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2023年2月、パナソニックが自動調理鍋の市場に投入した、「オートクッカー ビストロ」。業界最高クラスの圧力と業界最高の高火力に加え、パナソニックならではの「下攪拌(鍋底かきまぜ)」技術を搭載。おまかせで「最上級の家庭料理」をつくれることを目指した、これまでにない自動調理鍋となっている。
おいしさや使いやすさ、見た目の美しさを追求するために機構設計、制御設計、調理ソフト(レシピ開発等)、デザイン担当者が一丸となって開発にあたったという本製品。「忙しいなかでも、おいしく健康的なご飯を食べたい」という生活者のニーズにとことん寄り添った「オートクッカー」開発の舞台裏に迫った。
共働き世帯の急増、コロナ禍によるゆとりの消失。多忙でも「最上級の家庭料理」ができる製品を目指して
――2022年12月にパナソニック初の自動調理鍋「オートクッカー ビストロ」が発表されました。あらためて、開発の背景を教えてください
西平私たち調理器技術部では、もともとホームベーカリーをメインに開発していました。しかし、新規企業の参入により競争が激化している状況などもあり、ホームベーカリーのように、事業の新たな柱となる商品をつくる必要があると考えたんです。そこであらためて顧客視点に立ち、生活者の方々に寄り添える商品を深掘りしていった結果、オートクッカーにたどり着きました。
――その「顧客視点」の部分を詳しくうかがえますか?
西平まずは「お客さまのお困りごと」に耳を傾けました。その結果、現在は共働き世帯が急増していること、コロナ禍でおうち時間が増えたことで食事を準備する負担も大きくなっていること、家族の健康を気にかける人が増えていること、などの声が浮かび上がってきたんです。
また、商品企画部門の調査では、「自身の調理スキルの低下を感じている」と答える30代から40代の方が多いこともわかりました。それでも、「家族とおいしく健康的なご飯を食べて、喜びを感じたい」という思いは強く、そこにギャップを感じている人が多かったですね。
――そこで、共働きの忙しいライフスタイルでも簡単においしく健康的な料理をつくれる自動調理鍋を開発しようと。
西平はい。ライフスタイルの変化に合わせ、商品自体も進化していく必要があります。そこで、われわれがこれまでホームベーカリーや炊飯器などの調理器で培ってきた技術を活かし、これまでにない自動調理鍋をつくろうと考えました。
――とはいえ、自動調理鍋の市場はすでに他社が先行しています。どのように差別化を図ろうとしたのでしょうか?
中須商品のキャッチコピーで「目指したのは、最上級の家庭料理。」と謳っているように、まずは「おいしさ」に徹底的にこだわろうと考えました。そのためにポイントとなる技術が「高圧力」「高火力」「鍋底かきまぜ」です。
まず「高圧力」ですが、業界最高クラスの約2気圧の加圧が可能です。硬くてすじの多いお肉もほろほろになりますし、魚は骨まで丸ごと食べられるやわらかさに仕上げることができます。また、時短調理でも本格的な仕上がりになるなど、基本的な調理のレベルを底上げしてくれます。
次に「高火力」については、これも業界最高となる最大1,285Wを実現しています。鍋の温度が短時間で180〜190度近くまで上がるため、炒め物を短時間でおいしくつくることができるんです。例えば、チャーハンなら約10分でパラパラの仕上がりになります。
そして「鍋底かきまぜ」。これが他社製品にはない、最も大きな技術的特徴ではないかと思います。
――どのような技術ですか?
中須鍋底に羽根がついていて、食材を下からかき混ぜることができます。メニューに応じて羽根の速さや回転方法も変わるため、麻婆豆腐の豆腐などやわらかい具材でも崩れませんし、調味料がムラなく全体にしっかり絡みつきます。また、鍋底をさらうように羽根が回転するため、具材がひっくり返り、焦げつかずに煮詰めを行うことができます。そのため、料理のクオリティーを格上げすることができるんです。
最大のポイントは、圧力を加えながら下からかき混ぜられる点です。重たい具材でも加圧しつつ、しっかり攪拌できるため、普通の圧力鍋よりもレパートリーが広がるんです。なお、この「加圧」と「下攪拌」の両立は、技術的にも最も苦労した部分でした。
業界初の「高圧力」と「鍋底かきまぜ」を両立した技術力
――なぜ高圧力と下攪拌の両立は難しいのでしょうか?
