2024年9月1日、パナソニックは業界最小サイズ(※1)のコンパクトベーカリー「SD-CB1」を発売した。パナソニックの原点であるターゲットニーズに立ち返り、現代のライフスタイルに合わせた新しいコンセプトの製品だ。
パナソニックは、1987年に他社に先駆けてホームベーカリー製品を発売して以来、つねにマーケットをリードし続けてきた。なかでも最適なタイミングでイーストを自動投入する機能は、パナソニックの独自技術で大きな強みとなっていたが、今回の新製品ではあえてこの機能を外す決断をしたのだという。
従来の強みを削ってまで小型化にこだわった理由とは、一体何なのか。生活者にどんな「新しいくらし」を提供したいと考えたのか。
商品企画者とデザイナーの2人にインタビューを行ない、新製品に込めた思いを語ってもらった。
※1 幅18.8×奥行28.5×高さ24.3cm。2024年7月3日現在。国内ホームベーカリー市場において(当社調べ)
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「焼きたてを食べきれない」から考えた「ちょうどいい」サイズ
――まずは今回発売された「SD-CB1」について教えてください。どんな人にどんな価値を届けるために生まれた製品なのでしょうか?
佐藤一言でいうと、焼きたてのパンを家庭でおいしくつくれて食べられる製品です。それだけなら従来のホームベーカリーと同じですが、これまでの製品との最大の違いは、ベーカリー本体もできあがるパンもサイズが小さくなっていることです。本体は業界最小(※1)サイズですし、パンは通常の1斤ではなく約0.6斤(※2)の食べ切りサイズになっています。
※2 当社1斤比、約0.6斤相当
――なぜ小型化にこだわったのですか?
佐藤やはり生活者のライフスタイルの変化が大きいですね。近年はいわゆるファミリー層と呼ばれる4人家族や5人家族が減少し、夫婦だけ、またはお子さんがいる3人暮らしという家庭が増えてきました。そうすると、せっかく焼きたてのパンをつくっても、夫婦2人でその日のうちに1斤すべてを食べ切るのはなかなか難しいですよね。残った分を冷凍する方法もありますが、それでは焼きたての香りや味わいを損なってしまうことになります。
また、そういったご家庭はキッチンもそこまで広くないので、ホームベーカリーを置くスペースがなかなかありません。使うたびに棚から出して、またしまってという使い方では、そのうち面倒になりしまいっぱなしになるという傾向もあります。
省スペースで食べ切りサイズのパンがつくれる、そんな製品を追い求めて完成したのが、今回のコンパクトベーカリーです。予約機能を使えば、朝起きる時間に合わせてパンを焼き上げることもできます。
種田私自身もそうですし、周囲を見ても少人数の家庭が増えていることを実感しています。もう1つライフスタイルの変化として挙げられるのは、健康志向の高まりです。主食である炭水化物は、質と味にこだわり控えめにして、代わりに野菜をたくさん食べるといったスタイルの人も増えています。「SD-CB1」は、そういったニーズも叶えられる製品です。
――2人とも、多くの家庭に焼きたてパンのおいしさを届けることに強い思いを持っていたと聞いています。なぜ、そのように考えるようになったのですか。
佐藤パン屋さんに行っても、焼きたてのパンを手に入れるのって難しいじゃないですか。運良くタイミングが合うか、焼きたての時間を狙って行かなければいけない。でもホームベーカリーがあれば、パリッとした香ばしさや生地の柔らかい食感を、誰もが楽しめるようになります。これまではスペースなどの問題で購入に踏み切れなかった人たちにも、ぜひこの幸せを味わってほしいと思っていました。
種田じつは私、「SD-CB1」が発売されるまでは、自宅で別のホームベーカリーを使っていたんですが、2人暮らしには、本体もできあがるパンも大きくて。置きっぱなしにするスペースがないので、毎回シンクの下にしまわなければいけないし、1斤焼いても食べ切れず、冷凍することも。翌日以降はちょっと残念な気持ちで残ったパンを食べていたので、企画の構想を聞いたときに「欲しい!これは絶対に世に出したい!」と強く感じました。
佐藤あと個人的な話をすると、私も夫と2人暮らしで、今までの1斤サイズではどうしても食べきれず余って冷凍しなければならなかったり、出張で家を空けると焼いたパンが残ってしまって、結果として残念な事態になることもあるんですよね。なので、ちょうどいいサイズのパンを提供するこの製品の企画に携わることになって、すごく意欲が湧いたのを覚えています。
理想を追い求め、パナソニックの強みをあえて削る。勇気ある決断とは
――0.5斤でもなく0.7斤でもなく、約0.6斤(※2)になったのはなぜでしょうか?
