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光がなければ避難できない。光がなければ出口もわからない。「防災」と切っても切り離せない関係にあるのが、そんな光を届けてくれる「照明」だ。
いつ大きな災害が起きてもおかしくない日本で、「防災×照明」という世界があることを知るだけでも、ひとつの備えになるのではないか。関東大震災から100年の9月に、ぜひ、身の回りの防災を考えるきっかけにしていただきたい。
皆さんもきっと見覚えのある非常口を示す緑の誘導灯で、実は業界シェア1位を誇っているパナソニック。この記事では、非常灯や誘導灯などの「防災照明」を生産している新潟県燕市にあるパナソニックの新潟工場に伺い「防災照明」の技術や「フェーズフリー」という新しい考え方で作られた階段灯の開発の想いに迫った。
なぜ誘導灯が緑色なのか知っていますか?
――前提としてそもそも、「防災照明」ってなんですか?
入川まず「防災照明」には誘導灯、非常用照明器具(以下、非常灯)、階段通路誘導灯(以下、階段灯)の大きく3つがあります。誘導灯というのは、非常口を指し示す、あの緑色の照明。非常灯というのは停電になった時にだけ光を出す小さい照明。普段は点いていない照明です。階段灯は階段室についていて避難時の足元を照らします。長いものや、小さいものもあるのですが、とにかく階段室についているものを階段灯といいます。
――誘導灯はよく見かける緑色の照明ですよね。あれはなぜ緑色なのでしょうか?
入川前提として、火災が起きた時、非常口の場所を目立たせるために誘導灯があります。炎って赤いじゃないですか?燃え盛る炎の中でも色が見やすいという理由で緑色にしています。人の目に見える可視光の波長の中で、緑から黄色。特に黄緑色あたりがもっとも見えやすい明るさなんです。そして、光の三原色「赤・緑・青」の中で赤色の反対側にあるのが、だいたい緑から水色。炎の中では相対的にもはっきり目立つ色ということで緑色が採用されています。
齊藤そして、緑色には、「安全状態を示す色」という規格定義があるんです。逆に赤や黄色は「危険な色」という認識なので、そういう色は使ってはいけないということになっています。危険な時に見て、安全性を認識してほしいから緑色という側面もあるんです。
――なるほど。どうしてピクトグラム(絵柄)が使われているのでしょうか?
齊藤誰が見てもここが逃げるところだと視覚的にわかるために、あの絵柄になっています。昔の建物だとたまに「非常口」と文字で書いてあるものがありますが、あれは古いものですね。やはり文字だと一瞬では理解できないですよね。災害時はその数秒が命取りになってしまうんです。
――誘導灯のお話をさらにお訊きしたいのですが、そもそも誘導灯にはメーカーごとの違いはあるのでしょうか?
入川誘導灯のピクトグラムは、消防庁や業界のルールで決められています。描かれている人の手の太さから、頭のサイズまで、比率が全て決められています。明るさについても最低限の光量を取り決めたルールがありますね。ピクトグラムも明るさも決まっているので、あとはそれをムラなく綺麗に光らせる技術や、開封後、電気工事店様が施工しやすい構造に設計されているかなど、そういう点で他社との差別化を図っています。他にも、縁の素材やデザイン、器具の厚さなどで違いを出していくこともあります。
――なるほど。ムラのない光というのはなんでしょうか...?
入川光らせ方によっては、緑の表示面に光のムラが出てしまうことがあるんです。
LEDの光源は小さい粒々なので、そのまま光らせるだけだと光っているところが点々に見えてしまいます。そうならないように導光板というアクリルの透明材で、光をうまく分散させながら面でムラなく広がるようにしています。点光源を面光源に変えていると理解するとわかりやすいかもしれません。
――導光板の技術でムラのない光を届け、照明全体を見やすくしているのですね。
入川そうですね。この導光板の技術で、今ある誘導灯はだいたい1粒のLED光源で表示面を均一に光らせていますね。
ルールから変えていく。国に働きかけながらつくる、より良い「防災照明」のあり方
――ピクトグラムや明るさが国でルール化されているという話を伺いました。例えば、パナソニックがそこに入っていき、一緒にルールをつくっていったり変えていったりという話はあったりするのでしょうか?
