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カーボンニュートラル実現を目指す。パナソニックと清水イアンが考える、サステナブルで楽しい新習慣

CARBON NEUTRAL | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

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    2022年12月16日、京都にあるPanasonic Design Kyoto9階「GARDEN」で開催された社内イベント『カーボンニュートラルな私の実現。私にできること 会社にできること』。パナソニックのデザインスタジオ「FUTURE LIFE FACTORY」がパナソニックの環境活動や具体的な事例を通じて、多彩なゲストとともにカーボンニュートラルについて考えた。その内容の一部を、抜粋・編集してお届けする。

    左から真鍋氏、徳永氏、清水氏、鈴木氏、井野氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    CO2排出量を「お金」に換算。FLFが提案する「Carbon Pay構想」とは?

    2022年12月16日、「カーボンニュートラルな私の実現」と題して開催されたパナソニックの社内向けセミナー。パナソニックがこれまでに取り組んできた、また、現在注力しているカーボンニュートラル達成に向けた取り組みについて、トークセッションによる共有が行なわれた。その目的はパナソニックグループで働く一人ひとりに、カーボンニュートラルを実現するために「自らの事業活動」や「くらし」のなかで何ができるかを、あらためて考えてもらうこと。

    パナソニック側からは、パナソニック株式会社 デザイン本部 FUTURE LIFE FACTORY(以下、FLF)の井野智晃と鈴木慶太、パナソニック株式会社 戦略本部 CGXOチーム / CFOチームの真鍋馨、パナソニックホールディングス株式会社 プラットフォーム本部の徳永亮平が登壇。また、森林炭素スタートアップ「3T」共同創設者 / 環境NPO「weMORI」代表として森林の保護と再生に取り組む清水イアン氏もお招きし、環境とビジネスの関係性を含む中身の濃い知見のシェアや議論が交わされた。

    イベントの様子 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    最初に登壇したのは、FLFの井野と鈴木。二人がプレゼンするのは、「Carbon Pay構想」。2022年3月に発表された、環境にやさしいアクションを生み出すための新しいサービス構想で、現在はパナソニックホールディングス株式会社の技術部門と連携してPoC(※1)開発を行なっている。なお、プロジェクト発足時から清水イアン氏もアドバイザリーとして参加。ディスカッションを重ねながら、目指すべき方向性や具体的なサービスの仕組みを設計していった。

    ※1:PoCは「Proof of Concept」の略。新しいコンセプトやアイデアなどの実現可能性を見出すために、試作開発に入る前に検証をしたりすること

    Carbon Pay構想の目的は「環境問題を習慣化できるくらし」をデザインすることだ。

    井野私たちも含め、現代の日本人の多くが環境のことをほとんど意識せずにくらしていると思います。ですから、まずは日々の意識のなかに環境という要素を取り入れ、リテラシーを上げていかなくてはいけません。また、意識を高めるだけでなく、少しでも行動につながるようなくらしのデザインができたら、一人ひとりの習慣化につながるのではないかと考えました。

    パナソニック株式会社 デザイン本部 FUTURE LIFE FACTORY 井野智晃氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    FUTURE LIFE FACTORY リードデザイナー 井野智晃。Carbon Pay構想では、企画・デザインを務める
    Carbon Pay構想の目的 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    環境リテラシーを高めるとともに具体的な行動をうながし、一人ひとりの習慣化につなげる

    そこで、FLFではその目標を以下のように定めた。

    井野環境問題(気候変動など)への意識が変わったり、実際に行動できたりするためのプロダクトをつくること。そのプロダクトを通じて、1回の行動ではなく「習慣をつくる」ことを目標に、具体的なサービスを設計していきました。

    その大まかな仕組みはこうだ。カーボンクレジット(※2)の考え方を活用した内容で、対象の商品やサービスを利用するユーザーは、自身のカーボンフットプリント(※3)とそれに相当する金額を、プロダクトを通じて確認できる。そしてCO2を吸収する取り組みに対し、その金額分を家電からカーボンペイすることで支援するというものだ。支援先は、森の保護や植樹、サンゴの植えつけ、さらにはグリーンテック(※4)への投資など、ユーザーの意志で選択することが可能だ。

