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変わらない存在だった室外機のイメージを覆す。エネルギー問題を美しく解決するデザインとは

AIR TO WATER | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

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    近年、欧州ではエネルギー政策の見直しに伴い、従来の燃焼系の暖房器具からCO2の排出量を抑える新しい暖房システムに置き換える動きが加速している。パナソニックでも2008年からヒートポンプ式温水暖房機「Air to Water」を販売しているが、急激な需要の高まりを受け、環境と市場の変化に合わせて進化するためフルモデルチェンジ。性能だけでなく「見た目」も大きく変わり、特に「室外機」はこれまでにない美しいデザインへと生まれ変わった。そこには、市民レベルで伝統的な景観を守る意識が根づく、欧州ならではのニーズがあったという。

    今回、デザインを手がけたパナソニック株式会社 空質空調社 企画本部 デザインセンターの中村実と、パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 くらしプロダクトイノベーション本部 デザインセンターの岡部健作に、開発の背景やこだわりについてインタビュー。そこには、デザイン性を追求しつつ性能も担保するという、デザイナーとしての矜持があった。

    左から岡部氏、中村氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    景観への調和を目指した、室外機のイメージを覆すデザイン

    ――パナソニックは欧州市場向けのヒートポンプ式温水暖房機「Air to Water(以下、A2W)」を、2022年10月、数年ぶりにフルモデルチェンジしました。室内機だけでなく室外機のデザインも大きく刷新されていますが、今回のフルモデルチェンジにはどのような背景があったのでしょうか?

    中村パナソニックでは2008年に初めて、欧州市場でA2W「Aquarea(アクエリア)」の販売を開始しました。以来、社内外から製品に対するさまざまな要望をいただいていたんです。

    近年の欧州では環境規制の厳しい要請を受け、従来の燃焼系の暖房器具からCO2の排出量を抑える新しい暖房システムに置き換わっています。これに伴い、A2Wという商品の需要も、どんどん高まってきました。

    こうした欧州市場のニーズを受けて、数年ぶりにパナソニックのA2W製品をフルモデルチェンジすることになりました。そこでデザイン面でも、これまで変えたくても変えられなかった部分を一気に刷新することに現地メンバーと連携しながら挑戦しました。

    パナソニック株式会社 空質空調社 企画本部 デザインセンター 中村氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    パナソニック株式会社 空質空調社 企画本部 デザインセンター 中村実。ヒートポンプ式温水暖房機 K / Lシリーズでは、室外機のデザインを担当

    ―性能面では日系メーカーで初めて上位機種で「自然冷媒(R290)」を採用したことに加え、室内機・室外機ともに見た目が大きく変わっています。特に室外機は、室外機とは思えないほどスタイリッシュになっていますね。

    手前が室外機、奥が室内機 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    手前が室外機、奥が室内機。旧来のものからデザインが一新されている。本製品は2022年度の『グッドデザイン賞』ベスト100にも選出された

    中村エアコンなどの場合もそうですが、国内の室外機ってこれまであまり大きなモデルチェンジをしてこなかったプロダクトなんです。なぜなら屋外の隅の目立たないところにあり、普段はその存在をほとんど意識することがない。個人的には従来の室外機は家屋の色と合っていないなど、景観を阻害している場合が多いのではないかと感じていたのですが、市場からデザインに対する強い要望が上がってくることはそう多くありませんでした。エアコンは家庭にとって必要だから、室外機も設置するしかない。しょうがないものだと、とみんな思っていたんです

    ですが、今回のフルモデルチェンジにあたり欧州で調査を進めると、日本とは「屋外の景観」に対して、大きな意識の違いがあることが見えてきました。欧州の人々は、伝統的な古い建物が数多く残っていることからもわかるとおり、家の外観を損なうことを嫌います。逆に、建物のなかはどんどん新しくリニューアルしていくという考え方がある。そうした価値観を持つ人たちにとって、外観や景観に馴染まない室外機を置くことは耐えられないわけです

    そこで今回の最新機種では、屋外環境に調和するマットなダークグレーカラーと、水平基調のフラットなフロントグリル(※1)の室外機へと刷新しました。

    ※1室外機前面にある風の吹き出し口にある格子状の部品

    ――日本の室外機というと、ベージュっぽい色で、なかで扇風機のような羽根がくるくる回っているものをイメージしますが、それとはまったく別物ですね。

    中村日本に限らず、アジアのメーカーから出ているのはベージュっぽい、昔ながらの室外機が多いですね。残念ながら、色もデザインも欧州の住宅には馴染みません。そうした室外機を置くと自分の家の外観だけでなく、街全体の景観にも影響を与えてしまいます。欧州では全体的に、自分たちが暮らす街並みへの誇りと、一つひとつの家がそれをつくるという意識が根づいていますから、余計に選ばれにくいんです。

