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くらしの中で時々起こる何の悪気もない発言がきっかけとなる対立や傷つけ合い。これって自分では気づけない思い込みや偏見が原因なのではないだろうか?そう考えた編集部メンバーが、「NVC(Nonviolent Communication:非暴力コミュニケーション)」を広めている今井麻希子さんにお話しを伺うことで、思い込みや偏見を越えて、素直に気持ちを伝え合う方法を探りました。
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自分ではなかなか気づけない「思い込みや偏見」
近年、多様性への配慮から、偏見や差別を含む言動に対して社会全体が非常に注意深くなっています。私自身も、人と関わる際は外見や属性などを通して見るのではなく、個々の違いを特徴として捉え、差異を認めることを意識しています。
それでもやはり、自分の言動が相手を傷つけてしまうかもしれないと、日々感じるのです。それはなぜかというと、自分では気づけない無意識な「思い込みや偏見」があるからだと考えています。
例えば、あるとき私が友人に「○○さんはおとなしい人だね」と伝えると、彼女の表情が一瞬強張ったことがありました。彼女にとって「おとなしい人」という分類は嫌だったかもしれないと、ものすごく後悔しました。ただ、直接「嫌だ」と言われたわけでもないので、わざわざ謝るのも変だなと、結局どこにも表せない罪悪感を抱えたままになりました。
何の悪気もなく伝えた言葉がきっかけで相手を傷つけてしまう、もしくは傷つけてしまったのではないかと、もやもやしてしまう。こんな経験は皆さんにもあるのではないでしょうか。
では、無意識の「思い込みや偏見」に、相手に伝える前にどう気づいたらよいのか。この問いについて考えたいと模索していたところ、「NVC」というコミュニケーション手法が目に留まりました。
今回は、このNVCの視点を取り入れながら「思い込みや偏見」にどう気づくかを探るべく、NVCの普及活動をおこなっている今井麻希子さんにお話を伺いました。
「どちらが正しいか」の先へ導くNVC
はじめに、NVCとはどんなコミュニケーションの手法なのか、根本の考え方や具体的な方法を伺いました。
私たちが対立したり、誰かに対して暴力的な行為に向かってしまったりする背景には、「何が正しくて、何が間違っているか」という捉え方があるんです。「『どちらが正しいか』の先へ」という言葉がまさにNVCのエッセンスです。
「あなたは間違っているから駄目だ」となると、「強制的に変えなきゃ(○○せねばならない)」という考えを持ちやすくなってしまいます。NVCの提唱者であるマーシャル・B・ローゼンバーグ博士は、この「正しいか、間違いか」という前提の問いが対立を生むと気づき、対立を越えるコミュニケーションの手法としてNVCを生み出しました。
しかしながら、私たちに染みついている「正しいか、間違いか」という判断基準をアップデートすることは非常に難しいのです。NVCではそれを実現させるために、コミュニケーションに「観察(Observation)」「感情(Feelings)」「ニーズ(Needs)」「リクエスト(Request)」という4つのステップを取り入れることを提唱しています。
まず、「そもそも何が起きているのか」を、自分の解釈ではなく客観的に「観察」の目で見る。そのときに自分の内面で一体どんな「感情」が動いているかと、内側に意識を向ける。そして、感情の奥にある大事にしたいこと、すなわち「ニーズ」を探る。そこから、お互いのニーズを満たすためにできそうなことを「リクエスト」をする――こんなふうに捉えながら思いを伝えていくことで、私たちが持つ「正しいか間違いか」の基準とは違う観点から、関係性の質を深めていくことができます。
確かに、自分を観察することなく、そのときの感情に任せて思ったことをぶつけてしまうと、対立や傷つけ合いにつながりやすいと感じます。ここで今井さんは、「どんな感情も大事なニーズがあるからこそ起きているんです」と補足をしてくれました。
普段不安などを感じたとき、そう思っちゃいけないと思うと、ますます不安になりませんか? そんなとき、その感情を否定せずにただ受け止めて、「不安に思うってことは、何か大事にしたいことがあるんだな、安心感を覚えたいのかな」と思考を切り替えていく。感情は生きていると自然に湧いてくる反応です。ありのままを受け止められることが、すごくパワーになるんです。
ここまでのお話を聞いてまず感じたことは、「思い込みや偏見」は、私たちがそれぞれ持つ、何が正しい、何が間違っているという「決めつけ」に強く紐づいているのではないかということです。日々のくらしや社会にとってどんな素敵なことであっても、「〜ねばならない、~であるべきだ」と決めつけてしまうと、そこに当てはまらない誰か、もしくは自分自身を否定することになり、息苦しさにつながってしまうと感じます。
では、こうした「決めつけ」を防ぐにはどうしたらよいのでしょうか。今井さんに尋ねてみると、こんなことをおっしゃいました。
