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EVインフラ整備には、スタートアップの力が不可欠。ユビ電×くらしビジョナリーファンドの共創

EV CHARGER INFRASTRUCTURE | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

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    日本では積極的にEV(電気自動車)の普及が進められているが、EVを所有するには充電インフラが必要不可欠。だが、特にマンション住民がEVを所有する場合、充電場所の確保が課題となっている。

    パナソニックとしても独自にインフラ整備の取り組みを進めているが、その一方で、今年4月には、EV充電サービスを手がけるユビ電株式会社との資本提携を発表。ある意味、競合にもあたるスタートアップへの出資を決めた背景には、エネルギー問題に本気で取り組むパナソニックの覚悟があった。

    マンションの駐車場で、EVを充電するサービス

    「WeCharge」はユビ電株式会社が運営する電気自動車(以下、EV)充電サービス。マンションなど、不特定多数が使う駐車場において、専用の「コンセント」を使ってEVを充電し、使用した電力量に応じてスマートフォンアプリで料金を精算するという仕組みだ。基本的には既存の家庭用コンセントをベースに、簡単な工事を行なうだけでEV充電が可能になる。

    EVの充電はガソリンの給油のように大がかりな充電スタンドで行なうイメージがあるが、基礎充電であれば家庭用の200Vのコンセントで十分に事足りる。就寝中に自宅駐車場内の「WeCharge」専用コンセントで充電しておけば、朝までには満タンにすることが可能だ。この手軽さは、EV導入のハードルを下げる大きなポイントになるだろう。

    ユビ電のねらいも、まさにそこにある。国内の約40%の世帯が暮らすマンションを中心に「WeCharge」の導入を進め、EVの基礎充電インフラを広く社会に浸透させていくことを目指している。

    なお、「WeCharge」ではマンション内の全世帯が同時に充電をすることで電力不足に陥らないよう、WeChage HUBという制御システムが遠隔で充電を管理する。最大3台ずつ、順繰りに充電を行なうなどして、朝までにはすべてのEVが満充電になるという仕組みだ。エネルギー問題がクローズアップされる昨今、電力需給の逼迫を招かないこうした対策を講じている点も、同社ならではの特徴といえる。

    WeChargeの仕組みの図 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    WeChargeの仕組み。WeChargeでは、スマート分電盤であるWeChargeHUBが一つあれば、複数台のEVの充電を同時に管理制御することができる(画像提供:ユビ電株式会社提供)

    2023年4月には、パナソニックが運営するコーポレートベンチャーキャピタルファンド(CVC)が、ユビ電への出資を決定。大企業とスタートアップの共創により、EV普及の鍵を握る充電インフラ整備の取り組みを強化していく構えだ。

    そのキーマンである山口典男氏(ユビ電株式会社 代表取締役社長)、河合亨(パナソニック株式会社 CVC推進室)、郷原邦男(パナソニック株式会社 CVC推進室室長)に、国内のEV充電環境やエネルギー領域における現状や課題、今後の展望を含めて語ってもらった。

    左から郷原氏、山口氏、河合氏  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    「EVを最大限活用できる仕組み」を整備する

    ――はじめに、山口さんが起業しエネルギー領域の事業を立ち上げるに至った経緯を教えてください。

    山口私は前職まで通信系の大手企業で長く働き、固定電話から携帯電話へと移り変わっていく動きを目の当たりにしてきました。これにより通信事業のサービスモデルは一変しましたが、同じ変化をエネルギーの世界にも持ち込めないかと考えたのが大きなきっかけです。

    かつての固定電話と異なり、携帯電話は「誰が誰に、いつ、どれくらいの時間」電話をしたかというCall Detail Record(通信明細記録、以下CDR)ベースで課金をしています。これにより課金のスキームが激変し、数兆円というビジネスになった。エネルギーの世界でも、たとえば電気なら今は世帯ごとの使用量に応じて電力会社から料金の請求が来ますが、これを携帯電話のCDRのように「電気は誰がつくり、誰が運び、いつ誰の何にどれくらい使ったのか」という「利用トランザクション」単位で課金をするような仕組みにできないかと。これが、アイデアの起点でした。

    ユビ電株式会社 代表取締役社長の山口 典男氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    ユビ電株式会社 代表取締役社長の山口 典男氏

    ――では、そのなかでEV充電のジャンルを選択した理由は何だったのでしょうか?

    山口これは単純な話で、近い将来、日常生活のなかで最も多くの電気を使うものが何になるかを考えたときに、それはやはりEVだろうと。そこで、EVの本格普及を見越して、一般のEVユーザーが気軽に充電できるサービスを起案しました。はじめは前職の新規事業コンテストに応募して優勝し、そのまま会社内の事業として進みかけたのですが、結果的には独立することになりました。前社から知的財産をすべて買い取り、ユビ電のWeChargeとしてスタートを切ったんです。

    ――河合さんはこの事業にアサインされる前から、パナソニックでエネルギー領域の事業に携わっていたそうですね。

    河合そうですね。私は以前、パナソニックの電設資材を扱う部門に所属し、海外向けの蓄電池を担当していました。メインの業務は、日本に比べて電力系統が脆弱なオーストラリアやニュージーランドに、家庭用の蓄電池を販売することです。その際に、あらためて蓄電池の重要性を痛感し、そこからエネルギー領域全般に課題意識を持つようになりました。

    事業企画などを手がけたCVC推進室の河合 亨氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    本プロジェクトで事業企画などを手がけたCVC推進室の河合 亨

    ――具体的に、どんな課題意識を抱きましたか?

