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家電製品だけでなく、業務用冷蔵庫などの厨房機器も数多く手がけるパナソニック。とりわけユニークな存在感を放つのが、常温で保存・物流が可能なレトルト食品を製造できる小型高温高圧調理機「達人釜」だ。大型設備と比較して手軽に導入でき、食品メーカーのレトルト食品のメニュー開発、地域特産品やレストランの通販用商品、病院食・防災食の調理加工など、幅広い用途で使われている。
滋賀県産の農産物を使ったベビーフードを開発・製造する「はたけのみかた」も、10年来の達人釜ユーザー。通常の流通には乗りづらい規格外の野菜を農家から買い取り、達人釜を使ってレトルト食品に加工。野菜そのものの美味しさが感じられるベビーフードとして、人気が高まっている。
これまでは廃棄されることもあった規格外の野菜に、新たな価値を吹き込む「はたけのみかた」代表の武村幸奈さん。農家の経営安定化にもつながるその取り組みについて、また、農産物の可能性を広げる達人釜の活用法について、武村さん、製品の営業を担うパナソニックの後藤恵子、田村隆幸の3名に話を聞いた。
手軽にレトルト食品がつくれる達人釜とは
達人釜は、101℃以上の温度帯の真空調理が可能な「小型高温高圧調理機」。パウチのまま高温高圧で殺菌ができ、「オリジナルのレトルト食品」を大型設備と比較して手軽に製造できる。
サイズは家庭用洗濯機ほどとコンパクトで、中小規模の事業者が主に活用。広いスペースを必要とせず、小ロットの製造に適している。また、常温での長期保存や物流が可能なため、冷凍・冷蔵設備のコストを削減できるなど、創業期のベンチャー企業でも導入しやすいのが特徴だ。
主な用途は、飲食店のテイクアウト商品、通販用メニューの製造。地域の特産品の製造・加工。食品メーカーのレトルト食品のメニュー開発や、病状や嚥下状況にあわせた病院食の開発、防災用品の開発など。また、農産物の端材や規格外品の加工にも向いているため、食材の有効活用、廃棄ロスの低減にもつながっているという。
経営が難しい小規模農家の課題を達人釜が解決する?
――はたけのみかたでは2015年から達人釜を使ったベビーフードの開発、生産、販売を行なっています。会社名にも表れていますが、武村さんが起業された背景には、「地元の農家さんを助けたい」という思いがあったとうかがいました。起業当時、滋賀県の農業に対してどんな課題感をお持ちでしたか?
武村はたけのみかたでは、滋賀県内の小規模農家とネットワークを構築し、綿密な打ち合わせのもと野菜を納入いただいています。
滋賀県内には小規模ながら素晴らしい農業を行なう農家の方々がたくさんいらっしゃいます。しかし、技術的な難易度が高く、自然環境の影響を受けやすい農法はつねに安定した収量を得ることが難しくて。また、さまざまな農法を試行錯誤していることもあり、野菜の大きさが揃わない等、品質は非常に高いにも拘らず、市場の規格に適さず流通しない野菜も少なくありません。みなさん、本当に苦労されています。
武村少しでもそんな農家の助けになればと思い始めたのが、彼らの野菜を使ったベビーフードの事業でした。生鮮食料品の市場に回せず、自ら売り先を開拓できなければ、これまでは廃棄するか畑に埋め戻すしかなかった野菜でも、ベビーフードのように細かく加工する商品の材料であれば問題なく使えます。そうした野菜を一定価格で仕入れることで、有力な販路を持たない小規模農家の収益に還元できますし、ひいては滋賀県内の有機農業の活性化につながるのではないかと。
――最近は別業種から就農する若い人も増えていますが、やはり一筋縄ではいかないものですか?