「決めつけ」の反対にあるのは「好奇心」と言われているんです。例えば、ある人との会話の中で「なんて横柄な人なんだ」という決めつけが起こったとします。このとき、決めつけの代わりに、まず「横柄だ」と感じている自分に気づく。そして「『この人は横柄だ』と反応が起こったのは、私がどんなことを大切にしたいからなのだろう?」と自分に立ち止まったり、「この人は何を大事にしていて、何を伝えたいのだろう」というふうに相手に関心を寄せるんです。
相手のことは完全にはわかりません。ですから「あなたはこうなんですね」と断言するのではなく、「もしかしたらこうなのかな、これを大事にしているのかな」と好奇心を持って耳を傾けると、思い込みや偏見とは違う何かが読み取れるのではないかと思います。
好奇心を持って相手の感情や「大事にしたいこと」に寄り添う。そこからさらにもう一つ大切なことがあると、今井さんは教えてくれました。
好奇心によって「何を大事にしたいか」に耳を傾けられたら、次に「これを大事にするというのは、例えばどんな感じか」という対話をさらに深めていくことができます。ここで私たちが大切にしたいのは「大事にしたいことを『とるべき』行動で縛らない」ことです。
私たちは「これを大事にするためには、こういう行動をとらなければいけない」と決めつけがちです。その代わりに「それを大事にして、どんなことを目指しているか? それにつながる行動はどんなものなのだろうか?」という問いを深めていくと、相手や自分の大事なものが導かれたり、一緒に発見できたりするんです。
自分の感情の奥にある「ニーズ」を考えてみる
好奇心をもって相手に寄り添うことで、「決めつけ」を防げることがわかりました。とは言っても、やはり習慣的に自然と使ってしまっている無意識な決めつけを含んだ言葉が、誰かの心に傷をつけていることもあるかもしれません。このような言葉に自分で気づけるようになるためには、どうすればよいのでしょうか。
ここで、そもそも「無意識な決めつけに自分で気づきたい」ということの奥にある私のニーズは何か、NVCの手法を用いて探してみることになりました。
「『決めつけ』に自分で気づきたい」というニーズは、どんなものなのでしょうか? 何かきっと大事にしたいものがあるから、『決めつけ』に対してできるだけ自覚的でありたいと思っているのではないかと感じています。今日は、ニーズリストを印刷してきました。この中に当てはまりそうなものはありますか?
NVCでは、ニーズや感情を表す言葉のリストを、心の状態や身体的感覚を表現するサポートとして活用しています。
早速、自分のニーズに近いものを探してみました。これが難しい......。「こうしたい」という行動はすぐに思いつくのに、その奥にあるニーズは言語化できない。自分が普段から自身のニーズと向き合うのを疎かにして、ニーズにつながっているかわからない行動に囚われていることを、あらためて感じました。
少し考えてみると「決めつけに自分で気づきたい」の奥には、「相手を傷つけたくない」という思いがある気がしました。これをニーズに落とし込むとどんな言葉になるのか、今井さんに伺ってみました。
「『決めつけ』に自分で気づきたい」というのは、自分の言葉が、相手にとって望んでいない意味合いのものとして聞こえてしまうと、残念に思ったり悲しくなったりする......そんなことを意味しているのでしょうか......。
相手への思いやり、配慮、大切にする----とか。あとは、心の平穏や安心みたいなのもあると感じましたが、いかがでしょうか?
ニーズ探しにより、私が大事にしたいことは"相手への配慮"であり、「相手が自分の言葉によって悲しくなる、ということが起こってほしくない」という願いがあることがわかりました。
では、このニーズを満たすには、どんな行動ができるのか。今井さんからこんな提案を頂きました。
自分が大切にしたいことを素直に伝えながら、相手に助けを求めることもできるかもしれませんね。「あなたを大切にしたいし、気持ちを理解したいと思っている。もし私の発言で『傷ついた』と感じたことがあったら、教えてほしい」「指摘してもらったことで、私自身も気づけるようになったら、よりあなたを大切にできるんじゃないかと思う」――こんなリクエストを事前に伝えてみるとか。
なるほど!今井さんに指摘され、私の中に「決めつけは自分で気づかなければならない」という「決めつけ」があったと気づきました。
そもそも、私の言葉が相手にどんな影響を及ぼしているのかは、相手の捉え方を理解して初めてわかるものです。よくない決めつけに気づくには、相手に指摘してもらうことが一番の近道だと感じました。
一方で、私は「これは決めつけで相手を傷つけてしまうかもしれないけど、ちゃんと正直に伝えたい......」というモヤモヤも抱えがちです。相手を傷つけたくない。でも、私の気持ちは知ってほしい――この2つの思いが衝突しそうなときには、どうすればよいのでしょうか。
思いを伝えたいのは、「正直さや自己表現を大切にしたい」ということや「双方の関係性を大切にしたい、わかり合いたい」というニーズがあるのだと感じましたが、いかがでしょうか?
