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パナソニック"FUTURE LIFE FACTORY" が立ち上げた「プロトタイプ」のコミュニティ・プラットフォーム。その名も"EPYTOTORP" (エピトトープと読みます)。可愛らしいWEBデザインとは裏腹に、その先進性・革新性のある内容をすぐに理解するのは難しいかもしれません。僕自身、長いインタビューをする中で、その価値とすごさを理解することができました。今は、エピトトープは「ものづくりのプロセスを変え、創造性を高める可能性を秘めている」のではないか、という確信を持っています。今回、開発に関わるメンバーに話をうかがってきたので、ものづくりに携わる方は特にぜひ読んでみてもらえたらうれしいです。
外部編集長 牧野(DE)
ものづくりのプロセスを変えるプロトタイプ・コミュニティ "EPYTOTORP"の誕生。
牧野まず率直に、エピトトープとは何でしょうか?
川島実はEPYTOTORP(エピトトープ)という名前は「PROTOTYPE (プロトタイプ)」を逆さまから読んだものです。
牧野ほんとだ(笑) 気づきませんでした。いい響きですね。
川島じゃあエピトトープとはなんぞやって話なんですけど、「ものづくり」の新しい形を提案するものです。「新たなものづくりのチャレンジにあなたも参加しませんか」と呼びかけています。
一般的にメーカーというものは、「ものを作り終えて」から、完成品を販売します。それには時間もかかるし、ユーザーのリアルな声を得ることができるのは、ものづくりが終わった後になります。
しかしエピトトープは、その「制作の途中(プロトタイプ)」からユーザーに参加してもらって声を聞き、どんどん一緒に新しいものを生み出していこうよという思想のもとにつくったコミュニティ・プラットフォームです。
我々FUTURE LIFE FACTORY (以下 FLF)は、プロトタイプをつくることが多くあります。まずはつくってみる。せっかく手に触れられるものをつくったのだから、それをユーザーに使ってもらったらいいんじゃないか。フィードバックや気づきをもらい、ブラッシュアップ/アップデートをし、最終的に製品化していくのはどうだろうか。しかし、そのようなプロトタイプを提供できるプラットフォームは見つからず、自分たちで作ることに。
牧野今は、どのようなプロトタイプが提供されているのでしょうか。
川島まだスタートしたばかりで、現在のプロトタイプは6つです。ジャンルもさまざまで、ものによって「レンタル」か「購入」ができます。
例えばPA!GOはGoogleの機械学習技術を活用することで誕生したスマート知育玩具。こどもたちが好奇心のままに、世界で出会うものを撮影し、記録し、学んでいくことができる。実際に子ども(親子)に使ってもらうことで有益なフィードバックをもらっています。
牧野このようなプラットフォームは確かに見たことないですね。
川島発売前の商品・サービスを販売する、という意味ではクラウドファンディングが近いかも。クラファンは、「発売前にお金を集める」ことが目的ですが、エピトトープはお金よりも「フィードバックを集める」ことが目的。実際の製品化の手前で世に出してしまい、早いうちにユーザーのフィードバックをもらい、開発に役立てることができます。
意識しているのは GitHub(ソースコードを公開・共有し、フィードバックなどもしあえるプラットフォーム) なんですけど、ソフトウェアの世界ではみんなで一つのソフトをつくるコミュニティが機能していて、それをハードウェアで実践できたらという思いをこめています。
鍵はプロセスのオープン化。ユーザーと一緒に作る開発コミュニティ。
牧野コミュニティに参加してくれるユーザーにはどのようなメリットがあるんですか?