    ※2:企業が森林保護や省エネ機器導入などを行なうことで創出された二酸化炭素(CO2)の削減効果(削減量、吸収量)をクレジットとして発行し、ほかの企業などとのあいだで取り引きできるようにする仕組みのこと
    ※3:商品やサービスの原材料調達から廃棄・リサイクルにいたるまでのライフサイクル全体をとおして排出されるCO2を換算して、商品やサービスにわかりやすく表示する仕組み
    ※4:持続可能な社会を実現するための資源や環境に配慮したテクノロジー、またはサービスのこと

    井野例えばダイエットをしている人は「今日はこれくらいカロリーを摂ってしまったから、これくらい運動して消費しなきゃ」と考えますよね。CO2の排出も同じように「今日は出し過ぎてしまったから、次の日は抑えよう」という意識が芽生えれば、さまざまなアクションを起こすことができるはずです。

    CO2の排出量はkgCO2eという単位で数値化することができる。これを用い、日々のカロリー計算のように「車の運転」や「食事」「家事」といったアクション一つひとつに対するCO2排出量をkgCO2eで表示。さらにはそれをお金(カーボンペイ)に換算し、その金額分を支援先に送ることができれば、CO2をたくさん出してしまうような行動を我慢するのではなく、生活のなかで無理せず環境問題への責任を果たせる。これが、Carbon Pay構想の全体像だ。

    カーボンクレジットの考え方 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    生活のなかで排出されるCO2を可視化し「お金」に換算。その金額分を寄付するというかたちで環境への責任をはたすことができる

    鈴木具体的には、普段から見慣れているものにカーボンフットプリントの量やそれをカーボンクレジット(カーボンペイ)に換算した金額を表示し、ボタンひとつで支援先に送れる仕組みを考えました。例えばエアコンのリモコン画面にそれを表示し、「カーボンペイボタン」を押せば送金できるようなイメージですね。また、家電だけでなく家全体のカーボンフットプリントを表示し、NFCタッチでカーボンペイできるデバイスや、カーボンフットプリントの詳細をチェックできるアプリのプロトタイプもデザインしました。

    Carbon Pay構想のプロトタイプ | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    カーボンフットプリントが表示されるエアコンのリモコン | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    Carbon Pay構想のプロトタイプ。エアコンのリモコンや壁面のスイッチパネルに自分の排出したカーボンフットプリントが表示されるディスプレイやカーボペイ機能がついたデザイン

    鈴木ほかにも、「カーボンペイ家電」のようなシリーズが考えられると思います。例えば、コーヒーメーカー。毎朝の1杯を飲む際、ディスプレイに昨日のカーボンフットプリントの量が表示されていて「ちょっと昨日は出し過ぎちゃったな。今日は頑張ろう。」と意識することができる。また、そのタイミングでカーボンペイボタンをピっと押せば、スッキリとした気持ちで仕事に向かうことができるし、いつものコーヒー1杯が違う意味になるかもしれない。そんなイメージですね。

    音楽好きの方ならスピーカーでもいいですし、家のなかのさまざまなところにカーボンフットプリントを意識できるようなタッチポイントをつくり、習慣化につなげる。私たちは、そんなくらしをデザインしたいと考えています。

    Carbon Payを搭載した「カーボンペイ家電」のプロトタイプ  | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    Carbon Payを搭載した「カーボンペイ家電」のプロトタイプ
    パナソニック株式会社 デザイン本部 FUTURE LIFE FACTORY 鈴木慶太氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    FUTURE LIFE FACTORY デザインエンジニア 鈴木慶太。Carbon Pay構想では、企画・デザインエンジニアリングを務める

    自然破壊ではなく、再生をとおしてバリューにつなげていく

    続いてはゲストの清水イアン氏が登壇。自身の活動と「カーボンクレジットが生み出す未来」についてトークセッションを行なった。

    環境NPO「weMORI」と「3T」というスタートアップを手がける清水氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    環境NPO「weMORI」と「3T」というスタートアップを手がける清水氏。非営利とビジネスの両面から、森林伐採や気候変動、生物多様性の減少といった問題に取り組んでいる

