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パナソニックでは数年前から、スポーツタイプの電動アシスト自転車の開発に注力している。日本では「日常の足」というイメージが強い電動アシスト自転車だが、これをレジャーやスポーツ感覚で楽しむアイテムとして根付かせるために、製品開発に加えイベントなども積極的に実施。単にものを売るだけでなく、自転車の新しい文化をつくろうとしている。
2022年4月には「生活の中に、ココロ踊る時間を創る」をコンセプトにしたe-MTB「XEALT M5(ゼオルト エムファイブ)」を発売。日本の道をとことん楽しむための設計や機能を盛り込んだまったく新しいマウンテンバイクだ。XEALTを手がけたパナソニック サイクルテック株式会社の開発チームメンバーは、自転車好き、アウトドア好きの面々たち。自身の好きや「本気で遊ぶ」を体現したXEALTの、開発の背景に迫った。
パナソニックが電動アシスト自転車を手がけているわけ
――パナソニック サイクルテックは2022年4月、新しいe-MTB(電動アシストつきマウンテンバイク)である「XEALT M5(ゼオルトエムファイブ)」を発売しました。まずは、商品のコンセプトを教えてください。
坂本XEALT M5はマウンテンバイク型の電動アシスト自転車です。企画・設計のコンセプトは「生活の中に、ココロ踊る時間を創る」。e-MTBに乗って本気で外遊びや山遊びを楽しんでいただくことを想定した、新しいブランドです。
――これまでの電動アシスト自転車は「生活の足」というイメージがありましたが、そうではなく、楽しむための自転車であると。
坂本はい。XEALTで提供したいのは、「走りを愉しむ」「アクティビティーを愉しむ」「人とのつながりを愉しむ」といった、サイクルモビリティーの新しい価値です。これまでの電動アシスト自転車には、どうしても「楽(ラク)をするための乗り物」という認識が強くあったように思いますが、楽という字は「楽しい」とも読めますよね。私たちは、その部分を伝えていきたい。
自転車ロードレースなども盛んなヨーロッパでは、「自転車を楽しむ」という文化が浸透しています。スポーツタイプのe-BIKEの市場も年々成長していて、おそらく日本でもそうしたムーブメントが起こるだろうという読みがありました。そこで、2017年にパナソニック サイクルテック内にスポーツバイク推進課を設立し、楽しむことに特化した製品ラインナップの拡充に注力してきたんです。
――XEALTの場合、楽しさを追求するためのポイントはどこにありますか?
坂本最大の特徴は「日本の事情に特化したe-BIKE」であるということです。つまり、日本のフィールドに特化し、日本人の方々に楽しんでいただくための設計や機能を盛り込みました。
例えばXEALT M5では、モーターなどのドライブユニット一つとっても日本の山道ならではの特徴を考慮してつくり上げていますし、車体設計も日本人の体にフィットさせることを考え抜いてデザインしています。このあたりは、ソフト開発の宮前、デザイナーの高橋、商品企画の山下の3名が本当に頑張ってくれましたね。
――そもそも一般的にパナソニックといえば電機メーカーで、自転車のイメージはあまり浸透していないように思います。いつから自転車をつくっているのでしょうか?
