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1月1日に発生した令和6年能登半島地震により犠牲となられた方々に謹んでお悔やみ申し上げ、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。被災後、間もない時期に今回の記事をお届けすべきか編集部内でも悩みましたが、私たちは「くらし」を守るため何ができるのかをあらためて考えたい、という思いで、この度記事をお届けします。被災地域の皆さまの安全と一日も早い復興をお祈り申し上げます。
1995年1月17日5時46分、淡路島北部でマグニチュード7.3の直下型地震が発生。阪神・淡路島地域に甚大な被害をもたらし、特に住宅密集地では火災による被害が7,574棟と多発した。
火災原因の半数以上は、電気復旧時に発生する「通電火災」など電気関係によるもの。そうした火災を防止するソリューションとして、パナソニックでは1998年から「感震ブレーカー」を開発している。
しかし、いまだその普及率は高いとは言えず、「通電火災」を知る人も少ないのが現状だ。2024年1月1日に発生した能登半島地震においても、日本火災学会などが二次災害の火災に注意を呼びかけている。
そこで今回は、パナソニックの感震ブレーカーの販売促進を担当するマーケティング部門の2名にインタビューを実施。分電盤の役割から、通電火災が起こる仕組み、そして防止策としての感震ブレーカーについてまで詳しく話を聞いた。
また、「大都市防災」をテーマにさまざまな研究を行なっている東京大学の教授、廣井悠氏にもコメントをいただき、専門家視点での補足をしていただいた。
避難後に火事が多発! 被害拡大を招く通電火災の恐ろしさ
――阪神淡路大震災では、地震発生後の通電火災が多くの人の命を奪い、問題となったと聞きます。実際にどのような被害があったのでしょうか?
丸木阪神淡路大震災の惨状は当時のニュースで目の当たりにしました。大きな揺れで街中のいたるところが崩壊し、電気配線については、建物の倒壊によって断線して剥き出しとなり、市中の高架線などが倒れ各地で停電が発生したそうです。
恐ろしいことに、多数の尊い命を奪った二次災害は大火災でした。当時の報告書では、出火原因の約6割が電気に関係しており、一部の出火は停電が復旧して送電が再開されたあとだったと記録されています。
井上出火原因の多くは、倒壊したり斜めになったりした家屋で、電線が断線したままもぬけの空になったところに復旧した電気が通り、ショートするケース。スイッチがついたまま倒れた電気ストーブやアイロンなどの家電に電気が流れ、カーテンなどの家財に燃え移ってしまうケース。そして、花瓶や水槽が倒れ、水浸しになっているところに断線した電線が接触し、漏電火災となるケースなど、いわゆる「通電火災」だったと報告されています。
日本における通電火災の現状について、研究者の廣井悠さんにも話を聞いた。
101年前に発生した関東大震災をはじめとして、わが国の市街地は地震火災によってこれまで何度も甚大な被害を受けてきました。日本火災学会の調べによると、2011年に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)では約30件の火災が通電火災によるものと見られ、特に宮古市では通電火災が疑われる火災によって約10棟の建物群が焼損しています。また、2016年に発生した熊本地震でも、非常用電源によって自動通電状態になり火災に至った事例が見られました。
現在は電力会社などによる慎重な通電や感震ブレーカーの普及などで、その数は減ってきていますが、震災発生時の出火件数を少しでも減らすために、一人ひとりが意識的に対策を行なうことが重要です。
どうすれば通電火災を予防できる? まずは「電気の元栓」が担う役割を知ろう
――ガスの場合は「地震が起きたら元栓を閉める」と取るべきアクションがすぐに思いつきますが、電気の場合は何に気をつけたらいいのかわからないという人が多いのではないでしょうか。
丸木私たちの住まいには、いたるところに電線が張りめぐらされているので、地震により家屋がダメージを受けた場合、通電火災のリスクは少なくありません。
そこで着目するのは、どの家にも必ず1台は設置され、「電気の元栓」として機能している「住宅分電盤」です。住宅分電盤には、「電気の使い過ぎを防ぐ」「ショートを防ぐ」「漏電を防ぐ」「製品に過剰な電圧がかかるのを防ぐ」という大きく4つの役割があり、これらの危険をとらえると、分電盤内の「ブレーカー」が働き、電気を遮断してくれます。地震で大きな揺れがあったときにも、住宅分電盤が電気の元栓を閉めてくれれば、二次災害のリスクを減らすことができるんです。