    清水これらの問題を根本的に解決するためには「再生型社会」をつくっていく必要があります。つまり、これまでのように自然を破壊することによってお金やバリューを稼ぐのではなく、自然の再生をとおしてバリューにつなげていく。そんな、根本的な転換が必要なのではないでしょうか

    そこで、清水氏が注力しているのが「森」に特化した活動だ。

    清水なぜ森なのか? それは、木が二酸化炭素を貯蓄・吸収してくれるスーパープレイヤーだから世界のテクノロジーがどんなに進化しても、CO2の吸収という点に関してはいまも木が圧倒的にナンバーワンなんです。また、生物多様性という観点からも、地上の種の80%は森に住んでいます。さらには、森は水や薬、食料など、あらゆるライフラインを供給してくれる場所でもあります。こうしたことから、私たちは森を保護し、増やす活動に取り組んできました。

    具体的に「weMORI」が取り組んでいるのは以下の3つだという。

    • 啓発イベントなどでのコミュニケーション
    • 森づくり
    • 仕組みづくり

    例えば森づくりなら、直近では世界一小さなゾウがくらすボルネオの川沿いで年間数千本の植樹を行なっている。また、仕組みづくりについてはFLFとともに取り組むCarbon Pay構想もその一つ。今後はほかにも、森の保護につながるさまざまな仕組みづくりを模索しているという。

    清水例えば、先日はヨーロッパで「森林破壊に関連した輸入品の取り締まりを強化する法律がつくられる」というニュースがありました。現在、欧米では森林伐採につながる輸入品を規制していく動きがあります。こうした潮流を、いかに日本にも広げていけるか。どんな仕組みがつくれるかをweMORIとして考えています。

    清水氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    weMORIで非営利の活動を行なう一方、3Tではビジネスの側面から環境問題の解決に取り組んでいる清水氏。「再生型社会」を創造するためには、それを可能にするだけのインセンティブの設計が必要と考えている。そう考えるに至った背景には、こんな体験があったという。

    清水私はこれまで、ツバルからアラスカまで世界中の森を見に行きました。たくさんの美しい森に出会った一方で、数多くの森林伐採が行なわれている現実も目の当たりにしてきたのですが、特に心を痛めたのがベリーズという国で見た光景です。

    ベリーズは森林保全大国として知られているのですが、そんな国ですら保護地区でない場所では多くの森林伐採が行なわれていた。そのときに同行してくれた地元の研究者は「この一帯の木々は、10年後にはすべてなくなるだろう」と言っていました。ただ、それも致し方ないことで、森を購入した所有者は投資を回収するために土地を有効活用しなくてはいけない。現状は農地に変容していくしか方法がなく、そのためには森林伐採もやむを得ないという現実がありました。

    つまり、森を守るためにはそれに見合うだけのインセンティブが必須であり、そのためには土地ごとに投資可能な自然再生プロジェクトをつくっていく必要がある。そこで清水氏が立ち上げたスタートアップが「3T」だ。

    清水3Tでは各地のローカルコミュニティーと一緒に、再生型のプロジェクトソリューションを実装しています。そこからクオリティーの高いカーボンクレジットを生成し、経済活動としても成り立たせる。そして、ローカルコミュニティー、投資家、プロジェクトをつくる私たち3Tのインセンティブがすべて「森をつくる」ことにつながる。そんな仕組みをつくっていこうとしています。

    森の未来、地球の未来を思い、理想論だけでなく現実を踏まえて「再生型社会」をつくるための行動を起こしている清水氏。その軸となるのがカーボンクレジットだ。最後に「カーボンクレジットが生み出す未来」についても語ってくれた。

    清水カーボンクレジットに関してはさまざまなとらえ方がありますが、現在は賛否が二極化しているように感じます。ただ、現場で関わっている私の視点から見ると、これは自然再生をインセンティブ化できる、歴史的なツールではないかと思います。人類史が始まって以来、人間が森を育てることを経済化できた事例はほとんどありません。このカーボンクレジットは、それを初めて可能にするものではないでしょうか

