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地球環境の未来が心配な編集者が率直に聞く。「パナソニックのICP制度ってなんですか?」

ICP  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

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    「サステナブルな取り組みをしていない企業は取り残される」世の中がそんな流れになりつつある昨今、具体的に何をどうすればいいのか模索している企業も少なくないはず。一方で、生活者からするとできるだけサステナブルな会社を応援したい思いもあるが、上辺だけの環境保護姿勢を示すグリーンウォッシュなどの問題も挙がるいま、何を指標にしたらいいのか迷う部分も多い。

    そんななか、パナソニック株式会社は2023年度からICP(インターナル・カーボンプライシング)制度を試行導入した。「CO2排出量に価格をつける」ことで環境に優しい未来づくりを目指すという、わかるようでよくわからないこの制度。今回、この制度を徹底的に紐解くべく、環境問題に関心を寄せる編集者であり、ポッドキャスト番組でパーソナリティも務めている南麻理江さんが、パナソニックの戦略本部 CGXO(チーフ・グリーン・トランスフォーメーション・オフィサー)チームで、自社のICP制度の設計および社内戦略に携わった伊藤忠弘にインタビュー。ICPの実態解明から企業の責任、個人のウェルビーイングまで話は展開した。

    左から南さん、伊藤さん  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    「昔、こんなに暑かったっけ?」日常の疑問が原動力に

    普段から環境に関心があるので、今日はいろいろとお聞きしたいです。まずは伊藤さんの所属しているチームであるCGXOチームはどんなミッションを持って、何をされている部署なのか教えていただけますか?

    株式会社湯気の共同代表 南麻理江さん  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    南麻理江さん。東京大学文学部を卒業後、大手広告代理店にてインターネット広告のセールス、企画・運用に携わる。2017年にハフポスト日本版に入社、エディターとして幅広い領域で活動。現在は株式会社湯気の共同代表を務める

    伊藤パナソニックのCGXOチームは、長期視点でサステナビリティに関する戦略や制度をつくって実装していくチームです。特に、カーボンニュートラル(脱炭素)とサーキュラーエコノミー(循環経済)*1 であったり、いわゆる環境領域に重点を置いています。

    ICP制度構築などGX関連の企画を担当している伊藤忠弘さん  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    ICP制度構築などGX関連の企画を担当している伊藤忠弘

    (*1)サーキュラーエコノミー(循環経済)とは、従来の3Rの取組に加え、資源投入量・消費量を抑えつつ、ストックを有効活用しながら、サービス化等を通じて付加価値を生み出す経済活動であり、資源・製品の価値の最大化、資源消費の最小化、廃棄物の発生抑止等を目指すもの(引用:環境省

    伊藤さんはいつからチームにいらっしゃるんですか?

    伊藤発足がいま(2023年)から1年半ほど前の2022年4月で、立ち上げ当初から在籍しています。メンバーは8人いて、色んなバックグラウンドを持った20〜40代が中心です。とてもフレッシュで、熱い想いを持ったチームなんです。

    若い方が多いんですね。伊藤さんは環境問題にもともと関心があったんですか?

    伊藤ありましたね。パナソニックにおけるサステナビリティの取り組みの重要性は、社内でずっと訴えていました。

    あとは、自分のバックボーンもあると思います。私は和歌山県出身で、生まれ育った町は海が近くて、山もあって、身近に自然があることがあたり前でした。でも年月が経つにつれて気候の変動が気になるようになって。「昔こんな暑くなかったよな」とか、「こんなに大雨の日が続くものだっけ」とか。それで調べていくと、CO2排出量の話などにつながってより責任感と危機感を抱くようになり、いまに至ります。

    自分のなかに生まれた疑問や問いを仕事に反映するのは、大切なことですよね。ジェンダーとかもそうですけど、日々の生活のなかでモヤっとする場面はたくさんあるのに、それはそれ、仕事は仕事と切り離して考える空気が世の中にあることには違和感を覚えます。

    取材でお2人が話している様子  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    CO2に価格をつけるICP制度

    さて、今日の本題は「ICP制度について」です。私のまわりには環境問題の深刻さを考えると夜も眠れないという人もいるのですが、ICP制度は本当に地球環境にとって良いものなんでしょうか?

