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パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社が、ReGACY Innovation Group株式会社と共同で実施している、アクセラレータープログラム「Panasonic Accelerator by Electric Works Company」。「くらしインフラ」の変革を通じて、「いい今日と、いい未来」をつくることを目指し、優れた先進的技術やノウハウを有するスタートアップと共創し、新規事業を加速させる取り組みだ。
開催2年目となる2022年度は、計9社のスタートアップが採択され、その成果発表会が2023年3月22日に東京汐留で行なわれた。
最優秀賞を受賞したのは、イヤホン型脳波計測器「XHOLOS(エクゾロス)」を開発する株式会社CyberneX。パナソニックのモビリティ照明部門とタッグを組み、光演出が人間の脳に与える影響について実証実験を行なった。
今回は、共創に携わった3名にインタビューを行ない、取り組みの内容や、同プログラムの特徴、そして未来の可能性について話をうかがった。
手軽に脳波測定ができる「XHOLOS」。その社会実装の場としてパナソニックを選んだ理由
――まずはじめに、CyberneX(サイバネックス)の事業内容について教えてください。
泉水弊社では、脳波を手軽に計測できるイヤホン型のデバイスを開発しており、その社会実装に取り組んでいます。脳波は、脳が活動する際に流れるごく小さな電気信号です。この信号をとらえると、その人がリラックスしているのか、活性化しているのかという脳の状態を把握することができるんです。
従来、脳波計測を行なうためには、頭蓋骨に穴を開けたり、頭皮にジェルを塗ってヘッドセットを装着したり、とにかく大がかりな装置が必要でした。そのため、普段の生活のなかで脳波を計測することは難しいとされていたんです。弊社の開発したイヤホン型デバイス「XHOLOS Ear Brain Interface」は、脳に近い耳から計測することで、そうした課題を克服することに成功しました。人が自然な状態で過ごしているときの脳情報を集めることができるため、日常生活やビジネスの場での応用も期待できます。
――今回、CyberneXはなぜ「Panasonic Accelerator by Electric Works Company」に応募したのでしょうか。
泉水理由は2つあります。ひとつは、XHOLOSの社会実装に弾みをつけたかったから。じつはこのアクセラレータープログラムの開催を知ったとき、弊社は企業向けの脳情報活用支援プログラム「Works with XHOLOS」を11月にリリースすべく、準備を進めていたところでした。もしこのプログラムに採択され、弊社の技術やサービスをパナソニックに利用していただくことができれば、「脳情報の活用」という新分野で事業を行なう弊社にとって、大きな推進力になると思ったんです。
そしてもうひとつの理由は、募集テーマとの相性の良さを感じたからです。今回私たちが応募したのは、「モビリティ内の顧客体験」というテーマ。航空機や自動車での移動をより快適な体験へと変えようとするパナソニックに対して、弊社の脳波測定技術をうまく生かせるのではないかと思いました。また、パナソニックの持つ幅広い事業領域には、脳情報の活用場面が多いだろうとも感じていました。今回のプログラムでその可能性を探る機会をいただけるのならぜひ参加したい、というのが応募の背景です。
光の変化は脳に影響を与えるか? 共創で見えてきた未来の可能性
――CyberneXが応募した「モビリティ内の顧客体験」というテーマ。パナソニックは、具体的にどのような課題を抱えていたのですか?