    実際、カーボンクレジットの需要は急増していて、2050年には75兆円規模の市場になるともいわれています。経済的にも、大きな期待がかかっているんです。こうした潮流が生まれていることは、自然を再生できる一大チャンス。これまで環境に関心がなかった層を含め、たくさんの人に関わってほしいと思いますね。

    CO2を「3億トン削減」。「Panasonic GREEN IMPACT」に込めたパナソニックの本気

    続いての登壇者はパナソニックホールディングス株式会社 プラットフォーム本部の徳永、そして、パナソニック株式会社 戦略本部CGXOチーム/CFOチームの真鍋。両者からは、カーボンニュートラルに向けたパナソニックグループ全体の方針や、具体的な取り組みについての共有が行なわれた。

    徳永パナソニックは2022年の1月に、新たな環境コンセプトである「Panasonic GREEN IMPACT」を発表しました。これは、単に環境に寄与するというだけでなく当社の戦略そのものです。近年、ESG経営という言葉をよく聞くようになりましたが、これに真剣に取り組まない企業は今後、あっという間に衰退していくでしょう。なかでもESGの「Environment(環境)」は重要なファクターで、Panasonic GREEN IMPACTはこの一丁目一番地に位置づけられています。

    パナソニックホールディングス株式会社 プラットフォーム本部 徳永亮平氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    パナソニックグループ全体のサステナブル経営を推進する、徳永亮平

    パナソニックでは、2050年までに3億トン以上のCO2削減に貢献すると宣言している。これは、世界のCO2排出量の約1%にあたるPanasonic GREEN IMPACTではその内訳も示されていて、主に「自社バリューチェーン全体でのCO2排出量実質ゼロ」や「既存事業、新規事業における排出削減貢献」といったアプローチで3億トン超えの削減貢献を目指していくという。

    プレゼンでは、Panasonic GREEN IMPACTのビジネスとしての可能性も示された。

    徳永現状はグループ全体で2,347万トンしかないCO2削減の貢献が、Panasonic GREEN IMPACTによって2億トンに増えます。これは、ビジネス的な観点でも非常に意義がある。例えば、現在のカーボンプライシングでは一部の国で1トンあたり1万円ほどの値がついています。これが2億トンとなれば、一気に2兆円事業になるわけです。そう考えると、これはもう一つの成長戦略といえるのではないでしょうか。

    なお、パナソニックグループが排出するCO2のうち、じつに約90%はくらし領域にあたるパナソニック株式会社の事業活動によるものだ。Panasonic GREEN IMPACTを実現するには、ここを真っ先に改革する必要がある。真鍋からは、そのための具体策とともに「パナソニックとして取り組まなければならない理由」があらためて語られた。

    真鍋2030年の段階で、パナソニック株式会社は、自社バリューチェーン全体で約50%のCO2削減や、社会への削減貢献量を積み上げる目標を掲げています。例えば、機器の更なる省エネ加速や、空質空調・食品流通領域の機器に使われる冷媒を、自然冷媒など環境負荷の低いものに変えていくこと、水素を活用した再生可能エネルギー100%のエネルギーソリューションを事業化していく取り組みなどを進めていきます

    さまざまなアプローチでCO2を削減 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    さまざまなアプローチでくらしインフラを脱炭素へ転換し、CO2削減に貢献

    真鍋こうした環境問題への取り組みは壮大で、なかなか自分ごととしてとらえることが難しいかもしれません。しかし、生活者やBtoBのお客さまの環境意識はどんどん高まっていて、いまから長期視点で本気で取り組まなくては、見向きもされなくなってしまうでしょう。これまでのようにエネルギーや資源を大量に使うような商品やサービスは、2030年にはもう選ばれなくなるはずです。そのときに、顧客に選ばれるための競争力を高められるよう、一人ひとりがそれぞれの持ち場で行動していきたいですね

    パナソニック株式会社 戦略本部 CGXOチーム / CFOチーム 真鍋馨氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア
    パナソニック株式会社のサステナビリティ戦略のリードを務める、真鍋馨

    環境をビジネスにするための設計づくりにワクワクする

    ラストには「カーボンニュートラル達成に向けた課題と可能性」や「これから始まるくらしの大転換」などをテーマに、イベント参加メンバーによるディスカッションが行なわれた。

    まずは、FLFの鈴木から清水イアン氏にこんな質問が。

    鈴木個人的には、「環境貢献」と「お金を稼ぐ」ことに、まだギャップを感じています。イアンさんも例えば「環境貢献ってボランティアじゃないの? どうしてそれでお金儲けしてるの?」みたいに言われることはないですか?