    伊藤はい。ICP制度は、長期的にCO2削減の推進を支援するための制度です。仕組みを簡単に言うと、「CO2に価格をつけること」。現在、脱炭素社会の実現に向けて、世界中でいろんな取り組みが行なわれています。そのなかの一つで、有効な手段と考えられているのが「カーボンプライシング」という手法です。

    政府主導で行なわれているものもありますが、ICPは、「インターナル(企業内)・カーボン・プライシング」の略称。つまり、企業が自社のCO2排出を抑えるためにCO2に独自の金銭価値をつけ、投資判断などに活用する手法のことを指します。

    ICP制度を通じてカーボンニュートラル、サーキューラーエコノミーにしっかり取り組むことで、環境(GX)に真摯に向き合う企業として顧客に選んでいただける。つまり事業競争力向上の観点もあるんですね。

    ICPの仕組みについての図版  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    CO2に値段をつけると、どうして脱炭素につながるんですか?

    伊藤例えば、とある製造会社がAとB、2つの事業創造に取り組んでいたとします。投資と利益の面でAよりBのほうが良いとなると、どうしてもBを選んでしまいますよね。「Aは環境にやさしいモノづくりができるけどBは製造過程で大量のCO2を排出するんです」、と言われても経済的な判断でBが優先されてしまうのが現状で、CO2の効果を考慮せず選択されてしまうことは、現状の仕組みとして仕方ない話です。

    しかし、それを打破するのがICP制度です。CO2削減量に価格をつけ可視化することで、「環境への影響を含めた経済的な判断」ができ、企業のCO2の排出を減らす投資を進めていくことができます。環境に負荷がかからないモノづくり、サービスづくりを実施することで脱炭素につながるんですね。

    ICP制度がある時・ない時の図版  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    なるほど。いままでなら目先のコストで安い事業や製品開発を選ぶところを、ICP制度を導入することで、CO2排出量を考慮した選択ができるようになるってことですよね。

    伊藤そうですね。パナソニックとしても、より環境貢献につながる事業創造を加速させたいという想いがあり、2023年度にくらしアプライアンス社で試行導入に至りました。2024年度にはパナソニック株式会社全社に導入拡大していきたいと考えています。

    ちゃんと数字が見えるから「環境に良いことをしていきましょう」というふわっとした話ではなく、何をどうすれば環境に良いモノづくりができるか、判断が明確になりますね。

    取材中の南さんの写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    工場だけじゃなく、生活者が排出するCO2も考慮する

    ICP制度は会社によって(CO2排出量1トンあたりの)価格のつけ方や仕組みが違うんですよね?パナソニックのICP制度の概要や特徴を教えていただけますか。

    伊藤一般的な企業さんでよくあるのは、自分たちの会社を通じて排出しているCO2に焦点をあてて、ICP制度を導入するパターンです。専門用語でいうとスコープ1・2ですね。ですが当社は、「スコープ3」*2、削減貢献量まで対象範囲を広げました。製造・販売に関わることに加え、生活者のくらしに関わることまでが対象です。

    (*2)モノがつくられ廃棄されるまでのサプライチェーンにおけるGHG排出量の捉え方として、「スコープ1」「スコープ2」「スコープ3」という分類方法がある。スコープ1は、自社が直接排出する温室効果ガス。スコープ2は、自社が間接排出する温室効果ガス、スコープ3は、原材料仕入れや販売後に排出される温室効果ガスを指す。(参照:経済産業省資源エネルギー庁

    スコープの標準的な分類の図版  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    スコープの標準的な分類(参照:経済産業省資源エネルギー庁)

    つまり製品がつくられる前の過程から、販売して、生活者が購入して使うところまでってことですよね。その製品を家庭で使う際に排出されるCO2まで計算し価格をつけて、全体のコストに組み込む。

    伊藤そうですね。パナソニックのC02排出量って年間で1億トンぐらいあるんです。スコープ1とスコープ2は、そのなかの1%ぐらいなんですね。残りの99%をスコープ3が占めている状態です。なのでスコープ1、2はもちろん、スコープ3をなんとかしないと、と考えています。