――「ブレーカーは電気を使いすぎると落ちるもの」という認識はありましたが、それをまとめる分電盤には安全を守るためのさまざまな役割があるのですね。
井上そのとおりです。一方で分電盤は家の隅の目立たないところや高いところに設置されているケースが多く、地震の恐怖のなかで住人の方が素早く避難することを優先すると、手動で間違いなくブレーカーを切ることが難しい場合もあります。そのような状況でも、感震ブレーカーは地震発生直後にメイン電源の主幹ブレーカーを自動で切ることで、停電から電気が復旧した際の通電火災を防ぐことができるんです。
通電火災対策として気をつけることは何か、研究者の廣井悠さんに聞いた。
1995年に発生した阪神淡路大震災や2016年に発生した糸魚川市大規模火災でも見られたように、強風下や大都市部で大きな地震が発生すると、甚大な火災被害が想定されます。大阪や東京など、延焼危険性や避難困難度が高い場所は、通電火災対策が特に重要です。
一般的には、停電時に避難などで家を空けるときはブレーカーを落とす、停電中は電気器具のスイッチを切り電源プラグをコンセントから抜く、といった対策が知られています。また、そうした機能を有している感震ブレーカーの設置も効果的です。再通電時にあたっては、電線が切れていないか、引き込み線が傷ついていないか、電気機器の電源が入ったままになっていないか、本体や配線に損傷や濡れがないか、周囲に可燃物がないかなどを確認し、念のため消火器の準備をしてブレーカーを戻しましょう。なお、感震ブレーカーを設置する際には、医療用機器に対するバッテリーの準備や夜間照明の確保など、急に電気が止まっても困らないような対策もあわせて行なう必要があります。
手のひらサイズに集約された、防災における最先端の機能
――パナソニックでは、通電火災対策のための感震ブレーカーをいつからつくっているのでしょうか。
丸木1995年の阪神淡路大震災で通電火災がクローズアップされたことをきっかけに1998年、住宅分電盤の付加機能として感震機能付きアラームユニットが開発されました。2003年には、分電盤の安全基準を守る日本配線システム工業会が感震ブレーカーの規格を統一し、パナソニックも主体となって研究活動を推進していきました。
2006年には分電盤と別にあった感震機能を分電盤のなかに組み込めるように小型化し、2017年には高精度化とともにさらに小型化。各部屋に電気を配る「分岐ブレーカー」1つ分のスペースに収まる、現在のコンパクトな商品を実現することができました。
井上商品開発を繰り返した結果、現在の感震ブレーカーでは、加速度センサによる、縦・横・斜めの揺れの計測で高精度に震度5強以上を感知することができ、建物自体の15度以上の傾きも検出します。地震を感知した場合にはアラーム音が鳴り、避難猶予時間を考慮した3分後に主幹ブレーカーが自動的に切れるようになっています。もし3分以内に停電が発生した場合には、通電が再開した際に自動的にブレーカーが切れ、通電火災が起きないような仕組みになっています。
――実際に見ると本当に小型で、インクカートリッジみたいなかたちですね。
井上そうですね。設置には電気工事士の資格が必要ですが、2000年以降のパナソニック製の住宅分電盤であれば、インクカートリッジを交換するときのように手軽に短時間で設置することができます。また、古い分電盤や、他社製品であっても、「感震リニューアルボックス」を使っていただくことで、同じように震災時にブレーカーを切ることができるソリューションを用意しています。
丸木この感震ブレーカーの開発には当時の開発担当者も非常に苦労したそうです。というのも、揺れというのは地震以外でも、工事現場や電車の高架下などでも起こりうるものなので、そういった生活振動と地震の揺れを機械が見分けられるように、有識者の論文を参考にし、さまざまな知見を活かし、幾度ものテストを繰り返して「震度5強以上の地震」を判別できるプログラムをつくりあげました。
丸木感震ブレーカーは安全を守る機器ですので、正しく動作することを担保するために、出荷前に抜き取りテストではなく、全数の性能テストを行なってから出荷しています。
井上また、精密機械ですから部品の劣化による誤動作を防ぐため、電源を入れてから10年経つと取り替え時期をお知らせするアラームが鳴るようになっています。
通電火災対策が未来のくらしのあたり前になるために
――感震ブレーカーは、現在どのくらいの普及率なのでしょうか?