坂本パナソニックの自転車づくりの歴史は、創業者の松下幸之助が自転車用のランプ(ナショナルランプ)を開発したことからスタートしています。それが1923年。いまから100年ほど前ですね。そのこともあり、松下には創業当時から自転車に対して強い思い入れがあったのですが、本格的に自転車づくりに乗り出したのは1952年にナショナル自転車工業を創立してからです。
――じつは自転車をつくり始めて70年以上の歴史があると。
坂本そうですね。それからは長く一般自転車の開発を行なってきましたが、1996年に電動アシスト自転車の発売を開始しました。2010年にはほぼ完全に電動アシスト自転車やe-BIKEにシフトしています。
ちなみに、1980年には現在の電動アシスト自転車の源流ともいえる「電気自転車」も世界で初めてパナソニックが開発しています。これも松下幸之助の「電気屋らしい自転車を」という思いから生まれたものです。モーターによって自走する原動機付自転車に近い乗り物でしたが、当時としては画期的だった家庭用の電源で充電できるバッテリーや静音性に優れるモーター、自転車のセンター部分にドライブユニットを組み込む方式などは、現在の電動アシスト自転車にも受け継がれています。
日本の道に最適化した、心地よい乗り味を追求
――XEALT M5は、日本のフィールドに特化し、日本人に楽しんでもらうための設計や機能を盛り込んだということですが、まず、技術面での特徴を教えてください。
宮前ドライブユニットをプログラムで制御し、乗り手がアシスト力(※)を自在にコントロールできるようなセッティングを行なっています。具体的には、漕ぐ力を弱めると瞬時にアシスト力が弱まったり、ペダリングを再開するとすぐにアシスト力が復活したりといった、「アシストのキレ」と「立ち上がりの滑らかさ」を意識した調整を行ないました。これにより、足に吸いつくようなペダリングの感覚が得られ、とても自然な乗り味になります。「愉しさ」のためには、乗り手が自分でコントロールしている感覚を味わえることが大事だと考え、このような仕様にしました。
※モーターの出力パワーのこと
宮前従来の電動アシスト自転車の場合、漕ぐ足を止めたあとでもしばらくはアシストが続くようなセッティングになっていました。もちろん、そのほうが楽ちんではあるのですが、どうしてもコントロール性は落ちてしまうんです。
スポーツバイクを趣味で楽しんでいる人からすると、例えば山道のぬかるみを走るとき、あるいは細いオフロードで岩や木の根といった障害物を避けるときなどは、なるべく自分でコントロールしたいと。道の状況などによってアシスト力を弱めてほしい瞬間があるようなので、そのあたりの乗り味を考えながらモーターの制御の仕方などを詰めていきました。
――技術面で苦労した点はありましたか?
宮前技術的な部分で大きな壁はありませんでした。というのも、XEALT M5に使われているGXモーターは、もともと海外で発売し、高い評価を得ていたものです。このモーターをベースに、さらに乗り味を磨くようなセッティングを行なったというかたちですね。プログラムの制御によって、さほど苦労なく狙った通りの調整を行なうことができました。
ただ、それはあくまでデータ上のこと。本当に乗り味がいいのか、変なタイミングでアシストが発動してしまわないか、実際に検証するフェーズが大変でしたね。
――どうやって検証したのでしょうか?
宮前実際のフィールドに何度も足を運び、乗り味を確認しました。山に車体を持ち込み、社内のスポーツバイクに乗る人、乗らない人、十数人に乗ってもらったんです。
また、ここにいる坂本にもさまざまなアドバイスをもらいました。じつは、坂本は数十年にわたって自転車が趣味で、全日本の大会にも出るほどの本格的なスポーツバイク乗り。彼のような人が乗っても満足できるような乗り味を追求するのは大変でしたね(笑)。それでも最終的には普段からスポーツバイクに乗る人にとっても楽しいと感じてもらえるような乗り味のセッティングができたと思います。
坂本とはいえ、もともとの自転車好きだけでなく、スポーツバイクに乗ったことのない人にも楽しんでもらえるものにしなければいけません。このXEALT M5があれば、年齢や経験に関係なくオフロードを走ることができる。体格や体力をカバーしてくれて、自転車を楽しむハードルを下げるようなものにしたいと考えていたんです。
高橋実際、ぼくが初めてXEALT M5に乗ったときは、それまで到底登れなかった山の急坂を一気に駆け上がることができました。あれは感動しましたね。
――坂本さん以外の開発メンバーも、自転車好き、アウトドア好きなのでしょうか?
坂本そうですね。少なくともここにいる開発チームのメンバーは、積極的に外遊びに出かけています。自転車はもちろん、バーベキュー関連の資格をとったり、ソロキャンプを極めたり、いろいろなことにチャレンジしています。やはり、ぼくら自身がその楽しさを知らないと、楽しいバイクをつくることはできませんから。
――では、設計のポイントも教えてください。高橋さんはデザイナーとして車体設計から担当されたということですが、特にどのような点に留意しましたか?
