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戦後日本の復興の代名詞ともいえる高度成長期の「三種の神器」。そのなかの一つにあげられるテレビは、昭和期から多くの世帯でリビングの中心に設置され、長く人々の生活を彩ってきた。しかし、近年の生活環境の変化により、「テレビの位置によって家具のレイアウトが制限される」「デザインがインテリアになじまない」といった声も聞かれるようになった昨今、パナソニックでは、くらしに寄り添うテレビの開発を進めている。
2022年10月に発表した「ウォールフィットテレビ LW1シリーズ」は、いまを生きる人々の生活を考え抜き、新たなくらしの変化に対応したテレビだ。最大の特長は、場所を取らない壁掛け設置が可能な点で、都市部のコンパクトな住環境にマッチする。これを実現するためにパナソニックでは部署を横断して知識・技術を結集。モニター部の厚みは2.7センチメートルと非常に薄く、モニター部の重量は12.5キログラムと軽量化を実現した。
これまでも壁掛けテレビはあったが、どうしても業者の手配が必要だった。だがこのテレビの新しい点は、一般的な住宅に多く使用されている石膏ボードの壁に細いピンで取りつけ金具を固定することで、壁をほとんど傷つけずにお客さま自身でテレビを設置することができるという部分。配線やコードにも、これまでにないこだわりが詰め込まれている。その努力が実り、2022年の『グッドデザイン賞』ベスト100にも選出された。
日本の都心部の住環境の移り変わりとニーズの変化に寄り添って生まれた「ウォールフィットテレビ」。テレビのセオリーをことごとく打ち破り、新しい姿を実現したこの製品はどのようにしてつくられたのだろうか? 企画・開発の中心メンバー4名に話をうかがうと、お客さま目線を徹底し、細部までこだわり抜くという実直な意志が見えてきた。
「1平方メートル分の空間が使えるようになれば、100万円分の価値がある」
――まず、どのような背景から「ウォールフィットテレビ」というコンセプトが生まれたのでしょうか?
野村一番の理由は、お客さまのくらしの変化に合わせて、テレビを変えていくためです。ひと昔前までは家族がリビングに集まると、その中心にはテレビがありました。まさにテレビこそが、最大のエンターテインメントだったんです。
しかし現代では、リビングはよりアクティブな空間になっていきました。スマートフォンの普及により、家族みんながリビングに集まったとしても、テレビを見ずにそれぞれのスマホやタブレットで動画を見るなど、過ごし方もバラバラです。でも、テレビの設置場所だけは、以前と変わらずリビングのままでした。
さらに、都市部では住まいがどんどん狭くなる一方なのですが、それでもお客さまからは、リビングを広く使いたいという声を聞いています。もちろん、すでに壁掛けテレビは世の中にありますが、既存のものがお客さまのくらしに100%寄り添えているかといえば、そうではないと思います。私たちは、くらしの変化に合わせて、これまでの壁掛けテレビより圧倒的に場所を取らず、手軽に設置できるものを目指して、「ウォールフィットテレビ」の開発をスタートしました。
中澤首都圏の新築マンションの平均価格は、6,000万円を超えています。さらに、東京都の新築マンションの平均専有面積は、60平方メートル程度。もしテレビを壁にぴったりと設置することができれば、いままでテレビが占有していた1平方メートル分の空間が使えるようになります。単純計算すれば、100万円分(1平方メートル)の価値がありますよね。今回の開発には、それだけのバリューがあると考えました。
――2021年10月には、キャスターつきの「レイアウトフリーテレビ」(LF1)を発売しました。その1年後に、今回の新製品「ウォールフィットテレビ」を発表しています。短いスパンで新しいアプローチの商品が、どんどん出てきていますね。
野村キャスターつきの「レイアウトフリーテレビ」であっても、設置にはどうしても場所が必要です。そのため、壁掛けのテレビはずっと社内で検討していました。リビングをスッキリさせたいと考えているお客さまは、壁寄せスタンドなどを使っていますが、そうした方々に話を聞くと、壁掛けを断念し妥協して壁寄せスタンドにしたという意見が多くあったんです。そういった意見に応えられる商品をつくりたいと考えました。
中澤2021年に「レイアウトフリーテレビ」、2022年に「ウォールフィットテレビ」と、1年ごとに新商品をリリースしていますが、仕込みに関してはもっと前から取り組んでいました。プロジェクトの一環として、テレビ愛のある若手メンバーをさまざまな部門から集め、新たなコンセプトを検討してテレビの新しい可能性を模索しながら考えた内の一つに、壁掛けのアイデアがあったんですよね。
佐藤2020年の春頃からアイデアを収集し、議論して、2020年の9月に「ウォールフィットテレビ」の企画の原型を開発会議で提案しました。
くらしに馴染むデザインにするため、時計や鏡など「壁掛け」のプロダクトを研究
――くらしに寄り添うテレビを目指すために、今回の「ウォールフィットテレビ」では、どのように設計やデザインを検討したのでしょうか。
飯田「ウォールフィットテレビ」に関しては、2022年1月から急速にデザインを進めましたね。設計の努力によって、細いピンだけでテレビの取りつけ金具を壁に固定することができ、石膏ボード壁面にほとんど傷をつけることなく、簡単に壁掛け設置ができるようになりました。あとはいかに丁寧にデザインを仕上げていくか。壁に馴染みながら、くらしに溶け込むようなデザインを目指し、時計や鏡など壁に掛けるあらゆるプロダクトのデザインを研究しました。
――機構設計という面ではいかがですか?