    イベントの様子 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    清水ぼくに直接そうした意見を言ってくる人はいませんが、先ほどもお話ししたように、再生型社会を可能にするためにはインセンティブの設計が欠かせません。ぼくは非営利も営利も両方やっていますが、いまのところ非営利にはスケールの限界があると感じます。

    現状、NPOのweMORIでは最大で200ヘクタールの森をつくっています。皇居の2倍とそれなりに大きくはありますが、それ以上の規模にしようとすると、非営利では資金的に難しい。だからこそ、インセンティブの設計をして、資金提供者含む、プロジェクトに関わるみんながハッピーになれる仕組みをつくっていくことは必要だと思いますし、それを否定する人はそもそも資本主義を否定しているのと同じではないでしょうか。

    もちろん、資本主義の是非についての議論や、資本主義の先の世界を想像・妄想することは必要なのですが、現時点では資本主義のパラダイムのなかで生きている以上、その枠組みのなかでできる限りの「進歩」を実装していくことも大切かなと。ぼくはどちらかというと、資本主義を次のステップに上げていくという議論のなかで、インセンティブの設計をつくっていくことにワクワクするし、そこで生まれるポジティブな効果については社会全体で歓迎するべきなんじゃないかなと思います

    清水氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    井野じつはイアンさんとCarbon Pay構想をやっているときにも、似たような議論があったんですよね。「カーボンオフセットってネガティブじゃない?」みたいな意見があって。お金で解決するっていうことが、本当に企業としてふさわしいことなのか。実際、欧州のほうだとそれが一部ではすでにネガティブにとらえられていて、「お金だけ払っていればいいわけじゃなくて、ちゃんと活動をしよう」みたいな流れにもなってきている。だから「カーボンオフセット」という言葉を使わずに、環境に良い活動にお金が流れることを「カーボンペイ」と言い換えてデザインしたんです。

    ただ、ぼくはいまでは少し考えが変わっていて、カーボンオフセットって別にネガティブではないのかなって思っています。もちろん、企業がお金だけで解決しようとすることは悪手なのですが、個人単位でカーボンオフセットをするって、逆にポジティブなことなんじゃないかなと。そのお金が、例えば一本の木を植えるために使われる。自分自身は何も得られないかもしれないけど、森林を守るためにお金が回るのであれば素晴らしいことだし、とても可能性があるんじゃないかなと思います。

    「日々のCO2排出量を減らす行動が習慣化されたとき、環境負荷のない製品を選ぶようになる」

    続いての議論は「生活者の環境意識の変化」について。全世界で環境問題への取り組みが進むなかで、生活者レベルではどのような意識の変化が生まれているのか。FLFの井野はデザイナーの観点から「ユーザーに選ばれるもの」が変わってきていると語る。

    井野2022年のグッドデザイン賞のベスト100で、リサイクル材を使った、まったく塗装をしていない掃除機がランクインしました。これまでは、カラーバリエーションを増やすなど、さまざまなライフスタイルに合った商品を提供することがデザイナーの役割の一つだったと思いますが、環境意識の高い人にはまったく塗装をしていないとか、余計な仕上げがないといった、「環境負荷が低い」というバリエーションが求められているのかなと感じます

    その仕上げ材についても単にリサイクルされているだけでなく「複数回リサイクルされているほうがプレミアムだよね」みたいな、そういう価値観の転換も起こっていくのではないでしょうか。お客さまの意識が変化していくのに合わせて企業のものづくりが変わっていけば、生活レベルからどんどん良い方向に進んでいくように思います。

    井野氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    この意見に清水氏も共感。生活者レベルにまで環境意識が根づいたあとの、未来のくらしに思いを馳せた。