入川そもそも「防災照明」では、一般の照明器具の法律に加えてさらに遵守すべき法律があります。誘導灯であれば消防庁の消防法、非常灯であれば国交省の管轄になり建築基準法に適合しなければなりません。例えば、誘導灯ではLEDを使っても問題ありませんが、非常灯では使える光源が白熱灯か蛍光灯としか法律に書かれておらず、LEDが使えないという状況でした。この件に関しては、2017年に法律の下に類する告示の改正があり、非常灯でもLEDを使えるように変わっていきました。
その背景では、パナソニックも国に働きかけるようなことをしていました。ただ、防災に関連する公共性の高い商品で法律の縛りもあるので、ひとつのメーカーが勝手に独走はできません。業界として、他社さんと一緒に、LEDを使えるよう法律を変えてくださいという働きかけをやっていきました。
――国に対してどんな働きかけをしているのでしょうか?
入川国に働きかけようと思った場合、メーカーの利益ではなく、国民として安全なのはどっちだろうという視点に立ちます。「こっちの方が、全国民にとって利益があるので法律変えた方がよくないですか?」と納得いただけるように説明をします。例えば、白熱灯光源自体は100時間しか点かないため頻繁な交換が必要でしたが、LEDになると使い方次第では10年くらいまで寿命を延ばせるので、交換の必要もなくなります。「もしもの時にLEDなら照明が切れていることがないので安全ですよね?」といった説明をさせていただき、ルールを変えてもっと安全にしていきましょうと国に働きかけていくんです。
――なるほど。「防災照明」にとって「交換」にはどのような問題があるのでしょうか?
丸岡誘導灯は24時間365日ずっと点いているので、器具の寿命より先に「光源の寿命」がきてしまいます。寿命が来たら、その光源であるLEDや蛍光灯をきちんと交換してもらう必要があるんです。蛍光灯であれば突然切れてしまいますし、LEDであれば徐々に暗くなって誘導効果が薄くなってしまいます。特にLEDの場合、寿命を過ぎても点灯していることもあり、「点いているから大丈夫だろう」と思ってしまい、光源の交換率は低い状況です。
また、蓄電池にも光源と同じように寿命があります。蓄電池が古くなると、いざ、急に停電した時に避難する時間に対して点灯時間が足りなくなってしまいます。
こういったことが起こってしまわないためにもきちんと定期的にメンテナンスしてほしいのですが、なかなかしてもらえていない。それが「交換」に関する現状の課題です。
だから、「非常時の適切な点灯・誘導を商品でカバーするにはどうしたらいいか」という考え方を私たちが持たなければいけません。光源の寿命を伸ばして交換頻度を下げることで、社会はもっと安全になりますし、私たちの努力でもっと点検しやすい電池にしていけば、点検率も上がっていくだろうと思っています。その考えのもと、「防災照明」の点検啓発活動も積極的に行っており、点検の重要性を広く社会へ発信しています。
つけないといけない照明から「つけたくなる照明」へ
――ここからは、「ブラケット階段灯 デザインシリーズ(以下、フェーズフリー階段灯)」についてお話を伺わせてください。まず階段灯とは、どんな使われ方が想定されている照明なんでしょうか?
齊藤階段灯は、停電の時にちゃんと明るさを確保するための「防災照明」です。階段灯という名前のとおり主に階段につけるものですが、廊下にもついていることがあり、避難経路全般を照らすための照明器具です。人がぶつからない高さについていて、普段は通常の照明として階段を照らし、非常時には専用光源が点灯し足元を照らしてくれます。
――「ブラケット階段灯 デザインシリーズ」は、フェーズフリー認証を取得しています。「フェーズフリー」については、どんなことを工夫されたり意識したりされていますか?
丸岡階段灯を含め「防災照明」って、普通はついていることに気づかないですよね。「目立たない」ということが今までは重要視されていました。できれば何にもないのが理想なのだけど、つけなきゃいけなので、なるべく目立たないようにしていたんです。
しかし、このフェーズフリー階段灯は目立たないというよりは、それが置かれることに価値がある。そんな商品を目指しました。フェーズフリーというのは、「災害時だけじゃなくて、普段でも役に立つ」という考え方です。今回のデザイン商品もまさにこれに合致するのかなと思っています。普段もかっこいいし、停電したらちゃんと足元を明るく照らしてもくれるんです。
齊藤ルールとして、階段には階段灯をつけなければいけないのですが、その縛りは別にして「この照明器具かっこいいからつけよう」という風に選んでいただいて、ついでに非常時になったら点いてくれる優れものという見え方をしていけたらいいなと思っています。
――四角いデザインや素材の質感にはどのような意図が込められているのでしょうか?
