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2022年4月、新体制となったパナソニック。パナソニックホールディングスの傘下に8つの事業会社が誕生した。そのなかで、くらし領域の事業が結集した最大の事業会社であり、「パナソニック」の商号を承継する「パナソニック株式会社」の社長に就任したのが、これまで専務執行役員を務めた品田正弘。新たな船出に伴い、品田社長が掲げたのが「Make New」という言葉だ。これまでの反省をふまえ、未来へ踏み出すために打ち出された新たなキーワード。そこには、どんな思いや決意が込められているのだろうか?
いまのパナソニックには「闘争心」がない
――「Make New」は、品田社長のもと4月に船出する新生パナソニックのキーワードです。この言葉にはどのような意味と思いが込められているのでしょうか?
品田「Make New」には人・社会・地球を健やかにするというミッションを実現するため、人のくらしに当たり前となる「未来の定番」をつくっていこうという意味が込められています。そのためには、これまでのしがらみを捨てて殻を破り、現状の停滞から脱却しなければならない。この言葉はパナソニックの強い決意を社内外に示すコミットメントであり、企業と社員一人ひとりの「志」のようなものだと捉えています。
――「停滞」とおっしゃいましたが、特にどんなところにそれを感じますか?
品田品田:最も強く感じるのは「闘争心」の弱さです。いまのパナソニックは一人ひとりの「闘う気持ち」が薄れているのではないかと。それは私を含めて、大いに反省するところですね。
かつては、パナソニックの旧社名である松下電器の名前をもじり、「二番手でも確実に売れる商品を出し販売力で挽回する」ことから「マネシタ電器」などと揶揄された時代もありました。それでも、何としてでも競合他社に食らいつくんだ、絶対にトップを取るんだという、がむしゃらな熱と活気があったんです。それに比べると、現在のわれわれはどうなんだと自問自答してしまいますよね。
――いまはそれが失われていると。
品田もちろん、時代が違うといえばそれまでかもしれません。私が入社した30年前は、日本の家電メーカーが世界をリードしていました。しかし、韓国や中国のメーカーが台頭したいま、国内メーカーはグローバル競争のなかで自信を失い、迷いが出てきている部分もあるのだろうと思います。
こうした負の流れに、一つの区切りをつけていく。そのための合言葉が「Make New」。社員一人ひとりがもう一度、「自分たちはこれで勝負する。これでナンバーワンになるぞ!」と、闘う気持ちを全面に出して、いままでの殻を破ったり停滞から離脱したりと、ミッション実現のために、それぞれアクションしてほしいと考えています。
――つまり、「Make New」は社員を鼓舞するためのメッセージでもあるわけですね。
品田そうですね。ただ、もちろん各々が胸に秘めた目標はあるのだろうと思います。実際、若い社員とじっくり対話すると、「お客さまや社会の困りごとを解決したい」という言葉が出てくる。多くの社員が、いてもたってもいられない思いを抱いているんです。だったら、それをもっと表に出してほしい。そして、自分にとっての「Make New」を実現してほしいと思います。
品田先ほど「闘争心」の話をしましたが、闘争心とは競合他社に勝つことだけに向けられるものではありません。「誰かを助けたい。誰もが当たり前に幸せになれる、よりよい未来をつくりたい。」そういうことに対して情熱を傾ける。これも、ある種の闘争心といえるのではないでしょうか。
過去の資産を現在とシンクロさせ、「未来の定番」をつくる
――「未来の定番」をつくるためには、どんなアクションが必要でしょうか?
品田まずは選択と集中です。パナソニックが持つ多くの技術、事業領域のなかから、何にフォーカスし、リソースを注ぐのか。それを見極めるのが、私の最初の仕事です。そして、方向性を定めたあとは腰を据えて取り組み、モノになるまでやり切ることが重要だと考えています。
最近は何もかもスピーディーに事業化し、短期的な結果にとらわれがちですが、中長期の経営という視点で考えると、ひとつの新しい技術がモノになるまでには10年、20年という時間がかかります。それくらいじっくりと取り組み、時間をかけて持続的に進化をするものが骨太のコア技術になる。それだけのことをやって、初めて「未来の定番」がつくれるのではないでしょうか。
いままでのパナソニックは、外部や内側の要因のせいにして、それができない言い訳をしていたかもしれない。これからは、言い訳なしで、「やるんだ」という意思を強くもって望みたいですね。
――ただ、その技術の種をイチから探すのは、途方もない道のりであるようにも感じます。
品田そこは、私たちがこれまでに培ってきた技術を含めた、過去の資産が大いに役立つでしょう。いま、担当部署でパナソニックが持つ知財などの洗い出しをしているのですが、ここ20年だけでも600項目を超える技術の要素がある。ここには、必ずヒントが転がっているはずです。
開発した当時は時代にマッチしなかったり、そのときどきの経営判断により埋没してしまったりしたものもあるでしょう。しかし、これらはすべて未来の定番をつくるための「兆し」だと思います。そうした過去の兆しをしっかりとレビューし、現在とシンクロさせ、未来へつなぎ合わせる。この考え方を、新しいパナソニックのスタンダードにしたいですね。
――そうした品田新社長の思いを、どうやって社内に浸透させていきますか?