高橋先ほど坂本からも話がありましたが、最も意識したのは日本の道や、日本人の体格に合う車体設計です。例えば車輪の大きさ。グローバルなスポーツバイクのブランドの場合、車輪は29型という大きいものが主流です。車輪が大きいほど走破性が高く、ハイスピードで長い距離を走ることができますから。
しかし、XEALT M5ではあえて、ワンサイズ小さな27.5型の車輪を採用しています。日本の場合、山のなかでもシングルトラック(人ひとりが通れる幅の道)が多く、車体が大きいと小回りが効きません。そこで、あえて日本の道に特化したコンパクトな車体を目指して設計したんです。
――これくらいコンパクトだと、誰にとっても乗りやすそうですね。
高橋そうですね。27.5型ホイールをベースに、取り回しの良さや跨ぎやすさを意識してフレームを設計しました。スポーツバイクの経験がない方や、小柄な方でも扱いやすいものになっています。これまでスポーツバイクやマウンテンバイクに乗ってこなかった人、興味はあっても体力的な不安からチャレンジできなかった人にも、未知のライディングを体験いただけるものになっているのではないかと思います。
――車体設計にあたり、苦労した点はありますか?
高橋電動アシスト自転車のバッテリーって結構大きいじゃないですか。XEALT M5のバッテリーも、モーターもそこそこのサイズ感があるなかで、それをいかにコンパクトな車体のなかに組み込むかという点は悩みましたね。いかにも取りつけました、といった印象ではなく、いかにスタイリッシュに車体に沿わせるか。また、バッテリーだけ浮いてしまうのではなく、すべてがつながり、連動して動いているような見た目にするにはどうすればいいか。そこは、かなり苦労した部分ですが、技術者と連携するなど多くの方の支えを得ながら、現在のかたちが実現しました。結果的に良いものづくりができたと感じています。
普段の観光に+αを。e-MTBで未知の絶景を愉しめる
――スポーツバイク推進課の設立から5年が経ちますが、ヨーロッパのように「自転車を愉しむ」文化は国内でも広がりつつあるのでしょうか?
坂本正直、われわれが当初に想定していたほどは広がっていません。少なくとも、ヨーロッパのような大きなマーケットに成長するまでは、まだかなりの時間がかかるでしょう。ただ、国内では数年前からソロキャンプをはじめとするアウトドアブームが起こっていますし、そうした外遊びや国内旅行とe-MTBを組み合わせて楽しんでいただくような展開を考えています。
――具体的に仕掛けていることはありますか?
坂本例えば、地方自治体と連携して有名観光地でのツアーイベントなどを行なっています。現地のガイドの方とe-MTBで観光名所を回って、そのなかに少しだけオフロードを走るようなコースを組み込む。普通の旅行ではなかなか体験できないような非日常感や、スリルを味わえるようなコンテンツを取り入れることで、e-MTBならではの楽しみ方を体験してもらうのが目的ですね。かなり地道な取り組みですが、まずは楽しさを知ってもらわないことには何も始まりませんから。
――たしかに、マウンテンバイクで山道を走るとなると、かなりコアな趣味の領域ですよね。一般的に、その楽しさはあまり知られていないように思います。
坂本私なんかは、そのコアなタイプの自転車乗りなので、山のなかをガリガリ走るのですが、一般的には「怖い」「危険」といった認識が強いと思います。いきなりそういうハードな場所にお連れするとマウンテンバイクに対してネガティブな印象を持たれてしまいますので、最初はあくまで普段の観光プラスαの楽しみとして、e-MTBを取り入れていただくのがいいのかなと。
例えば、2022年11月には自然豊かな奥多摩をe-MTBで走るツアーイベントを開催しました。途中には林道などもありましたが、e-MTBのアシスト力があればビギナーでも無理なく走れる道ですし、その先にはなかなか普段の観光では出会えないような絶景が広がっている。参加者の方にも、非常に満足していただけました。
――e-MTBが旅行の楽しみをさらに広げてくれるということですね。
