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パナソニックのさまざまな「Make New」を発掘しているMake New Magazine(以下、MNM)編集部が、もっと知りたい、話したいトピックをその道のプロにうかがう企画「Make New Studies」。今回は「一人暮らしを整える」がテーマです。
日本において、単身世帯の割合は増加傾向にあり、2020年の国勢調査によるとなんと38%。パナソニックでも、2023年2月に発売されたパーソナル食洗機「SOLOTA」をはじめ、近年は一人暮らし世帯のくらしを良くする商品開発に力を入れています。
一方で、一人暮らしの生活は「自分一人だから、まあいいか」と思ってしまい、「くらしをより良くする」という発想に至らないという人も少なくないはず。
今回は、2023年8月に出版された『自分のために料理を作る――自炊からはじまる「ケア」の話』の著者である、自炊料理家の山口祐加さんにインタビューを実施。「料理」と「ケア」の関係を結んだ山口さんに、一人暮らしがぶつかりがちな料理の壁やその楽しみ方、くらしを整えるヒントまでうかがいました。
自分のために料理をつくれないのは、ただ「面倒だから」ではない?
――まずは山口さんの肩書きについて教えてください。なぜ「料理家」ではなく「自炊料理家」という肩書きで活動されているんですか。
山口私は、より多くの人に料理をしてもらいたいと思って活動しています。特に、これまであまり料理をしてこなかった人に料理の楽しさを伝えたいと思っているんです。しかし、料理初心者からすれば、「料理」というのは崇高で難しいものというイメージがあるみたいなんですよね。
料理初心者にとって、必要なのはレシピではなく、もっと手前の「調味料の選び方」とかそういうことなんじゃないか。そう思って、料理のハードルを下げるために「自炊料理家」という肩書きで活動することにしました。
――具体的に、どのような活動をされているんですか?
山口料理初心者向けの自炊料理教室や、雑誌やWebでの記事執筆、書籍の執筆、レシピ提案などを行なっています。最近は新商品開発や新規事業立ち上げのアドバイザーを担当することもあります。これまで600人以上の方に自炊を教えてきたので、そこで得た知識や経験を生かせるのが嬉しいです。
――2023年8月に出版された書籍『自分のために料理を作る――自炊からはじまる「ケア」の話』では「自分のために料理をつくれない」という悩みにフォーカスしていますが、その背景を教えてください。
山口きっかけは、Instagramで「料理の悩みはありますか?」とお悩みを募集したことでした。届いた声のなかに「自分のために料理をつくれない」という声がいくつかあり、そういう人がいるのかと薄々感じてはいたのですが、はっきりとそのとき意識しました。そこで、あらためて「自分のために料理をつくるのが面倒な人っていますか?」と質問したら、過去最多の反応があって。こんなにたくさんの人が、自分のために料理をつくれないことで悩んでいるんだと驚きました。
――どうして自分のために料理をつくれないのでしょう?
山口「せっかくつくったのに、すぐになくなってしまう(食べてしまう)ことが悲しい」という人もいれば、「あまった食材やつくりすぎた料理を捨ててしまうことに罪悪感がある」とか、「仕事が忙しくて、スーパーの開いている時間に買い物にいけない」という人もいました。「料理をつくるのが面倒くさい」の一言では片づけられない複雑さが存在すると感じたんです。
「自分のために料理をつくれない」と感じている人のなかには、単身者もたくさんいます。それなのに、単身者向けの「どうやって日々食べていくか」という情報って少ないですよね。どれだけ本人につくる技術があったり、一人分の料理レシピがあったりしたとしても、そもそも「つくろう」と気持ちが向かないと何もできません。
「料理」のハードルを下げる、料理の「過程」を楽しむ
――特に一人暮らしの方は、どのような料理の問題を抱えがちだと思いますか?
