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「あなたの眠りに寄り添うエアコン」というキーワードのもと開発された「Eolia sleep(エオリアスリープ)」。「単に部屋を冷やすもの」だったエアコンに対し、エアコン+ベッドサイドセンサー+スマホアプリを組み合わせて眠りに寄り添った快適な空気を提供する、「良い睡眠環境を提供するソリューション」というこれまでにないコンセプトを打ち立てた。その新しいチャレンジはどのようにして始まったのか? 背景にはエアコンという従来の製品の枠を超え、「新しいくらしの価値をつくる」という開発チームの想いがあった。今回はそのコアメンバーである、商品企画担当・加藤優貴、開発担当・水野江都子、デザイン担当・太田耕介に話を聞いた。
エアコンの常識を、「部屋を冷やすもの」から「良い睡眠環境を提供するもの」に変えた
――三人は「Eolia sleep(エオリアスリープ)」開発チームのコアメンバーということですが、はじめに「エオリアスリープ」の特徴を教えてください。
加藤最大の特徴は「寝室に特化したエアコン」という点です。睡眠環境を整えるため、通常、エアコン本体に内蔵されている温度や湿度を計測するためのセンサーに加えて、枕元に置けるコンパクトなセンサー「ベッドサイドセンサー」を用意しています。このセンサーが寝ている場所周辺の温度や湿度を感知し、その人にとって理想の快眠環境になるよう、エアコンが空気(室温)をコントロールしてくれるんです。
――これまで、エアコンはただ「部屋を冷やす箱」というイメージでしたが、センサーとアプリを組み合わせて、「快適な睡眠環境をつくり出す」というのは新しいコンセプトですね。開発のきっかけはなんでしたか?
水野もともと当社のエアコンはIoT化が進んでいて、ユーザーがエアコンをどのように使っているか、匿名でデータが取れるんですね。それを見ていると、部屋の温度が気になって起きてしまうなど、就寝中にエアコンを操作される方が約3割もいて。これは、寝室の睡眠環境に満足していないのではないかという課題が見えたため、開発に至りました。
――ちなみに、人にとって最適な「快眠環境」とは、どのようなものでしょうか?
水野人間には「サーカディアンリズム」と呼ばれる、およそ24時間周期の生体リズムが備わっています。いわゆる「体内時計」というやつですね。睡眠でいえば、寝入りの際に深部体温が下がっていき、起きるタイミングに向かって徐々に上がっていくのが理想です。「エオリアスリープ」の快眠環境運転は、できる限りその理想に近づけることで快適に目覚め、起床直後から元気に活動できるよう生体リズムを整えることを目的としています。
加藤専用アプリと連動し、快眠環境の精度を上げていくことができるのもポイントです。起床後、アプリを開くとその日の眠りが「非常に良い」「少し低い」「低い」の3段階の「おやすみスコア」として表示されます。
さらに眠っている途中や起床したときの温度の実感を「寒い」から「暑い」の5段階で入力すると、次の運転から温度調整に反映されます。季節や天候、その日のコンディションによって変わる室内の環境を、ユーザーのフィードバックに基づいて毎日自動でコントロールしてくれる。つまり、使えば使うほど、その人にとって快適な睡眠環境が整っていくんです。
忖度のない実験も。30年来の生体研究が「睡眠環境を整えるエアコン」を可能に
――ちなみに、人にとって最適な「快眠環境」とは、どのようなものでしょうか?マーケット的な観点で見ると、エアコンはどんな部屋でも使える商品が主流かと思います。そのなかで「寝室に特化する商品」をつくるというのは、なかなかチャレンジングな試みだったのではないでしょうか?
加藤そうですね。エアコンは特に生活必需品という側面が強く、普通は、「年齢を問わずすべての方に使いやすいか」という観点で開発が行なわれます。そのほうが市場も大きいですしね。
そんななか「寝室」をテーマにした理由は、先に話したように「お客さまの就寝中に課題がありそう」ということがはっきりしていたからです。また、昨今のスリープテック市場の盛り上がりなど、社会的にも注目が高まっていることや、「長らく睡眠研究に取り組んできた私たちであれば、お客さまの睡眠中の課題を解決できる」という手ごたえがあったことも大きな理由です。
私たちは1990年代から睡眠をはじめとする生体研究に取り組んでいて、この強みをエアコンに活かせば「お客さまの睡眠環境を整えるエアコン」というコンセプトは実現可能なのではないかという勝算がありました。そういう背景から、唯一無二の「未来の定番を生みだそう」という意気込みで臨んだんです。
――30年来の研究があって初めて可能になるコンセプトだったんですね。そもそも家電メーカーが、そうした生体研究に力を入れてきた理由は?