坂本そう思います。車ではスピードが速すぎてゆっくり景色を楽しめなかったり、そもそも入っていける場所が限られたりしています。かといって、徒歩では遠くまではなかなか行けません。ただ、そうした車でも徒歩でも行きづらいような場所にこそ、われわれが知らない絶景ポイントがたくさんあるのではないでしょうか。e-MTBなら、そんな未知の場所にもアクセスすることができると思います。
私たちのe-BIKEで行くサイクリングツアーでは「RIDE IS DISCOVERY」というキャッチコピーを掲げていますが、この言葉どおり、自転車に乗ることで多くの人に新しい発見をしていただきたいと思っています。
つくり手が「本気で遊ぶ」から、新たな自転車文化が生まれる
――最後に、XEALTやe-BIKEの開発を踏まえた今後の展望を教えてください。
高橋ぼくはデザイナーとして、電動アシスト自転車のイメージを変えることに貢献したいです。一般的に、電動アシスト自転車ってどうしても生活感があったり、「ちょっとダサい」とか「体力がない人が乗るもの」といったネガティブなイメージを持たれたりしているところもありますよね。
そうではなく、e-BIKEだからこそ新しい場所に行けて、生活が豊かになる。そんなかっこいい乗り物なんだと思ってもらえるように、デザイン面からも貢献していきたいと思います。
宮前私はいま、AIやIoTなどを担当しているのですが、ゆくゆくはe-BIKEにもそうした最先端技術を搭載したいと考えています。実験段階のものも多いため具体的には申し上げられないのですが、e-BIKEがさらに便利になったり、自転車に乗ること自体がさらに楽しくなったりするような製品をつくりたいですね。いずれ、XEALTでまったく新しい技術を実現できると思いますので、楽しみにしていてください。
坂本私が実現したいのは、日本に新しい自転車文化を根づかせること。これまでのマウンテンバイクは乗り手やフィールドを限定するモビリティーでしたが、これを変えていきたい。そのためにe-MTBのさまざまな楽しみ方を提案していくのも、私たちの役割の一つだと考えています。
先ほども少しお話ししましたが、そうした楽しみ方を提案するためには、私たち自身がその楽しさを深く理解しなくてはいけません。少なくとも、XEALTのチームのメンバーは全員が外遊びのプロになる必要がある。例えば、暇さえあればキャンプなどに出かけ、e-MTBの新しい楽しみ方を自ら発見していく。それくらいの本気度がなければ、とても人に伝えることはできませんから。ですから、まずは私たちが本気で遊ぶこと。そこで得た楽しさを、イベントや製品づくりに活かしていきたいですね。
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Profile
坂本 裕規(さかもと・ひろき)
パナソニック サイクルテック株式会社 事業企画部
2017年入社。キャリア入社後、スポーツバイクのPRコンテンツの企画、広告宣伝に従事。また電動アシスト自転車スポーツタイプ(e-BIKE)を国内市場で普及拡大させるために、地域連携によるツアーイベントの開催やレンタル拠点の開発などを手がけている。
私のMake New|Make New「Moving」
待ってるだけじゃつまらない。出会いを求めて自ら動こう。カラダとココロの健康のために。
宮前 翼(みやまえ・つばさ)
パナソニック サイクルテック株式会社 開発部
2019年入社。キャリア入社後、ソフト開発担当者としてスポーツモデルを中心にドライブユニット開発に従事。2022年6月より要素開発係 係長に就任。AIやIoTなど、先端技術の自転車搭載を目指す。
私のMake New|Make New「Laugh」
楽しく仕事ができて成果が出るようなチームづくりを目指しています。
高橋 利斉(たかはし・としまさ)
パナソニック サイクルテック株式会社 商品企画部
2017年入社。デザイン担当者として、電動スポーツモデルを中心に、フレーム、電装部品等のデザインに従事。引き続きスポーツモデルをはじめ、趣味性の高い自転車商品のデザインを手がける。
私のMake New|Make New「豊かな暮らし」
人々のライフスタイルに寄り添い、心を豊かにしてくれるような乗り物を今後もデザインしていきたいと思います。