西平本来、圧力をかけるためには鍋のなかを密閉させる必要があります。しかし、鍋底に羽根を組み込むとなると、どうしても下に穴を開けなくてはなりません。下に羽根をつけても高圧力が可能にするためのシール性(※1)を持たせ、なおかつ羽根の回転に耐えられる耐久性を実現するのは大変でしたね。
ただ、私たちはもともと手がけてきたホームベーカリーで、下から撹拌する技術を持っていました。これには鍋と軸の勘合(※2)部分を隙間なく設計する技術も含まれるのですが、その考え方を応用してシール部材の検討、課題をクリアすることができたんです。
※1:鍋の中身が外に漏れるのを防ぐ能力
※2:部品同士が組み合わさっている部分のこと
――自動調理鍋のジャンルでは新規参入でも、ベースとなる調理器の機構設計技術があったから革新的な製品をつくることができたと。
西平そうですね。私は主にホームベーカリーやミキサーをはじめとする「熱や回転系」の製品を担当していましたが、中須は長く炊飯器を手がけていて「圧力」に関する知見を持っていました。ほかにも、IHクッキングヒーターを担当していたメンバーなど、さまざまな知見と技術を持った人間がチームにいたため、これだけのものがつくれたのだと思います。
――では、中須さん、庄内さんは具体的にどのような技術的知見を持ち、それがどう製品に生かされているのでしょうか?
中須私は本体の「フタ」の部分を担当しました。フタでシールして圧力をコントロールするという点は炊飯器も同様で、これまでの知見を生かすことができました。また、今回のオートクッカーならではのポイントでいうと、圧力の機構とフタの開け閉めを連動させることにこだわりました。ボタンを押せばフタが開く炊飯器とは違い、「オートクッカー」はあえてお客さま自身の手でフタを開けてもらうようにしています。これは、フタを開けた瞬間に蒸気が立ち上り、料理ができ上がった瞬間の喜びや期待感をより感じてもらうためですね。
庄内私が担当したのは「温度」に関わる機構です。最大1,285Wの高火力を実現させるとなると、どうしても鍋全体の温度が高くなってしまいます。すると、温める必要のない外装まで熱くなってしまうんです。そこの温度をいかに下げ、高火力と調理性能、安全性を確保するかが、大きな課題でしたね。
また、今回の「オートクッカー」はデザインにもこだわっていましたので、見た目の美しさを阻害せずに機構的な課題を解決する必要がありました。例えば、鍋の左右にある持ち手の部分。炒め物をすると鍋の温度は180度〜190度まで上昇し、持ち手もかなり熱くなってしまいます。外装を大きくして持ち手を熱源から遠ざければ温度上昇を抑えられるのですが、今回はデザイナー側から「可能な限りサイズをコンパクトにしたい」という要望がありました。そこで、見えない部分に排気穴を開けることで熱を逃し、持ち手の部分を手で触れるように工夫しています。
西平デザインと技術の兼ね合いは、大きなポイントの一つですね。特に庄内や中須はデザインや形に大きく影響を受ける部分を担当していたため、デザイナーの内山と、かなり密にコミュニケーションを取りながら試行錯誤を重ねていました。
内山お二人には本当にご尽力いただきました。デザインの提案に対し、技術部のみなさんと「できる・できない」を精査しながら進めていくのですが、みなさん基本的には「このデザインを実現するためにはどうすればいいか」という視点で解決策を考えてくださいます。コストや物理的な機構の制約があるなかで、感性的なデザインの価値も理解してくれる技術チームの存在はデザイナーとしてありがたいですし、新しいチャレンジをしやすい環境だったと思います。
――では、内山さんからデザインのこだわりを教えてください
内山まずは、庄内がお話したとおり、外装サイズをできる限りコンパクトにすること。限られたキッチンスペースに無理なく置けて、圧迫感を与えないものにしたいと考えました。また、「信頼感のあるデザイン」をコンセプトにしていて、シンプルながら品位を感じられるフォルム、質感、カラーを選んでいます。ただの時短グッズではなく、キッチンに置きたくなる調理道具として認識してもらえるようなデザインを意識しています。