杉浦私たちが抱えていたのは、快適な空間をつくることの難しさだけでなく、その効果をどのように客観的に評価し、お客さまにご理解いただくことができるか、という課題でした。
私たちは現在、パナソニックグループが培ってきたLED照明の技術を生かし、航空機で長距離を移動される方が過度な緊張をせず快適に過ごしていただけるような空間づくりを構想しています。具体的には、複数の照明で光の色や明るさを時間とともに適宜変化させ、その組み合わせによって快適な空間をつくりだすというものです。
しかし、この光技術を利用した空間が人の感じる心地よさに本当に影響しているのかは、被験者の主観に基づくアンケートを通じてしかたしかめようがありませんでした。人の状態や感情を数値化、可視化できる新しいデバイスやソリューションはないものか......そう考えて設定したのが、今回の「モビリティ内の顧客体験」というテーマだったんです。
泉水パナソニックはあらゆる領域であらゆる商品やコンテンツをつくっていますよね。一方で、われわれはそれらをエンパワメントできるセンシング技術を持っています。今回の共創が実現したのは、お互いの弱い部分を補いあえる関係だったからというのも大きいと思います。
――なるほど。では、客観的な効果測定の点からXHOLOSの有用性を感じたことが、プログラムの採択を決めた大きな理由なのでしょうか。
杉浦それもありますが、アクセラレータープログラムの選考を進めるなかで、CyberneXが研究開発とビジネス推進を非常にバランスよく行なっている会社だと感じたことも理由のひとつです。生体情報を扱う事業の多くは、正確さにこだわった研究重視の体制になっていたり、解析データの根拠を明確にせずとにかく企業と組むことを目的にしていたりするところが多いと感じていました。しかし、CyberneXは「保有している技術を社会実装して世の中を変えたい」と、ビジネス領域にもしっかりと力を入れていましたし、彼らの目指す世界観についてもお話しいただきました。
また、選考初期のフェーズでCOOの有川さんとも面談をしたのですが、彼はXHOLOSで「できること」「できないこと」を率直に教えてくださったんです。資本の限られたスタートアップとしては、非常に勇気のある行動です。彼らの目指す世界観との矛盾もありませんでしたし、そこに企業としての誠実さを感じたことも、CyberneXとの共創を決めた理由のひとつになりました。
――改めて、2社の共創内容について教えてください。
泉水今回のアクセラレータープログラムでは、そもそもXHOLOSを使って取得したデータに有用性があるのか、という点を検証しました。具体的には、航空機を模した環境で被験者にXHOLOSを装着してもらい、複数の照明コンテンツを見ていただくという実証実験です。これによって、「光」が人間のリラックス度に影響を及ぼしているのかどうかを確認しました。
有川弊社はすでにリラクゼーションサロンでの脳波活用に着手していますが、照明を用いてリラックス効果を測る取り組みは初めて行なうものでした。そのため、私たちとしても、実験をどう組み立てるべきか悩ましく、プログラム期間中に杉浦さんと何度も話し合って実験内容を設計していきました。実験の設計は、今回のプログラムでいちばん大変だった部分かもしれません。
杉浦今回の実証実験は、過去にパナソニックで実施した実験との比較を念頭において設計しました。主観データを取得できている照明コンテンツと比較すれば、主観と脳波でどのような違いや傾向が得られるのかを把握できます。実験結果の解析はまだ完全には終わっていなくて、細かいところはこれからという段階です。
――まだ解析が完全には終了していないとのことですが、検証したかった「XHOLOSを使って取得したデータに有用性があるのか」という点は、確認できたのでしょうか?
杉浦今回の実験は、計18名の被験者にご協力いただき実施したのですが、コンテンツ毎にα波とβ波の割合について有意性のある違いが見られ、「光の演出で人の感情に影響を与えられる可能性がある」ということは明らかになったと考えています。
先ほどお話ししたとおり、光の色や明るさの変化、そしてその変化スピードが何にどう効いているかなどの細かい解析はこれからですね。いまはまだ解析に時間がかかりますが、今後の共創活動を通じてデータを積み上げ、機械学習で解析が行なえるようになれば、もっと早いサイクルで空間をアップデートしていくことが可能になると思っています。
有川光で人にリラックス効果を与えられるかもしれないとわかったことは、今回のプログラムの大きな成果だと思っています。「モビリティ内の顧客体験」というテーマをさらに深堀していける可能性を見出せましたし、もっと研究開発を進めていけば、脳波の示すリラックス度に基づいて、顧客体験を個別最適化できるようになるかもしれません。そのような社会変革の種を見つけられたことは、今後につながる大きな一歩だと思います。
いまがスタート地点。同じ未来を本気で描く2社のこれから
――2社の共創が上手くいったポイントはどこにあると思いますか?
