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再生可能エネルギー分野で生成AI(人工知能)を活用する、野心的な試みが動き出した。取り組みの主体は、パナソニックのRE100(*)プロジェクト。工場を再生可能エネルギーだけで稼働する独自の「RE100ソリューション」を他社へ提供するにあたり、営業活動などを補助する生成AIアシスタントの実用化を目指している。
*「Renewable Energy 100%」の略。100%再生可能エネルギーで事業運営する取り組みなどを指す
この生成AIアシスタントを使えば、商談時に専門性の高い質問を受けても、AIの助力によって即座に正確な回答が可能だという。
開発を技術面などでサポートしたのが、パナソニックくらしビジョナリーファンドが出資する米国スタートアップのMODE, Inc.。大企業×スタートアップの濃密な連携により、わずか10か月で必要な正確性を確保して、実用化に至ったという。
そうして生まれた生成AIアシスタントは、どのようなものなのか。パナソニック×MODEの協業はいかにして進んだのか。そしてパナソニックは再エネ分野で、どのような事業をつくろうとしているのか。グローバル環境事業開発センターの山本雅弘と辻村祐輔、そしてMODE, Inc.の創業者でCEO(最高経営責任者)の上田学氏に聞いた。
環境コンサルティングサービスを立ち上げるため、スタートアップと組み生成AI技術を活用
――パナソニックのRE100プロジェクトが、新たなフェーズに入っているようですね。
山本はい。RE100のプロジェクトでは、2022年に草津拠点(滋賀県草津市)内に設けた発電プラント「H2 KIBOU FIELD」で純水素型燃料電池、太陽電池、蓄電池を稼働させ、社内の燃料電池工場に電力を供給しています。
いまのところ社内向けですが、これからエネルギー供給・管理サービスとして他社に提供して、ビジネスにしようとしています。現在は多くの企業に導入してもらうべく、営業活動をしている段階です。約2年の実証の中で、取得した多様なデータを活用しながら、顧客の獲得に向けて提案を進めています。
――そうしたなかで、なぜMODE, Inc.と協業することになったのですか。
山本MODE, Inc.の技術力を活かせば、環境コンサルティングサービスを加速できると思ったからです。
――環境コンサルティングサービスとは。
山本パナソニックは2022年に打ち出した環境コンセプト「Panasonic GREEN IMPACT」の一環で、環境関連の事業を拡大しようとしています。一方、世の中に目を向けると、多くの企業が脱炭素経営の実現に向け手探りの状態にある。そのなかで求められているのは、脱炭素に向けてやるべきことを示してくれる対企業の「コンサルティング」です。
そこで私たちは、蓄積してきた再生可能エネルギー活用の実証データを活かしながら、環境コンサルティングサービスを目指すことにしました。
環境コンサルティングサービスを実現するには、専門性の高い内容をどんなユーザーにもわかりやすく説明し、多種多様な問い合わせにも柔軟に対応できる仕組みが必要です。そんな仕組みの構築を検討するなかで出合ったのが、生成AIを用いた新サービスを開発していたMODE, Inc.でした。
――MODE, Inc.は、どのような事業を展開しているのですか。
上田当社は、2014年に米国のシリコンバレーで創業したスタートアップです。工場などにおける設備の稼働や従業員の行動といった現場のデータをクラウドに集約して、企業のデータ活用やDX(デジタルトランスフォーメーション)を支援するプラットフォームを提供しています。
2022年に、パナソニックくらしビジョナリーファンドから出資を受けました。今回はそのようなつながりのもと、われわれが生成AIを採り入れて開発した「BizStack Assistant」を、RE100ソリューションの基幹技術として採用いただきました。
――BizStack Assistantは、どのようなプロダクトなのですか。
上田IoT技術で収集したビジネスの現場のデータを、自然言語で問いかけるだけで呼び出してくれるAIアシスタントです。リアルタイムのデータを生成AIと組み合わせることで、その時点で最新のデータに基づく有益な情報が、普段使っているチャットアプリ上で簡単に出力されるようにしました。
2023年11月にベータ版の提供を始めて、エネルギー関連施設のほか建設現場などにも採用されています。
専門的な質問にも即座に回答。営業の「強力な助っ人」になる生成AIアシスタント
――BizStack Assistantを活用して、RE100ソリューション用の生成AIアシスタントを完成させたそうですね。利用シーンや機能など詳細を教えてください。