水野私たちはくらしに寄り添うメーカーですので、さまざまな研究を通じて「人間(のくらし)」をしっかり理解しようとしています。ときには研究がなかなか事業として実を結ばず縮小されてしまうこともあります。ですが、細々とでも研究を続けていくことが何より重要で、中止さえしなければ、今回のようにお客さまのお役に立つのだと実感しています。
水野最初の大きな山は「ベッドサイドセンサー」の開発でした。寝ている人のすぐ近くの環境をいかに感知し、それをどうエアコンと連動させるか。パナソニックとしても新しい試みでしたので、入念に調整を行ないました。
また、大変だったのは実証実験ですね。理論上は快適と考えられるものができても、実際に使ってみた人に評価いただけないと意味がありません。そこで、忖度のない意見やデータを集めるため、20世帯ほどの一般家庭の寝室に設置していただき、実験をしたんです。
――実際の家庭にエアコンを設置しての実験とは、かなり大がかりですね。
水野一般的な家電製品なら会議室にモニターの方を集め、使用感をたしかめてもらうくらいで済むのですが、「寝室用のエアコン」となるとそうはいきません。少なくとも2、3週間その環境で寝てもらい、詳細なデータをとる必要がありますから。それに、季節によっても感じ方は変わってきますので、最低でも夏と冬の2回は実験を行なう必要がありました。
――たしかに、社内の被験者では「忖度のない意見」は聞けないかもしれません。
水野そうですね(笑)。幸い、私たちが街づくりに関わる「Fujisawaサスティナブル・スマートタウン」の担当者に協力してもらい、被験者の方と接点を持つことができました。
――実験の結果はどうでしたか? 仮説に近い結果が得られたのでしょうか?
水野はい。ほぼ狙いどおりの成果が得られました。個人的にはずっと研究してきたことが報われたような気がして、感慨深いものがありましたね。お金も時間も手間もかかるうえに、もしかしたら結果が出ない可能性だってありましたが、非常に高いハードルを乗り越えて取り組めた良い事例だと思います。
ユーザーの「睡眠体験」を起点に、部門を巻き込んで統一した世界観をデザインした
――デザイン面でのアプローチについても教えてください。先ほど太田さんから「ユーザー体験も含めたデザイン」というお話がありましたが、通常のプロダクトデザインのプロセスとの違いは?
太田一般的な商品開発の場合、仕様がおおよそ固まってから「こんなふうにデザインしてください」というかたちでデザイナーに振られることが多いです。でも、今回は初期の段階から会議に参加し、最初のコンセプトから意見交換することができました。
例えば、専用アプリのUIをつくる際も、どんな要素を入れるか、あるいはカットするかというところから提案しました。デモ画面をつくっては、生活者へヒアリングし、また修正する......といったことを何度もくりかえしましたね。開発メンバーだけで判断するのではなく、ユーザーの思いを取り入ることで、初心者も迷いづらいシンプルな画面にすることができたと思います。使い勝手に加え、スコアで100点をとったときだけ紙吹雪がでる、といった、使っていてちょっとうれしい仕掛けも考えました。
太田また、今回は「360UX」を掲げ、製品全体の世界観やブランド体験をつくり込むことをデザイナーがリードしていきました。モノ自体が素晴らしくても、ユーザーに関心を持っていただくためには、店頭やウェブサイト、そして商品そのものに触れたときのストーリーを一貫してつくる必要があります。そこをスムーズにつなげるのが、私の大きな役割でした。
例えば、ベッドサイドセンサーのパッケージ。通常だとビニールのプチプチで梱包されるところを紙でしっかりとつくり込みました。箱を開けてすぐ目に入るガイドにはセットアップの方法だけでなく、よい眠りを実現するためのレシピをのせるなど、世界観が伝わるようにデザインしています。もちろんベッドサイドセンサー本体も、コンパクトで寝室におきやすいデザインにしました。
太田エアコンというのは天井付近の遠い場所にあり、設置工事も業者さんが行なうので、なかなか愛着を抱きづらい商品だったのではないでしょうか。一方で、「エオリアスリープ」では最初に手に取るパッケージやガイドといった「First time UX」も大切にデザインしています。
加藤じつは「エオリアスリープ」という名前自体も、デザイン側が提案してくれたものです。当初は「PXシリーズ」という名称だったのですが、それではイメージが湧かないと。一瞬でコンセプトが伝わる名前が必要ではないかと考えてくれました。
――今回のようにデザイナーが一気通貫してプロダクトに関わるのは、珍しいことなのでしょうか?
