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こんにちは、インタビュアー&ライターのたけもこです。今回、パナソニックの新規事業として走り始めた社会課題解決プロジェクト「コデカケ」を体験してきました。「コデカケ」は、聴覚障がいの方も、誰もが安心に楽しくおでかけできるように「後方からの自動車や自転車の接近を感知し、振動で教えてくれる」という今までになかった画期的なデバイスです。「コデカケ」がなぜ、どのように生まれたか。そしてどのような未来を描いているか。とても素敵なソーシャルイノベーションの誕生秘話、ぜひご覧ください。
まずは、「コデカケ」とはどのようなサービスなのか。こちらの体験動画をご覧ください。
「ココロおどるおでかけ」聴覚障がいのある方も、誰もが安心して「おでかけ」できる社会へ
――はじめに、「コデカケ」とはどのようなサービスなのでしょうか。
松田「コデカケ」は、後方から接近するモノを知らせるデバイス(①)と聴覚障がいのある方々の歩きやすい道を案内するナビアプリ(②)を組み合わせたサービスです。デバイスは車や自転車などが接近すると首にかけるネックデバイスで検知し、リストデバイスが振動することでユーザーに通知します。
――名前の由来は何でしょう。
松田ちょっとしたおでかけという意味の「"小"デカケ」と、「ココロおどるおでかけ」という意味を込めています。おでかけって、世代を問わずに誰もがする行為じゃないですか。そのあたり前を、もっとココロおどるものにできたらなと。メガネと同じですね。目が悪い方は、メガネをしてでかける。それと同じように、耳が悪い方は「コデカケ」を身につけてでかけるようになる。そのように、今は聴覚障がいの課題が注目されていないだけで、どこかに必ず解決策があるはずなんです。「コデカケ」がそのきっかけになればなと。
――ビジネス的にも大きなマーケットが見込めるというわけですね。
松田障がいの有無にかかわらず、加齢や体調などによって聞こえの悪い人はたくさんいらっしゃるんですよ。そういった方たちをターゲットとして捉えると、数としては大きな市場になるのではないかと思っています。
――実証実験の段階まで辿り着きましたが、これまでに技術面でのハードルはありましたか?
北角接近する車を検知するということで、まず遠距離への対応が必須でした。あとは暗い道や悪天候でも使えるようにしなくてはいけないし、デバイスのサイズや消費電力のことも考えなくてはいけません。そうやっていろいろ検討した末に、カメラや音、LiDARはなく、ミリ波レーダーという電波の一種が最適だと考えました。僕はミリ波レーダーを扱った経験がまったくなかったので、まずはその勉強から始めましたね。
――暗闇でも反応できるんですか?
松田暗闇でも大丈夫です。雨や雪、霧の中でも問題ありません。傘を差していても、遮られることなく検知できます。現状、プロトタイプのレーダー部分は、リュックに搭載するかたちで、動かすための機器も多いですが、最終は、より小型・軽量化することで首にかける検知用のネックデバイスと通知用のリストデバイスの2つだけで使えるようにしたいと考えています。
「障がいは不便だけど、不幸ではない」社会課題をテクノロジーで解決する
――お二人の出会いについても教えてください。
松田VRグラスを使って聴覚障がい者へ向けたサービスができないかという話を知人にしたところ、「知り合いに同じようなことを言っている人がもう一人いるよ」と北角を紹介してくれて。
――お二人とも、もともと社会課題への関心が高かったのでしょうか?