    取材中の伊藤さんの写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    なるほど。スコープ3まで対象範囲を広げた企業って日本ではまだ珍しいですよね?攻めている、というか。

    伊藤はい、先進的だと思います。それでいうと、当社はもともと「くらしの豊かさ」と「地球・社会課題の解決」の両立を目指していて。実現に向け、当社のICP制度は、カーボンニュートラルとサーキュラーエコノミーの2軸に関わるモノやサービスへの投資を対象としています。

    脱炭素に比べてサーキュラーエコノミー実現においては、そのために何を数値化して測定するのかは判断が難しいので、ICP制度を導入する対象としてどうしても企業は脱炭素だけになりがちです。ただ、モノをつくる当社の事業特性上、サーキュラーエコノミーへの取り組みも必要だという思いがありました。なので、業界で数値が決まっているものはそれを参考にしつつ、決まっていないものに関しては世の中の動向を見ながら数値化しています。

    すごいですね。計算も数値化もめちゃくちゃ大変そう......。

    伊藤頑張ってます(笑)。

    CO2排出量1トンあたり2万円は「決して高くない」

    パナソニックのICP制度では、CO2排出量1トンあたり2万円の価格をつけています。これ、高いのか安いのかでいうとどっちなんでしょう。

    伊藤値つけは2030年時点での社会動向、他社の動向などをリサーチして2万円に決めました。現在、国内でCO2排出量1トンあたりの価格は3千円ほどですから、パナソニックのいまの価格は高いと感じるかもしれません。でも、環境問題が悪化していくと、環境のためにCO2はより削減すべき対象になりますよね。すなわち、CO2排出量の単価も上がっていくんです。いまの世の中を見ると、残念ながら単価が上がっていく傾向は間違いないと思います。ですから、当社では先を見てこの価格を設定している、というわけです。

    ICP制度を取り入れた結果、今後どんな製品や事業が生まれてくるのでしょうか?

    伊藤今後いくつも事業が出てくるので、正式リリースを楽しみにお待ちいただけたらと思いますが、例えば、冷蔵庫、洗濯機、食洗機などのいわゆる白物家電にまつわる事業が考えられます。家庭で使っている家電はだいたい5年、10年で壊れてしまいますよね。いまは壊れたら買い換えるのが普通だと思うんですが、それを修理して、より長く使えるビジネスとか。

    お直し事業ってことですか?それはめちゃめちゃいいですね!電気屋さんとかに相談すると、買っちゃったほうが早いですねって言われてすごく切なくなったりしますもん(笑)

    取材中の南さんの写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    伊藤ほかには、IoT(Internet of Thingsの略。モノのインターネット)を取り入れたビジネスですね。IoT接続されると、生活者の生活様式に合わせて、高度にエネルギー制御ができるのでより省エネでお金もかからなくなります。

    じゃあICPを導入すると、パナソニック内部で環境にいいモノづくりが優先的に進むだけじゃなくて、生活者にとっては、さらに便利だったり、電気などの料金が安くなったりする製品を使えるようになるってことですね

    パナソニックのICP制度を説明する図版  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    伊藤便利さや安さもそうですが、ICP制度の導入は巡り巡ってくらしの豊かさにつながると思うんです。例えば、孫が初給料でプレゼントしてくれた家電っておじいちゃんおばあちゃんは長く使いたいと思うんですよ。そこで故障したからって新しいのを買うんじゃなくて、修理して長く使えるっていうのは単純に嬉しいじゃないですか。それって、生活者のウェルビーイングにつながるはずで。環境も大事なんですけど、まずは一人ひとりの生活があることを理解し、くらしを豊かにすることが大事だと思うんです。

    環境に配慮することが結局、個人個人のウェルビーイングにつながっているのはすごく面白いなと思いました。環境への取り組みってトレードオフだって考えている生活者の方も多いと思うんですね。環境へ配慮することは、我慢することだって。でもそうじゃなくて、個人のくらしの豊かさと環境への配慮の両方を取れるよってことですよね。