川島エピトトープでは、ユーザーを「コントリビューター(協力者)」と呼びます。メリットは「共にものづくりをする」という点にあると考えていて、商品が世の中にでた暁には「自分もこの製品づくりに関わったんだ」という感動みたいなものを共有することができたらいいなと。製品のページに、コントリビューターのお名前を掲載したりもします。
牧野映画のエンドロール的なものですね。最近はクラウドファンディングでもそのような取り組みが増えています。
川島例えば、PA!GOではすでにいくつもの具体的なフィードバックを1人で持つのは重たかったとか、電池の残量がわからなかったとか、そういう気づきが得られます。さらには、GPS機能をつけてどこでどの植物を読み込んだか記録できれば植物散布図を作れるんじゃないか、とか。ユーザー(コントリビューター)から、アイデアが生まれている。
牧野でも製品を途中で発表することは、昔だったら「アイデアを盗まれる」とかリスクを懸念もある気がするのですが、そこはどう捉えているのでしょう。
片山私は、FLFのメンバーではなく、パナソニック ホールディングス株式会社の技術部門に在籍しています。以前、経営企画部にいたとき、私も「もっとオープンに開発ができたらいいのに」と感じることが何度もありました。
川島さんが過去に立ち上げていた D+IO(ドゥーイングアイオー/ ソースコードだけでなく部品リスト、その購入先、配線図、組み立て手順、使い方などを公開・共有するプロジェクト)をみてとても共感したんです。
私自身、以前からハッカソンの運営などもしていて、パナソニックの内部にこういったユーザー参加型、オープン化した開発手法を取り入れていきたいなと。
やっぱり、パナソニックのアイデアを具現化する技術そのものには自信があります。でもアイデアそのものについてはひとりよがりにならずにプロセスをオープン化するというのは、この先の開発のひとつの鍵だなと感じています。
川島パナソニックにはたくさんの部署があって、日々多くのものづくり/プロトタイプづくりをしているはず。でもそれが「日の目を浴びずに消えていく」ということはおそらくものすごくあるんです。それはやっぱりもったいないと思うんですね。
とにかく一旦、ユーザーに触れてもらって、コンセプトをみてもらって、フィードバックをもらって...その価値は(たとえ製品にならなくても)すごく大きいはず。
牧野今のエピトトープには、FLFのプロトタイプが並んでいますが、ゆくゆくはパナソニック全体に広げていくのでしょうか?
川島いけたらいいなと思ってますね。いろいろ壁はあると思いますが。
片山私はパナソニックホールディングス側の技術にいるので、技術部門で生まれたプロトタイプも、ぜひエピトトープに載せていければと考えています。
社会や組織の「前例を打ち破る」チャレンジをどう実現する?
牧野パナソニックという大きなメーカーから、このサービスを世にだすこと自体がすごくハードルがありそうだなと思います。どうやって突破してきましたか。
川島その話だけで一時間はかかりますね(笑) 私自身、別のエンジニアリング企業から転職をして4年目で、最初は周りの部署のこともわからない。新しいサービスをつくるのに何から手をつければいいのか全くわからない。とにかくいろんなひとに助けを求めながら、話を聴きながらやってきました。そこでもちろんバトルも繰り広げられるんですけど、「これはあかんのちゃう」「これこうしたらええんちゃう」みたいなことも多くもらい、ひとつひとつなんとか乗り越えてきた感じですね。
ものづくりの企業だから、セキュリティも「保守的」にならざるを得ません。でも時にはそこを突破しないと、新しいものもつくれない。そういう時に、最初の一人になるのはやっぱり大変だなと思います。私自身、IT企業でシステム運用をやっていた経験があったからできたことでもあるかなと。
片山川島さんの突破力は、別部門でも話題に(笑)
井上私は割とベテランの方になるので、会社の保守的な雰囲気に染まってしまっているところがある。自分から(川島さんを)見るとすごいなと思います。外部から転職されてきているのもあって、私たちとはまた別の経験が豊富で、ものすごく新鮮な意見をもらっています。
鈴木僕は新卒で入社して4年なので、どうしてもパナソニックの常識が社会の常識みたいになってしまいます。でもこのFLFは、社外の人との繋がりが多い部署でもあり、外の世界に触れて、発想を広げ、新しいチャレンジにつなげることができます。
昨年、二子玉川でフューチャープロトタイピングという展示をやりました。それもエピトトープに近い発想で、未完成のプロトタイプを展示してしまうことで、お客さんにフィードバックをもらうことができました。
やっぱり自分たちで作って使っただけでは気づかなかったことを、生の声で言ってくれたり。実際に目の前で使ってもらい、その様子を直接見れるというのはとても貴重でした。通常のユーザー調査とも違う知見を得ることができたので、そういう機会をもっと増やしていきたい。