    河合オーストラリアは広い国土の割に人口が特定の地域に偏っているため、どうしても電力系統が脆弱な地域が出てきてしまいます。落雷などがあると電力供給が断たれてしまうケースがありました。

    今後、世界的にEVや再生可能エネルギーが普及していけば、それに近いことが日本を含めた各地で起きるのではないかと思います。現時点では日常生活に支障のない電力を供給できていたとしても、同じ地域で集中的にEVの充電が行なわれることで電力系統が不安定になり、停電が起こるケースも出てくるでしょう。

    また、現在は従来の原子力発電や火力発電から、再生可能エネルギーに置き換わっていく過渡期にありますが、再エネは自然環境に大きく影響されるため、使いたいときに自由につくることができません。再エネの割合を増やしていく過程のなかでは、どうしてもエネルギーの供給が不安定になる時期が出てくると考えられます。そんななかでEVが一気に普及していけば、各地で電力が逼迫する状況も出てくるでしょう。

    ――つまり、EVが普及することで電力不足を招いてしまう可能性があると。

    河合EVの普及が問題というわけではないんです。EVというのはある意味「巨大な蓄電池」と見ることができます。電池容量が大きいため、自動車を走らせる以外に、再エネのバッファーとして電池容量を活用できる可能性があります。長い目で見れば再エネとEVの普及がCO2削減につながるのです。

    とはいえ、現時点では活用の仕組みが整っていません。だからこそ、EVが広く使われるようになった社会でも再生エネルギーを最大限活用できるEV充電インフラを、いまのうちから整えておく必要があります。それさえできれば、再生エネルギーの普及も進みやすくなるはずです。ユビ電さんとならそうした課題意識を共有したうえで、新たな未来をつくっていけると考え、協業に至りました。

    スタートアップのスピードと大企業のリソースを融合し、シナジーを生み出す

    ――先ほど山口さんが「結果的には独立することになった」とおっしゃっていましたが、大企業の社内事業として手がけるのではなく、自ら起業した理由を教えてください。

    山口簡単に言うと、このまま大企業にいても前に進まないだろうと考えたからです。昨今、多くの大企業がしきりに新規事業だ、イノベーションだと叫んでいますが、そうはいっても現実的にはなかなか難しい。やはり最も儲かる既存事業を一生懸命やっているほうが株主にも評価されますし、私のように新しいことを始める人間は大企業にとって異物なんだと思います。そこで独立という判断に至りました。

    左から郷原氏、河合氏、山口氏   | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    ――事業化を促進するべくスタートアップとして始動したユビ電さんが、大企業であるパナソニックとあえて組む利点は何でしょうか?

    山口スタートアップの動きが速いのは、単に組織規模が小さく意思決定の仕組みがシンプルだからに過ぎません。また、我々は大企業のように豊富な資金力や人材、ハードウェアを持ち合わせておらず、それが事業の足枷になってしまうこともあります。

    そこで大事なのは、スタートアップならではのフットワークの軽さと、大企業が持つリソースをうまく融合させること。パナソニックさんとユビ電であれば、とりわけ大きなシナジーを生み出せると考えていました。

    ――パナソニックが持つリソースのなかで、特に何が魅力的でしたか?

    山口何といってもプロダクトが素晴らしいですよね。私たちはマンションなどにWeChargeを設置するために、普段からさまざまなコンセントに触れていますが、パナソニックのそれは本当に品質が高く、しかも安い。これをつくった人たちということで、協業が決まる前からそもそも尊敬していました。我々のサービスは家庭用のコンセントを用いて、EVの充電ができるようにするというものですから、そのインフラを持つパナソニックさんとご一緒できるというのは、本当にありがたいことですね。

    PanasonicのEVチャージャーにWeChargeのQRコードを貼ったもの | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    PanasonicのEVチャージャーにWeChargeのQRコードを貼ったもの。WeCharge充電スポットでは、チャージャーに貼ってあるQRコードをWeCharge アプリで読み取れば充電が開始される

    ――では、パナソニック側から見て、スタートアップであるユビ電さんと組む利点は、どんなところにあるでしょうか?

