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環境問題を語るうえで「プラスチックフリー(プラスチックを使わないこと)」は重要なキーワードだ。しかし、現代を生きる私たちにとって、日常から完全にプラスチックを排除することは難しい。
さらに、「プラスチック資源循環促進法」などの環境規制基準の強化により、企業は環境配慮型の再生素材を多く取り入れるよう求められている。だが、良質な再生プラスチックは世界中で足りておらず奪い合いが起こるなど、サーキュラーエコノミーを推進するうえでの課題も生じている。この大きな課題を解決するには、どのような考え方や仕組みが必要なのだろうか。
今回は、20年にわたりリサイクル事業に取り組んできたパナソニックETソリューションズの西尾考司と、本来は捨てられるはずの廃漁具からナイロン素材を再生し、新たな価値を生み出すブランド「amuca®」を手がけるamu株式会社の加藤広大氏との対談を実施。二人の話から見えてきたのは、良質な素材の奪い合いをするのではなくシェアをすること、すなわち「愛のあるリサイクル」というキーワードだった。
プラスチックが悪者にならない世界をリサイクルでつくる
――まずは西尾さん、パナソニックETソリューションズ株式会社(以下PETS)の「再生樹脂事業」について教えてください。
西尾現在100社以上のパートナー企業にご協力いただき、プラスチックを中心としたリサイクル素材の商社的な役割を担っています。まず、家電リサイクル工場が廃家電を回収・解体・分別した樹脂や金属を、PETSが買い取ります(図版①)。その後、原料を樹脂にする二次リサイクラーに、いわゆるペレット(※1)の状態へと再資源化していただきます(図版②③)。その再資源化した再生プラスチックを、また新しい製品をつくるための材料として、PETSからさまざまなメーカーさまへ販売しています(図版➃)。
※1 粒状(米粒)の形をした合成樹脂(プラスチック)のことで、フィルムや成形品の原料となるものを指す
西尾パナソニックでは、10年前から再生プラスチックを社内循環させるだけでなく外部販売も強化していて、競合の電気メーカーを含む社外にも再生ペレットを使ってもらえるような仕組みを整備しているところですね。
――PETSで取り扱っている再生プラスチック量は1年あたりどれくらいですか?
西尾樹脂の取扱量は年間約5.8万トンで、国内で再生されるプラスチックの約3%にあたります。そのうち約5.4万トンが家電由来の樹脂です。もともとは家電リサイクル工場からの回収がメインでしたが、家電以外にもペットボトルのキャップや、紙おむつなどから出るあらゆるプラスチック資源をも回収対象とするようになりました。
――紙おむつからもプラスチックが取れるのですね。
西尾はい。紙おむつに使われている素材の48%はプラスチックと高吸水性ポリマーです。そこで私たちは、サムズ株式会社という紙おむつのリサイクルを手がける会社と協業して、使用済み紙おむつのリサイクルに取り組んでいます。実際のリサイクル現場では、大きな洗濯機のような専用の装置に、し尿が付着している状態の紙おむつを入れて、温水で溶かします。そうすると、パルプやし尿は水と一緒に流れて、プラスチックだけが装置のなかに残るんです。それをPETSが買い取るという流れで、現在、使用済み紙おむつの有価化に取り組んでいます。
――加藤さんが代表を務めるamu株式会社(以下amu)では、漁業に使われる網などの「廃漁具」のリサイクル事業を手がけているそうですね。
加藤はい、全国の「廃漁具」を回収し、パートナーの総合科学メーカーでバージン材と同等のナイロン素材にリサイクルしています。この一部をamuが買い取り、素材ブランド「amuca®」としてメーカーやブランドに販売していく事業ですね。販売だけでなく、amuca®から製品化された商品を再回収していきます。
――廃漁具からどのように新品と同等のナイロン材を生成するのでしょうか?
加藤廃漁具は主に「ナイロン6」という素材でできていて、ナイロン6は「ε(イプシロン)カプロラクタム」という分子からできています。使用済みの原料を化学的に分解・再生させる「ケミカルリサイクル」というのですが、私たちはその方法を用いて、回収してきた漁具をεカプロラクタムにまで戻し、そこからバージン素材と同等のナイロン6を生成しているというわけです。
――そもそも、なぜ「廃漁具」に着目されたのでしょうか?