辻村現在は、主にRE100ソリューションの営業活動で用いています。
例えば「EMS(エネルギーマネジメントシステム)の導入メリットは?」と入力すると、自然言語でわかりやすく丁寧に、想定される導入効果を教えてくれます。
(以下、囲み内は上のEMSの導入意義に関する質問に生成AIアシスタントが実際に答えた内容。回答は2024年4月22日時点のもの)
EMSを用いることで、以下のようなことが可能です。
- 電力需給のマネジメント:電力需要に応じた追従発電制御や電池の協調制御、水素燃料需要の管理を行い、お客様の日々の発電計画を自動化します。
- 稼働状況・設備状態のマネジメント:水素燃料電池の遠隔監視による発電監視や障害監視、消耗品の交換時期やスタックの劣化予測を行い、お客様の施設管理者の業務負担を軽減します。
これにより、お客様は効率的な電力管理や設備管理が可能となり、日々の業務をスムーズに行うことができます。
辻村また営業先がわれわれの再エネ活用に関する実証に興味を持った場合も、これも例ですが「昨日の発電量と電力消費量は?」と問いかければ、正確な実績情報を即座に得ることができます。
そのほか、文章で情報を提供するだけでなく、データをグラフにして、素早く理解できるように調整してくれる機能もあります。
辻村営業担当者の知識量や話力に依存することなく、どのような相手に対しても同じクオリティで商談できる点は、この生成AIアシスタントの大きな利点だと感じています。
山本技術がからむとどうしても専門性の高い話になりやすいのですが、この生成AIアシスタントを使うことで、そうした話題でも営業先の環境や状況、環境ソリューションへの理解度に応じて柔軟に対応できるようになりました。
相手が本当に気になっていることや解決したいと考えている課題に、最適な回答と提案を迅速に届けられるようになったことを、メリットとして実感しています。
開発は約10か月の短期戦。苦労したのはAIが「つくり話をする」ことへの対応
――開発にかかった時間はどれほどでしたか。
上田2023年7月に具体的なコミュニケーションを開始したため、アイデアから稼働までにかかった時間は10か月ほどです。
――スピーディーに進行したのですね。
上田そうですね。これほどの短期間で開発できたのは、パナソニック側で実現したいイメージが鮮明に描かれていたことが大きいと思います。生成AIを活用してやりたいこと、解決したい課題が明確で、7月に初めてコミュニケーションをとった際も、現場の皆さんからいろいろなアイデアを得ることができました。
じつを言うと、その時点でBizStack Assistant自体もプロダクトとしてはでき上がっていなかったんです。実際に現場の課題に突き合わせたこの協業があったからこそ、BizStack Assistantの事業化は加速したと思います。
――実際に使う側からフィードバックを得ながら開発できたのが、プラスに働いたということですか。
上田はい。われわれは実証の現場を持っていないですが、パナソニックにはあります。これは大きな追い風になりました。BizStack Assistantの開発を振り返っても、同年7月の協業開始はターニングポイントだったと思います。
――生成AIアシスタントを開発するなかで、難しかったことはありましたか。
上田生成AIには、これまでのITシステムにはない難しさがあるんです。
普通のITシステムは、仕様に沿ってきっちりと開発を進めれば正確に動くものをつくれますが、生成AIは違います。子どものように気まぐれな部分があり、「昨日まではこの指示でうまく動いたのに、今日はなぜか動かない」という事態が起こり得ます。
今回の生成AIアシスタントの開発では、そうした未知の問題に日々対処し、細かく調整することが必要でした。
辻村人間によるあいまいな問いかけに対して、生成AIアシスタントが的確な答えを返せるようにすることも大きなチャレンジでした。企業によって脱炭素経営や環境ソリューションへの理解度はさまざまなので、われわれに寄せられる質問内容も幅広いものになります。
どのような問いや指示でも正確に対応できる生成AIアシスタントをつくれるよう、パナソニックがこれまで蓄積してきた問い合わせ対応のデータなどもMODE, Inc.と共有しながら、開発を進めました。
上田文脈を理解できるという生成AIの特徴もあって、今回実現した生成AIアシスタントは、あいまいな問いへの対応力がかなり高いと思います。たとえ質問のなかに「これ」「それ」といった指示語があっても、生成AIが前後の文脈から内容を推測し、回答してくれるんです。
AIが理解しやすいよう質問の仕方を工夫する必要もあまりなく、現場で使いやすい仕組みになっているはずです。
――ただ一般的に生成AIは、回答の正確性が課題とされています。
