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2024年1月、東京23区の新築マンション1戸あたりの平均価格が1億円を超えたことが、新聞・テレビなどで大きく報道された。資材価格の高騰による工事費の上昇が背景にあるとされる。
マンションは集合住宅であるため、快適に住み続けるためには定期的な管理・修繕が欠かせない。そのため分譲マンション居住者は毎月「管理費」「修繕積立金」を支払っているが、こちらも工事費や人件費の高騰により10年前と比べて約3割も上昇している。
私たちの生活のきわめて身近にある「マンション」という住まい方は、いま曲がり角を迎えている。そんななか、パナソニックは2022年10月にマンション管理IoT化サービス「モバカン」をローンチした。「管理をもっと簡単に、暮らしをずっと快適に」を合言葉に、マンション管理のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するためのサービスだ。
パナソニックはなぜいま、この新規事業を始めたのか。マンション管理をめぐる社会課題、そして私たちの「未来のくらし」がどうなっていくのかを、モバカンのサービス責任者・企画立案者と、営業担当の2名に聞いた。
マンション管理が抱える「3つの老い」「人手不足」という課題
――今回は、パナソニックのマンション管理IoT化サービス「モバカン」と、そこから見えてくるマンションの問題についてお二人にうかがっていこうと思います。本題に入る前にまずは、お二人の経歴を簡単に教えてください。
小久保私はモバカンの発案者で、サービスの責任者を務めています。パナソニックには新卒で入社して約20年、長年マンションインターホンの営業企画を担当していました。5年前に新規事業立ち上げのミッションを与えられ、色々と検討した結果、社会課題と当社の強みのマッチングポイントはマンション管理にあるのではないかと思い至ったんです。そこで、モバカンの事業を立ち上げました。
東谷私はもともと印刷会社、テレビの広告代理店の営業を経験して、2年前に中途採用で入社し、小久保さんのもとでモバカンの営業とマーケティングを担当しています。
――モバカンはマンションをめぐる課題を解決するためのサービスとのことですが、そもそもいまマンション管理業界が抱えている課題はどういうものですか?
小久保「3つの老い」とよく言われています。マンションの住民、建物、管理する人、これら3つが同時に老いていく。この状況が進むと、マンションを健全に維持していくのが困難になってしまいます。
東谷それに加え、マンション管理会社さまでは管理員の成り手不足、それに伴ったフロントマン(※1)の人材不足と離職率の高さも課題となっています。それに拍車をかけているのが、人件費の高騰です。
※1マンション管理会社が管理するマンションの担当者として、管理組合運営の支援、建物や設備の維持・管理などを行なう
小久保もともとマンション管理員は、定年退職後のセカンドキャリアとして選ばれることが多い職種でした。ところが定年延長など65歳までの雇用確保が義務化されたことで、セカンドキャリア人材が市場に出てこなくなり、応募が少なくなっているんですね。
マンション管理員の業務はさまざまで、共用部分の清掃、ごみ集積所の整理、共用設備のメンテナンス作業時の立会い、さらには住民からのクレーム対応など大変なものばかりで、メンタル面の負荷が重くなってしまう場合もあります。
マンションは「複雑な運命共同体」?
――そもそもマンションには賃貸と分譲の2種類がありますが、どのような違いがあるのでしょうか?
小久保賃貸の場合はマンション一棟を一人のオーナーさんが持っている場合も多いですが、分譲の場合は部屋ごとにオーナーさんがいます。そのため「マンションのここをこう変えたい」とか「修繕したい」といった要望が出てきたとき、分譲の場合は話を進めるのがすごく大変なことが多いですね。
――関係者がとても多いわけですね。それにすべての住民の立場は平等でもある。賃貸から分譲に引っ越すと、マンション管理組合に参加したり、賃貸よりもやることが増えたりすることに、驚く人も少なくないのではないでしょうか。
小久保そうですね。住民は、分譲マンションを購入すると自動的に管理組合のメンバーとなります。管理組合はマンションの維持管理を目的に、理事会の運営や共用部分の保全などを行なう必要があるので、やることも多くなってしまいますよね。
しかも、管理組合内でのコミュニケーションツールは紙が多いんです。住民向けのお知らせも紙で配布しますし、修繕の同意を紙で承認を得るなど、管理組合側の住民にも手間がかかってしまいます。
――そもそも、なぜ「紙」なのでしょうか?