特にこだわったのは、フタの上部にあるハンドル部分ですね。アルミを採用することで、手触りの良さと圧力をしっかり閉じ込める硬質感を表現しました。品位と構造的な強度を併せ持つ「オートクッカー」の、デザインの顔となるようなハンドルになったと思います。
子どもから大人まで。ライフスタイルが変わっても使い続けられる商品に
――自動調理鍋ではハードだけでなくソフトの部分、つまり自動調理のレシピも重要なポイントです。「おいしさ」の実現方法を考える調理ソフト面を担当した広田さんから、「オートクッカー」ならではの特徴やこだわりを教えてください。
広田高圧力や高火力、下攪拌といった機能をどのように組み合わせればおいしい料理ができるのか、調理科学的な観点からレシピを開発しています。また、「オートクッカー」は煮込み調理や炒め調理、圧力調理だけでなく、無水調理や低温調理、蒸し調理などさまざまな調理に対応できるのですが、つくりたい料理や入れる食材によって最適な調理プロセスは異なります。この部分もいかにハードの特性をいかに活かし、ワンランク上のできばえにできるか、という点にフォーカスしました。
――特に、ハードの真価を発揮しやすいレシピは何でしょうか?
広田炒め系なら、やはりチャーハン。また、煮込み系ならシチューなどですね。加圧しつつ鍋底からかき混ぜながら煮詰めることで、全体に食材のうまみが溶け込んだ濃厚なシチューになります。また、火加減が難しく手間のかかる「あめ色玉ねぎ」は焦げつかず均一になりますし、「大学いも」は飴が均一に絡まり、なかはホクホクになります。今後も、つくりたくても手作業ではなかなか難しい、ワンランク上の調理ができるレシピを開発していきたいですね。
――ちなみに、そうしたレシピはあくまで「ハードの機能ありき」で考えるのでしょうか? 逆に、調理ソフト課サイドから機構設計チームに「こういう調理をしたいから、こんな機能を持たせられないか?」といったリクエストをすることもありましたか?
広田もちろん、こちらからもリクエストしました。特に、食材を撹拌する羽根の形状ですね。調理性能に最も影響する部分ですので、初期段階の試作品でさまざまな食材を用いて調理評価を行ない、機構設計チームと一緒に仕様を検討していきました。
広田また、「下攪拌」についても意見させてもらいました。開発当初は上撹拌を押す意見もあったのですが、調理ソフト課は、他社商品や当社過去機種などを評価していくなかで、下攪拌のほうが調理の幅が広がり、いままでできなかったような調理もでき、より魅力的な商品になると考えました。そのため、技術的にハードルが高いことは承知のうえで下攪拌を希望しました。最終的に機構設計のみなさんには本当に頑張っていただき、感謝しています。
――「おいしさ」を追求するために、ハードとソフト双方の担当者が一丸となって開発にあたったと。
広田そうですね。おいしさの追求はもちろんですが、使いやすさや手入れのしやすさという点についても、双方が意見を交換しながら最適解を見つけていきました。例えば、内鍋は調理性能確保と洗いやすさが両立できるようにフッ素加工を施しているのですが、これも技術的にはかなり大変だったようで......。ですよね? 西平さん。
西平はい、大変でした(笑)。フッ素といっても樹脂なので、使い続けるうちにどうしても剥がれてしまうんです。また、フッ素塗装は塩分にも弱いのですが、今回の「オートクッカー」は料理のレパートリーが多く、なかには塩分濃度の高いメニューもあります。すると、剥がれてしまったり、腐食が起こったりしてしまう。これを解決するために、品質保証部門も協力してもらい、さまざまな塗料を試しては耐久テストを繰り返して、なんとか高い耐久性と品質を両立するものに仕上げることができました。
――最後に、技術チームのみなさんにおうかがいします。この「オートクッカー」という製品を通じて、お客さまのくらしにどのような価値を生み出したいですか?