丸木全国的な普及率でいうと1、2%に留まっています。というのも、全国に戸建て住宅が6,000万戸、そのうち実際に住んでいるのは5,000万戸程度だと言われていますが、古くは明治から昭和に建てられたものも多く、比べて歴史の浅い感震ブレーカーの普及率はまだまだ低いんです。
全国の動きでは、2014年の閣議決定を経て内閣府、消防庁、経済産業省が連携して「感震ブレーカー」普及促進の活動が始まり、2019年には電気施工の安全基準である「内線規程」のなかで、木造住宅密集地などの防災指定地域では感震ブレーカーの設置が義務づけられました。いまでは家を建てるお施主さまや住宅会社さまからのお問い合わせも増えてきています。
しかしまだまだ普及率は高いとは言えず、パナソニックが年間に販売する住宅分電盤のなかでも、感震ブレーカーの搭載割合は6%(2022年度)にとどまっています。この商品が広く普及し、街全体の効果的な防災の備えとなれるように、さらなる搭載率向上を目指して販促活動に力を入れているところです。
――実際にどのような方が導入されているのでしょうか? また、感震ブレーカーが活躍した事例などがあれば教えてください。
丸木これから家を建てる、防災意識が高い方々に関心を持っていただいているように思います。また新築マンション全棟へのご採用もでてきましたし、中古マンションのリノベーションの際に、「震災への備え」という意識と物件の価値向上の側面から、オーナーさんが導入を決めたケースもあります。
実際に、130棟全戸に採用頂いている戸建て団地の実例では、2018年の大阪北部地震発生の際に、特に高齢者の方から「感震ブレーカーがあって助かった」という声が届きました。というのも、分電盤は住まいの高い位置に設置され、高齢者の方が素早く対処するには手が届きづらいため、「電気の元栓を自動で閉めてもらえて助かった、感震ブレーカーが作動したおかげで何事もなかった」という多くの安心の声をいただけたんです。
――今後、通電火災対策があたり前のくらしになるためには、何が必要だと思いますか?
井上感震ブレーカーは、その働きを知っていただければ多くの人に「ぜひ設置したい」と思っていただけると考えています。より多くの人に知っていただく、それが私たちの課題です。感震ブレーカーで住宅や地域の安全を守れるようにするためにも、未来の街をつくる担い手となる子ども世代から、この機器を含めた防災の正しい知識を伝えていかなければいけないと考えています。
丸木広く一般の方々に対して、マスメディア、Web、SNSでの情報発信と、防災イベントや展示会でのPRを重ね、まず知ってもらい、効果をわかってもらい、設置していただく人を増やしていきます。
これまで申しましたとおり、住宅分電盤は家の電気の元栓、電気の見張り番となるものですから、この機器に、感震ブレーカーのような防災や、環境課題に対する機能を加えれば、家全体に働くキーアイテムとなりえます。
少し大きな話になってしまいますが、パナソニックの創業者である松下幸之助は「我々の使命は社会・文化に貢献すること」(要約)という精神を掲げています。機能を高めた住宅分電盤が、住まい一軒一軒から課題を解決していくことで、その周りの街に広がり、みんなのあたり前となり、きっとくらしを支えることができると信じています。安全、安心、快適はもちろん、さらなる価値を追求し続けるところに、私たちの仕事があるのだと思っています。
最後に、研究者の廣井悠さんにも通電火災対策への意識について、考えを聞いた。
通電火災は地震以外でも発生します。例えば台風などの風水害による停電時、浸水などでコンセントや天井裏の配線が濡れた状態で再通電すると、トラッキング現象やショートが誘発され火災になる場合があります。なので、「地震以外でも通電火災が起こりうる」ということをまずは広く知っていただきたいと思います。
一方で,通電火災は我々の意識次第で防げる災害ですが、災害時に人々の意識と行動だけで対策を徹底させることはなかなか難しいと考えます。感震ブレーカー設置等の通電火災対策を地域の中で面的に実施することは、地域全体の出火件数を減らすことにも繋がりますし、迅速な再通電も可能となります。お住まいの地域の迅速な復旧・復興を助ける意味でも、ぜひ一度ご自身やご自宅の状況に合わせた通電火災対策を検討してみてはいかがでしょうか。
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Profile
丸木 一秀(まるき・かずひで)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 電材&くらしエネルギー事業部
マーケティングセンター 商品営業企画部
入社以来、官公庁向けの情報通信設備、交通制御システム(ITS)機器、EV充電インフラ等の企画・販売を経験。2018年より現職場にて分電盤等の電気設備のマーケティングを担当。
Make New「この先の安全、安心、快適なくらし」
井上 敬文(いのうえ・たかふみ)
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 電材&くらしエネルギー事業部
マーケティングセンター 商品営業企画部
大手住宅設備メーカにて、水回りを中心とした設備商品の企画・販売を経験。2022年より現職場にて、住宅分電盤を主とした商品群のマーケティングを担当。
廣井 悠(ひろい・ゆう)
東京大学・教授。1978年10月東京都文京区本郷生まれ。慶應義塾大学理工学部卒業、慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了を経て、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・博士課程を2年次に中退し、同・特任助教に着任。2012年4月名古屋大学減災連携研究センター准教授、2016年4月より東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻准教授を経て、2021年8月から同・教授。2023年4月から東京大学先端科学技術研究センター・教授を務める。博士(工学)、専門社会調査士。専門は都市防災、都市計画。http://www.u-hiroi.net/member-hiroi2.html