太田そうかもしれません。パナソニックは部門ごとの役割分担がハッキリしていて、例えば「設計・開発」「パッケージ」「カタログ」「取扱説明書」「店頭」などそれぞれ専門の担当者がいます。もちろん、各プロフェッショナルが高いスキルやノウハウを持っているのですが、プロダクト全体として「統一した世界観」や「ユーザー体験」をつくり込みづらい側面もあったんです。
今回のようにデザイナーがすべての領域にちょっとずつ関わるやり方は初めてでしたが、結果的に、各部門の知見をうまく活かしつつ、大きな世界観を共有し、統一したアウトプットがつくれたように思います。
加藤私のような商品企画の立場としても、今回のようにデザインセンターが部門を横断してプロダクトに関わってくれることはありがたかったですね。デザイナーは、つねに「ユーザー視点」を起点にモノを考えます。そんな彼らが部門の壁を超えて関わってくれることで、ユーザー視点がプロダクトを構成する要素の隅々にまで反映できたと思います。
太田デザイナーとして、仕事をするときには「ユーザー視点」がいつも基軸になると考えています。例えば、スマホアプリひとつとっても、ただ「リモコン代わりに操作できる」だけでは積極的に使いたいと思う人は少ないはずです。ユーザーがわざわざダウンロードして使いたくなるような、アプリならではの体験をデザインする必要があると思うんです。
今回の「エオリアスリープ」はユーザーを中心に置き、「人の眠りにとって最適な環境をつくるために、パナソニックの技術とデザインで何ができるか」を突き詰めました。その結果、IoTの力をユーザーの価値に結びつけられたのだと思います。
眠りに対して意識が低い? 「日本の睡眠を変えたい」という想いが原動力に
――太田さんがつねにユーザー視点を意識しているように、加藤さん、水野さんが「仕事において大切にしていること」を教えてください。
加藤私が大切にしていることというか、仕事におけるモチベーションは「自慢のエアコンをつくりたい」という想いですね。開発に関わるすべての人間が誇りに思えて、自分の家族に「こんなのつくったんだよ」と話したくなるような、更には購入いただいたお客さまが誰かに自慢して話したくなるようなものを手掛けたいと思っています。
そのためには、これまでの殻を破り、スタンダードなものから脱却する必要があると考えていて。社内で反発を受けたとしても、新しい試みにチャレンジしていくことを大切にしています。以前、商品企画の先輩から「商品企画で大切なのは3つの『C』(Change、Challenge、Creation)だ」と教わったことがあるのですが、「エオリアスリープ」では多少なりともそれが実現できたかなと思います。
――水野さんはいかがでしょうか?
水野私はこれまでも睡眠の研究に携わってきたので、「日本人の睡眠の課題を解決したい」という思いはつねに持ち続けています。日本にはなぜか「睡眠時間は削っていいもの」という考え方があり、そもそも睡眠に対しての意識が低い現状があるように感じています。実際、先進国のなかで日本の睡眠時間はワーストです。この現状を何とか変え、みんなに良質な睡眠習慣をつけて心身ともに元気な日をどんどん増やすことができたらと思うんです。
特に、子どもたちの睡眠ですね。幼少期から慢性的な睡眠不足が続くと、その後の成長や集中力、学習意欲の低下につながるというデータも出ています。今回、エアコンという生活に身近な製品で「睡眠」にアプローチできたことで、そのスタートラインに立てたという思いがありますね。
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Profile
水野 江都子(みずの・えつこ)
パナソニック株式会社 空質空調社 ソリューション事業開発センター 付加価値開発部。1998年入社、生体応用・医工連携テーマを複数手掛け、2018年に睡眠改善インストラクター資格取得し現職。現在は当社睡眠関連商材の快眠アルゴリズム開発を担当。
私のMake New: Make New「Yourself!」
加藤 優貴(かとう・まさき)
パナソニック株式会社 空質空調社 空調冷熱ソリューションズ事業部 エアコンビジネスユニット 商品企画部。2017年キャリア入社し、日本国内向け家庭用エアコンの商品企画を担当。
私のMake New: Make New 「自慢のエアコン」
太田 耕介(おおた・こうすけ)
パナソニック株式会社 空質空調社 デザインセンター。2013年入社、ドラム式洗濯機Cubleや、縦型洗濯機の製品デザインを担当。2019年から空調機器を担当し、ハードウェアに加え、アプリやブランディングなど、統合されたユーザー体験の実現に向け取り組む。
私のMake New: Make new 「うれしい」