北角大学時代に、聴覚障がいのある方々はあるテーマパークの来園リピート率が低いから、それを解決しようという内容の授業があったんです。ティーチングアシスタントとして指導に携わる中で、生まれた時から耳が聞こえない9歳の女の子に出会いました。彼女と接するうちに、この子は将来何かしら不便な思いをすることがあるのではないか......と考えるようになって。授業がすべて終わった後にそのご家族から感謝の手紙をいただきました。お母さんから「聴覚障がいがあることは不便だけど不幸ではない」という言葉をいただき、その不便をできる限りなくしたいと思い、パナソニックに入社後より現実的にプランを考えるようになりました。
松田僕は、以前の職場で聴覚障がいのある方と仲良くなり、生活面で困っていることについて話すようになりました。北角と出会ったおかげで、そういった課題を技術で解決できるはずという思いがより強くなって。街中で困っている人に出会った時に、自分では目の前の一人しか助けられないけれど、技術を使えばもっと多くの人を助けられるんじゃないかなと。また、二人の共通認識として、聴覚障がいにおける"コミュニケーションの課題"はテーマから外そうと最初から考えていました。そこは注目されやすい課題できっと誰かが解決してくれるだろうから、僕らはもっと目を向けられていない課題へ注目した方がいいと思ったんです。
北角当事者の方々に「どういったことに困っていますか?」とヒアリングしていく中で、彼らは行きたい場所へ自由に行けていないのではないかと気づきました。道に対する不安があるから、Googleのストリートビューを使って道を事前に確認することもあると話していた方もいましたね。
松田通る道をあらかじめ決めた上で家を出るって、僕らからすると驚きで。ここに大きな違いがあるじゃないかと気づいたんです。おでかけってみんながするものだし、行う回数も多いので、それこそ解決すべき課題なのではと。
「はじめて散歩中に空をちゃんと見られました」実証実験の声から得た手応え
――2023年5月~7月京都と大阪にて、プロトタイプを用いて実際に街中を歩いていただく実証実験をおこなったとのことですが、実験に参加された方の声で心に残っているものがあればぜひ教えてください。
北角聴覚障がいのある方が、体験した直後に「私の欲しかったものに初めて出会いました」「ぜひ商品化してほしい」と感想を書いてくださったり、「もともと求めていたものだった!」という声をたくさんいただきました。
松田私たちは、後方への注意が減ることで他のモノへ視線が向くということも狙っていました。京都での実証実験で街を散策した際、「いつもよりゆっくり景色を楽しめました」と感想をいただいて。「初めて歩きながら空を見上げられて、飛行機や鳥が視界に入ってきた」と喜んでいる様子を見て、狙っていたとおり、これまでにはなかった余裕を与えることができたのかなと感じました。
――それほど、今までは後方への注意に集中していたということですね。
松田実は、大きなターゲットとして考えているのは子ども連れの方なんです。なぜかというと、子どもへ注意を向けると周りのことが見えなくなってしまい、周囲の危険に気づきにくくなってしまうことがあるから。実際に体験された方も「子どもを連れて歩くときに車や自転車にぶつかるのではないかと不安を感じていたけれど、今後は今まで以上に子どもへ意識を向けられそうです」とおっしゃっていて。まさに僕らが期待していたとおりの価値を感じてもらえているというのが非常に嬉しかったです。
北角「今まで行けなかったパン屋さんへ行くことができました」と言っていただいたり、「コデカケ」の利用期間は車移動を減らして積極的に歩くようにしていたそうなのですが、返却した後にやっぱり怖いから車の生活に戻りましたというコメントも。散歩しながら、ワンちゃんのことをよくみたり、草木や花に目を向けたり、他のものに目を向けられるという、ユーザー自身も気づいていなかったような課題が解決され、行動に変化を与えられたという点で「Make New」だなと感じています。
着眼点こそイノベーション。ヒアリングだけでは届かない深層課題を見つける
松田僕は、第一に着眼点が重要だと思っています。実際に使ってもらうことで、ユーザーさんも気づいていないような困りごとに気づけるという。「困っていることはありますか?」「課題はありますか?」って話を聞くだけじゃ絶対に出てこなかったと思うんですよね。
――「Make New」というとどうしても技術面にフォーカスを当てがちですが、他の部分にもイノベーションのポテンシャルはあるということですね。
松田本当に、技術だけがイノベーションじゃないなと思います。まずは課題に気づくことがイノベーションというか。生まれてからずっと耳が聞こえない方々にとって、もはやあたり前になってしまっているような課題も多くて。そこに着手できたというのが本当に「Make New」だと感じます。
「パブリック・デバイス」という可能性。みんなで広げる、みんなのためのサービスに
――社会課題の解決とビジネス面での利益の追求、2つを両立することに難しさはありますか?