    また、近年では欧州以外でも、ダーク系やモダンなデザインの集合住宅が増えていて、「景観や屋外に調和する室外機」のニーズはいまや世界中に広がっているように感じます

    ――一方、室内機のほうは、当時マレーシアにあるアジアデザインセンターに駐在していた岡部さん含むデザイナーの皆さんが担当されたそうですね。デザイン変更にあたり、留意した点を教えてください。

    岡部室内機に限らず、こうした設備系の商品全般にいえることなのですが、基本的にはシンプルに、室内空間に消し込むようなデザインが求められます。極端に言えば、ただの「真っ白いハコ」でもいいくらい。一方で、製品の進化を伝えてくれる力強さ、シンプルでありつつもパナソニックとしてのアイコニックな特徴を持ったデザインが必要と考えています

    もし、お客さまに新しい、美しいと感じて貰えたなら、環境貢献の大きなこの市場に対し、「本気で取組んでいるぞ」という意志を、デザインをとおして少しでも伝えられたのではないかと思います。

    パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 くらしプロダクトイノベーション本部 デザインセンター 岡部氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 くらしプロダクトイノベーション本部 デザインセンター 岡部健作。ヒートポンプ式温水暖房機 K/Lシリーズでは、室内機のデザインを担当

    岡部そこで、今回フォーカスしたのは操作部です。これを黒いバーに集約することで本体に馴染ませつつ、遠くから見たときにも一つのアイコンとして認識できるようにしました。そのうえで、ノイズとなるような要素は徹底的になくしました。旧機種では、一部のパーツが外に飛び出していたり、水圧計が表に出ていたりしましたが、すべての段差をなくしてフラットにし、余計な要素は見えないところへ隠すようにしています。

    性能とデザインの両立を目指し、関連部署と徹底的に議論を交わした

    ――室外機のデザインを刷新するにあたり、苦労した点を教えてください。

    中村たくさんあるのですが、最も苦労したのは性能とデザインの両立です。例えば、冷暖房の性能は、室外機からいかにスムーズに風を送ることができるかで決まります。そのため、従来の室外機は風の吹出口にあるグリルの隙間が最大限大きく開いていたのですが、それによって内部のファンなどが丸見えになっていました。

    そこで、新しい製品はグリルの断面形状を工夫することで、送風性能を落とすことなく内部が見えにくいデザインに変更したんです。これを実現するためには、設計や技術の担当者と連携しつつイチから性能を測定していく必要があり、とても時間がかかりましたね

    また、旧来のものはパナソニックのロゴが目立つかたちで入っていたのですが、これも景観に溶け込むデザインを目指すことで、極力目立たないようなサイズや配置に注力しています。

    あとは、色ですね。これまでのベージュ色からダークグレーに変更したのですが、鉄板に焼きつけ塗装を行なう際に、マットで少しざらざらした質感を出すのがかなり大変でした。しかも、最後の最後で鋼板への塗装の工法が変更になって、そうなるとまたイチから調色をやり直さなければいけなくなるんです。

    塗装サンプル | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    最終決定した塗装サンプル

    ――素人からすると、色を変えることは簡単そうに感じられますが、そうではないと。

    中村じつはめちゃくちゃ大変なんです。ダークグレーに塗るためには自社工場の塗装ラインを新たに設ける必要がありました。基本的には国内向けのベージュの室外機をつくっている塗装ラインなので、そこで別の色を塗るとなると細部までいったん綺麗に掃除しなくてはいけません。それをいちいち繰り返す手間を考えたら、ダークグレー専用の塗装ラインを新設したほうがいいだろうと。

    ただ、年間約200万台の室外機を生産する塗装ラインを、一部とはいえ切り替えるのは大変なことです。会社としても簡単な決断ではなかったと思いますが、こちらのダークカラーの必要性も伝わり、最終的にはGOの判断をしていただけました。ただ、「やるからにはダークカラーの室外機をたくさん売ってくれ」と、工場側からはプレッシャーをかけられていますが(笑)。

    ――室内機のデザインで苦労した点はありましたか?

    岡部本体に埋め込まれた操作部は着脱式のコントローラーとしても利用できるのですが、この仕様とデザイン性を両立させるのに苦労しました。シンプルに見せるためには、できる限り余計な線やノイズを減らしたいのですが、着脱式にするとなると、どうしてもパーツを分けることになる。そこで違和感を出さないためには、ミリ単位で隙間を調整する必要があり、設計担当者とともに「本体と操作部をどうつくるか」「どう組み立てるか」といった細かいところまでアイデアを出し合いました。

    操作部 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    複数のパーツがフラットになるようにこだわった操作部

    岡部また、途中段階ではサイドパネルと操作部を別々の工場でつくるという話もあったのですが、それをやると絶対に色が合わなくなるからやめてほしいとお願いしました。どれだけ違和感があるか理解してもらうために、サンプルをつくって設計担当者に見せるなどして、なんとか納得してもらいましたね。

    左から岡部氏、中村氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    岡部ものづくりをする際、私たちデザイナーがいくらこうしたいと言っても、いろいろな制約もあり、すべてがすんなりとおるわけではありません。そのなかでいかに理想のデザインをつくるかは、室内機に限らず、多くの人が関わるプロジェクトにおいて、難しいポイントの一つです

    ――設計や技術などの関連部署の理解を得るために、工夫したことなどはありますか?