ニーズにつながりながら、相手に「私はあなたと誠実に向き合いたいから、あなたのことを十分に知りたいし、正直な思いも伝えたい」と、自分の意図や大切にしたいことを伝えてみる。そうすることで、相手は「私との関係を大事にしようとしているからこそ、この話をしてくれているんだな」という安心感が生まれるかもしれません。そして「これを聞いてどう思う?」と、相手のニーズに耳を傾ける姿勢を示していくことができます。
こんなふうに大切にしたいことが互いに伝わり合っていると、コミュニケーションの土台ができ、心の準備やゆとりができるのではないかと感じています。
今井さんのお話から、コミュニケーションは相手と共につくっていくものなんだと感じたと同時に、これまで紐といてきた私のニーズの根本にあるのは「互いを思い合いながら素直なコミュニケーションがしたい」ということだったんだ、と気づきました。
相手を傷つけたくないのなら伝えなければいいけれど、それを越えて、思いを伝え合い、互いに理解し、相手を思い合いたい。そんなふうに感じていたのです。
実は「相手を傷つける」という認知も、ニーズや感情を軸に捉え直すことができます。というのも「相手を傷つける」という捉え方は、「〜のせい」という自責や非難、そこからくる「べき・ねばならない」に意識が向かいやすいですよね。
感情は自身のニーズがあるからこそ動くもの。NVCでは、他者の言動は、自身の感情が動く「きっかけ」にはなるけれど、「原因」ではないという捉え方をします。感情とニーズに意識を向けることは、それぞれの人の持つ「対応する力(Responsibility = Response+Ability)」を尊重することでもあるのです。
決めつけに縛られず、素直に思いを伝え合うための3つのコツ
NVCの観点で、私自身が抱えるニーズを紐解き、私が大事にしたいことは「互いを思い合う素直なコミュニケーション」であることがわかりました。そして、このニーズ自体も、NVCの実践により満たせる部分があると感じます。そこでNVCの観点から、コミュニケーションをはかる際の3つのポイントを教えていただきました。
1つ目は「自分が何を大事にしたいのか立ち止まって考えること」。自分の心にゆとりがあるときに、ぜひ実践してみてください。それを重ねているうちに、何があったときにも、そこに立ち返る力を身につけていくことができると思います。
2つ目は「観察し感謝すること」。私がNVCのつながりの質をあじわうために特におすすめしたいのは「感謝」です。具体的な観察とともに、自分の満たされたニーズや気持ちを相手に伝えて感謝するのです。くらしの彩りが豊かになっていくのを、実感できると思いますよ。
3つ目は「『しなやかな強さ』を意識すること」。人生にはうまくいかないこともたくさんあります。そのときに「何が大切なのか」に立ち返ることで、大切なもの(ニーズ)を軸に関係を修復していくことができる。そんなしなやかな強さを、NVCは思い出させてくれます。その感覚があると、より安心してコミュニケーションしていくことができるのではないかと思うのです。
その時々の自分に気づいて、「大事にしたいこと」に立ち返る。そして、それを相手に伝える。そうしていくことで、誰かとぶつかっても修復していくことができるし、感謝を伝えれば互いに暖かい気持ちになれる。今井さんはそう教えてくれました。
「問いを問い直す」というスタンスはすごいパワーだなと思っていて、NVCもそこが根本かなと感じています。いろんな価値観の人がいる社会で、「〜すべき」と強制することは、必ずしもお互いを大切にできるものではないと思います。そんな中で、お互いに「何を大事にしたいんだっけ?」と問い直すこと、これが「偏見や思い込み」を越えた素直なコミュニケーションのきっかけになればいいなと願っています。
編集後記
辻今回のテーマである「無意識な『思い込みや偏見』にどう気づくか」という問い。まずこの問い自体が、思い込みや偏見は自分で気づいて未然に防ぐべきという「決めつけ」から起こったものでした。
そこで今井さんとの対話を通して、「すべき」から離れ「何を大事にしたいか」を問い直してみると、「互いを思い合う素直なコミュニケーションをはかりたい」というニーズが導き出されました。
このニーズを満たすには、互いに相手の「大事にしたいこと」に耳を傾け、理解し合うことが大切だと感じます。ただ、もし何かを決めつけてしまっても、それをいけないと思うのではなく、まず自分の解釈をそのまま吐き出してしてみる。そして、その自分に気づくことができればいい。そんなふうに心にゆとりをもってコミュニケーションすることの大切さも、同時に学びました。
取材後、何気ない会話の中で「今の発言って自分は何を大事にしているんだろう?」と自然に考えていることに気づきました。それは自分を少し遠くから見ている感覚で、気持ちにもゆとりがある。きっと、これが互いを思い合う素直なコミュニケーションの足がかりなんだと感じました。
こんなふうに今回の対話を時々思い出して、これからも「大事なこと」に立ち返りながらコミュニケーションしていければいいなと思っています。
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Profile
一般社団法人日本NVC研究所代表理事 / 株式会社yukikazet代表
今井 麻希子
国際基督教大学卒業後、民間企業勤務を経て独立。NGO活動の経験から「社会の課題の解決には人と人が心の通い合う関係をつくることが不可欠」と痛感し、以降、NVCの理論を学びながら、その精神性をベースとしたさまざまなサービスを提供している。CNVC認定トレーナー/Coaching for Transformation認定コーチ。共訳に『「わかりあえない」を越える――目の前のつながりから、共に未来をつくるコミュニケーション・NVC』(海士の風、2021年)。