丸岡マンションは最近どんどん人が減ってきていて、高級化路線になっています。階段灯には色々種類があり、マンション向けは長いものや丸い形状のものが主流でしたが、丸みのあるデザインがちょっと嫌という声が徐々に増えてきていました。そこで、今回、かっこよくて高級感がありマンションの世界観に調和する四角い商品をつくろうと思ったんです。もちろん安全性は前提なのですが、防災だからといって何かを犠牲にする必要はないのではないかと考えました。
丸岡かっこいいデザインにしようとは決めたものの、やっぱり僕らだけではなかなかそのアイデアは出てきません。だから、構想段階からデザインセンターのメンバーに「とにかくかっこいい階段灯を」というお願いをしていたんです。そうしたら、「こんなのどうですか?」と持ってきていただいた試作品が私の想像を大きく超えていました。
照明の業界では、ガラスがかっこよくて高級感があるというのが常識でしたが、新しいデザインは透明感のある樹脂にすることで、奥行き感を持たせつつシャープな形状を実現していたんです。当然その分成形の難易度は高く、開発のメンバーからは実現に向けて不安な声もありましたが、半ば強引に「これでいきましょう!」とお願いして頑張って形にしてもらいました。
実際世の中に出してからもデザインに対する評判が良くて、悩んだ分、新しい照明のあり方を生み出せた感覚があります。デザイナーさんの協力はもちろんですが、今までとは比較にならないほど営業さんとも密に連携し、お客様のニーズを調べていったので、チームでつくっていった照明だなとあらためて思います。
――フェーズフリーの考え方で、お客さまの声など反響をもらうことはありますか?
丸岡これまで、階段灯はかっこ悪いというイメージをマンションのデベロッパーさんには持たれていました。ただ、この試作品を持っていった時に、第一声で「これは全然非常時照明に見えない」と言われたんです。防災とは無縁のおしゃれな照明器具として見てもらえました。そういうものを狙って作って、実際に買ってくれる人が喜んでくれているので、とても良かったなと思っています。
丸岡フェーズフリー自体、まだそんなに知名度が高いものではないので、こちらからお客さまに対してどんどんアピールしていかなきゃいけない段階かなと思っています。ただ、マンションのメーカーさんは、徐々にフェーズフリーを売りにし始めていて、これから市場に浸透してくる兆しがあります。パナソニックの階段灯を採用することで、フェーズフリーにいち早く取り組んでるマンションメーカーとして各社さんがアピールできるひとつの材料になっていければと思っていますね。
――今年は関東大震災から100年です。改めて、「防災照明」でどんなことが実現できたらと思っていますか?
入川私たちの商品は、もしもの時になかったり、不備があったりすると命に関わるものです。でも、なかなか気付かれない、言ってしまえば地味な商品です。ただ、ようやく「防災照明」の存在感や重要性が知られてもきました。
そこに、「フェーズフリー」という新しい考え方が乗っかってきて、普段は目立たない照明だけれど、最近は注目してもらえる取っかかりが見つかってきた感覚があります。もちろん、私たちの商品が浸透することも嬉しいのですが、他社さんであったり、他のジャンルであったり、災害大国「日本」の防災を前に進める、ひとつのきっかけに育っていったらとてもうれしいなと思っています。
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Profile
入川 敦志(いりかわ・あつし)
パナソニック株式会社 エレクトリックワーク社 ライティング事業部 プロフェッショナルライティングBU 防災照明SBU
2002年入社。主に防災照明の開発者として、新商品の開発業務や既存商品の改善業務に従事。2021年4月より戦略企画課に在籍。防災照明のあり方の検討から、新商品の仕様決定までを手がけている。
私のMake New|Make New「ルールメイク」
白熱灯や蛍光灯の旧光源商品から置き換えるために、新しいLED商品を開発してきました。これからは既存の枠組みに捕らわれず、新たな事に取り組んでいきたいと思っています。
丸岡 篤史(まるおか・あつし)
パナソニック株式会社 エレクトリックワーク社 ライティング事業部 プロフェッショナルライティングBU 防災照明SBU
2017年入社。主に防災照明の商品企画として階段灯を中心に新商品企画に従事。2023年4月より新商品開発課に在籍。誘導灯の商品企画から開発までを手がけている。
私のMake New|Make New「フェーズフリー」
今年から商品開発兼務になりました。企画フェーズでも開発フェーズでも役に立つ人材になれるように頑張ります。
齊藤 功(さいとう・いさお)
パナソニック株式会社 エレクトリックワーク社 ライティング事業部 プロフェッショナルライティングBU 防災照明SBU
1992年入社。非住宅照明の商品開発として防災照明を中心に新商品開発や既存商品の改善に従事。2022年1月より新商品開発課に在籍。新商品の開発をはじめ、発売済商品の改良などを手がけている。
私のMake New|Make New「シンプルな物」
皆さんに一番喜んでもらえるのはこれだと思っています。