小久保マンション管理においては、みんなが平等に使えるという点で、紙を重宝する文化が根強いように思います。いまはスマートフォンなどのデジタル端末も普及しているため、新築物件なら始めからペーパーレス管理も導入できますが、圧倒的多数を占める既存のマンションにおいては、途中からルールを変更するのは大変なパワーが必要になります。
モバカンがマンション管理の面倒や手間を解決
――モバカンは、こういったマンション管理にまつわる課題をどのように解決するサービスなのでしょう?
小久保モバカンは、インターホンや、スマートフォンのアプリを使ってマンション管理業務の効率化をはかるサービスです。「デジタルで対応できること」と「人が行なうこと」を切り分け、デジタルで対応できることはモバカンが解決します。
――インターホンを使用するんですね。インターホンというと来客対応のイメージが強く、それ以外の用途があるとは思いませんでした。
小久保そうですよね。でもじつは、全住戸に必ず設置されていますし、モニター、スピーカー、マイクもついている万能端末なんです。モバカンは、こういったインターホンのユニバーサル性を活かしてマンション管理に貢献します。
――万能端末であるインターホンというハードを活用し、サービスも含めた事業への転換を図っているんですね。ところでスマートフォンにはどのように対応しているのですか?
東谷インターホンと同様に、LINEで住民の方々に掲示物の情報などを届けることができます。企業のLINE公式アカウントをイメージしてもらうと、わかりやすいと思います。
――モバカンはインターホンでもスマートフォンでも同じように使えるんですね。具体的にできることはなんですか?
東谷モバカンは現在3つのサービスメニューをご用意しています。1つ目は「掲示板・書庫サービス」といって、インターホンやスマートフォンにオンラインで資料を配信し、ペーパーレス化を実現することができます。さらに住民の皆さんにアンケートを取ることも可能です。
――2つ目はどんなものでしょうか?
東谷2つ目は、マンションのゲスト向け駐車場、ゲストルームなど、共有部の予約がモバカン上でできる「申請窓口サービス」です。これまでは管理人のいる時間帯に管理事務所に行って予約する必要がありましたが、それが24時間、デジタルで行なえるようになります。
――ペーパーレスかつ、いつでも予約できる。さらには、お互いにリアルタイムで状況が把握できるようになるわけですね。3つ目はどうでしょうか?
東谷3つ目は「清掃点検対応サービス」。オンライン上で管理できるキーボックスを使ってメンテナンス業者さんへの鍵の受け渡しを無人でできるようにするサービスです。
スピーディーで柔軟な対応が、お客さまからの評価につながった
――モバカンはパナソニックの新規事業ですよね。サービスのローンチまでにどのような経緯があったのでしょうか?
小久保まずは、パナソニックが強みとしている電気設備とデジタル技術を核としたソリューション事業の立ち上げ、というテーマで企画をはじめました。ですが、私はインターホンの営業企画に長らく携わってきたので、インターホンが日々の生活でどのようなお役立ちができるかという視点で構想するようになりました。
企画を進めるうち、机上で考えるだけではなく現場の声を聞こうと、管理会社さんに「何かお困りごとはありませんか?」と聞いて回ったんです。そのなかでマンション管理業界の現状、そして課題を知り、「人が足りないんですよね」というお声をたくさんおうかがいしたんですね。そこで「インターホンを使って、人がいなくてもマンション管理が回る仕組みができないか?」と考え、省人化サービスをつくることを決心しました。
――最初は小久保さん一人で進めていったのでしょうか?
小久保そうですね。ただ、全国の管理会社を回る際は営業も一緒だったので、一体感を感じながらやっていました。マンションインターホン市場はパナソニックともう一社で市場シェアを分け合い、しのぎを削っているのですが、営業とも「何か違う土俵で戦わなければ」という課題感で一致していたんです。
東谷私は中途入社なので途中から参画しましたが、たしかに他部署にもかかわらず営業所の皆さんは協力的で前向きだなと感じました。
――ローンチまでには、さまざまなクリアすべきポイントがあったと思うのですが、その点はいかがでしたか。
小久保社内で情報を一元化できる仕組みを工夫して、企画、開発、セールス、マーケティングが逐次課題を共有し、一体感を持って進めていくことを意識していました。
そして何よりも管理会社の課題やお困りごとをしっかり理解することに、一番注力しましたね。
――たとえばどんなことでしょう?