庄内私自身、社会人になりたての頃に自炊をするようになりましたが、時間的、気持ち的な負担をつねに感じていました。そんなときにオートクッカーがあれば、調理することや食べることの楽しさをより感じることができて、もっと前向きに自炊をしようという気持ちになれたのではないかと思います。本製品をお使いいただくお客さまにも、そうした魅力を感じていただきたいですね。
中須私は炊飯器を担当していたとき、上司からよく「自分自身が料理人であるという気持ちを持って開発にあたってくれ」と言われていました。私たちは単に便利な機械をつくるのではなく、「おいしくご飯を炊ける」という価値を提供しなくてはならない。そのためには、技術者自身が料理人のような目線を持っている必要があると。
今回のオートクッカーでも同じことです。「オートクッカー」を使うことで、家庭で手間をかけず、いつでもおいしい料理が食べられる。それを念頭において開発しましたし、実際にお使いになる方にも、その価値を感じていただけたら嬉しいですね。
西平自動調理鍋の良さは、購入いただいたあともソフト面のアップデートによって新たな価値を追加していける点だと思います。例えば、購入時は小学校低学年だった子どもが成長していくにつれ、つくりたい料理も変わっていくはず。そんなライフスタイルの変化にも柔軟に対応できるようにレシピや機能をアップデートしていけば、この製品を長く愛用してもらえると考えています。
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自動調理鍋 オートクッカー ビストロ NF-AC1000
Profile
西平 康隆(にしひら・やすたか)
パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部 調理機器BU 調理器技術部
2009年三洋電機株式会社(現:パナソニック株式会社)に入社。先行開発、機構設計者としてベーカリー、ミキサーなど調理家電を中心に要素開発、設計開発に従事し、2021年10月より調理器技術部 調理器設計課に在籍。オートクッカーなどを手がけている。
私のMake New|Make New「寄り添う」
生きるうえで基本である食。一人ひとりのお客さまのお困りごとやくらしに寄り添う調理家電で、「つくる・食べる・振る舞う」と言った楽しさを自動調理でサポートし、食の豊かさの実現に貢献したいと思っています。
庄内 星加(しょうない・せいか)
パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部 調理機器BU 調理器技術部
2019年パナソニック株式会社に入社。機構設計者としてホームベーカリー、オーブントースターを中心に熱機器商品を担当。2019年9月より調理器技術部に在籍。オートクッカーなどを手がけている。
私のMake New|Make New「小さな喜び」
食事は誰にとっても欠かすことのできない日常的なもの。調理家電を通して自分で料理することの楽しさ、料理ができ上がったときのワクワク感、食べたときの幸せを提供することで、皆さまの毎日に小さな喜びをプラスしていきたいです。
中須 慧(なかす・さとし)
パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部 調理機器BU 調理器技術部
2014年パナソニック株式会社に入社。機構設計として炊飯器を中心に「Wおどり炊き」などの国内外炊飯器開発に従事。2021年1月より調理器技術部に在籍。オートクッカーなどを手がけている。
私のMake New|Make New「家電料理人」
調理家電は、料理人をつくっていると信じている。それぞれのご家庭で、活躍できる料理人。おいしいもので世の中が溢れることが幸せ。
広田 起子(ひろた・ゆきこ)
パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部 調理機器BU 調理器技術部
2002年松下冷機株式会社(現:パナソニック株式会社)に入社。食品ソフト開発として冷蔵庫を中心に食品保存の研究開発に従事。2013年6月より調理器技術部 調理ソフト課に在籍。国内外のジューサー、ミキサー、フードプロセッサーなど回転機商品をはじめ、コーヒーメーカーなどを手がけている。
私のMake New|Make New「笑顔あふれる食卓」
誰がつくっても失敗なく安定したおいしさを実現でき、さらに簡単でお任せできる調理機器を通じて、つくる人も食べる人も幸せな時間をつくり出していきたいです。
内山 咲子(うちやま・さきこ)
パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 くらしプロダクトイノベーション本部 デザインセンター AD3部
2019年パナソニック株式会社に入社。プロダクトデザイナーとして調理家電を中心にプロダクトデザイン開発に従事。2019年9月よりLAS社デザインセンターに在籍。国内外の炊飯器やブレンダー等のデザインをはじめ、中長期先行開発などを手がけている。
私のMake New|Make New「Honest」
豊かなくらしをお届けするために誠実なデザインを心がけたい。