山口誰にも褒められないことから生まれる、費用対効果のアンバランス感でしょうか。料理は家事のなかでも賞賛されやすいものだし、やっぱり誰かに食べてもらうことで感じる嬉しさがあります。逆にいえばそれがないと、時間もお金も精神力もかけてつくるのに、得られるものが少しだけ......というふうに感じてしまうんだと思います。
あとは、「何を食べたいかわからないから、何をつくればいいかもわからない」という人も多いんじゃないでしょうか。飲食店のメニューとは違って、スーパーには野菜やお肉などの食材はもちろん、冷凍食品、お惣菜、ミールキットなど、無限の選択肢があります。そうなると外食や宅配サービス、コンビニご飯のほうがむしろ選択肢が限られていて楽だと感じるんでしょうね。でも、「これがいい」じゃなくて「これでいい」で選ぶことを繰り返していると、心は荒んでいってしまいます。
――費用対効果のアンバランス感はありますよね。
山口結果として出来上がる料理だけを見るとコスパが悪いと思えるかもしれませんが、「過程を楽しむ」こともできると思うんです。
たとえば、生姜焼きを買うのと自分でつくるのとでは、「生姜焼きを食べる」という結果は変わりません。おそらく費用的にもそこまで変わらないと思います。じゃあ、自分でつくることの価値ってなんだろうと考えると、生肉が美味しい生姜焼きに変化することに感動したり、つくりたてを食べられたり、自分で味や油を調整できたりすることだと思います。しょうがの香りや、火をとおすときの音の心地良さもありますよね。
ライブで楽器の生演奏を聴いて「すごい!」と思うのと同じで、立体的な情報から得られるものって多いはず。頭ばかりじゃなく、身体を使って何かをすること自体も、きっと心の癒しにつながります。
――なるほど、料理自体に豊かさを見出すという考え方ですね。では「何を食べたいかわからない」という問題はどうすればいいでしょうか?
山口自分自身に「何食べたい?」とインタビューするのがおすすめです。たとえば、暑いときにあえてラーメンを食べたいのか、それとも冷やし中華がいいのか、そこにその人らしさが出ると思うんです。
いろんなしがらみを横に置いておいて、自分が何を食べたいかを考えるのってすごく夢があるんですよ。案外そういうときには、高級ステーキとかではなくて、もっと普段から馴染みのあるような料理が浮かんでくるものなんですよね。それを自炊してみるというのは、すごく豊かな体験だと思います。
――思い浮かんだものがお茶漬けやそうめんでも、「自炊」と言っていいのでしょうか......?
山口もちろんです。「簡単すぎるから料理ではない」と考える方もいますが、それも立派な料理のひとつです。「家庭料理は手の込んでいるもの」というイメージって、無意識の刷り込みだと思います。TVドラマでも、生姜焼きとサラダと......って、ほかほかした食卓が描かれがちですけど、同じものを家で再現しようとしてもなかなかつくれませんよね。
食材を切って混ぜて炒めたものが料理だと考える人が多いけど、本当はもっと簡単でいい。とうもろこしをレンチンするのも、トマトを切って塩かけるのも立派な料理ですよ。「自炊」という言葉には、いろんな料理が含まれます。だから私は自炊が好きなんです。
「自分会議」で自分に問いかける、「今晩何食べたい?」
――一人暮らしをしている人にとって、忙しい日々のなかで「自分をケアする」「くらしを豊かにする」という意識を持ちたくても持てない人もいるかと思います。どうすればそうした意識をくらしのなかに取り入れることができると思いますか?
山口仕事が忙しすぎる人に対しては、本音をいうと、「何かをはじめる」前にまずは1日でもいいから仕事を休んでほしい。家も汚い、家事も溜まってる......という、自分の生活が疎かな状況に身を置いていると、人はどんどん自信を失ってしまいますし、心身に悪影響が出てしまいます。
毎日6時間は寝ていたいとか、毎晩お風呂に入りたいとか、自分のなかで好きなことや大事にしたいことって1つくらいあると思うので、それは大事にしてほしいですね。
――パナソニックとしては食洗機を取り扱っていることもあり、「料理のあとの食器洗いが面倒」という理由で自炊に抵抗を感じている人もいるかと考えているのですが、家電などに頼るのはアリだと思いますか?