加藤まず私が起業した理由として、大好きな気仙沼で何かしたいという思いがありました。すでに気仙沼には、「海産物にどう価値をつけて売れるか」みたいなことをビジネスにしている人はたくさんいたんですね。ただ、その産業を支えている漁具のリサイクルという席は空いていたので、ビジネスチャンスもあるのではないかと思ったんです。
また、環境貢献という意味合いもあります。漁師さんが使い終えた漁具は、基本的に産業廃棄物として処理されていました。その費用は漁業従事者が支払うため、大きな負担になっていたんです。また、それを処理する産廃業者にとっても、廃漁具に含まれる塩分によって焼却設備が痛むため、できれば取り扱いたくないものです。廃漁具は燃やす以外には埋め立てるしか選択肢がなく、環境にも大きな負荷がかかっていました。ですから、廃漁具のリサイクルを事業にしたいと考えたんです。
プラスチックを再生することの難しさ
加藤そもそもの廃漁具を回収する段階から、かなり苦労しました。あたり前ですが廃漁具にはナイロン以外の素材も含まれています。だからといって、「ナイロン以外はリサイクルできないので要りません」とは言えません。ナイロンを集めたければ、それ以外の素材も何らかのかたちで処理できる仕組みをつくる必要があるんです。いまはナイロンがメインですが、これからは漁具に使われているポリエチレンやPET、ポリエステルなどに関しても、amuca®のように付加価値をつけられる方法を考えていく必要があります。
西尾とても大事な視点ですよね。家電の場合も同じで、一つの製品にはさまざまな材料が使われています。そこからリサイクルに回しやすい素材だけを指定し、「これだけください」「うちに優先的に回してください」というのは、なかなか通用しません。質の良いリサイクル素材は限られているため、調達競争に勝つために、産業廃棄物として捨てられている素材を価値あるものに変えていく必要がありました。
たとえば、冷蔵庫のパッキンには、PVC(ポリ塩化ビニル)やフェライトという素材が使われていますが、以前は製品解体後に年間数千万円の費用をかけて廃棄されていました。これを何とか有価物にできないかと考え、パートナー企業と半年にわたって試行錯誤しながら技術を模索し、ようやくリサイクルに回せるようになったんです。
――営業だけではなく、そういった開発まで関わっているんですね。
西尾お客さまがどういう素材を欲しいと思っているか、廃棄やリサイクルに関してどんなことに困っているか、いわゆるお困りごとをどうすれば解決できるかを、再生樹脂会社(二次リサイクラー)さんとともに考えてきました。10年間でかなりのノウハウが貯まったので、そういった開発もパナソニックでできるようになってきたんですね。パナソニックの家電リサイクル工場の隣に、再生プラスチックの研究開発と生産を行なっている拠点があるのですが、そこと協力して営業だけじゃなく再生プラスチックのレシピ開発もしています。
――ほかにリサイクルにおいて苦労されていることはありますか?
加藤私たちが直近で最も苦労しているのはロジスティクス(※2)の部分です。たくさんの廃漁具を集められても、そこからバージン材と同等の素材を生成できても、それを運ぶ術がなければこの事業は成り立ちません。いまはそこを十分に開拓できておらず、それこそ私たちの思いに共感してくれる企業の方にお願いをして、トラックの余っているスペースをお借りしているような状況なんです。
※2 商品、サービス、情報、資源を発信地から消費地または配送地までの流れで運び、保管すること
西尾加藤さんがおっしゃるとおり、リサイクル事業の一番の壁は、材料や素材を「どう運ぶか」。リサイクル事業の成否はロジにかかっているといってもいい。私たちの仕事も、ここをいかに組み上げるかが最初の要でした。トラックや船の手配だけでなく、一次加工先のリサイクル工場や再生樹脂会社、納入先のメーカーを含めたサプライチェーンをグローバルでつくっていくことに苦心しましたね。ロジの問題に関しては、弊社も協力できる余地があるのかなと思います。何かありましたら、ぜひご相談ください(笑)。
奪い合いをやめ「愛とリサイクルで世界を一つに」
――現在、国内外の企業間で廃プラスチック資源の奪い合いが起きていると言われています。そんな課題をどう乗り越えていこうと考えていますか?
西尾欧州委員会(EU)が定めた規制案では、2035年までに新車に使うプラスチックの25%を再生材に置き換えることが段階的に導入されるとあって、今後は世界的に調達競争が激化すると予想されています。
もちろん事業である以上、私たちも引き続き調達のための努力は続けていきます。ただし、その一方で、これまでのように奪い合うのではなく、限られた素材をシェアするような仕組みをつくるという考え方も必要です。具体的には、二次リサイクラーが確保している原料を奪い合うのではなく、確保されている原料を使って彼らにリサイクルを委託し、当社の技術も入れながら付加価値を高め、より良いものづくりで協業していくというものです。
――西尾さんがそのような考え方に転換されたきっかけはあったのでしょうか?