佐藤やはり、テレビの軽さと薄さにはこだわりましたね。いままでの壁掛けは業者による設置が必要で、お客さま自身での取りつけができませんでした。お客さまによる簡単な設置を実現するために、軽くて薄い本体にすることに特に注力して設計しました。
――軽さと薄さ。すでに既存製品でも実現されていますが、そこからさらに追求して製品をつくり込んでいくのは、非常に大変ではないでしょうか?
佐藤そうですね。テレビは発熱するため、構造設計に加えて、基板やパネルの放熱設計など多くの検討が必要です。実現のために、多くの技術者に協力してもらいました。どんな配置、空気の流れにすれば軽量・薄型でも熱がこもらないか。時間をかけて、繰り返し検証を行なっていきました。
中澤当社は、有機ELパネルを「セル(液晶の表示部分)」の状態で調達し、独自のモノづくり技術でパネル完成品につくり上げています。ですので、パネルメーカーから調達したパネルをそのまま製品に組み込んでいるほかのメーカーと違って、ここまでの軽量化を実現することができているんです。
野村商品企画としても、お客さまが手軽にテレビを壁掛けできるようにするためには、軽さと薄さを同時に実現することが必須だと考えていました。普通のテレビでは「画質」「音質」最優先ですが、ウォールフィットテレビはそこではありません。例えば今回、軽量薄型実現のため、画面を振動させる「画面スピーカー」を新たに導入していますが、調査でユーザーに音を評価してもらい音質の設計目標を定めるなど、お客さまに必要な機能、スペックかどうかを一つひとつ丁寧に検討し開発を進めていきました。
「いままでにないテレビをつくる」。その想いが部署の垣根を越えた団結を生んだ
――きっと、多くの技術者の協力があったのだろうと思います。大企業ではプロダクトやサービスごとに担当部署が分かれているイメージがありますが、今回は、その垣根を越えて連携ができたのでしょうか?
中澤はい。やはり、「いままでにないテレビをつくる」ということは刺激的なもので、関係者の意志が一致団結して向かっていく感覚がありました。例えば、今回は採用を見送りましたが、テレビのなかにバッテリーを入れる、テレビを壁に掛けて縦横回転するなどの斬新なアイデアが次々と出てきて、商品企画やデザインなどさまざまな部門のメンバーを巻き込みながら考えることもありましたね。
どんな技術を組み合わせるべきか迷った際も、部署の垣根を越えて多くの社員が協力してくれました。企画の決裁が降りる前から、これだけの人が一つの方向に向かって動いたプロジェクトはなかったのではないでしょうか。
飯田新しいことをするにはエネルギーが必要です。でも、このチームには、この前身のレイアウトフリーテレビでさまざまな新しいことを実現できたからか、チャレンジしようとする雰囲気がすでにありました。ぼくも新たなチャレンジをしたいと思っていたので、とても居心地が良かった。
いままでと違うデザインに挑戦したいと思ったときは、その理由を伝えれば、実現のため中澤さんをはじめテレビチームの方々が積極的に協力してくれました。コストなどを理由にアイデアが頭ごなしに否定されることもなく、必要であればしっかり取り入れてくれる環境だったので、純粋にデザインに没頭できましたね。
中澤「これはさすがに無理でしょう」と思うデザインでも、飯田さんのプレゼンと資料を見ると、なぜか「いいかもしれない」と思えてくるんですよ。説得されてしまうというか(笑)。
――所属部門にとらわれず、新しいチャレンジに向けて前向きなコラボレーションがあったからこそ実現できたコンセプトなのですね。ほかにもチャレンジした部分はありますか?