上田たしかに普通の生成AIだと、回答に誤った内容が紛れる恐れがあります。今回の生成AIアシスタントでは、「つくり話をしてしまうことがある」という生成AIの弱点を調整すべく、工夫を加えています。
例えば、一般的な生成AIアシスタントは数値の計算が苦手ですが、われわれは専用のアルゴリズムを用意して、計算の際はAIが必ずそれに従うようにしました。そうすることによって、間違いの発生を大幅に削減できています。まだまだ調整すべきこともあるのですが、ひとまず現場で使ううえで壁となる問題をクリアできたと考えています。
いまは「新入社員レベル」の生成AIアシスタント。今後の急成長に期待
――今後の展望について聞かせてください。
辻村環境コンサルティングサービスでは、顧客の企業活動、社会環境、設備の3種類のデータが重要です。こうしたデータを蓄積しながら、サービスをさらにブラッシュアップしていければと考えています。
営業活動のなかで感じるのは、脱炭素経営に関して、複雑に絡み合った多数の課題を抱えている企業が多いことです。そうした複数の課題を解きほぐすソリューションを、提案できるサービスにしていきたいです。
山本ユーザーに寄り添い、ともに新たな価値を創造できる事業として確立・発展できればうれしいです。そして、いずれは海外でも求められる事業へと拡大させていきたいですね。
――開発した生成AIアシスタントを、どのように進化させていきたいと考えていますか。
辻村いまはわれわれが営業で使うものですが、いずれはユーザー側でも利用できるようにしていきたいです。エネルギーの創出や消費の状況を生成AIアシスタントが即座に教えてくれるので、発電施設などの運用を効率化できるはずです。また、企業の経営層がそうしたエネルギーに関するデータを活用して、環境関連の施策を検討できるようにもしたいと思っています。
山本現在は使う側がなんらかの入力をすることで情報を得られる仕組みですが、将来的にはAI側が一定頻度で自発的に出力するようにもしたいですね。例えば、必要な発電量を確保できたら知らせてあげたり、異常を検知したらアラートを飛ばしたり。
上田たしかに、自動で情報を出力できるようにはしたいですね。発電量や電力消費量をまとめつつ、その数値から得られる示唆も添えたレポートを定期的に提供できるようになれば、環境コンサルティングサービスの価値向上につながると思います。
正直に言ってしまうと、今回開発した生成AIアシスタントはまだ新入社員のようなレベルです。戦力になるけれども、改善の余地も多々ある。でも学習機会は豊富にありますし、ここからの成長は速いと思います。近い将来、コンサルティングファームのコンサルタントと同等か、それ以上の仕事ができる存在になると確信しています。
そしてMODE, Inc.としては、パナソニックの環境コンサルティングサービスの加速をサポートすることで、AI・IoTを活用した社会課題解決の一翼を担っていきたいと考えています。
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Profile
山本 雅弘(やまもと・まさひろ)
パナソニック株式会社 グローバル環境事業開発センター 環境エネルギー事業推進室
ICT担当総括(兼)ICT開発マネジメント課 課長
1991年入社。長年、スマートメーター/スマート家電の無線デバイス開発を通じ、IoT・ソフトウェアスキルを磨く。2015年に新規事業部門に異動し、コーヒー焙煎サブスク事業「The Roast」の開発・事業化を牽引。2021年より現職。
私のMake New|Make New「サービス」
日本語の「サービス」は、“おまけ”の意味もある。環境エネルギー事業を通じ、+αの喜びと価値を、お客様に届けられるように挑戦していきます。
辻村 祐輔(つじむら・ゆうすけ)
パナソニック株式会社 グローバル環境事業開発センター 環境エネルギー事業推進室 企画運用マネジメント課 主務
2023年入社。前職では化学メーカーにて脱炭素関連素材の新規事業企画に従事。現在は環境コンサルサービスの企画を担当。
私のMake New|Make New「consulting」
お客様の脱炭素化経営の推進を支援する「環境コンサルサービス」を通じて、社会全体の脱炭素化推進に貢献したいと考えています。+簡単な理由も添えて頂けると嬉しいです。
上田 学(うえだ・がく)
MODE, Inc. CEO/Co-Founder
早稲田大学大学院卒。日本で就職のち渡米。2003年、2人目の日本人エンジニアとしてGoogle入社、主にGoogleマップの開発に携わる。その後Twitterに移り、唯一のEng directorとして公式アカウント認証機能や非常時の支援機能などのチーム立ち上げ、開発チームのマネジメントを経験。2014年、Yahoo!出身の共同創業者のイーサン・カンとシリコンバレーを拠点にMODE, Inc.を設立。