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「運動しなきゃ」と思うけれど、なかなかできない。うまく続けられる運動を見つけたい。その願いを叶えるべく、パナソニックで新規事業開発が進められているのが電動アシスト付き自転車「イツノマニ」。見た目でただの自転車と侮るなかれ。そこには健康寿命を延ばすという壮大なビジョンがあり、人間の習慣を生かして、ストレスなく継続するためのユニークな工夫があった。そしてなにより、実際に事業を成立させるために幾度となく開発・検証・調整を繰り返してきた、新規事業ならではのプロセスも。自転車を愛し、実際に現場でプロジェクトを推進してきた、栗原、米田に熱い想いを聞いた。
こっそり電動アシストをオフにすることで、移動を運動に変える自転車「イツノマニ」
――はじめに、「イツノマニ」とはなんですか?
栗原人が気づかないうちに運動習慣を作ってくれる電動アシスト付き自転車です。日々の生活でなにげなく自転車を漕いでいると、無意識のうちに電動アシストがOFFになるため、イツノマニか自分の力で運動できている。そんなサービスです。その運動効果はアプリケーションで可視化されるためモチベーションを保つ助けにもなっています。
――「イツノマニ」の仕組みについても教えていただきたいです。
栗原速度の遅い漕ぎ始めは通常のオートモードにてアシストして、その後時速18kmを超えるとアシストが切れる*ようにソフトを制御しています。
(*編集部補足:通常の電動アシスト自転車でも道交法の規制で時速24kmでアシスト力が0となるところ、より早い段階でアシスト力をゼロにすることで運動効果を高めるということだそうです。)
普段の走行時に時速18kmまで速度を上げると、惰性走行でアシストがなくてもある程度走れてしまうんです。そこでアシストをOFFすることによって、いつの間にか運動になっているっていう仕組みです。モーターの中に内蔵されたトルクセンサーでどれだけの力でペダルが踏み込まれているかを検知して、プロトタイプではロックに内蔵されたデバイスがそのデータをクラウドにアップして計算することで運動効果・運動量を算出しています。
編集部で実際に試乗してみました!
電動アシスト付き自転車が、正確なデータを測る「計測機」になるという発見
――技術的なお話も少しお聞きしたいのですが、ペダルを踏み込む力を計測するセンサーは、もともと電動アシスト付き自転車に付いているものなんですよね?
米田トルクセンサーですね。そうです。すべての車体に付いていて、時速何kmでならこのアシスト率、一定の速度を超えたらアシスト率を下げて...というのが道路交通法で決まっているんです。
栗原そこへ記録の機能を付け加えたのが「イツノマニ」です。走った距離は必ず記録として残るので、1年間で何km走ったのかを正確に振り返ることができます。体重や走行距離によってだいたいの消費カロリーは簡単に計算できますが、同じ体重でも人によって運動量が違うので。「イツノマニ」はより正確に、自分が運動した分だけのデータを得られるのがポイントかなと思います。
この自転車の最終目的地は、「健康寿命を伸ばすこと」
――このプロジェクトはどんなビジョンを持って始まったのでしょうか?
