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パナソニック草津工場から道路を挟んだ向かい側に、およそ1.3ヘクタールに及ぶ緑地がある。2011年からパナソニックが育ててきた「共存の森」だ。なぜパナソニックが森づくりに取り組むのか? そこには、「事業を通じて、世界の国々の発展と繁栄と、地球環境との調和に貢献する」というパナソニックの事業理念が関係している。
「商品やソリューションを提供するのと同様に、森をつくることも私たちが拠点を置く地域社会への貢献になる。だからやっている。」と語るのはプロジェクト発足当初からここを管理してきた中野隆弘(パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 人事・総務担当)だ。その範囲は自社の工場だけでなく琵琶湖と周辺の山々の森林保全といった周辺の生態系にも及ぶ。まずはスモールスタートと、工場の敷地内に放置されていた外来種だらけの「森」を再生させる共存の森プロジェクト。10年がかりで少しずつ改善し、いまでは日本の在来種を含むさまざまな樹木、多くの虫や動物が棲息する豊かな森へと生まれ変わった。
ここは、一体どんな「森」なのか。そしてこの森のほかとは違う革新的なポイントとは? それは最後に明かすとして、まずは森のなかを歩いてみよう。
希少種を含む840種の動植物が棲息
「共存の森」ではこれまでに、840種もの動植物が確認されている。なかには滋賀県のレッドデータブックで希少種に指定される「カヤネズミ」の姿も。また、最近はハイタカやオオタカも獲物を狙いにやってくるようになった。
当初からここの管理を任され、森の再生にあたってきた中野隆弘は、この豊かな環境を「生きものたちのコンビニ」と表現する。
中野最近、周辺の山からテンやアナグマ、野うさぎなどがこの森へ降りてきているのを確認しました。動物たちも、ここを里山*1と変わらない環境であると認めてくれたようです。森の再生を始めてから10年以上かけて、やっとここまできました。
(*1)都市や集落に近い山すそで、農業や果樹園芸、あるいは林業など多様な土地利用が行なわれている地域一帯。人々が利用しやすいように木を植え替えるなどしてきた森を指す
森を歩いて見えてきた、多様な生きものが豊かに「共存」する姿
さっそく、森へ足を踏み入れる。木漏れ日が落ちる穏やかな小春日和の日に、「共存の森」は私たちにさまざまな姿を見せてくれた。その様子を写真と、中野のコメントとともにお届けする。
中野土壌に棲息したミミズを狙って、モグラがやってきます。そうしてモグラが地中を移動することで、森全体の土がさらにやわらかくなるんですよ。
中野このカタツムリは普通種(身の回りによく見られる生物のこと)ですが、実際、普段の生活で見ることは少ないですよね。こうした普通種が棲息しやすい環境をつくることが「共存の森」のテーマです。普通種の住処を用意し、普通種を希少種にしないことが、僕らがやれることだと思っています。
中野まずは森の状態をリセットするために、トウネズミモチの伐採から始めました。そのうえで在来の植物の実を拡散させれば、森の生態系が地域の自然のあるべきかたちに戻っていくだろうと考えたのです。
中野株ごとダンプで運んで植え替えたので、そこに潜んでいる種から色々な植物も生えてきます。何が出てくるかわからない、びっくり箱みたいな面白さがありますね。
中野これも外来種ですが、一気に伐採すると困ってしまう生き物が多い。鳥も集まりますし、キツネやタヌキはここにマーキングをして交流に使っている。悩んだ末に残すことに決めました。種が落ちて根が生えないよう入念にチェックするなど管理をしながら残しています。生き物に迷惑をかけるわけにはいきませんからね。
中野共存の森では、敷地内にさまざまな緑地環境を配置することを意識しました。こうした水辺もあれば、樹林もあれば、草地もある。多様な環境をモザイク状につなげることで森全体のポテンシャルを高め、より多くの生き物が棲息できるようになるんです。
中野猛禽類が「狩場」に認定するということは、それだけ食べ物が豊富な証。その猛禽類たちが狩る小鳥やアカネズミは、森のドングリや昆虫、ミミズなどを捕食し、ミミズは木の屑を食べて生きている。ミミズが木の屑を細かくすることでバクテリアが分解され、土壌が改良されて樹木がよく育つ。多様な生物が棲息することは、命が正しく循環している証です。
工場敷地内でも再生できた豊かな森と生態系
およそ10年で、ここまで豊かな森へと再生した「共存の森」。そもそも、どんな経緯でプロジェクトがスタートしたのだろうか?
中野パナソニックの社員が大事にしている精神の一つに「産業報国の精神」、つまり「理想の社会」の実現に向け、事業を通じて、世界の国々の発展と繁栄と、地球環境との調和に貢献する、というものがあります。それに沿って、もともと草津工場ではさまざまな環境課題に取り組んでいましたが、森林保全や生物多様性保全となると、知見のない私たちが手を出すにはあまりにもハードルが高い。そこで、身近な場所で、身の丈にあった取り組みができないかと考えたときに思い浮かんだのが、この森でした。
工場の敷地内にありながら長く放置されていた森は、見た目的には樹木が鬱蒼と生い茂り、豊かな自然環境に思えた。しかし、調べてみると外来種だらけで動植物の種類も少なく、生物多様性とは程遠い状況。まずはここを「生き生きとした森」に生まれ変わらせる。そして、工場周辺の自然を含めて草津市全体の生態系をつなげていく「エコロジカル・ネットワーク」を実現する。そんな壮大な青写真を描きスタートした取り組みは、徐々に実を結びつつある。
中野森づくり、山づくりという領域では、すでにほかの企業もやっています。しかし、住宅街のなかにある工場の敷地内で、半分は自然、半分は造園というかたちで生態系の改良や保全ができた例は、ほかにはあまりないと思います。
この森の面積は自然林と比べればたかが知れていますが、工場の周辺には至るところに街路樹が植えられ、さまざまな動物たちが行き来できる回廊になっています。いまではこれを生かして、さまざまな生物が森へやってくるようになりました。今後は周辺の企業や大学などとも連携して、地域のエコロジカル・ネットワークをさらに広げていきたいです。そして、ある程度の道筋をつけられたら、信頼できる社内の後輩にこの森を引き継いでもらいたいですね。
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Profile
中野 隆弘(なかの・たかひろ)
パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 総務部
1991年入社。共存の森整備を中心に環境学習など地域コミュニケーション活動に従事。2016年4月より施設環境課に在籍。工場の環境管理業務をはじめ、生物多様性しが戦略 専門委員や、プライベートではボーイスカウトの活動に長年従事している。
私のMake New|Make New「discoveries」
仕事においても「見つけ出す」楽しさは、宝探しのそれと同じくらい私をワクワクさせてくれます。