杉浦プログラムに関わるメンバー全員が、同じ目線で自律して行動できていたのが良かったと思います。まったく異なる2社の共創になりますから、壁にぶつかったり、大きな問題が発生したりしてもおかしくないのですが、今回は実験設計に少し苦労したくらいで、全体をとおして楽しみながら進められました。
泉水杉浦さんのおっしゃるとおり、このようなプログラムは企業文化の違いから壁にぶつかることも多いんです。特に大企業が相手であれば、担当者が「やらされ仕事」のスタンスだったり、スタートアップ企業を「下請け企業」のように扱ったり、予算が決まっていなくて見積もりのやり取りだけで数か月を無駄にしたり......実のある議論までたどりつけないことがほとんどなんですよね。
でも杉浦さんは、というかパナソニックはそうじゃなかった。完全に業務範囲を超えた部分までコミットしてくれましたし、予算も準備されていたので方向性が決まればすぐに進めることができました。
杉浦私たちとしても、われわれにない物を得るために「共創したい」という前向きな気持ちが大前提としてありましたからね。スタートアップ側からいうと、こういうピッチで無理に良い結果を出して名前を売りたいという気持ちもあると思うんです。でもそうはしたくなかったので、CyberneXのみなさんには「狙って都合の良い解釈や結果を出そうとしないでほしい。実験は正直にやりたい。かたちだけ良い結果を得ても前には進まないし、あとで困るだけ」と繰り返し強く思いを伝えていました。結果的には、そんな心配は杞憂でしたけど。
有川プログラムに参加して感じたのは、パナソニックの本気度と柔軟性です。杉浦さんは最初から、私たちに負けないくらい共創への熱い思いを持っていらっしゃいましたし、いまではXHOLOSの使い方をほかの人に説明できるまでに理解していただいています。このプログラムでは公募プロモーターと呼ばれる方がついてくれるんですが、その方にもほかの事業部との協業を提案していただくなど、大変お世話になりました。
実際、いくつもの事業部とつないでいただき、自社製品の活用イメージがどんどん広がっていく感触がありました。単発で終わってしまうアクセラレータープログラムも多いなかで、このように2社の今後の連携を前向きに検討する機会をいただけたことは、非常にありがたいことだったと思います。
杉浦パナソニックの社員としても、アクセラレータープログラムを通じて新たな気づきや学びがたくさんありました。2023年度のアクセラレータープログラムはさらに魅力的なものになると思うので、大きな期待を寄せていますね。
――今回、アクセラレータープログラムでCyberneXが最優秀賞を受賞しました。あらためて感想をお聞かせいただけますか?