川島新卒ではIT企業のエンジニアでした。やっぱりIT系の企業っていろんなことに挑戦するのが早くて、あのFacebookだってもう「メタバースだ」って舵をきっている。でもメーカーって、やっぱりそんなふうにすぐ動けないんですよね。もちろんいい面もあるのですが、もう少しフットワークを軽くするマインドがあってもいいんじゃないかなと。
基本的にウォーターフォール(上流の要件定義から確実に開発を進めていく手法)で開発を進めていくわけです。いつ、どれくらい儲かるのか、計画がないととにかく前には進めない。面白そうだから、とにかく作ってみようぜ、とりやえずやってみようぜ、っていうアジャイル的な手法がもっと受け入れられたらいい。
井上社内で閉じていると、どうしても中の社員や、上長、役員という人たちの反応を得ながら開発していかなければいけない、と意識してしまうことが多くあります。そこでは、計画的なことが重要視されて、安く作れるのか、本当に売れるのか、ということが議論の焦点になりがちです。それももちろん重要なことですが、やっぱり「ユーザーに見せる/使ってもらう」ということから得られる経験価値はとても大きいと思います。
片山社内だけで話をしていると、本当の生活者としてのフィードバックはなかなか得られません。それこそ「展示会」に出すとかなんですけど、それも競合との比較になりがちなので、もっと「パナソニックとしてこういう世界、未来をつくりたい」っていうアピールをすることが必要だなと感じます。
デザインと技術の橋渡しを。「デザインエンジニア」の可能性。
牧野FLFのみなさんの「デザインエンジニア」って職業名も珍しいですよね。これは文字通り、デザインと技術をより融合させる役割を担うのでしょうか。
片山パナソニックは、ハードウェアの技術の会社として成長してきました。それに比べると、ソフトウェアやデザインの部分がまだ弱いという印象があります。
もちろんハードを含めデザイナーはいるのですが、技術部分との「ブリッジ」になれる人が少なく、そこがとても重要だと思っています。それがデザインエンジニアの役割だと思いますし、そういう人材が増えていけばいいですよね。技術だけだと人々が手に取れるプロトタイプまでなかなかたどり着けないので、デザインがきちんと入ることで、より体験として伝わるものが作っていけるのだと思います。
牧野僕もデザインの仕事をしているのですが、どうしてもまだまだ「デザインと技術」や「デザインとビジネス」とかが理解しあえずにぶつかることも多くありますね。
片山ありますね。
井上デザインエンジニアは、デザインとエンジニアの橋渡し/翻訳ということも役割としてありますが、その「両方をやってしまう」ということでもあると思います。
川島エンジニアから入ってデザイン領域に向かっていく人とその逆があって、自分はエンジニアから。井上さんもそうですね。鈴木くんは逆。そういう2パターンがあることもいいところ。
デザインとエンジニアの分業じゃなくて、なんでも自分で面倒みながらやっていく。デザインもエンジニアリングもコミュニケーションも一気通貫して。ぜんぶ見ながらやっていくのが、プロトタイピングの面白さや価値だなと思います。
牧野やっぱり大きなメーカーだと、どうしても一つの商品に多くの人が関わるから分業になりますよね。それこそ、販売する量販店との距離とかも遠いイメージがあります。
片山家電製品は、「ユーザーが使いたい/欲しいもの」だけではなく、「売れやすさ」といったことも考える必要があって、年末商戦に合わせるとか、暑い夏の直前にとかタイミングも重要になってきますよね。
販売のスケジュールも先まで決まっていて、リリースしたらまたすぐに次のモデルの開発や徹底した品質担保に終始してしまうという現実はあって。
井上営業がいて、商品企画がいて、技術がいてというような流れがあるので、技術が営業と議論をする機会も少ない。
「まあひとまず、エピトトープで出してみようよ」
鈴木プロトタイピングとか、アジャイル開発とか、どんどんアイデアを出して、作っていけたらと思うんですけど、やっぱり3年、5年といった先の計画まで決まっていることも多く...ひともお金も充てられない環境というのはあります。そこには高く分厚い壁があって、そういった環境から考えなきゃいけない。
川島そこでエピトトープという場所が機能したらいい。とにかく「まあ(外には売れないけど)ひとまずエピトトープでだしてみようか」という感じで使える場になったら。
それでユーザーの声を集めてアップデートもしながら、会社の中でも「こんな反響が集まっています」「みんないいって言っています」って。実売に向けた実証実験ができるんです。
牧野たしかに、エピトトープが、新しい「ものづくりのプロセス」になれば、作り方自体が変わっていきそうです。いつかエピトトープを開放して、パナソニックグループ以外のプロトタイプも使えたりするんでしょうか?