西尾きっかけというよりも、13年間再生プラスチック事業を続けるなかで、素材の奪い合いに疲れてしまったというのが私個人としての本音です。再生樹脂メーカーとのあいだで、取って取られてを繰り返しているうちに疑問も芽生えてきました。リサイクルは世界全体で取り組むべきことであるはずなのに、いまは何かがおかしい。奪い合う現状をあらためていかなければ、未来はないのではないかと。
加藤それは本当に大事な考え方だと思います。私たちも、「世界一、廃漁具を資源化する企業」を目指していますが、廃漁具を独占する気はまったくありません。amuのビジネスミッションは「廃漁具から、価値の常識をひっくり返す」こと。捨てる以外の選択肢がなかったものを再生することで、この世界から価値のないものをなくしていきたい。この思いを共有できる企業とは、むしろ積極的に手を組みたいと思っています。
西尾結局のところ、そこに他者や世界に対する「愛」があるかどうかが大事なのだと思います。胡散臭く聞こえるかもしれませんが、今後の事業のあり方として、これを欠かすことはできません。それこそ、限りある素材をシェアするなんて愛がなければ不可能です。このまま奪い合いの状況が続けば国同士、企業同士のデカップリング(※3)が加速し、サーキュラーエコノミーなど、とても実現できなくなってしまう。
2024年からは、現在おつき合いしている国内と東南アジアのパートナーのほか、ヨーロッパ、アフリカ、インドにもパートナーを増やす試みをスタートしました。先ほどご紹介した紙おむつのリサイクルのように、世界中にある一つひとつのゴミを可能な限り拾い集め、どうにかリサイクルできないか考えていけば、おのずとさまざまな社会問題、環境問題の解決にもつながっていくはず。
私は、再生プラスチック事業を推進するうえで、「愛とリサイクルで世界を一つにする」というスローガンを2023年から掲げています。何かに行き詰まったり、道を誤ったりしそうになったら、まずこの言葉に立ち返る。常に愛を持ってこのリサイクルの世界に向き合いたいと思っています。
※3 国や地域間の投資や通商を規制で阻害し、連動させない動きのこと
PETSとamuca®がコラボレーションする日も近い?
――プラスチック素材のサーキュラーエコノミーを実現させるためには、どんな働きかけや取り組みが必要でしょうか?
加藤いまは世界的な脱プラスチックの流れもあって、まるでプラスチック自体が悪者であるかのように捉えられる風潮も見られます。でも、もともとは「世の中を便利にしたい、より良いものにしたい」という思いから生まれたもので、その価値が広く認められたからこそ世界中に普及したわけです。プラスチックを悪く言う前に、まずは、そこに対するリスペクトを持っても良いのではないでしょうか。
リサイクルの良さは、素材というルーツに価値を持たせられることです。そこに楽しさ、面白さが生まれる。やはり、楽しくないことは誰もやりたくないと思うので、そこをいかにポジティブに、カッコよくできるかー。
すでにご協力いただいている漁師さんからは、自分たちの使っていた漁具が新しい商品に生まれ変わることに対して、大きな期待の声が挙がっています。「俺たちが使っていた網が、あの企業のこんな服になるのか」と、どこかワクワクしてくれているようです。
加藤こうした新たな価値、ワクワクをプロデュースするのも、私たちの大事な仕事だと考えています。そのワクワクが漁師、リサイクル会社、メーカー、消費者に広がっていくことで、結果的にスムーズな循環へとつながるのではないかと。時代の変化に合わせた仕組みを、一緒に楽しく考えていけたらいいんじゃないかと。それこそ、「愛」ですよね。
西尾本当にそのとおりですね。私たちも引き続き、シェアの輪を広げていけるよう、努力を続けていきたい。家電や国内だけでなく、世界の「捨てられているもの」にもっともっと目を向けていきたいです。
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Profile
西尾 考司(にしお・こうじ)
パナソニックETソリューションズ株式会社 樹脂資源循環部
1991年入社。国際営業や調達・物流職能として半導体・液晶を中心に商社活動や社内のグローバル調達に従事。2011年7月よりパナソニックETソリューションズ株式会社に在籍。樹脂リサイクル原料の調達・販売をはじめ、社内外へのリサイクル材の開発販売などを手がけている。
私のMake New|Make New「Recycle」
現状、リサイクルは国際協調や技術・原料のシェア無しには、発展しないフェイズになりつつあります。愛とリサイクルで世界平和と持続型社会実現に貢献していくという志を以てこのキャッチフレーズで同志を集めたいと思っています
加藤 広大(かとう・こうだい)
amu株式会社 代表取締役CEO
大学在学中、(株)Gaiaxにて「TABICA」立ち上げを経験。大学中退後、当時最年少で(株)サイバーエージェントに入社。AbemaTVの番組プロデューサーを担う。2019年宮城県気仙沼に移住後、廃漁網アップサイクルに興味をもち事業検証を行なう。2023年5月amu(株)設立。