佐藤テレビを壁に固定するための取りつけ金具については、壁に傷をつけないためにヒンジ(蝶番)を使うようにしました。多少コストはかかってしまうのですが、お客さま目線に立ってあえて採用。そのほか、見栄えを良くするため、電源コードをテレビの背面で巻き取れるようにしています。
飯田電源コードを隠さずにぐるぐる巻いてまとめられるようにするといった案もありましたが、しっくりきませんでした。諦めずに、「絶対、電源コードの処理をなんとかしたい」と言い続けていたら、ある日、「何とかいいのができたよ」と設計部に呼ばれました。レイアウトフリーテレビで使っていたコードの処理方法を応用して、電源コードがテレビの背面に収まっていて、ぼくの主張をかたちにしてくれて本当にありがたかったです。
中澤薄型にしたことで、「背面にコードを収納するスペースなんて、ないな......」と否定的な声が出たときもありましたが、最後の最後に技術陣の熱意とバイタリティーでなんとか実現できました。余った分の電源コードを巻き取って見せないようにするというシンプルな課題でしたが、実現までには非常に苦労しましたね。
佐藤一番大きなチャレンジとして、ウォールフィットテレビはお客さま自身の手で石膏ボード壁に取りつけることができるようにしました。取りつけ作業をする際に、冊子の説明書を読み込む必要はありません。同梱している取りつけ用の紙(テレビと同等サイズ)を見ながらわかりやすく設置できるよう、工夫しました。
――なるほど。お客さまが感じている取りつけ作業の不便や手間も徹底的に考え、新しいアプローチで解決しようとされたんですね。
飯田じつは、テレビ本体も箱から出しやすくしているんです。
佐藤「狭いスペースでも設置できるテレビ」というコンセプトなのに、箱から出してテレビを寝かせるスペースや、ひと手間が必要だったり、説明書を隅から隅まで読み込むことが必要だったりしたら、矛盾してしまいます。テレビの取り出しから取りつけまで、とことんシンプルな工程になるように考え抜きました。
――こうしてこだわりを追求した結果、2022年度『グッドデザイン賞』のグッドデザイン・ベスト100に選出されました。
飯田これは外観のデザインだけでなく、壁にほとんど傷をつけることなく壁掛けができること、薄型・軽量で取りつけも簡単といったユーザーの体験にこだわった点が評価されたのだと思っています。審査員からは「薄型なのに、なぜ電源コードを背面で巻いておけるのか」といったコメントもいただきました。くらしに寄り添うという、プロダクトのコンセプトから認めてもらえたのではないでしょうか。
既存の壁掛けテレビは、テレビ市場のわずか5%。隠れている真のニーズに応えたかった
――機能だけでなく、コンセプトも評価されたということは皆さんのやりがいにもつながったと思います。さまざまな挑戦があったこの「ウォールフィットテレビ」のプロジェクトですが、振り返っていま、どのようなことを感じますか?
佐藤ぼくは開発の初期段階からプロジェクトに入りました。試作を重ね、プロトタイプを見せたときに「これいいね」と、他部門の多くの社員に言ってもらえたんです。こんな経験は、入社してから初めてのことでした。いまやっていることが間違いではないという確信にもつながりましたし、議論を繰り返しながらも、みんなが「いいね」と言うものをつくるのが大切だと実感しました。
野村コンセプトの決定など、決裁をもらうのも本当に苦労したプロジェクトでした。じつはテレビの壁掛け比率は市場で5%と、かなり低いんですね。経営層は、本当にニーズがあるのかと懐疑的で。30代から40代を中心としたお客さまのリアルな声を収集するなど、定性的・定量的なエビデンスを取得するために多くの時間を割きました。そうしたなかで、「憧れだった壁掛けがこれならできる」「壁掛け時の配線で悩んでいたがこの商品は探していたものにピッタリ」「自分で壁掛けできそう」「リビングが有効活用できるので是非購入したい」といったポジティブな声を集めることができたのです。
このようにニーズを掘り下げることで、お客さまがウォールフィットテレビのようなプロダクトを求めていることの裏づけが取れましたので、自信になりましたし、やってよかったと思います。
飯田デザイン開発では、普段とは違う方法を取ったことで、できるようになったことがたくさんありました。通常のデザインプロセスだと、検討したデザインをデザイン内部で議論してから、企画や技術部門に共有する、しないを決定します。デザインをキレイに整えてから、ほかの部門に展開するといったイメージです。
しかし、今回はその通常の順序を追うのではなく、デザインモデルやプロトタイプを他部門の方と一緒に見て検討する機会が多くあり、みんなで話し合いながらデザインを詰めていきました。デザイン、企画、設計が三位一体となり同じ目線で考えたからこそ、今回いいデザインが完成したと思っています。
中澤当社のなかでも未知のプロダクトだったからこそ、部門の垣根を越えて、みんなで議論しながら進むことができたのではないでしょうか。アイデアを各部門が提案し、それに技術部門が応える。できない部分があれば、代案も考えました。やりたいことを共有しながら、コミュニケーションできたのがポイントですね。
また、開発には、テレビの技術者だけでなく、ブルーレイ・DVDレコーダー「ディーガ」を担当している技術者とも融合した一つのチームとして取り組んでいます。製品の垣根を越え、それぞれが持つ技術を組み合わせることで、新しい力が発揮できることも知りました。ウォールフィットテレビの開発は、これからのパナソニックの可能性を広げる、貴重な事例にもなったのではないでしょうか。
――最後に、今後、テレビは人々のくらしのなかでどのような存在になっていくと思いますか?