小久保ときには現場の管理員さんの横に張りついて実際の業務を観察させてもらったりもしました。そのおかげでサービスの根本的な意義を考え抜くことができ、明確なイメージを持てたので、エンジニアとシステムをつくっていくときも説明がスムーズにできたかなと思います。
――「このサービスはこうあるべきだ」という理想像が綿密にできていたと。
小久保もちろん、つまずいた部分もあります。モバカンはインターホンから始まっていますが、その機能が入った最新機種は当時まだ発売したてだったため、導入可能な物件は少ない状況で。管理会社さんから「複数物件同時に導入しないと、業務効率化につながらないよね」とご指摘をいただいたんです。
そこで「広く普及できるツールが必要だ」と、LINEのミニアプリを開発しました。この方向転換には労力がかかりましたが、結果として、物件のニーズに合わせて導入手段を柔軟に選べるようになり、より導入してもらいやすいサービスに進化できたと思います。
東谷じつは2024年3月に、エフ・ジェー・コミュニティーさまの管理物件への全棟導入の受注をいただくことができました。それも、顧客の声を汲み取ってサービスを柔軟に進化させていったことが評価されたのかな、と思います。
自分に合うくらし方を選べる未来のために
――ここまではサービス開発の裏側をうかがってきましたが、最後に少しマクロなお話をお二人に聞いてみたいと思います。いまマンション管理は社会問題としても大きな注目を集めつつありますが、今後、どういう問題が出てくると考えられますか?
小久保そもそもマンションには、高いセキュリティ性がもたらす安心感や、より良い設備を使える、という価値があります。それらの価値を維持、向上させるには適切な投資をする必要があります。
しかし、現在人件費や物価高騰により修繕費の負担が増して、さらに管理費も上がるとなると、お金に余裕のないマンションが増えてしまいます。そのため適切な投資ができず、マンション自体の資産価値が低下していくことが問題だと考えています。
――それらの問題も踏まえ、今後の展望についてお話しいただけますか。
東谷私は、若い世代が将来マンションを購入して住むことになったときに、「イメージしていたくらしと違う......」といったネガティブなギャップが少ない状態をつくりたいと思っています。マンションの面倒くささや困りごとをできるだけ減らして、マンションも含めた多様な選択肢のなかから自分のくらし方を選べる未来になればいいな、と。
小久保モバカンを、マンションにまつわるお困りごとや、未来のくらしに対する手段を提供するプラットフォームにしていきたいと思います。例えばモバカンがあることで、EVや電子決済などの新たなテクノロジーが既存のマンションでも使いやすくなり、住民にとってよりよいくらしを提供できるようになれば、と考えています。
実際にモバカンを採用いただいたお客さまからも、「パナソニックなら色んなハードやソリューションがあるから将来的にできることが増えていくよね」とご期待の声をいただいております。
当社はもちろんのこと、他社のソリューションとも連携することでくらしのご要望にしっかりと応えていけるよう、これからも進化していきたいです。そして、社会全体の生産性を高めるためのツールのひとつとしても、モバカンが役立てばいいなと思います。
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Profile
小久保隆弘(こくぼ・たかひろ)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 電材&くらしエネルギー事業部 サービスクリエーションセンター モバカン事業推進チーム
2004年入社。マンションインターホンや住宅用火災警報器を中心に住宅関連電気設備の営業企画業務に従事。2022年4月よりくらし空間イノベーションセンター(現サービスクリエーションセンター)に在籍。モバカンをはじめ、マンション向けのサービス事業立ち上げを手がけている。
私のMake New|Make New「Solution」
パナソニックが得意とするハードとお客さまの困りごとにお応えするソフトを組み合わせたソリューションを創り続けていきたいと思います。
東谷窓夏(あずまや・まどか)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 電材&くらしエネルギー事業部 サービスクリエーションセンター モバカン事業推進チーム
2022年キャリア入社。サービスクリエーションセンターに在籍。セールス・マーケティング担当としてモバカンをメインに様々なソリューションの営業活動に従事している。
私のMake New|Make New「寄り添う」
営業として常にお客さまを第一に考え、寄り添うことでそれぞれのお客さまに最適なソリューションが提供できるよう、日々心掛けています。