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家電メーカーのイメージが強いパナソニックだが、じつはくらしのさまざまなシーンに、さまざまなかたちのプロダクトが潜んでいるのをご存知だろうか。本企画では、思わず「こんなところにパナソニック製品が!?」と驚いてしまうようなプロダクトの数々を紹介していく。
第一回目はカッターやハサミなどの刃物や、怪我のリスクがあるものから手を守ってくれる「タングステン耐切創手袋」。開発したのは、長年にわたり白熱電球や蛍光灯などを手がけてきたパナソニック ライティングデバイス株式会社(以下、PLDV)だ。パナソニックの、しかもライティング関係の事業部がなぜ「手袋」をつくっているのか? そもそも、タングステンという金属がどうやって手袋になるのか? 珍しいプロダクトが好きなライターが、企画担当者の蒲田幸平に疑問をぶつけてみた。
繊維の細さは髪の毛の約4分の1。「金属」なのに、しなやかな手袋
パナソニックが「手袋」を出しているという。とても意外だ。暗闇でピカピカ光ったり、ヒーター機能がついていたり、何かしら電機メーカー的な要素があるのかというと、そういうことではないらしい。ただ、金属製であるという。それは、ちょっとパナソニックっぽいかもしれない。
その名も、タングステン耐切創手袋。「耐切創」、つまり刃物などによる切り傷を防止するための手袋である。その用途は幅広く、段ボールをカッターで切る、日曜大工、ガーデニング、災害時の片づけや避難時などなど。また、金属の組み立て作業、ガラスの加工作業など、ものづくりの現場でも活用されている。
......と、製品のホームページには記載されている。ここまで読むと普通っぽいが、最大の特徴は前述の通り金属製であること。その名のとおり「タングステン」という金属が編み込まれているらしい。ちなみに、タングステンは「超硬合金」の素材にも使われる金属であるという。
超硬合金タングステン。戦隊ロボットみたいでカッコいいが、そんなタングステンを使った手袋とはこれいかに。金属製というと、手袋よりも鎧みたいなものを想像してしまうが......。
蒲田タングステンのすごいところは、「強さ」と「しなやかさ」を両立できるところ。繊維を細くしても十分な強度を保つことができるため、手袋のように可動性が必要なプロダクトにも適しています。この手袋に使われているタングステンも、20ミクロン(髪の毛のおよそ4分の1の細さ)という細い線径のものを編み込んでいて、柔軟性と強さを兼ね備えているんです。また、指先までフィットするようにつくっていますので、細かい作業に適しており、指先で小さいものもつまみやすいと思います。
こう教えてくれたのは、PLDVの蒲田さん。タングステン耐切創手袋の企画者で、タングステンのことを知り尽くしている。ただ、肝心なのは「防御力」。どの程度まで、刃物をガードできるのだろうか?
蒲田手袋の耐切創レベルは、その強さによってレベルA〜Fまでの6段階に分かれています。Aが一般的な薄い革手袋、Bが綿の軍手程度の強さなのですが、当社のタングステン手袋は現時点でDランクから、最高レベルのFランクまでのラインアップとなっています。ちなみに、カッターで紙を切るような用途であれば一般的にDで十分なレベルです。作業性にも優れていますし、2022年度に発売した商品は装着したままスマートフォンなどのタッチパネルも操作できて便利です。
白熱電球で培った技術を使い、新しいプロダクトを
タングステン耐切創手袋のすごさは理解できた。しかし、そもそも家電メーカーであるパナソニックがなぜ「手袋」をつくっているのか? しかも、開発したのは白熱電球や蛍光灯などの製造販売を手がけるライティングデバイスの部門というから、なおさら意外だ。
蒲田そこに行き着くまでには長い歴史と背景があります。私たちは、1936年から80年以上にわたり白熱電球をつくってきました。また、1948年からは白熱電球の光る部分であるフィラメント用のタングステン線も自社で生産を開始しました。この一般照明の歴史のなかで培った素晴らしい技術を埋もれさせることなく、広く社会のために使えないか、新しい展開ができないかと考えたんです。
そこで着目したのが、白熱電球や蛍光灯のフィラメント製造で培われた「タングステンの細線化技術」。これを応用し、新しいプロダクトを開発しようと考えたそう。