川島そうですね、もともとはそういう構想もあったのですが、今はまずはFLFから。そしてパナソニックグループ全体に広げて、将来的には社外にも広げていけたらいいなぐらいですね。
牧野クラウドファンディングが世にでたときに、「先に販売する」ってすごいイノベーションだと思ったのですが、このエピトトープも「まだ完成してないけど売る(貸す)」というのはすごい革命だなと感じます。
川島コンセプトを販売してしまうっていう。
片山そしてフィードバックによってコンセプトを修正できる。傷が浅いうちはピボットもできます(笑) でも、後になればなるほど、もう変えられない、後戻りできないっていうポイントがある。作っている我々も愛着が湧いちゃって、ピボットすべきという事実をなかなか認められないっていうのもあって。
エピトトープは「コミュニティ」っていうところを重要視していると思うんですけど、意見を言ってくれるコミュニティ(コントリビューター)を持っていること自体が、きっとパナソニックの強みになるだろうなと。そうなったらいいなって思います。
片山パナソニックって、やっぱり人々の「日々のくらし」の会社なんだと思うんです。いわゆる「ハレとケ」でいえば「ケ」の会社なんです。そしてくらしって、実は誰かから与えられるものじゃなくて、自分たちで作っていくものだと思っていて、それを手伝えるのがパナソニックの仕事なんだろうと思います。
だからどんどん、それぞれのくらし、いろいろなくらしが、ちょっとよくなるようなものを作っていくのがあるべき姿だなって思っていて。そういう風に育っていったらいいな、エピトトープもそのきっかけになったらうれしいですね。
鈴木いろんなイベントで展示をして、意見をもらうことはよくやるんですけど、基本的に東京とか首都圏でやることが多い。でもエピトトープは、さっきのPA!GOもそうですけど、地方の方も参加してくれている。そういう今までタッチできなかったような方から、よりリアルな意見が吸い上げられるのがすごくいいなと。僕も学生時代ずっと愛知で過ごしていたので、東京で展示があっても気軽に見に行けないもどかしさがありました。そういうところでもエピトトープがうまく活きるといいなって思っています。
井上展示会でお客さんと話す中で得られる反応や意見ってすごくありがたいんですけど、やっぱり一時的なものになりがちです。実際の生活の中で価値を提供できるのか、という深いところまではわからない。エピトトープは、実用に近い形で長期間使っていただいてフィードバックをもらえる「テストプラットフォーム」。社内外問わず、うまく活用してもらえたらいいなと思います。
川島いつか「エピトトープ」展やりたいな。未来の家電がズラっと並んでるような。
Profile
川島 大地(かわしま・だいち)
2014年にサーバーエンジニアとして大手インターネット会社に入社、その後2016年にデバイスエンジニアとしてデジタル系の製作会社に入社。2018年、パナソニック株式会社にデザインエンジニアとして入社。インターネットの基幹システム開発からアプリ開発やセンシング、AIやAR/VRなどあらゆるデジタル分野に関わる設計、開発を専門領域とし、これまでWebサービスやデジタルサイネージ、製品のプロトタイプなどソフト・ハード問わず幅広い開発を担当。
私のMake New:Make New「あたりまえ」
見たこともない新しいものを自分の手で作りたい。それが普及し、あたりまえのように使われたら嬉しい。
井上 隆司(いのうえ・りゅうじ)
パナソニック株式会社 デザイン本部 FUTURE LIFE FACTORY。1997年松下電器産業株式会社に入社。家電や車載機器のソフトウェア開発のキャリアを経て、デザインエンジニアに転身。デザインエンジニアとして家電の先行アイデアの具現化に従事。2021年4月よりFUTURE LIFE FACTORYに在籍。他者の心の中にいる自分を取り込む、自己拡張体験「ALTER EGO」などを手がけている。
私のMake New:Make New「手触り感」
今後もプロトタイプ制作を通じて、アイデアに手触り感を与えていきたいから。
鈴木 慶太(すずき・けいた)
パナソニック株式会社 デザイン本部 FUTURE LIFE FACTORY。2019年パナソニック株式会社に入社。デザインエンジニアとして家電のハード・ソフトのインタラクション領域を中心にプロトタイピングを用いた先行開発に従事。2021年4月よりFUTURE LIFE FACTORYに在籍。人と地球をつなげる脱炭素社会に向けたサービス構想「Carbon Pay」などを手がけている。家電のカテゴリーにとらわれない、自由なアイデア発想と体験可能なプロトタイプ制作で、よりリアルな未来のくらしへの提案に取り組む。
私のMake New: Make new 「Interaction」
学生時代からインタラクションに興味があり、デザインエンジニアを志したのも、インタラクションを考えるだけではなく実際に体験できるものが作れるから。
片山 朋子(かたやま・ともこ)
パナソニックホールディングス株式会社 技術企画室 戦略企画部 技術戦略課
2008年松下電器産業株式会社入社。デジタルAV機器のソフトウェア開発に従事後、日本・北米での新規事業開発、物流システム開発を経て、2018年よりコーポレート戦略本部 経営企画部未来戦略室に在籍し、ウェルビーイングプロジェクトを立ち上げる。2021年10月より現職。ウェルビーイング価値を実現するための技術戦略の策定・実行に取り組む。
私のMake New:Make new 「関係」
エピトトープや、ユーザー参画型の開発をとおして、メーカーとお客様(ユーザー)の関係性を「共創者」という関係に変えていきたいから。