有川弊社の技術に対して、将来性と事業シナジーを大きく評価していただけたことは本当に嬉しかったです。XHOLOSの研究開発は2016年にスタートしましたが、当初は限られた予算をかき集めながら、地道に研究を進めていました。それがいまでは、多くの方に知られているパナソニックのなかで価値を発揮し、今後の可能性にも期待してもらえる技術となっている。開発を始めた頃には想像もしていなかった未来にたどり着くことができ、感動を覚えています。
泉水私は今回、XHOLOSに携わった多くのメンバーの「本気の思い」を背負いながら、最終選考のピッチコンテストに臨みました。彼らのこれまでの努力が最優秀賞受賞というひとつの成果として実を結び、本当に良かったと思います。
――今後も2社の共創は続いていくのでしょうか。
杉浦もちろんです! 私としては、今回のアクセラレータープログラムはスタート地点だと考えています。航空機や自動車の移動時間をより快適なものにするために、例えば実験環境とリアルな航空機内の環境の違いなど、考えるべきポイントも解決すべき課題もたくさんあります。それらを一つひとつクリアしていった先にゴールがあると信じているので、いまは私たちのやるべきことを着実に積み重ねていきたいです。
そしていずれは、飛行機や自動車に乗ったときに、利用者が望めば、デバイスを装着して自分の状態をリアルタイムで把握し、移動時間のなかで自分のありたい状態にあわせて周囲の照明や音、香りなど空間をつくる要素が変化する。そんな、新しい価値や過ごし方を提案していきたいですね。
泉水弊社としても、そのような未来の姿をいち早く実現する推進力となれたら嬉しいです。また、私たちとしては今後、パナソニックとさらに幅広い事業で共創できたらと考えています。じつは今日も、ほかの部門の方とミーティングさせていただき、私たちの技術に前向きな反応を示してくださいました。パナソニックの手がける補聴器やイヤホンとの連携も可能だと考えています。今後の共創の広がりに、とてもワクワクしています。
有川公募プロモーターだけでなく今回のプログラムがきっかけで知り合った部門の方も、また別の部署の方とのつながりをつくってくれたりもしました。先日もきっと何か役に立つからと、パナソニックの研究開発部門で生体データを扱う研究者と引き合わせてくれて。研究開発者同士、「これからも頑張りましょう」と意気投合することができました。今回いただいたご縁を大切にしながら、未来の新しいくらしを描き、その実現に貢献できたらと思っています。
アクセラレータープログラム事務局から
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社のアクセラレータープログラム「Panasonic Accelerator by Electric Works Company」は、事業に取り組む姿勢やスピード感がまったく異なるスタートアップとの共創を通じて、自前主義な組織風土を変え、新たなイノベーションを生み出したいという思いから立ち上げたものです。2022年度で2回目の開催となりましたが、全社的に少しずつ、オープンイノベーションへの姿勢に変化が生じてきていると感じています。
私たちとしても、この取り組みは1回で終わらせるものではなく、継続することに意味があると考えています。2023年度も各部門から共創したいテーマを募りながら、部門を越えて挑戦するテーマの設定や、海外スタートアップとのコラボレーションなども実現させることができたらと企画を進めています。ぜひ、今後の取り組みにも注目していただけましたら幸いです。
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Profile
杉浦 健二(すぎうら・けんじ)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 ライティング事業部 プロフェッショナルライティングBU モビリティ事業推進部
2005年、松下電器産業株式会社 照明社に入社。2020年3月まで日本とドイツでLED光源の商品開発に従事。帰国後は、モビリティ空間における新しい照明のコンセプト立案、実現のための新規技術開発およびデモ機作製からお客さまへの提案をサイクルとして活動を行なっている。
私のMake New|Make New「あなたの快適空間」
快適な空間と聞いたら、皆さんは何となく共通のイメージを持っていると思います。ただそれは細かくみると、個人個人でも、そのときの状態でも少しずつ違うものだと思いますし、すべてが尊重されるべきものだと思っています。皆さんそれぞれ、その時々の快適空間の実現に尽力していきたいなと思っています。
泉水 亮介(せんすい・りょうすけ)
株式会社CyberneX、CSO
新卒で大手電機メーカーに入社。2016年以降はIoTスタートアップのCOOを始めとして、複数の企業で経営陣として主に事業開発や広報などを管掌。CyberneXではビジネスサイドを中心に事業戦略の構築と実行に取り組んでいる。
有川 樹一郎(ありかわ・きいちろう)
株式会社CyberneX、COO
大手電機メーカーにて、コミュニケーション領域の研究および商品開発に従事。2016年からEar Brain Interfaceの研究開発を開始し、2020年に同技術資産を持ち出しCyberneXに創業メンバーとして参画。CyberneXでは研究技術開発、プロダクト開発を手掛ける。