蒲田タングステン線がどのようにつくられるかというと、最初に大元の素材となる粉を焼き固めて棒状にしたものを、叩いて伸ばして鍛造していくんです。鍛造のあとは小さい穴に線を通すことでどんどん細くしていき、最終的には電球や蛍光灯内のフィラメントに使用する細さとなります。また、電球に使われるものよりもさらに細い「極細線」をつくることもできます。タングステンを細く、かつ強度を高くできる技術は他社にはなかなかない技術ですので、強みとして活かしていけないかと考えました。
なるほど。たしかに、それだけの技術を埋もれさせておく手はない。手袋だけといわず、いろんなことに活用できそうな気もするが......。
蒲田当初は手袋以外にも、さまざまなプロダクトを検討していました。例えば、タングステン線をスチールウールのように絡めて「X線をとおさない布」がつくれないかと考えました。病院の放射線科で使われるX線を防護するエプロンがあるのですが、従来のものは鉛でできています。鉛は厚くする必要があり、重く作業性が悪かったため、タングステンに代替できないかという案がありました。
あとは、タングステンの硬さと3,000度超の熱に耐える特性を活かし、磨耗しにくい印鑑をつくったりもしました。ただ、残念ながらニーズと合わず企画を断念せざるを得ませんでした......。
タングステン印鑑、めちゃくちゃ風格がある。宅配の受け取りもこれで押したら、ものすごく重大な契約をしている気分になれそうだ。
蒲田ほかにも、やぶれにくいストッキングや、防刃ベスト、防刃カバンなどは検討しました。ゆくゆくは手袋以外の商品も手がけていく可能性はありますが、工場などの現場で切れ・擦れ(切創)の事故は主要な労働災害の一つとなっており、困りごと解決の視点で考えて、まずは手袋からスタートしようと。
こうして生まれたのが、タングステン手袋。これまでにも家電以外の製品を手がけてきたことはあったが、それにしても「手袋」となると、かなり異端だ。社内の反応はどうだったのだろうか?
蒲田家電製品を扱うパナソニックにおいて、手袋は異色の商品であることは間違いありません。それにも関わらず社内承認を得られた決め手となったのは、この手袋をつくることで社会貢献につながるという部分ではないかと思います。近年は先程触れた労働災害に加え、自然災害も増えていて、避難時や災害復旧作業時の怪我を防止するためにも使ってもらえる。ひいては、それがパナソニックのブランド価値向上にもつながるという点が、大きく響いたのではないかと。
一般的なステンレスの2倍ほどの強度と3倍以上の硬度。「タングステンのすごさを知ってほしい」
想像以上にしっかりとした背景があったタングステン耐切創手袋の開発ストーリー。最後に蒲田さんに聞いてみた。「企画担当者として、この製品のどこに注目してほしいですか?」
蒲田やはり、多くの人に「タングステンという素材を知っていただき、タングステンってすごいんだ!」と思っていただきたいですね。一般的なステンレス鋼の2倍ほどの強度と3倍以上の硬度があり、細くすることでやわらかさ、しなやかさを持たせることもできる。本当に優秀で素晴らしい素材であることを、もっと知ってほしいです。そのためには、この手袋をもっともっと多くの人に使ってもらう必要がある。お客さまの声をどんどん拾って、色々な人にフィットし、日常の困りごとを解決できるような方向性に進化させていきたいと思っています。
言葉の端々から溢れ出る、蒲田さんのタングステン愛。その情熱により、今後もパナソニックらしからぬ、さまざまなプロダクトが生まれていくのかもしれない。
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商品について
Profile
蒲田 幸平(がまだ・こうへい)
パナソニック ライティングデバイス株式会社 商品企画部 商品企画一課所属。2005年松下電器産業株式会社に入社。技術者としてプロジェクター用光源の新製品開発などに従事。2020年4月より商品企画部在籍となり、耐切創手袋をはじめ、植物病害抑制用の紫外線ランプなどの商品企画を手がけている。
私のMake New:Make New「価値」
企画者として、お客さまの価値を探求し、「これが欲しかった!」という商品を創造していきたい。