    清水いまのお話を聞いて、自分が過去に妄想していたことを思い出しました。100年後の未来人はどんな選択をして、リビングルームにはどんな風景が広がっているんだろうと。もしかしたら、まったく塗装がされていない家具しか置かない生活があたり前になっているかもしれない。そういうことを考えるのが、すごく楽しいんですよね。

    ぼくは実際、そういう未来がやってくるんじゃないかと思います。人間って社会の規範をもとに行動を起こす生き物ですよね。つまり、「いまの世の中のあたり前」を基準に行動を選択している。だからこの先、日々のCO2の排出量が可視化され、それを減らす行動が習慣化されたときには、自然と環境負荷のない製品を選ぶようになると思うんです。そう考えると、なんだかワクワクします

    こうした生活者の変化に対し、パナソニックは企業としてどう向き合っていくべきなのか。徳永や真鍋からは今後の企業があたり前に持つべき視点について、また、現在のパナソニックのスタンスが語られた。

    徳永会社自体はいままさに変わっている状況です。国際的なESGやサスティナビリティの流れを受けて、生活者のマインドが大きく変わってきている。特に、Z世代、α世代のSDGsネイティブの人たちは、これから企業にとって一番の購買層になっていくわけです。幼い頃から高い環境意識を持って育った世代にパナソニックの製品やサービスを選んでもらうためにも、いますぐに変わらなければならない。逆に、それをチャンスだと捉えて動くくらいでないと、どんな大企業でもあっという間に駆逐されてしまうと思います。

    真鍋環境に対する取り組みは国によってスピード感が異なりますが、欧州をトップランナーにして世界的に動きが加速していくことは明白です。これは未来予測でもなんでもなく、もはや不可逆な未来なんですよね。そんな世界で、企業はいかに勝ち抜くか。これはもうシンプルに、マーケットの状況に応じて、長期視点でどこよりも環境にいい取り組みをして、お客様に選ばれる存在になっていくしかない。「環境」だからといって何も特別な考え方が必要なわけではなく、ビジネスの原理をふまえて「いい仕事」をする。これに尽きるんじゃないでしょうか

    真鍋氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    環境のために、「我慢ではない絶妙なライン」でライフスタイルを工夫する

    ディスカッション最後のお題は「私たちにできること」。一人ひとりが環境のためにできることは何なのか。参加者それぞれの小さな取り組みも含め「これから何をすべきか、何をしたいか」が語られ、イベントは幕を閉じた。

    井野環境のために行動をちょっとだけ変えるって、少し良い気分になれたり、心が豊かになったり、それによってくらしが楽しくなったりすることにつながるんじゃないかと思います。本当にちょっとしたことで良いと思うんですよね。天気が良いから車に乗るのをやめて歩いてみるとか、焼肉を食べる回数を月3回から2回に減らすとか。そういう一人ひとりの小さなインパクトの積み重ねが、地球全体にとっては大きなインパクトになりますから。

    鈴木Carbon Pay構想を考えているときの話し合いでよく出てきたのは「我慢する生活にするのではなく、楽しみながら環境に貢献できるとか、持続できる社会に向けて無理のない範囲で自分の習慣を変えていく。そんなことを実現したいよね」ということでした

    それって、井野さんがおっしゃったようなことなのかなと思います。焼肉は月に1度のお楽しみにする、それによって特別感が生まれてより美味しく感じるとか。そういう、我慢ではない絶妙なラインのところで自分のライフスタイルを工夫していくことが大事なんじゃないかと。

    鈴木氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    徳永自分自身は家の電気を再エネ100%にしていたりとか、なるべく自転車に乗るようにしていたりとか、いろいろと気をつけていることはあります。それから、小学生の娘は学校でSDGsクラブという委員会に入っているのですが、そういう活動を親としてしっかり応援するということも、一つの貢献といえるのかなと思いますね。

    ちなみに、パナソニックの製品は毎日およそ10億人に触れられているのですが、その全員が生活で出すカーボンフットプリントを1トン減らすことができたら、合計10億トンものインパクトを生むわけです。そういう意味でも、一人ひとりができることにコミットしていくというのは、すごく大事なことですよね