    伊藤はい。ただ、環境に配慮していることを前面に出さなくてもいいかなって思っていて。手に取った製品がじつは環境に配慮していたんだってあとから気付くほうがいいなと個人的には思うんです。そのためにはしっかりと手に取ってもらえる製品をつくらないといけない。

    なるほど。たくさんの人が選んだモノが結果的に環境に良ければ、世の中がダイナミックに変わっていきますもんね。

    個々のウェルビーイングに、環境の文脈をそっと足す

    近年は企業の立場として、脱炭素に取り組まないことがリスクだという認識が広まっていますよね。一方で、環境問題に関心のある人の視点に立つと、「ビジネスのための取り組み」という考え方にモヤモヤする人もいると思うんです。でも今日お話してみて、異なる立場の人がいろんな考えや視点を持ちつつも、「くらしの豊かさ」という同じ方向を向いているのは面白いし、希望があるなって思いました。

    取材中の南さんの写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    伊藤とても共感します。一人ひとりの考えが違うのはあたり前なんですよね。ただ、事実として地球温暖化は進んでいる。個々のウェルビーイングを大切にしながら、そっと環境の文脈も足したほうがいいよねっていう考えです。そして、企業が仕組みでカバーしようっていう。

    取材の様子の写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    パナソニックみたいな大企業が新しい仕組みづくりをリードしてくれることが大切ですよね。環境省の資料などを見ただけでは、ICP制度は企業の合理性を優先した取り組みのような印象も持っていましたが、今回伊藤さんのお話を聞いてそれが消費者のくらしを向いていることがわかって「めぐっている感」を感じて勝手に痺れました(笑)。グローバル規模の最先端な課題に向き合うのは、挑戦しがいがありそうですね。

    伊藤そうですね、めちゃくちゃやりがいがあります。環境問題に立ち向かうことは、正解がないなかで正解を見つけにいく旅だと思っていて。いまこの大きなテーマに取り組まないと、ひょっとしたら次の世代が生きられないかもしれないという状況ですよね。私たちは正解がない問いを目の前に突きつけられているんです。答えはないかもしれないけど、それでも、自分たちがなんとかしなきゃいけないと思います。

    取材中の伊藤さんの写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    以前、気候変動について研究している九州大学の教授の方に取材したときに、「長く使える消費財が、生活者の購買行動を変えていく」というお話をされていて。伊藤さんの話を聞いてそのことを思い出しました。10年、20年使うものとして何を選ぶか。パナソニックはくらしのなかで長く使う製品が多いし、ICP制度の導入でこれからさらに環境配慮した製品が強化されていくとしたら、いま地球の未来を悲観している人にとって一つの朗報になるかもしれませんね。

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    南 麻理江氏のプロフィール写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    南 麻理江(みなみ・まりえ)

    株式会社湯気共同代表、Editor
    2017年よりハフポスト日本版にて記事や動画、イベントなどの企画・制作を担当。「日常会話からSDGsを考える」をテーマに掲げたライブ番組「ハフライブ」ではホストも務めた。2022年6月、株式会社「湯気」を設立。“世の中を変えるかもしれない「熱」を、なだらかに伝えていく”をコンセプトに、社会課題に向き合う企業や組織に並走する日々。カルチャーメディアCINRAのPodcast番組『聞くCINRA』のパーソナリティを務める。


    伊藤 忠弘氏のプロフィール写真  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    伊藤 忠弘(いとう・ただひろ)

    パナソニック株式会社 戦略本部 CFOチーム 兼 CGXOチーム
    2016年入社。業務用空調機器の開発業務や、社内新規事業アクセラレーター「Game Changer Catapult」を活用した新規事業創出に取り組む。2021年1月よりアプライアンス社経営企画にて中長期ビジョン検討や事業開発等を担当。2022年4月より現職にて、ICP制度構築をはじめ、サステナビリティ(GX)関連の戦略立案・推進やステークホルダーコミュニケーション推進を手がけている。

    私のMake New|Make New「Sustainability」
    一人ひとりにそっと寄り添い、次世代にサステナブルな生活をつなげていきたい。

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