武村そうですね。特に若い農家は、信念を持って有機・無農薬などの農業にトライしたいと考える方も多いのですが、なかなかそれが「営み」につながらない。結果的に、農業を諦めざるを得ない方も少なくありません。
後藤はたけのみかたが運営するウェブサイト「私たちは農家ではなかった」にも滋賀県で新規就農した方々のインタビュー記事が掲載されていますが、自然な農法ゆえに天候に左右されたり、生き物に作物が食べられたりと、みなさんさまざまな苦労をされていますよね。
武村はい。そういった農法はマニュアルもありませんし、試行錯誤しながら勉強していくしかないため、一年中畑と向き合っているんです。それでも収益に繋がらなければ生活に影響があると、畑仕事とは別にアルバイトしている方もおられます......。
もちろん、なかには自身で販路を開拓し、ブランディングをして収益を上げている農家の方々もいらっしゃいます。ただ、そういう方は一握りですし、農家にはあくまで「つくるプロ」として、良い野菜を育てることに時間を使ってほしい。そのためには、規格外の野菜を加工したり、それを世の中に送り出していったりといった部分を第三者が担うような仕組みが必要なのではないかと。
田村それこそ、はたけのみかたさんのような、「思い」と「アイデア」を持って野菜を新たなかたちで世の中に送り出すプレイヤーが、全国の産地に必要ですよね。
武村たとえば、ミカンがよく取れる地域で、それをオレンジジュースに加工し販売したところジュースが大ヒットし、そこからその土地がミカンの名産地として知られるようになった、といった事例もあります。「加工品」の発信力には、大きな可能性があるんです。
ただ、いくら思いやアイデアがあっても、それをできる環境や設備がなければ何もできません。その意味でも達人釜は新しいプレイヤーにとって最強の武器になります。特に、小規模スペースで安全な食品をつくることができる点はさまざまな業種のさまざまな事情に合致するでしょうし、レトルト食品に加工することで長期保存が可能になり、賞味期限切れによる不良在庫を回避できるのも大きな利点だと思います。
――達人釜の営業を担当している後藤さん、田村さんは、いまのお話を聞いてどのように感じましたか。
後藤もう本当にありがたい限りですし、レトルト事業の価値をあらためて実感しております。農林漁業者の所得を上げるためには、生産(1次産業)と製造・加工(2次産業)、販売(3次産業)までを多角的に考えて経営にあたる、いわゆる「6次産業化」が欠かせないといわれています。まさにいま、はたけのみかたさんは地元の野菜の価値を高め小規模農家の活性化に取り組まれているわけですが、そこに達人釜が役立っていることを大変嬉しく思いました。
低コスト、コンパクトサイズ、丁寧なフォローで学生ベンチャーも導入しやすい
――では、そんな達人釜を利用して武村さんたちが製造しているベビーフードの特徴を教えてください。
武村「manma 四季の離乳食(以下、manma)」は、滋賀県産の旬の野菜やお米を使用したベビーフードです。大きな特徴は、化学合成農薬・化学肥料(窒素成分)を使わずに育てられた素材を使っていること。また、加工の際には余計な調味料は使用せず、野菜本来の味を生かして調理していることです。レトルト食品のため常温での長期保存が可能で、賞味期限は1年以上となっています。
後藤最近では東京のお店にも置かれていますよね。私が勤務する都内のオフィスビル近くのショップでmanmaを見かけたときは、思わずテンションが上がりました。武村さんとは起業された当時からのおつき合いですが、「10年かけて、コツコツ販路を広げてこられたんだなあ」と、感慨深くなってしまって。
――特に「子どもに、できるだけいいものを食べさせたい」と考える保護者から支持されているそうですね。
武村保護者の方のなかには、子どもにベビーフードを食べさせることをうしろめたく感じてしまう方もいらっしゃいます。私たちがmanmaを開発した背景の一つにも、そうした気持ちに寄り添いたいという思いがありました。野菜の美味しさがそのまま伝わるようなベビーフードなら「自分が納得できるものを食べさせたい」という気持ちにお応えできるのではないか。
それを実現するうえで、達人釜の存在は本当に大きくて。食材を袋詰めした状態で加熱するため、野菜そのものの風味を閉じ込めることができるんです。
――商品開発や生産の過程で、達人釜をどのように活用していますか?
武村一番多いのは、下ごしらえ後、袋詰めした商品を加熱・殺菌する仕上げの工程ですが、原材料の加工などにも使っています。また、小ロットからつくれることもあり、試作品の開発でも重宝しています。
ちなみに、現在は4台の達人釜がフル稼働していますが、工場の増設に伴い、新たに2台を導入予定です。達人釜がなかったら、私たちの事業は成り立たないですね。
――そもそも、達人釜を使いたいと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
武村赤ちゃんが口にするベビーフードは、品質の担保はもちろん、高い安全性やモラルが求められます。それらをクリアするために、既存のOEM工場に任せるのではなく、自社で安全技術を積み上げていきたいと考えていました。とはいえ、それには大掛かり、かつ特殊設備投資が必要で、学生ベンチャーとしてスタートしたばかりの私たちにはハードルが高かった。そこで、レトルト食品開発の専門家の方などに相談を重ねるなかで、達人釜の存在を知りました。
コスト的にも導入しやすく、操作方法もシンプル。サイズもコンパクトなので、広い工場を借りなくても導入できます。何より、これを使えば小規模な会社でも食品の安全性を担保できるのは大きな魅力でした。導入後も田村さんや後藤さんが何かとサポートしてくださって、心強かったですね。
――田村さん、後藤さんは営業担当として達人釜を販売するなかで、どのような思いを抱いていますか?