    中村そこは工夫というより、真摯に説明するだけですね。特に室外機などは数十年間デザインが変わらなかったわけで、設計や製造の担当者からすれば、「なぜその色にする必要があるのか?」「そんなに細かい点まで気にする必要があるのか?」といった疑問も、少なからずあったと思うんです。

    それでも、何度も顔を突き合わせてきちんと理由を説明すれば伝わります。例えば「全体をダークグレーに変えるなら、ネジ一つまでまったく同じ色で統一しないといけない。それくらいやらないとグローバルクオリティーとはいえない」といったことも、しっかり理解してもらえました。最終的にはコストをかけてでも良いものをつくろうという意識が共有され、技術の担当者とともにゴールに向けて奔走することができたと思います。

    中村氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    岡部室内機に関しても同様です。ときには激しい議論を交わすこともありましたが、基本的にデザインを否定されることはなく、どうすればそれを実現できるかという前向きな話し合いができていたと思います。それに、私たちが所属するデザインセンターと関連部署のあいだには、数十年にわたって積み上げてきた信頼関係があります。そのため、基本的にはお互いが建設的にモノづくりと向き合える土壌があるのかなと感じますね

    デザイナーが関与しなかった分野にも、デザインの力を加えて新しい価値をつくりたい

    ――最後にA2Wの今後の展望や、お二人がデザイナーとして挑戦してみたいことを教えてください。

    中村A2Wに関しては2023年5月に欧州市場へ投入されますので、今後の展望というよりも、まずは反応を見たいというのが正直なところですね。そのうえで、今後は欧州だけでなく、国内向けにもこのデザインを展開し、室外機も含めて景観を大事にするという考え方を広げていけたらいいなと思います

    また、今後は素材や製造工程の部分でも、より環境配慮を強化していきます。例えば、室外機に使用している樹脂をリサイクル材に置き換えることもそう。今回のようなダークカラーの場合、リサイクル材特有の黒い不純物なども目立ちにくいので、すぐにでも変えられると思っています。

    岡部私はすでにA2Wの担当を離れていますが、今回のフルモデルチェンジに携われたことは、とてもいい経験になりました。人の目に触れにくい業務用の製品や設備機器、歴史的に変わることのなかった専門性の高い器具など、あまりデザイナーが関与してこなかった分野に、デザインの力を加えて新しい価値を生み出す。これは、ほかの商品にも応用できるはずですから

    一方で、すでにあらゆるデザインが生み出されている分野の商品で、いかに新しいものをつくるか。これも、デザイナーとして大きなやりがいを感じられる仕事です。そのどちらにも強くなれるよう、これからも挑戦していきたいですね。

    左から岡部氏、中村氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

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    Profile

    パナソニック株式会社 空質空調社 企画本部 デザインセンター 中村氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    中村 実(なかむら・みのる)

    パナソニック株式会社 空質空調社 企画本部 デザインセンター。2000年松下電器産業株式会社に入社。掃除機、空気清浄機、冷蔵庫、エアコンなどの製品デザインを担当。現在は、エアコン、エコ給湯、海外のA2W(ヒートポンプ式給湯暖房機)などを担当。
    私のMake New|Make New「しあわせ」
    どんなときでも人々の生活に「しあわせ」をつくり出せる。そんなデザインの力を私は信じています。

    パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 くらしプロダクトイノベーション本部 デザインセンター 岡部氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    岡部 健作(おかべ・けんさく)

    パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 くらしプロダクトイノベーション本部 デザインセンター。2001年松下電器産業株式会社に入社。プロダクトデザイナーとして民生用の室内機を担当。その後、掃除機、メンズグルーミング商品のデザインを経て、2019年アジアデザインセンターに在籍。エアコン、A2W、天井扇、ホームシャワー、ヘアドライヤー、TV、B2B商材など幅広い分野に従事。2022年から日本で調理家電を担当。
    私のMake New|Make New「つくる喜び」
    ものづくりは楽しい!けれど変わり続けないとつくり続けることはできないと思う。デザインをとおして人に喜んで使ってもらえる良い仕事をしていきたい。

    • 取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ)
    • 撮影:原祥子
    • 編集:MNM編集部、服部桃子(CINRA)

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