松田会社が社会課題を解決することには大きな意義があり、近年ではESG投資も注目されています。そういった意味でも「コデカケ」には価値があると考えていて。たとえ売れなかったとしても、社会貢献としてやるべきことがあるのではと思っているんです。ただ、赤字を垂れ流すわけにはいかないので......。黒字ギリギリでもビジネスが成立すれば、パナソニックのような大きな企業がやるべきなんじゃないかなと個人的に思っています。
北角こういった技術に対しては多額の投資がかかると思うので、経営陣の方々に社会的な意義も踏まえた投資をしていただきたいという思いはあります。ベンチャーでこういったことをしようとなった時、最初の投資額としては集めづらい額になると思うので。
――そうですよね。市場原理だけでみんなが仕事をし続けたら、一生解決しない課題みたいなものもあるわけで。
松田できるかどうかわからないところではあるのですが、ユーザーに直接サービスを買ってもらうのではなく、自治体や企業に購入してもらうというのが、ビジネスとしてうまく成立する着地点なのではないかと考えています。障がいのある方々向けに日常生活用具という補助金が出る場合があるので、そういった補助を使ってもらったりだとか。
――パブリックの力を使うと。
松田そうですね。社会的にもバリアフリーに目が向くようになってきているので、数年後にはそういったところへお金を使うのがあたり前の世の中になることを期待しつつ......。もちろん、僕たちの方でもビジネスモデルをなんとかしたいなと考えています。経済効果を算出できれば、国がサポートしてくれるのかなとも思うのですが。
――みんなで応援するべきだよねって社会に思ってもらえるような「パブリックなデバイス」になるといいですよね。
北角そういった、障がい者とパブリックを結びつける視点を持つ方は多いと思います。
松田実は、防災関連での活用の話もいただいているんですよ。耳が聞こえない方々のスマートウォッチに災害の知らせを届けるのに加えて、「コデカケ」のレーダーを使って危険を察知できないかと。そういうのが実現すれば、自治体と協力することも現実的になってきそうです。
――普通に道路を歩いている子どもたちを見ていても、車との距離が近くて怖いなと思うんです。登校中の小学生たちがみんなランドセルに「コデカケ」を付けている姿もイメージが湧きますね。
北角そういうのもパブリックですよね。あとは、保育士さんがお散歩カートに子どもたちを乗せて歩いているのをよく見かけますが、後ろがよく見えなくて危険だなと感じます。車や自転車が近づいているのを知らせることができたら、散歩中の安心感がグッと上がりそう。
――話しているとアイデアがこうやって広がっていくのが、まさに「コデカケ」の可能性の証明だなと感じます。本日は貴重なお話、ありがとうございました。
実際に体験してみて、本当に画期的なデバイスだと思いました。自分自身もイヤフォンをつけて歩いたり、夜に散歩することも多かったりするので、実用化したらいつも身につけておきたいです。社会課題に真摯に向きあうおふたりのお話をうかがって、「コデカケ」が社会に広がる未来が想像できてとてもワクワクしました。これからの「コデカケ」の動きにも注目していこうと思います!
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Profile
松田 淳一(まつだ・じゅんいち)
パナソニック株式会社 事業開発センター 事業検証部
1999年入社。機構開発設計としてネットワークカメラ、電話機などを中心に駆動部や筐体などの開発から設計、量産立ち上げまで従事。2022年7月より事業開発センターに在籍。「コデカケ」の事業化に向けて、ビジネスモデルや事業性検証を手がけている。
私のMake New|Make New「着眼点」
「人が不便だとして諦めている、あたり前だと思っていること = 気づけていない深層課題」だと考えています。そういったことに疑問を持ち、着目できるかこそが、イノベーションだと思っています。
北角 翼(きたずみ・つばさ)
パナソニック株式会社 事業開発センター 事業検証部
2017年入社。機構開発設計としてテレビの先行開発や次世代ディスプレイを中心にOLEDや透明OLEDやミラーディスプレイに従事。2022年7月より事業開発センターに在籍。コデカケの事業化に向けて、技術開発や実証実験を中心に事業検証を手がけている。
私のMake New|Make New「コデカケのある社会」
「コデカケ」は聴覚障がいのある方の外出時の不便さを取り除くことができるものだと思っています。この活動はまだ一つの不便しか取り除くことができません。「コデカケ」と共に、不便を取り除くものが増える社会になってほしいと思っています。