    真鍋そうですね。そうした一人ひとりの意識や行動の変化が、つくって売る側の企業と、買って消費する側の生活者という従来の一方通行的な関係性を変えると思います。企業も生活者もほかのステークホルダーもともに、自然の一部として循環・再生するサステナブルな未来をつくる関係性に変えていけたらいいですよね

    イベントの様子 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

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    Profile

    パナソニック株式会社 デザイン本部 FUTURE LIFE FACTORY 井野 智晃氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    井野 智晃(いの・ともあき)

    パナソニック株式会社 デザイン本部 FUTURE LIFE FACTORY
    2001年入社。プロ向けの電動工具やメンズ理美容商品のプロダクトデザインを担当後、2017年からパナソニックの社内デザインスタジオであるFUTURE LIFE FACTORYの立ち上げに関り、デザイン発の商品化やプロトタイプを社会にインストールする未来実装に取り組む。
    私のMake New|Make New「習慣」
    トレンドで終わらない、未来の習慣をデザインしたいと思っています。

    パナソニック株式会社 デザイン本部 FUTURE LIFE FACTORY 鈴木 慶太氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    鈴木 慶太(すずき・けいた)

    パナソニック株式会社 デザイン本部 FUTURE LIFE FACTORY
    2019年入社。デザインエンジニアとして家電のハード・ソフトのインタラクション領域を中心にプロトタイピングを用いた先行開発に従事。2021年4月よりFUTURE LIFE FACTORYに在籍。人と地球をつなげる脱炭素社会に向けたサービス構想「Carbon Pay」などを手がけている。家電のカテゴリーにとらわれない、自由なアイデア発想と体験可能なプロトタイプ制作で、よりリアルな未来のくらしへの提案に取り組む。
    私のMake New|Make New「Interaction」
    Carbon Payでは、なかなか実感できない環境に良い行動を心地よいインタラクションデザインによって習慣につなげようとしています。

    パナソニック株式会社 戦略本部 CGXOチーム 兼 CFOチーム 真鍋 馨氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    真鍋 馨(まなべ・かおる)

    パナソニック株式会社 戦略本部 CGXOチーム 兼 CFOチーム
    2003年入社。本社・冷蔵庫事業の経営企画に従事、新規事業アクセラレーターGame Changer Catapultを立ち上げ。21年10月より戦略本部に在籍。グリーントランスフォーメーション(GX)戦略機能・チームを立ち上げ、サステナビリティー戦略リードを務める。
    私のMake New|Make New「Green Lifestyle」
    大切な人の未来を想い、いまのくらしを、自分にできることから少しでも考えて行動し、つないでいきたいです。

    パナソニックホールディングス株式会社 プラットフォーム本部 徳永 亮平氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    徳永 亮平(とくなが・りょうへい)

    パナソニックホールディングス株式会社 プラットフォーム本部
    2006年入社。家電デバイス商材を中心に、デバイス機構設計、ドイツやシンガポールを拠点とした国際営業、商品企画、経営企画に従事。2021年10月よりPHDプラットフォーム本部に在籍。グループのGX戦略検討やサステナブル経営推進コンソーシアムの運営をはじめ、環境エネルギー分野の事業開発などを手がけている。
    私のMake New|Make New「Life & Society Sustainable」
    未来の生活や社会、そこに寄与するビジネスが、よりサステナブルなものとなるよう、事業会社と共創していきます。

    再生社会の実現を目指す起業家 清水 イアン氏 | Make New Magazine「未来の定番」をつくるために、パナソニックのリアルな姿を伝えるメディア

    清水 イアン(しみず・いあん)

    再生社会の実現を目指す起業家。森林カーボンクレジットの生成を行う環境 x テック企業「3T」共同創設者。森林の保全と再生を、楽しい・簡単・当たり前にすることを目指す NPO「weMORI」代表理事。世界中の創造力と10代をつなぐ、オンラインプログラム「Inspire High」ナビゲーター。次世代リーダーのグローバルネットワーク「NELIS」理事。スピリットアニマルはマナティ。1992年生まれ。

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