米田自転車と関わりの強い「健康」についてリサーチをする中で、日本人の健康寿命と平均寿命の間には約10年の差があることを知りました。極端に言うと、寝たきりのまま過ごす期間が10年もあるということです。若い頃から運動不足になって、それが少しずつ健康に支障をきたしてしまっているんです。だったら、もっと若いうちから運動習慣をつけておくことで、健康寿命と平均寿命の差を少しでも縮められるのではないかと思ったんです。
栗原年齢を重ねると移動が大変になって、どうしても行動範囲が狭まってしまいがちです。でも、もともと運動習慣がある人は何歳になっても青空の外へ積極的に出かけられると思うんです。「イツノマニ」で運動の習慣を作ることで、より多くの人が健康的に外出を楽しめる未来を実現したいという想いもあります。このようなビジョンで現在開発を進めており、市場へのサービス導入を目指して事業化を目指しています。
――運動によって力もつくし、「イツノマニ」で移動できる範囲も広がりそうですね。
栗原そうですね。地方は特にクルマ社会で、自分で動く力がどんどん弱ってしまうと思うので、せめて自転車に乗ることでできるだけ長く自由な移動を叶えてもらえたらいいですね。
――「健康寿命を延ばす」という最終目標に対して、「イツノマニ」の今後の構想があれば教えてください。
米田ほんとうは、体力やコンディションによって「これはしんどい」「これは楽」の基準は変わると思うので、それぞれに合ったアシストを提案できるようにするのが理想ですね。今日は元気だからいつもより重くしちゃおうとか、今日は疲れているからやめておこうとか、そういう細かな設定をアプリ内でできるようになれば、より継続につながると思うので。
栗原「イツノマニ」のサービスによって、過去の自分のデータを持ち続けることができるようにするという構想もあります。若いころから運動習慣を身に付けて行くためにも、ゆくゆくは、「イツノマニ for student」や「イツノマニ for sports」のようにいろんな展開の可能性があるのではないかと考えています。
大切なのは「続けられる」こと。開発のポイントは「ながら運動」
――「イツノマニ」が形になるまでのお話も聞かせてください。社内でプロジェクトが始まる発端は何だったのですか?
栗原大きなきっかけの一つにコロナ禍がありました。在宅ワークをする人が増え、みなさん体を動かす機会が減ってしまいましたよね。そういう方々へ向けて、移動手段である自転車を使って"ながら運動"できる商品を作れないか、というのが当初の想いです。
米田自部門ではないのですが、別の研究開発チームと大学の共同研究で、自転車の乗車時間に影響して血糖値や中性脂肪が右肩下がりに減っていくかという検証をしていたんです。ただ、本質的な課題は生活習慣病の改善より「もっと手前に」あるのではないかと気づいて。そこで、「そもそも運動することができない」という多くの人が抱える課題にアプローチしようと考え始めました。例えば、モチベーションが維持できなくて三日坊主になってしまう人だったり、忙しくて運動する時間を十分に取れない子育て世代の方だったりを想定していました。
栗原その共同研究プログラムに、実は私も参加したんです。プログラムを通じて実際に中性脂肪の数値が下がっていきました。でも、一つ問題が。検証用の電動アシスト自転車は通常よりも弱いモードに設定しており、乗っているとかなりキツくて。たしかに運動になるし数値も下がるけど、これじゃ続けられないよなと......。それで、「ほどよい運動を毎日続けられる」という形を目指しました。
栗原「イツノマニ」は、無意識の行動の先に運動効果があることによって、運動不足のモヤモヤを自然と解決できるようなサービスにしたいんです。自転車のような普段の生活に組み込まれた無意識の移動手段を使っていたら、気づけば運動になっていたというのが一番嬉しいと思うので。
米田僕は自分自身が自転車競技をやっていることもあって、少し漕ぐだけですぐにアシストが切れる速度に達してしまい、「イツノマニで運動効果があるのだろうか」と疑っていたところがあったんです。でも、実際に社員を30名集めて検証をやってみると、運動効果が20%ほど上がるというのがわかって。その数値を見た時にようやく「大きな可能性がある」と確信が持てましたね。
――実際にデータとして運動量がわかるのが「イツノマニ」の特徴だと思うのですが、やはり「イツノマニ」において「記録」というのは重要な観点でしょうか?