中澤
これからのテレビは、映像を映す「ディスプレイ」として多様な役割が求められていくでしょう。スマホのような小さな画面を求めている人もいれば、100インチの大画面がいいという人もいる。映し出すコンテンツも多様になり、各々のライフスタイルごとに、それぞれのディスプレイを用いたエンターテインメントの楽しみ方があります。「テレビの未来は○○である」と決めつけるのではなく、お客さまのくらしに合わせて、テレビが寄り添い、変化していくべきなのだと感じます。
飯田くらしのなかでテレビが役立つ機会はより多くなっていくと思います。くらしにフィットするかたちや機能を今後も模索していきたいですね。
佐藤ウォールフィットテレビ開発の初期段階では、画面を縦長にするといったアイデアもありました。従来のテレビでの常識も、これからあらためて考えていくべきだと思います。
野村そうですね。「壁に掛けられるテレビ」といったように製品の特長が注目されがちですが、「好きな場所に置ける(レイアウトフリー)」というコンセプトによって、テレビ自体の役割を変えていけると思っています。テレビ放送やネット動画を楽しむのはあたり前で、よりくらしに溶け込んだ存在に変化していくことで、いつも何かが表示されていて誰かが楽しんでいる、という状態を目指していきたいですね。
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Profile
中澤 攝(なかざわ・おさむ)
パナソニックエンターテインメント&コミュニケーション株式会社 ビジュアルサウンドBU 技術センターくらしディスプレイ総括担当。1991年松下電器産業株式会社に入社。入社以来技術者としてテレビの新製品開発に従事。2020年4月より新規ディスプレイ商品の開発などを手がけている。
私のMake New:Make New 「WOW」
お客さまに新たな感動体験をお届けし続けたい。
野村 美穂(のむら・みほ)
パナソニックエンターテインメント&コミュニケーション株式会社 ビジュアルサウンドBU 商品企画部 国内テレビの商品企画担当。1991年松下通信工業株式会社に入社。国内携帯電話事業者向け商材のマーケティングに従事。2013年10月よりテレビ商品企画に在籍。2020年よりくらしスタイルシリーズの商品企画を担当している。
私のMake New:Make New「くらし」
AVで、心地よい空間、充実した時間を創造していきたい。
佐藤 有哉(さとう・ゆうや)
パナソニックエンターテインメント&コミュニケーション株式会社 ビジュアルサウンドBU 技術センター 機構設計部 くらしディスプレイカテゴリーリーダー。2004年松下電器産業株式会社に入社。入社以来、テレビの外装・構造設計を中心に新商品開発に従事。2021年5月よりくらしスタイルシリーズの機構リーダーとして、ウォールフィットテレビなどを手がけている。
私のMake New:Make New「VALUE」
商品がもたらすお客さまへの価値にこだわり、高め続けたい。
飯田 功太郎(いいだ・こうたろう)
パナソニックエンターテインメント&コミュニケーション株式会社 直轄部門 デザイン部 デザイン二課所属。2017年パナソニック株式会社に入社。入社以来テレビやその周辺機器のデザイン開発に従事。2021年10月より、LW1をはじめとしたくらしスタイルseriesのデザインに携わっている。
私のMake New:Make New「豊かさ」
これからの豊かなくらしのための、モノやサービスを創造していきたい。