品田これはもう、何度でも繰り返し、しつこく伝え続けるしかありません。「社長、いつも同じ話しかしないな」とウンザリされるかもしれませんね(笑)。それでもブレずに何度でも「同じ話」を、シンプルにわかりやすく伝えることが重要だと思っています。
また、こちらから一方的にメッセージを発信するだけでなく、社員一人ひとりとの対話も必要です。「Make New」というシンプルなフレーズをコミュニケーションツールにして、それぞれがやりたいこと、未来に向けて変えたいことを引き出していく。胸に秘めるだけでなく、表に出してもらう。そして、社員の「変えたい気持ち」を阻害しているものがあるのなら、それを除去していくことも私の仕事ですね。
――お話をうかがっていると、品田社長は「個」の力を重視している印象を受けます。
品田そうですね。結局のところ、いくら会社が立派な制度や仕組みを整えたとしても、そこで個の力が十分に発揮されなければ意味がありません。大事なのは社員一人ひとりが熱狂的に、ポテンシャルを最大限に活かして働けること。その結果として、会社の成長につながる。これが最も望ましいかたちではないかと思います。実際、そうした心の火種を持った社員が多くいる会社には、とてつもないパワーがあります。きっと、いまのパナソニックにもそういった社員がたくさんいます。
創業者の理念を紡ぎつつ、新たな「あたりまえ」をつくる
――2022年4月からは、新しいパナソニックの社長に就任しました。新社長として、パナソニックをどう導いていきますか?
品田私一人の力で変えられることはたかが知れています。ましてや、5年や10年といった限られた任期のなかで完結できることはわずかでしょう。だからこそ、私が退任したあとも会社のカルチャーやベーシックな方針として、脈々と続いていくものを残したいと考えています。
そのためには、「未来起点」で物事を考える必要があります。つまり、20年くらい先を見据えたうえで、いまどんなことに注力していくべきかを定めることが重要です。正直、私を含めた近年の経営陣は、こうした中長期的な視点が十分ではなかったと思っています。これは、社員を含めたステークホルダーの方々にお詫びをしなければいけません。
――新体制発足にあたり「Life tech & Ideas 人・社会・地球を健やかにする」という新しいミッションを掲げたのも、20年先の未来を見据えてのことでしょうか?
品田そのとおりです。これまでのパナソニックは「人と社会」まででしたが、新しい体制を迎えるにあたり「地球」という言葉を明記しました。「地球を健やかにする」というのは壮大なテーマですが、環境問題に本気で取り組まない会社はいずれ見向きもされなくなるでしょう。特に、家電製品は多くのエネルギーを消費するものですし、製造過程においても大量のCO2を排出してしまう。だからこそ、環境問題にコミットする責任を痛感しています。
――具体的に、どうやって地球を健やかにしていきますか?
品田さまざまなアプローチがあります。製造時のC02排出量を減らすと同時に、水素エネルギーの事業などを強化してクリーンなエネルギーに転化していくことも必要でしょう。また、家電そのものの省エネ性能や耐久年数も上げていかなくてはいけません。それこそ、ナショナル時代のテレビや冷蔵庫なんて、20年くらい使われることは当たり前でしたからね。
少なくともいまの大量生産、大量廃棄の流れを食い止めなければ、やがて資源も枯渇してしまいます。どんな製品も長く使ってもらうことを前提に、メンテナンスしやすい設計にしたり、利用シーンに寄り添うソリューションや、修理・サービス体制も含めて提供したりしていく。これらを実現するためには、既存のものづくりのやり方やサプライチェーンマネジメントの見直しを含めた改革が必要になりますが、私たちにはその責任があると思っています。
――そうやって改革を進めていく一方で、あえて「変えない」部分もありますか?
品田もちろん、パナソニックには時代を超えて継承するべき素晴らしい文化があります。なかでも、いちばんはやはり「経営理念に則ること」だと思います。創業者・松下幸之助は「正しい経営理念は事業経営の根本である」と説きました。「会社が何のために存在しているのか」「経営の目的は何か? どんなやり方で行なっていくか」といった理念があってはじめて、人や技術、資産が生かされてくると。
ここだけはブレてはいけないし、あらためて社員一人ひとりに浸透させていく必要があるでしょう。もちろん、パナソニックの社員はほとんどが松下幸之助の本に触れたことがあるでしょうし、社員研修などでもインプットされて、創業以来の理念が当たり前のように身についていると思います。ただ、それが当たり前になりすぎてしまうと、単に口先だけのお題目になり、ややもすると軽視してしまう。ですからいま一度、創業者を含む先人たちがどんな思いでこうした理念を掲げ、どうやって会社の歴史をつないできたかを伝えたいと思います。
社内調整やムダを省き、パナソニック全体で変わっていく
――最後に、トップとして、会社にどんな「未来の定番」を根づかせていきたいですか?
品田社員が内向きではなく、「外を向いて仕事をする」風土を根づかせたいと思っています。会社の都合だとかしがらみだとかにとらわれず、お客さまの困りごとや社会の変化を敏感に察知し、寄り添っていく。そんな仕事ができる環境を整えたいです。そのためには、まず私自身が外を向いて仕事をしなくてはいけません。もし私のパワーが内側に向き始めると社内全体にマイナスの影響が伝播して、「余計な仕事」が増えることになる。
正直なところ現在のパナソニックはやや内向きで、余計な社内調整や無駄な仕事がたくさんあると感じています。まずはそれらを排除して、本当にやるべき仕事に注力できるようにする。そうして、会社を大きく変えていきたいですね。
――率直に、パナソニックは変われると思いますか?
品田変われると思います。社員一人ひとりの意識が正しい方向に向かえば、パナソニックは必ず変われるはずです。もともと、困っている人を助けたい、社会の役に立ちたいという志は、多くの人が持っています。時間はかかるかもしれませんが、そんな一人ひとりの志を刺激していくことで、やがて大きな山が動くはず。「Make New」という言葉が、その原動力になることを期待しています。
Profile
品田 正弘(しなだ・まさひろ)
1965年、千葉県生まれ。1988年早稲田大学卒業、松下電器産業株式会社入社。2017年に執行役員、2019年常務執行役員兼アプライアンス社社長。2021年専務執行役員。2022年4月にパナソニック株式会社代表取締役社長執行役員に就任。