佐藤2人で食べるのにちょうどいいサイズを探るため、多くの人たちにヒアリングをしました。その結果が、反映されていますね。あとは、どのサイズならホームベーカリーの調理性能を最大限に発揮しておいしいパンを届けられるかという点も、考慮したポイントです。
――これまでの「あたり前」だった1斤を約0.6斤(※2)に変更するのは大きな決断だったと思います。社内から不安の声などは出なかったのでしょうか?
佐藤それはもちろんありました。商品性も価格設定も製造工程も、いままでにない新しいチャレンジでしたから、企画をとおすまでのハードルも高かったです。ただ、パナソニックはつねにお客さま起点で、生活者のくらしを深く洞察することを大切にしています。日本だけでなくグローバルで、その土地に暮らす人々の声に耳を傾けて商品開発を進めるカルチャーです。
また、「あたり前」と言っても実は一般的に言われている1斤って、ずばりの大きさや重さは決まってないんです。だったら、そんな常識にとらわれる必要はそもそもないですよね。お客さまのくらしの変化を丁寧に見つめ直し、ベストなサイズを見極めていきました。
――業界最小(※1)コンパクトサイズということですが、実現した一番の理由はなんでしょう?
佐藤今回、とにかく置きやすく小型化することにこだわり、お客さまが本当に必要とする機能を見極めていきました。そのなかでもサイズに大きく影響したのは、イーストを自動投入するためのイーストディスペンサーを外したことです。
プロのパン職人さんは、長年の経験からイーストを入れるタイミングを判断します。家庭でそれをやるのは難しいので、従来のモデルには温度を感知して最適なタイミングでイーストが自動投入されるディスペンサーがついています。これは特許も取得していたパナソニックの独自技術です。
もともとパナソニックの強みであるイーストの自動投入機能を削るという決断は、ものすごく難しく、とても勇気が必要なことでした。
だって、その機能をつけておけば大きな間違いは起きないわけです。安全にいくなら残すという判断になるところでも、お客さまのことを真剣に考えて、本質を捉えた判断を下す。商品企画担当者として、とても勉強になりました。
ただ、単純にイーストディスペンサーを外して本体サイズを小さくするのではなく、やはり「簡単おまかせでおいしいパンができる」価値をお届けすることにこだわって、新たな方法を開発する。ここがすごく大変なことです。大きいものを小さくするのは簡単だと思われるかもしれませんが、じつはかなり難しいんですよ(笑)。
種田意思決定までにはさまざまな議論がありました。でもいったん外すと決めたあとは、Panasonic Cooking@Labのチームが新たにレシピを研究してくれて。イーストディスペンサーなしでも最適な発酵ができるようになりましたし、いろいろな立場のメンバーがあらゆる角度から「簡単においしいパンを食べてもらう」ために全力を尽くす姿を、目の当たりにしました。あらためてパナソニックのモノづくりはすごいなと感動しましたね。
いつも焼きたてパンがあるくらしのためのデザイン
――種田さんが、デザイナーとして特にこだわったのはどんなところですか?
種田もう本当に全部こだわったんですけど、一番はやはりサイズ感です。企画や設計など、プロジェクトメンバーが一緒になって、モーターの種類や配置を含め、機械的なところも徹底的に議論しました。設計メンバーがかなり試行錯誤をしてくれたおかげで、限界まで小さくなりました。不要なものは徹底的に排除するため、性能に関わらない箇所、例えば基板の角を削ってもらったり、部品の位置、角度なども工夫したので、本体のなかにデッドスペースはほぼありません。
種田約0.6斤(※2)というパンのサイズもそうですし、本体のサイズも綿密な調査に基づいています。毎回片づけが必要なサイズだといずれ使われなくなるので、無理なくキッチンに常設できるサイズを探っていきました。一般的なマンションのカップボードを再現し、そこに置かれる炊飯器やレンジのサイズも考慮しつつ、どれくらいの幅なら隙間に置けるのかをじっくりと検討しました。最後はミリ単位の世界です。
種田あとは実寸のほかに見た目寸法という考え方もあり、感覚的に小さく見えやすい形状にもこだわりました。小さく見えるのに効くのは、高さなのか奥行きなのか幅なのか、真四角がいいのか角を丸くしたほうがいいのか。試行錯誤して、現在のかたちに行き着いています。
もちろんUI/UXデザインも重要なテーマでした。ボタンは、左から順にメニュー、焼き色、タイマーと、設定順に配置しています。ボタンを押すと真上のエリアに文字が表示されるのもポイントです。押した場所のすぐ近くに表示が出ることで、迷わず操作できるようになっています。
適正価格で提供できるようコストカットも進めましたが、「手軽にパンを焼く」ための工夫には妥協していません。新たに付属している小麦粉用の計量カップは、すくいやすさや計りやすさにとことんこだわってデザインしました。自宅にデジタルスケールがなくても、この粉計量カップがあればパンづくりをはじめることができるようにしています。
佐藤先日、あるネットモールのベーカリー部門のランキングで1位になりましたし、メディア向けに紹介した際には「たしかに、このサイズってちょうどいいですね」とか「じつはずっと待っていました」というコメントもいただいて、苦労が報われた思いです。
種田「この価格でこんなにおいしいパンができるの!?」という声も、たくさんいただいています。
香りと食感を楽しむ、焼きたてパンのおいしさを広めたい
――「SD-CB1」を購入した人にお勧めのレシピや楽しみ方はありますか?