米田運動効果を見える化することで、自分の頑張りを振り返った時にモチベーションになるのが「イツノマニ」の最大の価値だと考えています。しかし、ただデータを見られるだけだとだんだん興味がなくなってしまうと思うので、継続してもらうためにどんなコンテンツが必要なのかをこれから検証しなくてはと考えているところです。
栗原「1人だとモチベーションが続かない」という声をもらう中で、ジムでトレーナーさんと運動するのと同じように、誰かから応援してもらうのがいいのではないかと思って、約1ヶ月間の試乗を行った際は、ユーザーの方々に毎日メッセージを送っていました。毎日2人で内容を考えて、手動で(笑)。
米田「今日は頑張りましたね」「今日は雨だったので運動できませんでしたね」とその人の状況に合わせてメッセージを送ることで、「頑張ろうという気持ちになった」と感想をもらえたので、運動効果のデータ化に加えてチアリングも大きな軸にしていこうと考えています。
――ただ褒められるだけじゃなく、データに信憑性があるからこその実感がいいんでしょうね。
栗原今後はそういうチアリングをAIでやれたらと考えています。10人だったらいいけれど、ユーザーが増えたら僕らが一人ひとりに送るわけにはいかないので(笑)。
心も体も健康にする「イツノマニ」。社会まで健康にすることを目指して、挑戦は続く
――2人とも自転車がお好きと聞きましたが、自転車の魅力はどんなところだと考えますか?
栗原僕は旅行の一部として楽しんでいます。自転車をばらして新幹線に乗って、降りたらまた組み立てて、それで旅先を自由に走るのが好きで。
米田僕は、自分自身の力で目的地に辿り着けるというところにハマりました。そこから自分の身体能力を高めることに興味を持ち、今ではフィットネスのデータを見ながら「今日はこのくらいパワーが出た」と分析をするのが趣味です。
――すごい、仕事と同じようなことをプライベートでもやっているんですね。やはり、「自分の力で走る」というのも自転車の魅力のひとつなのでしょうか?
栗原自分で好きなところへ行ける乗り物って自転車くらいですからね。車やバイクと比べても、自転車はルートを決めずに好きな道を走れるので。その自由さが自転車の魅力だと思います。
――メンタル面でも気分が上がって爽快感を得られる感覚もありますか?
栗原そうですね。「イツノマニ」で「運動しなきゃ」というモヤモヤを解消していって、気持ちの面での解放感を与えるというのも大きなテーマですね。
――いろいろな展開の可能性がありそうですもんね。これから事業化を進めるにあたって、「イツノマニ」の展望や意気込みを教えてください。どこかと組んで新たなビシネスを追求することもできそうですが。
栗原スポーツモデルを開発したり、BtoBの展開をしたり、いろいろなビジョンが浮かびますが、まだ検討中です。まずは平均寿命と健康寿命の差を縮めるところがゴールですね。
米田「イツノマニ」はかなり正確な運動データを取れるため、そのデータを活用することで人々の健康にもっと貢献できるのではと思っています。より多くの人に活用してもらい、そして継続してもらって、結果として健康な人が増えたら嬉しいですよね。
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「イツノマニ」は、ゲームチェンジャーカタパルト(GCC)主催のビジネスコンテスト2022年度通過テーマ。2023年度よりパナソニック サイクルテック株式会社、GCC共同で事業化へ向けて推進中。
Profile
栗原 博志(くりはら・ひろし)
パナソニック サイクルテック株式会社 事業企画部
1991年入社。生産技術、商品企画として電池応用商品を中心に商品量産化、商品企画、新規事業に従事。2011年4月より現事業企画部に在籍。経営企画、B2B商材企画開発をはじめ、現在は新規事業開発などを手がけている。
私のMake New|Make New「お客様に寄り添い、繋がり続ける自転車」
自転車って、お客様の人生に寄り添ったライフスタイル商品だと常々感じています。入学、就職、結婚、子育て、趣味などで何かと登場してくる稀な商品です。こんな身近で“イツノマニ”かそばに居る商品をもっとパートナーとして使って欲しい、そんな思いから、例えば子供の頃から蓄積してきたパーソナルなデータで繋がり続ける事ができる自転車、サービスを世に出したいと思っています。
米田 大輝(よねだ・だいき)
パナソニック サイクルテック株式会社 事業企画部
2013年入社。海外営業担当として欧州市場を中心に電動アシスト自転車の電装部品の営業活動に従事。2018年9月より事業企画部に在籍。北米規格対応をはじめ、海外事業中長期戦略などを手がけている。
私のMake New|Make New「Field」
もっと多くの現場を知り、色んな場と場を繋いで課題解決できる存在になりたい。