
――さまざまな課題を解決しながら、RULO Bizを進化させているように感じています。
矢谷そうですね。現在もさまざまなシチュエーションで実証実験を行ない、ハードやソフトの改善を進めています。現場で見て、初めてわかるような課題もありますから。
櫻井導入時などにお客さまのところへ行くと、オフィスの間取りがいままで対応してきたものとまったく違う場合があります。そこでRULO Bizが機能しなければ、設計部に依頼して改善することもあります。私たちのほうで改善できない部分があれば、お客さまのほうで清掃エリアや、スケジュールの再設定などをしていただいたり、段差をなるべく低くしたりしていただくなど、RULO Bizが止まることがないような仕組みづくりを一緒に考えています。
――将来的には、RULO Bizが効率的に動けるオフィスレイアウトも提案できそうですね。
櫻井じつはすでに取り組んでいて、オフィスデザイン会社にも声をかけています。RULO Bizの導入を希望していても、コードなどの障害物が多く、諦めるお客さまもいらっしゃいます。そうした機会損失をなくすため、最初からオフィスをRULO Bizが動きやすい空間にしていくような提案をしていく予定です。
池浦RULO Bizが動きやすいということは、従業員も安心して移動できるような、働きやすい空間といえますからね。
櫻井さらにそうしたオフィスは、車椅子も動きやすくなります。RULO Bizなどのロボットに優しい環境は、私たち人間にとっても優しい環境であるといえるのではないでしょうか。
――実際にRULO Bizの導入が始まって、手応えはいかがでしょうか?
池浦約半年ではありますが、およそ1,000台のRULO Bizが利用されています(2022年9月現在)。これはお客さまに喜んでもらっている証拠だと思っています。深夜に動かしておけば、人では掃除できないような細かいゴミも収集し、朝にはオフィスがきれいになっている。人の手が回らない部分までサポートすることで、「すごいですね」と感想をいただくこともあり、とても嬉しく思っています。
それでもまだまだ活躍の場所は少ないため、RULO Bizはより進化していく必要があります。人材不足という社会課題の解決を目指してきましたが、これからはさらにその幅を広げていくことも計画中です。その一つとして着手しているのが、障がいのある方の活躍を推進することです。
当社のグループ会社には特例子会社があり、障がいのある社員も働いています。彼らにRULO Bizの使い方を知っていただくことで清掃業務における活躍の場を広げ、新たな労働力の創出に貢献していくことも検討しています。
――日々改善を進めながらRULO Bizが目指す人材不足解決という未来に着実に歩みを進めていると感じます。ただ一方で、RULO Bizのようなロボットが普及することにより「人の仕事を奪ってしまうのでは」という意見もありますが、これに対してはどのように考えますか?
池浦人の仕事を奪うとは、まったく思っていません。きれいな空間を維持するためには、ロボットだけでも、人間だけでも効率的ではありません。それぞれを上手く組み合わせていくことが重要です。コロナ禍によって、より高いレベルでの衛生管理が求められるようになりました。
しかし、人が対応できる作業量には、限りがあります。そこで、夜間の掃除はロボットに任せて、朝までにきれいになっていればとても効率的ですよね。また、そうして浮いた分のマンパワーは机や棚など人の手が欠かせない清掃業務にあてることができます。
矢谷ロボット単体でなんでもできるわけではないので、人間との協業が必要です。そこからさらに、新しい仕事が生まれるのではないでしょうか。人間がロボットを使いこなす新しい仕事が生まれ、それが新たなかたちとして業界のスタンダードになり、社会の発展にもつながるのではと考えています。
櫻井現代人は、本当に忙しいですよね。時間が足りない。そこでロボットを使って、時間を創出できれば、新たな付加価値が生まれると思います。人が本来やるべきことに、時間が使える。そうした世界を実現させるためにも、ロボットの活用が重要ではないでしょうか。
池浦人材不足の解決も重要ですが、清掃をみんなが憧れる、「かっこいい」と思ってもらえる職業になるようRULO Bizなどロボットによって盛り上げていきたいですね。まさに、清掃業界の再定義です。それらを進めるなかで、結果的に人材不足といった社会課題も解決できるのではと個人的には考えています。これからも清掃業界の方々と一緒に、さまざまなことにチャレンジしていきたいです。
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リリース:障がいのある方の新たな活躍の場と働き甲斐を創出。業務用ロボット掃除機RULO Bizを活用した清掃スキームを構築
Profile
池浦 寛生(いけうら・ひろき)
くらしアプライアンス社 ランドリー・クリーナー事業部 マーケティング総括 ビジネスデザイン部 ビジネスインキュベーション1課。1999年パナソニック株式会社に入社。
私のMake New:Make New「Step」
一歩、前に踏み出す勇気を持って日々過ごしたいです。
櫻井 美佐(さくらい・みさ)
くらしアプライアンス社 ランドリー・クリーナー事業部 マーケティング総括 ビジネスデザイン部 ビジネスインキュベーション1課。1997年パナソニック株式会社に入社。国内・海外携帯電話事業者向け商材のシステム営業、プロジェクトマネージメントを担当。アメリカMBA留学を経て、テレビの商品企画に従事。21年9月より「RULO Biz」清掃プラットフォームサービスの立ち上げ・拡販を手がけている。
私のMake New:Make New「challenges」
成功するまで新しいことに挑戦し続ける。
矢谷 健太(やたに・けんた)
くらしアプライアンス社 ランドリー・クリーナー事業部 システムソリューション技術部 クリーナーソフト開発課。2017年パナソニック株式会社に入社。入社してからこれまで、ロボット掃除機RULOのソフトウェア開発に従事。家庭用RULOをはじめ、現在はRULO Bizの開発に取り組む。
私のMake New:Make New「Style」
人のくらしのスタイルを変えるモノづくりをしていきたいです。