佐藤初めてホームベーカリーを使う人には、まず香りを楽しんでほしいと思います。焼きたてパンの香りで目覚める朝は、本当にぜいたくな気分に浸ることができますから。
種田パンが小さいからそのまま食卓に持っていけるのもいいですよね。テーブルの上で切ったり手で割いたりしながら、焼きたての味と食感を楽しんでほしい。外はカリっと、なかはふわふわ。1斤でそれをするとちょっとワイルドになってしまいますが、食べ切りやすいサイズなので気にせず楽しめると思います。
佐藤レシピとしては、今回から搭載した「高加水パン」は個人的なおすすめです。一般的なパンの加水率は約60~70%ですが、高加水パンでは80%以上になります。しっとりした食感と豊かな風味を楽しめるおいしいパンです。水分量が多いので手づくりしようとすると生地がやわらかすぎて難しいんですが、「SD-CB1」ならオートでつくることができます。
あとは約0.6斤(※2)だと1日で食べ切れるので、毎日違うパンを焼けるのもポイントです。今日はデイリーパン、明日は米粉パンといったぐあいに、自由に楽しんでもらえればうれしいですね。
――最後に、今後の事業やマーケットの展望について聞かせてください。
佐藤まずはやはり、これまで興味はありながらも購入に踏み切れなかった人たちに、ホームベーカリーの価値を体感してほしい。そのうえで、もし今後ご家族が増えるなど状況が変わった際には1斤サイズのホームベーカリーも検討していただければと思います。すそ野を広げつつ、長いおつき合いができる関係性を築ければ最高ですね。
種田ホームベーカリー市場は、これまで何度かブームによる浮き沈みを繰り返してきました。これは置き場所の問題も関係していると思っていて、キッチンに常設できるこの製品なら、ブームではなく定番の家電になることも可能だと思うんです。
朝食はご飯よりもパン派だという人って、じつは多いじゃないですか。でも、ほとんどのご家庭に炊飯器はあるのにホームベーカリーはない。「SD-CB1」が、そうした過去の常識を覆すような存在になればうれしいです。
※1 幅18.8×奥行28.5×高さ24.3cm。2024年7月3日現在。国内ホームベーカリー市場において(当社調べ)
※2 当社1斤比、約0.6斤相当
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Profile
佐藤優(さとう・ゆう)
パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部 調理機器BU コンシューマーSBU商品企画部
2010年入社。国内家電販社で代理店営業を担ったあと、2014年からインド拠点に駐在し、調理機器・美容健康製品の商品企画に従事。帰国後も主に中近東・日本市場向けの調理機器商品企画、日本・北米市場向けのビューティ商品の商品企画として活動。2023年11月より現職にてグローバル全体の調理機器商品企画を手がけている。
私のMake New|Make New「Happy」
常にお客さまの真の幸せを想い、思わず「幸せだなぁ~」とつぶやいてしまうような新たな体験を、商品やサービスを通じてお客さまにお届けしたいと思います。
種田未理(たねだ・みり)
パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 くらしプロダクトイノベーション本部 デザインセンター AD3部
2022年キャリア入社。海外でのファームステイ経験から、⾷材や料理への関⼼が強くなり、帰国後から炊飯器やコーヒーメーカーなどキッチン家電のプロダクトデザインに従事。パナソニック入社後、コンパクトベーカリーに加え、冷蔵庫、IHクッキングヒーターなどのプロダクトデザインも担当。前職での経験も含めるとキッチン家電一筋11年⽬になる。
私のMake New|Make New「おいしい」
次の食事が楽しみになるような、食にまつわるくらしを豊かにする商品デザインを進めていきます。