    河合まずは、やはりスピード感ですよね。大企業の内部だけで進める事業となると、さまざまな事情からどうしても動きは鈍くなりがちです。スタートアップと組むことで、一つひとつの施策の速度を上げたかったというのはあります。

    とりわけ、ユビ電さんは既築のマンションにEV充電コンセントを導入するサービスをいち早く確立し、すでに導入実績もあった。マンションにこうした設備を売り込むのは管理組合の絡みなどもあって簡単ではないのですが、そのハードルを突破し、新しい仕組みを根づかせようとしているユビ電さんとなら、家庭用のEVインフラの普及を加速させられるのではないかとそれで、ぜひご一緒したいと考えました。

    河合氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    郷原ユビ電さんとご一緒するもう一つの目的として、マンションへのアプローチを強化していく狙いもありました。パナソニックはもともと戸建て住宅に強い会社ではありますが、家庭用のEV充電を広く社会に根づかせるためには、マンションへの導入も同時に推進していく必要があります。そのためにマンションへの取り組みに特化したユビ電さんと協業し、戸建て・マンションの両方から一気にインフラを整備していければと考えています。

    CVC推進室 室長の郷原邦男氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    CVC推進室 室長の郷原邦男。本プロジェクトでは資本提携による長期ビジョンの検討に従事

    エネルギー問題はパナソニックだけではなく「みんなでやる」ことが重要

    ――今回の協業とは別に、パナソニックとしても独自にEVチャージャーの事業に取り組んでいます。ある意味、競合にあたるユビ電と資本提携を結ぶに至ったのはなぜでしょうか?

    郷原おっしゃるとおり、パナソニックとしても独自に取り組んでいるところではありますが、こうした社会的インフラを整えていくにあたっては「みんなでやる」ことが何より重要ではないかと考えています。大企業、スタートアップに関係なく、同じ志を持つ者同士の力を結集して取り組まなければ、本当の普及にまでは至りません。

    私は昨年、出張でシリコンバレーに3か月滞在したのですが、現地ではレストランやスーパーの駐車場に、EVチャージャーが当たり前のように設置されていました。食事や買い物の合間に普通に充電をするし、自宅に帰れば家庭用のコンセントからも充電をする。どこにでもインフラがあることで、日常生活にEVが溶け込んでいました。日本もそこまでの状況に持っていくことが理想です。それをパナソニック一社で実現できるかといったら、現実的には難しいでしょう。

    ――とはいえ、やたらとチャージャーの数だけを増やせばいいのではなく、電力需給が逼迫しないための仕組みも含めて、本当に社会のためになるインフラを整備しないといけませんよね。

    郷原そのとおりです。だからこそ、志や理想を共有できるパートナーと組むことが重要です。その点、お客さまの利便性や社会への影響を第一に考えているユビ電さんとご一緒できるというのは、本当に心強いですね。

    どんな事業であれ、同じ領域に携わる企業同士は、どうしてもお互いを「競合」という目で見てしまいがちです。しかし、エネルギー問題という大きな社会課題の解決を目指すうえでは、そうしたミクロの視点ではなく、もう少し大きな展望を持って取り組む必要があるのではないでしょうか。

    それに、大企業とスタートアップでは得意な分野も異なりますし、それぞれの強みを生かして協業していけば、きっとお互いにとって良い結果を生むことができるはずです。協業によってそれぞれの得意分野がさらに磨かれ、新たな知見を積み上げることで、お互いの成長にもつながるはずですから。それが大企業とスタートアップによるオープンイノベーションのあるべき姿ではないでしょうか。

    左から郷原氏、山口氏、河合氏  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    Profile

    ユビ電株式会社 代表取締役社長 山口 典男氏  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    山口 典男(やまぐち・のりお)

    ユビ電株式会社 代表取締役社長
    1987年よりKDD研究所及び本社開発部門にて分散オブジェクト技術、人工知能の応用研究に従事。2001年より日本HPで新サービス構築コンサルティングに従事後、2006年ソフトバンクにて事業責任者としてディズニーモバイル立ち上げに成功。第一回ソフトバンクイノベンチャーにてユビ電の事業プランにより優勝。特許多数取得。

    パナソニック株式会社 CVC推進室 河合 亨氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    河合 亨(かわい・とおる)

    パナソニック株式会社 CVC推進室
    営業企画~事業・経営企画を事業部門で担当、EW社では、新事業担当として、海外用住宅蓄電池システムの事業開発に従事。2021年10月よりCVC推進室に在籍。エネルギー領域担当。
    私のMake New|Make New「serendipity」
    スタートアップとの「思いがけない出会い」をたくさん創出したい。

    パナソニック株式会社 CTRO(Chief Transformation Officer)兼 CVC推進室 室長 郷原 邦男氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    郷原 邦男(ごうはら・くにお)

    パナソニック株式会社 CTRO(Chief Transformation Officer)兼 CVC推進室 室長
    2003年入社。ネットワークエンジニアとしてテレビや録画機を中心としたクラウドシステム開発に従事。家電と連携するサービス開発や新規事業立ち上げを推進。2021年10月よりCTROとしてスタートアップやITプラットフォーマとの連携などを手がけている。
    私のMake New|Make New「Moves」
    社会の新しい潮流に立ち向かっていきたい

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