田村達人釜は「使い方」がとても重要な製品で、はたけのみかたさんのように上手くご活用いただければ素晴らしい価値を生み出すことができます。ただ、裏を返せばどう使えばいいかわからず、製品のポテンシャルがうまく伝わらないこともある。実際、販売開始当初は新しい製品の価値を伝えることがむずかしく、われわれ営業担当としてもかなり苦労していました。一台一台納入していく中で、製品の新たなポテンシャルに気づかされながら、販売を拡げてきた経緯があります。今後もお客様の事例などから学び、さらに達人釜が活躍できる場を広げていきたいです。
――そうして販売を拡げてこれたことには、何か秘訣があったんですか?
後藤秘訣などではなく、やはりどれだけ強い思いがあるかが大事ではないかと。「この製品は必ずお客さまのお役に立つ」と心から信じること。そして、全国どこへでもうかがってお客様とコミュニケーションをとり、一緒に考えること。その積み重ねでしかないと思います。
田村結局のところ、私たち自身がこの製品に大きな可能性を感じているからこそ、納品して終わりにはしたくない。お客さまが達人釜を使ってより良い商品や事業を開発できるよう、可能な限りサポートしたいと考えています。
後藤武村さんもそうですが、達人釜をご購入いただくお客さまって「いままでにない価値を生み出したい」「社会に貢献したい」という、強い思いをお持ちの方が多いんです。こちらとしても、そうした熱意にお応えしたい、ときにはメーカーの枠を超えて、お手伝いしたい。そんなふうに思わせてくれるお客さまと出会える、私たちにとっても特別な製品ですね。
レトルト業界全体を盛り上げ、日本の一次産業活性化につなげる
――はたけのみかたの、今後の展望を教えてください。たとえば、ベビーフード以外の事業なども考えていますか?
武村そうですね。ベビーフード以外にも、子育ての食にまつわる課題はたくさんあります。そうしたさまざまな課題やお困りごとに対して、農業の分野からアプローチできることを探し、一つずつかたちにしていきたいと思っています。すでにアイデアは色々ありますので、順番にやっていきたいですね。
それから、やはり農家の努力が経済的にも報われる。そんな社会にしていきたいという思いもあります。目の前の農家の力になるだけでなく、より大きな視点で農業というものをとらえ、ビジネスとして成り立つような仕組みを考えていきたいです。
――ありがとうございます。最後に、田村さん、後藤さんにもおうかがいします。今後、達人釜をどのように展開していきたいですか?
田村今日、武村さんのお話をうかがってあらためて感じたのですが、お客さまから「これがないと事業が成り立たない」とまで言っていただける製品って、めったにないと思うんです。だからこそ、その価値をより多くのお客さまに届けていきたい。それだけですね。
後藤田村が言うように、私たちとしては引き続き、お客さまが達人釜を事業や商品の価値向上に結びつけられるよう全力でサポートしたいと考えています。
また、今後はそれだけでなく、達人釜をお使いのお客さま同士をつなぐ橋渡しもしていきたいですね。お客さまがそれぞれの商品や事業について情報交換し、切磋琢磨できるようなコミュニティを、達人釜を介してつくっていく。そうすれば、レトルト業界全体が盛り上がり、巡り巡って日本の第一次産業を活性化させることにもつながるのではないかと思います。
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Profile
後藤 恵子(ごとう・けいこ)
パナソニック産機システムズ株式会社 コールドチェーン事業本部 企画統括部
1992年入社。関東地区におけるスーパーマーケット向けの提案営業に従事した後、2002年より九州地区・関東地区における厨房機器を中心とした提案営業に従事。
2023年より厨房機器の販売企画、および新規顧客に対する商品提案に従事している。
私のMake New|Make New「目線を変える」
今までの、「自分が売る達成感」「メーカーの立場で提案」から、「売る達成感の共有」「お客様満足の追求」に自身の目線を変化させたいと考えております。
田村 隆幸(たむら・たかゆき)
パナソニック産機システムズ株式会社 コールドチェーン事業本部 近畿支店 コールドチェーン営業2部
2008年キャリア入社。入社当初より同じ部署で厨房機器・プレハブ庫を中心に販売店様・ユーザー様へ提案営業、販売、施工に従事。
私のMake New|Make New「気づき」
ある商品から新たな価値、ある人から新たな発想、いろんな気づいていないことにもっと気づいて、もの・ひとと長くつき合いたいです。
武村 幸奈(たけむら・ゆきな)
株式会社はたけのみかた 代表取締役
2014年11月、大学在学中に同社を起業。持続可能な農業と子育て社会の相互的発展を目指し、地元滋賀県に加工場を設立。県産の農産物(栽培期間中、無化学合成農薬、無化学肥料)や環境に配慮された食材を使用したベビーフード「manma 四季の離乳食」を開発し、2015年より販売開始。以降、製造からプロモーション、販売までを自社で手掛けている。2017年6月「内閣男女共同参画局女性のチャレンジ賞」、2018年2月「関西財界セミナー賞」などを受賞。