山口家電を使うことでポジティブな気持ちになれるのだとしたら、取り入れるべきだと思います。
私は、やりたくないことはできるならやらないほうがいいと考えています。たとえば、洗い物が苦手なら食洗機を使ってみる。それで自炊の負担を減らせて料理を好きになれたら最高ですよね。
家電を使うことで「お皿洗いも自分でできないなんて」と罪悪感を抱いてしまう人もいるかもしれませんが、そのときは、どうして罪悪感を抱いてしまうのか、自分自身と会議して理由を棚卸ししてみたらいいんじゃないでしょうか。
山口私は、大人になるって自分の世話係になることだと考えています。自分のお世話をちゃんとしてあげて、じわじわと忙しさに踏み潰されないように暮らすこともセルフケアだと思うんです。
いいボディクリームを塗る、エステにいくなど、セルフケアは「足す」方向で考えがちですが、いまの生活を見つめ直して、疎かになっていることをきちんとするだけも充分じゃないでしょうか。
――たしかに、自分にご褒美を与えるという「足す」セルフケアを第一に考えがちですよね。
山口人は目先のものにとらわれがちだから、「ご褒美」があると飛びつきたくなってしまうんでしょうね。私だって疲れた日、目の前にアイスを差し出されたらきっと食べます。でも、それが本当の「心地よさ」かというと、そういうわけでもない気がするんです。
自分自身に「いま本当にアイスを食べたい? YouTube見てだらだらしたい?」って聞いてみると「ううん、お風呂に入りたい」って答えるときもある。自分のお世話は当たり前すぎてなかなか選択肢に入ってこないかもしれないのですが、「自分会議」をしながら自分にとっての本当の「心地よさ」を選択していけるといいですよね。
――最後に、くらしをより良くしたいと考えている一人暮らしの人に向けて、メッセージをお願いします。
山口一人暮らしだと、どうせ明日も明後日もあるんだし、今日のご飯くらい適当に決めればいいやって思っちゃう。私も適当に済ませる日はあります。でもそれを長く続けていると「心地よさ」からは遠ざかってしまいます。一人だからこそ、自分自身と対話することが大事だと思うんです。
人によって何を心地良いと思うかは千差万別です。ちょっと散らかっている部屋のほうが落ち着くとか、自分の好きな服を着ると幸せだとか。まずは自分にとって何が心地良いかを考えてみることから始めると良いんじゃないでしょうか。
いまこれを読んでくださっている方は、このあと朝ご飯か昼ご飯、もしくは夜ご飯を控えていると思うので、ぜひ自分自身に対して「何食べたい?」って聞いてみてください。
編集後記
井上私自身、一人暮らしをしている当事者なのですが、山口さんの「自分の世話をちゃんとすることもセルフケア」だというお話が印象的でした。別に特別なことはしなくていいのかと、肩の力が抜けた感じがしました。
同居人の視線や「誰かのために」という動機づけがないためにやる気が出づらかったり、「自分さえ我慢できれば、誰にも迷惑かけないから......」と、つい自分の心地よさまで妥協や我慢をしたりしてしまうのは一人暮らしをしているとよくあることだと思います。一人でくらしているからこそ自分が誰よりも自分の良き理解者や味方でいられるように、忙しい日々のなかでも自分を労わるという意識はもっと尊重されていくと良いなと感じました。
自分の心の声を聞いたときに、自分の体や心が喜ぶアクションを即座に取れるのは、自分ひとりに裁量がある一人暮らしの特権かもしれません。毎日必ず訪れる食事の機会を大切にすることは、人生の豊かさに直結するといっても過言ではないと思いました。
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Profile
山口祐加(やまぐち・ゆか)
自炊料理家。1992年、東京生まれ。7歳から料理に親しみ、料理の楽しさを広げるために料理初心者に向けた料理教室「自炊レッスン」や小学生向けの「オンライン子ども自炊レッスン」、レシピ製作、書籍執筆、音声メディアVoicyにて「山口祐加の旅と暮らしとごはん」を放送するなど幅広く活動を行う。著書に『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。(実業之日本社)』、『ちょっとのコツでけっこう幸せになる自炊生活(エクスナレッジ)』など。自炊レッスンや各種イベントのお知らせはXやInstagramでお知らせします。
ID:yucca88(各SNS共通)
公式ホームページ:https://yukayamaguchi-cook.com/